第23話 スレイヤー・オブ・ドラゴン

 オデンが目覚めてから三日後のこと。


 ようやく鎖帷子チェインメイルが着れるようになったオデンは、ゲオルギウスの酒場に仲間を集めた。腰には真っ二つの剣の代用のロングソードと予備の短剣スティレット。左手にはヒーターシールドを持っている。ほぼ、石像と戦った時の装備である。

 ザナドゥ攻略を行う日は、まずは酒場に集まり、朝食を食べてから丘に向かうということにした。

 腹が減っては戦はできぬ。ここでは携帯用の食料として、パンや干し肉なども購入することができた。待ち合わせ場所にはうってつけといえる。

 多くの冒険者がこの酒場に集まっているのは、オデンと同じことを考えているからだろう。そしてその日限りにパーティを組んだり、その後も共にする仲間を見つけたりする。

 待ち合わせ時刻より早めに来たオデンも、三回ほど声をかけられた。もちろん断った。

 明らかに技量が足りない、戦歴の浅い冒険者だった。彼らがザナドゥでどれだけ生きられるか、それが心配だった。

 彼らはまだ知らないのだろう。あの遺跡から沸き立つ恐るべき瘴気を。

「もしかしたら、ザナドゥに入る前に引き返すかもしれませんわね」

「違いない」

 合流したマルーシャとそんな話をしていた。

 腰に戦鎚メイスを、左腕には小さめの円盾ラウンドシールド、胴はエルフの鎖帷子チェイン・オブ・エルヴスという、エルフだけが着れる魔法の鎧を着けていた。エルフの鎖帷子は、魔法やブレスなどのダメージを緩和し、初級の魔法程度なら打ち消す能力さえあるという。

 マルーシャはオデンが目を覚ました後、デルピュネー大聖堂に住まわせてもらっている。僧職として高位でもあるので、大聖堂のおつとめもしていると聞いた。僧職としての仕事よりザナドゥ攻略を優先しているのは、ブラン大主教の探知術により、盗まれた銀の鈴がザナドゥ内にあることが分かったからだ。

 これで大聖堂側も、マルーシャを派遣するのはオデンたちの手伝いだけではなくなったわけだ。

「すいません、先生! おまたせしました!」

 実直そうな声ががした。頭にはヘルムをかぶり、胸甲ブレストプレートに身を包み、背中に両手持ちのウォーハンマーを背負ったドワーフ。ブラドヴァだ。

「先生、ハウゼンさんから、冒険者の宿に宿泊する許可がもらえました。ただし、宿賃は先生持ちだって言ってましたよ」

 さすがハウゼン。お金のことはしっかりしている。

「かまわないよ。それくらいのお金は出す」

 思わず苦笑いしてしまった。

 とはいえその宿代も、ハウゼンからもらった装備代の残額で賄えそうだ。

「ごめーん! 遅くなっちゃった!」

 最後にドタバタとニノが駆け込んでくる。布鎧クロスアーマーと様々な道具が収められたツギハギだらけの背嚢というシンプルな出で立ち。腰にはオデンがみつくろった短剣が差されてた。

 周囲の冒険者たちが、オデンたちを見ていた。熟練の戦士と僧侶、そして経験が浅そうなドワーフとデッテ。周囲から見ると、さぞ奇妙なパーティに見えるのだろう。

 なにより、最も人口の多いコモン種族である人間がオデンしかいないのだ。特殊な集団に見えるのも無理はない。

 さらに、昨晩のマルーシャのを見ていた者も少なくない。そしてオデンが纏うコミプトリ家の紋章が入ったサーコート。只者ではないことは、ひと目でわかるだろう。


 全員揃ったところで、パンとタラトールを食べながら、簡単な作戦会議が始まる。

「前衛は俺とブラドヴァ。ニノとマルーシャさんは」

「マルーシャでいいですわ。私もオデンと呼びます」

「じゃあ、マルーシャは後衛として、前線とは距離が離れたところで待機しつつ、戦況を見て動いてくれ。ニノは、無理に戦いに加わる必要はないぞ。お前の仕事は戦いが終わった後だ。生き残れ。なんなら身を隠すなりしてもらっても構わない」

