第12話 柳の剣

 闇の中から浮かび上がったのは、暗色のフードをかぶった背の高い男だった。

 右手に持っているのは、エペと呼ばれる刺突専用の長剣。あまりこの国では見られない、西方の国の武器だ。

 鎧は着ていない。フードと同じく暗色のチュニックに包まれた体つきは若干細め。得物もそうだが、力よりも素早さやしなやかさで攻めるタイプの剣士か。

 それにしてもエペは厄介だ。オデンがまとう鎖帷子チェインメイルを貫いてくる。


「俺の命を狙っているのか。誰のめいだ」

「命令じゃない。依頼だよ。コミプトリ家を勝利に導いた傭兵長サージェント、オデンを殺してこいとある貴族から仕事をウケてね」

「なるほど。宮廷の権力争いのとばっちりというわけだ」


 会話をしつつ、背負ってたヒーターシールドを構える。


「こんな辺境にいる君は知らないだろうけど、今コミプトリ伯は宮廷改革の筆頭として大鉈おおなたを振るっている。敗戦の責任者である大貴族たちは、七年戦争で国のメンツを唯一守ったコミプトリ伯には逆らえない。伯はその手柄を持って宮廷に食い込み、王に改革の遂行を認めさせた。大貴族たちは七年戦争での無様な働きや長年に渡る不正な蓄財を追及され、次々と権益を奪われているんだ」

 よく喋る男だ。

「大貴族どもには気の毒だが、無能が血筋だけで権力をほしいままにしていたのがおかしい。無能どもが真面目に戦わないせいで、母国はコンスクラード帝国に負けた。強いブリンガルを実現するためと考えれば、コミプトリ伯の改革は間違っていない」

「そこに関しては君とは同意見だよ。僕も大貴族は嫌いだ。だけど、彼らはたくさんのお金をくれる。金の価値もわからない馬鹿どもだからね。そして他人の命なんて軽いものだと考えている。だから、言い値で払ってくれるんだよ。こんなにいいお客さんはいない。親の借金を背負わされて、傭兵をさせられた君にはわかるだろう?」

 この男、オデンの事をそれなりに調べているようだった。

 気に入らない相手に自分のことを知られる。こんな不快なことはない。

「そもそも大貴族が、わざわざ俺なんて殺してなんになるというのだ!」

 苛立ちを隠さず、オデンは言い放った。

「簡単なことだよ。単なる憂さ晴らしさ。コミプトリ伯にはかなわないから、君を殺してスッキリしたいんだよ」

「くだらないな。そんな嫌がらせしか考えられない頭だから、コミプトリ伯に疎まれるんだ!」

「同感だね。だけどそんなクソ貴族でも、僕にとってはクライアントなんだ」

 話はここまでだと言わんばかりに、男はエペを構えた。

「名を聞こうか。こっちは身に覚えない理由で殺されようとしてるんだ、暗殺者の名を聞く権利はあるだろう?」

ソイレと呼ばれているよ」

やなぎだと? ここにきて偽名か。ふざけるな」

「通り名だよ。こういう稼業してれば、本名と違う名前がつくことも、そっちの方が 都合がいいこともあるじゃないか。それに君のオデンだって、?」

 ソイレは言うなりエペを繰り出してきた。


 速い。


 風を切った音がオデンの右耳の直ぐ側で鳴った。とっさに頭をそらしていなければ、額を貫かれていたかもしれない。

 突きの速度はすさまじい。額、喉元、左胸、腹。あらゆる急所を正確に捉えてくる。

 闇に潜み、目も暗闇に慣れていたのだろう。

 少し気を抜けば、歴戦の戦士であるオデンといえども一撃で深手を負う。盾と剣を駆使して防ぐことで手一杯だった。

 防戦一方となる中で、オデンは活路を見極めるべく、ソイレの動きを冷静に観察した。癖さえ分かれば、そこに攻撃に転じる隙を見つけることができるかもしれない。

 それは、オデンが戦場で、数々の手練を討ち取った戦いかたであった。

 しかし柳とはよく言ったものだ。ソイレのエペは風になびく柳の葉のように流れ、簡単に剣筋を読ませない。左に繰り出されたかと思えば右、顔を狙ったかと思えば胴を貫こうとする。