「あ、うん…」

 少し、ニノが寂しそうな顔をした。

 オデンとしてはニノの安全を第一したつもりだったが、ニノは戦力として期待されてないことが悲しかったのかもしれない。

 その心情も理解するが、自分の仕事を間違えてもらっては困るし、なによりパーティリーダーとして死人を出したくなかった。

 食事が終わった。

「行ってらっしゃい。武運をお祈りしてます」

 マリエラに見送られ、オデンたちはザナドゥへと歩きだした。



「よお、これからか?」

 荒鷲の館ハウス・オブ・イーグルの前で、イヴァンと出会った。後退した髪の生え際をペシペシと叩いて暇そうだ。

 もしかしたら、オデンたちを待ってたのかもしれない。

「こいつは選別だ。持ってけ」

そう言いながら、イヴァンは小さな薬瓶を二つくれた。一つはオデンに、もう一つはブラドヴァに。

「一時的にだが、腕力を高めてくれる薬だ。軍の備品だが、兵站係がいい加減なやつでな。一つ二つなくなってもバレはしない」

 イヴァンは悪そうな笑顔を浮かべていた。

「幸運を祈るぞ。飲み友達がいなくなるのは寂しいからな」

「死なない程度には頑張ってみるさ」

「俺も仕事が休みだったら、ついて行きたいんだけどな。ゴジャールの墓所と遺産、一度この目で見てみたい」

 イヴァンの学者肌は相変わらずだと、思わず苦笑してしまった。

「なら、非番の時は一緒に行こう。あんたがいれば心強い」

「そうだな。ともかく、死ぬなよ」

 手を振るイヴァンに振り返し、オデンたちは森の道に入る。



 一刻ほど林道を歩き、ザナドゥの丘に到着した。

 そこで見たのは、驚愕の光景だった。

「これは、どういうことなんだ」

 ザナドゥの入口、すなわちほこら跡の周辺には露店が並んでいた。

 売られているのは、質の低い中古の武器や、ダンジョン内に役立ちそうな回復薬や薬草といったアイテムだった。

「こんないい加減なものを売るなんて!」

 マルーシャが顔をしかめた。回復薬も本当に効き目があるか分からない。薬草に至っては、回復効果などない、そのへんの葉っぱだった。


 どうも、ザナドゥの話がまわりにまわって、ここを商機と考えた目ざとい商人が現れたようだ。


「おい、お前さん、グリフォンの心臓を持ってないか? あれば最高の占いをしてやるぜ?」

 「放浪の御言葉師マロン」という立て札を立てた、薄汚いローブをまとった男に声をかけられた。オデンたちは何も答えず、マロンの前を素通りした。

 とにもかくにも、胡散臭いやつらばかりだ。真面目なブラドヴァは、しかめっ面をしながら彼らの前を通った。



 ザナドゥへの階段を下る。途中、何本もの武器を抱えた男とすれ違った。

「なんだ、あれは」

 思わず口にしてしまった。どう見ても、冒険者という出で立ちではない。

 その答えは、階段を降りた時に分かった。


 大きな石造りのドームになったエントランス。壁には魔法の照明が灯っている。

その決して明るいとは言えない灯りに照らされていたのは、ドームの出口を塞ぐように居座る大きな生物だった。

「え、あれって…炎竜ファイアードラゴン…?」

 ニノがオデンの後ろに隠れる。

 ドームの向こうには、今炎を吹いたばかりのドラゴンがいた。牙の間から炎が漏れている。

 竜の足元には、黒焦げとなって転がる侵入者たちがいた。まだ煙をあげているのが生々しい。今まさに、ここで火葬された者たちだろう。


 まさか、こんなところにドラゴンがいるとは!


「墓守ってことか」

 オデンは剣を抜く。それに合わせ、ブラドヴァも背中のウォーハンマーを握った。

 ドラゴンはまだ、こちらを視認していない。ブレスで溜まった体内の黒煙を、足元に吐き出している。


 見渡せば、ドームの至るところに冒険者の死骸が転がっていた。焼かれ、裂かれ、噛み砕かれ。冒険者は無惨な骸を晒す。腐りかけた死体もあり、風通しの悪いドームの中には、わずかにだが死臭が漂っていた。