 数打ちの剣をいていたのは幸いだった。重たい真っ二つの剣では、ソイレの剣先についていけなかったかもしれない。

 だが。


(攻撃が正確すぎる)


 彼の攻撃は単調ではないものの、急所しか狙ってこない。

 まるで勝負を急いでいるようにすら感じる。

 そもそもエペは、あまり実戦向きの剣ではない。オデンのように、鎖帷子チェインメイルを纏う相手には絶大な貫通力があるので、戦場で使われることもあるが、強度が弱いゆえ折れることが前提の運用となる。

 また、板金鎧プレートアーマー相手では分が悪く、文字通り歯が立たない。

つまり戦場で使うには、頼りない武器で、実戦向きではないのだ。

 そこから導き出される答えは一つ。

(こいつは生粋の暗殺者なのだ)

 対人戦は確かに強い。だが実戦経験が少ないゆえの弱点もある。

 暗殺者は手数を尽くして殺さない。一撃で殺す。それはこの正確な攻撃にも現れている。

 ならばなぜ、わざわざオデンに話しかけてきたのだ。彼は闇に潜み、疲労したオデンを奇襲できる状況だった。


 なぜだ?


 ソイレの剣はますます殺意を増してくる。長引く戦いに少し苛立っているようにすら思える。


「俺を侮って、話しかけたのか?」


 ソイレの眉がつり上がった。


「ならば見込み違いというものだ。お前の剣を受け続けて分かった。お前じゃ俺を倒せない」


 アジューレ丘の戦い、コールバンズ平原での決戦…。あらゆる激戦地でオデンは戦い、そして生き延びてきた。

 戦ったのは人間だけではない。異教徒の僧が操るキメラやゴーゴンといった魔獣も倒してきた。

 死地で培った実戦の剣術と、ひたすら人を殺すための剣術。どちらが勝るか判断するのは難しい。


 だが、オデンとソイレ、使い手自身の差は大きかった。


 それはスタミナと、こらえる力だ。


 ソイレの戦い方は、それこそ闇から現れ敵の急所を貫き、また闇に溶けていくやり方のはずだ。なのにオデンと長々と話しし、オデンに戦いの準備をさせる時間を与えてしまった。

 それだけ自分の暗殺剣に自信があったのだろう。オデンが言った通り、、イニシアチブは変わらないとでも思ったのかもしれない。


 しかし、オデンが予想外に強かった。今頃、「こんなはずでは」とでも思っているのかもしれない。


 事実、正確無比であった剣筋に乱れが生まれてきた。殺意が先走りすぎているのだ。同時に戦いが長引くことを恐れ、焦っている。


 そして。


 金属音が鳴り響く。オデンはついに、ソイレのエペを跳ね上げた。


「すまないな。死んでもらうよ」

 そして振り上げた剣を、そのままソイレの首筋に叩き落とす。


 …はずだった。


 直前、腹に灼熱を感じた。


 見下ろせば、ソイレの左腕に握られた短剣がオデンの腹に突き立てられていた。


「マンゴーシュまで使う気なかったけど、君がしぶといもんでね。恨まないでよ」

 体から力が抜けていく。振り上げた右手から、剣が落ちる。


 短剣が腹から抜かれた。オデンは膝をつき、そして土の道の上に倒れこんだ。


「何度も言うけど僕は、頼まれただけなんだから。悪く思わないでくれよ」



 …。

 意識が遠のいていく。


 スタミナ切れや剣筋の乱れは、オデンを油断させマンゴーシュを使うためのフェイントだったのだろうか。

(侮ったのは、俺の方だったのか…)

 なぜか止めはさされなかった。しかし、腹に空いた傷からは、止めどなく血が流れつづけている。このまま放っておいても死ぬとでも思われたか。

(よく、わからない男だ)

 もう、目が開かない。

「大丈夫ですか! 大丈夫…今…呼びま…」

 暗転する視界の中に、女の声が響いた。

 最後の力を振り絞って、まぶたを開けた。

 小柄な女が、大きな声を張り上げている。


 安っぽいが、派手な服を着た、ポニーテールの女だった。

 

 子供かと思ったが、違う。

(デッテ…の…女…?)

 その思考を最後に、オデンの意識は暗く昏い深淵の中へ吸い込まれた。


(つづく)



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