 ザナドゥの階段ですれ違った男は、この冒険者達の遺品を集めていたのだ。露店で売られている粗悪な武器も、もしかしたらここで拾われたものかもしれない。

「下衆どもめ!」

 ブラドヴァが激昂して引き返そうとする。オデンはその肩を掴んだ。

「落ち着け。お前が怒ってなんになる!」

「でも先生!」

「それよりも、目前の敵に集中しろ。小さいとはいえドラゴンだぞ」

 そう。あれはまだ成体ではない。幼体の頃に地下迷宮の守りを任せるため、ここに連れてこられたのだろう。

 小さかったドラゴンも、ザナドゥができて三百年がたった今、それなりに育ち、このドームでは少し狭くなってしまったように見える。

 それでも、竜はここを守っている。大切に育てられていたのか。このドームを守ることこそ、自分の使命にでも思っているような気配がある。

 オデンたちはいつでも飛び出せるように構えた。ドラゴンの鋭い眼光も、こちらに向けられている。

 ブラドヴァがつばを飲む音が聞こえた。最初の実戦がドラゴン相手とは。気丈さを見せているが、内心の不安は隠しきれていなかった。

「オストラコン帝国の成竜で結成された竜兵団アリ・ティンニーンのものに比べればまだ対処のしようがある」

 落ち着かせようと、言ってみた。はい、とブラドヴァも答える。

 しかしそれは強がりだったかもしれない。狭い空間であるなら、こちらにも逃げ場がない。相手が若い竜とはいえ、アドバンテージはないに等しい。

 グオオオオオオ!と、竜が低い唸り声をあげる。敵を見つけての威嚇ドラゴンシャウト。ドラゴンの武器の一つだ。近い位置で聞いてしまうと、音圧で吹き飛ばされる。

 ブラドヴァが立ちすくむ。ニノはどこかに姿を隠してしまった。

 マルーシャはブラドヴァの背に触れ呪文を唱えた。それでブラドヴァが落ち着きを取り戻す。

 オデンとブラドヴァ、そしてマルーシャ。この三人でどこまで戦えるのか。

 マルーシャが呪文を唱えるとオデンとブラドヴァの鎧と盾が白く輝く。これで竜の爪も通らない。だが、打撃とブレスは別だ。竜の恐るべき武器を、たった一つ封じたに過ぎない。

「ブラドヴァ。さっきイヴァンにもらった薬を飲め」

 そう言いつつ、オデンも飲む。

今持っている剣は、数打ちの長剣ロングソードだ。真っ二つの剣は、今クイジナァトのところで打ち直している。

 こんな剣で強固な竜の鱗を貫けるのか。不安ではあったが、やるしかない。薬の力を借りてでも倒す。


「左手に回れ! ブラドヴァ。訓練通りにやるんだ!」


 オデンの声と同時にオデンとブラドヴァは左右に散開した。

 竜がブレスを吹けば、ひとまとめに炭にされてしまう。意識を散らすためにも、挟み撃ちするように左右に分かれたほうがいい。

ドラゴンはブラドヴァを狙って右前足を振り上げた。ブラドヴァはウォーハンマーをでその打撃を受け止める。未熟でもさすがドワーフ。ドラゴンの打撃に耐えきった。しかし、さらに横薙ぎの攻撃を受けてしまい、ブラドヴァは壁際まで転がった。

 ドラゴンの目はブラドヴァに向いている。彼の未熟さを見抜いたのか。止めを刺そうと、ブラドヴァの元へと歩き始める。

 竜とはいえ、実戦経験は少ないようだ。本能のままに、弱った敵から殺そうとしている。逆側に回り込んだオデンのことは忘れているようだ。

 オデンはドラゴンの左横腹に駆け寄ると、気合を込めて剣を突き立てた。竜の鱗は、背や腕の外側などは強固だが、腹部など外部に晒されづらいところは意外と柔らかい。だから竜と戦う時は、腹部に回り込むのがセオリーだ。

 数打ちのロングソードだが、薬のブーストもあってやすやすと腹の鱗を貫いた。

 竜が怒りの咆哮をあげる。そしてオデンに向き直ると、力任せに爪を振り回した。殴りかかった。オデンは剣を突き立てたままに竜の腹に残し、盾を構えつつ後方へ飛び退いた。

 ガンッという音と共に、盾が震える。鋭い爪が盾を打った。だが、マルーシャの魔法のおかげで盾は壊れない。

「ブラドヴァ! いまだ!」

「ウオオオオオ!」

 立ち上がったブラドヴァが、渾身の力でドラゴンの右前足にウォーハンマーをぶつけた。鱗がいくら硬かろうが、打撃の生み出す衝撃には関係ない。

 竜は悲鳴をあげた。ドワーフの馬鹿力に薬の作用もある。強烈の打撃で骨でも折れたのだろうか。

 そこへ。

「ヤァッ!」

 後ろから駆け込んできたのは、マルーシャだった。身体に風の精霊が生み出す風をまとい、軽快な足音と共に疾走はしる。

 彼女は竜の間近で高くジャンプすると、更に風を踏んで舞い上がる。


「二段ジャンプだとっ!」


 ドラゴンの頭上をとったマルーシャは、腰の渾沌の戦鎚ディスラプト・メイスを引き抜く。

 ドラゴンがマルーシャ目掛けてブレスを吐く。だが、その炎はマルーシャを取り巻く風とエルフの鎖帷子が無効化する。

「ハァアアアアア!」

 ブレスを飛び越えたマルーシャは、裂帛の気合と共にメイスを振り下ろし、竜の鼻から突き出た角を叩き折った。


「今です!オデン!」


 上空から声がする。頭を打たれ、態勢を崩したドラゴンの首が床に落ちた。

ドラゴンはなおもブレスを吐こうとする。だが、それはかなわなかった。

「これで終わりだ!」

 予備に腰につけていたスティレットを引き抜き、竜の首に突き立てた。

轟音のような断末摩と炎を吹き上げ、竜は絶命した。

「やったあ! ドラゴン倒した!」

 柱の影から飛び出してきたニノが、オデンの腰に飛びついた。その頭の上に、オデンは手をおいた。

 余裕を見せたが、内心ではまだ、こんなに上手く倒せたことが信じられなかった。

 マルーシャの技量の高さは予想外だった。

 昨晩の鮮やかな身のこなしで只者ではないと思ってはいたが、まさか、ここまで戦えるとは。

「これでも、僧兵をやってたころもあるのですわ」

 オデンの心でも読んだのか、マルーシャは涼やかに答えた。

「ウオオオオ!」

 ブラドヴァは初戦初勝利に興奮していた。しかも相手はドラゴンだったのだ。吠えるほど歓喜するのも無理はない。

 そんな時だった。


「見事な連携だ…」


 パチパチと、後ろから小さな拍手がした。

 振り返れば、そこにはエペ使いのソイレがいた。

「お前っ!」

 ニノが、短剣を構える。歓声を上げていたブラドヴァも、オデンの前に駆け寄りウォーハンマーを振り上げる。

「おっと、今日は戦いにきたのではない」

「なら、なんの用だ」

 オデンもスティレットを構えた。ロングソードは、竜の腹に突き立てたままだ。

「君たちの一団に僕を加えてもらえないかと思って、声をかけたんだ」

「誰がお前なんか! オデンを殺そうとしたくせに!」

「でも、オデン君は死んでない」

「それは、お姉ちゃんが助けたからだろう」

「いいえ」

 意外にも、マルーシャが否定した。

「刃は臓器に到達していなかったのです。オデンの体力を奪い、気を失わせただけです。だから、回復呪文だけで治すことができたのですわ」

「なぜ、そんな面倒なマネを」

 当然の疑問だった。

「僕にも仕事暗殺を請け負った責任とプライドはある。でも、クライアントは鼻から気に入らない大貴族だし、オデン君には死んでほしくなかった。だから、仮死してもらうことで、仕事を終わらせたということにしたんだ。世間知らずな大貴族は信じて、報酬は額面どおりもらえたよ」

「お金のために人を殺すなんて」

「戦士なんて、そんなものでしょう。君が慕うオデン君だって、お金のために戦場で多くの人を殺してきたんです」

「それは…そうだけど」

 ソイレの放った正論に、ニノは簡単に黙ってしまった。相変わらず、口の立つ男だ。オデンは呆れてため息をついた。

「どうですか? 仲間にしてくれたら、僕に仕事を依頼した大貴族の名前を教えるけど」

「そんなものは興味ない」

 実際、どうでもいい話だった。貴族同士の諍いで暗殺されるのはとばっちりだが、ことになったのなら、もう刺客が送られることもあるまい。

「そうだ、お前なんか仲間にするもんか!」

「先輩の言うとおりだ! 先生に近づくな!」

 ニノとブラドヴァが続けて怒声をあげる。ソイレは首を横にふる。

「やれやれ。嫌われたものだ。もし剣士が必要でしたら、いつでも声をかけてほしい。私は酒場か、この腐臭漂うドームにいるから」

 ソイレはそう言い残すと、出口の方に向かっていった。

「最後まですかしやがって。オレ、あいつ嫌いだ」

 ニノが悪態をつく。

 ニノやブラドヴァの反応はしかるべきだ。

 しかし、オデンの頭の中では別の考えがあった。

 今回は戦闘経験の少ない若いドラゴン単体だったから、難なく倒すことができた。しかし、この奥ではどうだろうか。ドラゴンほどではないが、強敵が群れをなして襲ってくるかもしれない。例えば成体の竜や、悪魔など。

 その時、このパーティで乗り切れるのだろうか。しかも未熟なブラドヴァやニノを連れて。

 気が進まないが、ソイレの手を借りる時があるかもしれない。そう予感するオデンであった。


(つづく)

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