第10話 名匠クイジナァト
街道から大聖堂に至る道は、聖アグレスタ通りと呼ばれている。
デルピュネー大聖堂を建設した聖人アグレスタを記念してそう名付けられた。
デルピュネーの目抜き通りである聖アグレスタ通りには、街道から大聖堂まで様々な店が立ち並び、大規模な商店街を形成している。
商店街には、食料品店や飲食店、
辺境の街にしては規模が大きく活気のある商店街で、交易の街の面目躍如といったところだ。
様々な種族の人達が普通に歩いている街なので、ドワーフとデッテを連れているオデンにも、奇異の目を向ける人はいなかった。
むしろ、同行するミランダの方が人目を引いていた。もっとも、彼女も
オデンは武具店に寄る前に、
生活環境の変化による廃業や、膝に矢を受け引退するなど、様々な理由で武器防具を手放す人は多い。
特に真っ二つの剣ほどの名品であれば、武具屋に持ち込むより質草にするほうが高く現金化できる。
簡単に言えば、質屋には取引所にはないような掘り出し物があるということだ。
名品であれば中古の質流れ品でも値は張るだろうが、ハウゼンから十分な資金は貰っている。少しは贅沢しても大丈夫だろう。
「私はあっちの貴金属店に行ってるね。また後で合流するわ」
ミランダはウィンクをして、目抜き通りをさらに先へと歩いていった。
質屋の主人とは顔なじみであった。護衛など
「こんなのはどうだい? 最近北方で流行りの
ザナドゥのことは隠しつつ、ドワーフ用の装備がほしいと尋ねたところ、店の店長は店の奥に飾られていた鎧を見せた。
胸から腹にかけての部分しかない鎧であるが、鉄板の厚さはこれまでの鎧とは比較にならない。見た目からして頑丈そうである。
「銃の攻撃から身を守るのに作られた鎧だそうでね。臓器のある部分を恐ろしく硬い装甲で守っているので、前方からの致命的な攻撃はほぼ防げる。ついでに
銃をはじめとした携行型の火薬兵器は、西方世界に急速に普及しつつあった。
天候など運用条件に限りがあったが、扱いに高い練度を必要とせず、それでいて敵兵を簡単に無力化することができるので、これまでの戦争の常識を塗り替えようとしている武器であった。
銃器発達のきっかけは、まさにゴジャールによる西方世界侵攻だった。
ゴジャール亡き後も侵略を続けるゴジャール軍に対し、歩兵でも一人で使える大砲、すなわちハンドキャノンの実用化が進んだ。
ゴジャール騎兵と野戦で戦う際、馬を足止めする障害物を起き、その後方より射撃もしくは砲撃するという戦法が有効だったのだ。
ゴジャール侵攻後も、銃器は西方諸国同士の戦いにおいて存在感を発揮し、さらなる進化を遂げていった。ただし武器としての構造は複雑化し、コストの関係で戦場の主力兵器にはまだなりえていない。
しかし、いずれ量産化されればよ全ての武器は銃器に取って代わられるであろうと、オデンは感じていた。
いい買い物ができた。だが、武器の在庫はほとんどなかったので、残りは武具屋で揃えることとなった。
向かった『カロヤンの取引所』は、この通りで一番大きな店舗であった。取引所の名は伊達ではなく、武器防具だけではなく薬や呪文の巻物、ロープやランタンなどの野営道具といった、旅や冒険に必要な道具を一通り揃えている便利な店だ。
「オデンさん、いらっしゃい。今日は珍しく一人じゃないんだね?」
体の大きな店長が、店の奥から出てくる。オデンほどの常連客となると、店長対応となるのだ。
「これから一仕事でね。この二人は、俺の連れってところだ」
「へえ。ドワーフとデッテか。オデンさんにしては珍しい…いや、
店主カロヤンはオデンに対し、どんな印象を持っているのだろうか。一度聞かせてもらいたいものだ。
店長はかつて、東方の国々で長らく徒手空拳で戦う興業の
東方での興業生活が長かったおかげで多言語を習得し、それが商売の資質になっているそうだ。様々な国の人々が行き交う交易の街デルピュネーにおいて、語学力は生きるための武器になる。
おかげでこの店には、他のデルピュネーの取引所では見られないような、珍しい異国の武器も置いてある。
「先生は真っ二つの剣ですよね? なら、私はこれにします」
店を見てまわっていたブラドヴァは、一振りの武器を持って戻ってきた。
それは、ウォーハンマーと呼ばれる武器だ。
ハンマーと名はついているが、道具のハンマーと違い、ヘッドの片方がくちばしのような形状になっている。両手で使う重たい武器だが、ドワーフのブラドヴァなら軽々と扱えるかもしれない。
もし今日のような石像とまた戦うことになれば、真っ二つの剣では戦えない。しかし、つるはしのようにも、ハンマーのようにも使えるこの武器なら、石像とも互角に渡り合えるかもしれない。
更に兜や小手、脚甲などの装備を買ったが、ハウゼンがくれたお金はまだ残っていた。
その金で、オデンは自分用の長剣を一振り買った。真っ二つの剣は刃こぼれを起こしている。一度研いでもらわないと使い物にならない。この剣はその代用というわけだ。
「ねえ、オデン。オレもなにか買いたい」
ニノが言い出す。確かに、護身用の武装は必要かもしれない。激戦になれば、守りきれるとも限らない。
いろいろと考えた。先日のクロスボウの腕を見ても、ニノに飛び道具は扱えまい。なら、オーソドックスに近接戦用の武器が無難だろう。
「最低限身が守れる軽めの革鎧と短剣でどうだろう?」
しかし、ニノの体に合う革鎧はなかった。子供と見間違うくらい小さなニノの体に合うものがなかったのだ。
たまたま店の片隅に、女性用のものなのか本当にジュニアサイズなのか、寸法の小さな
あとは
「どれ買っていいかわからないよ。オデンが選んでよ」
そう言われて、オデンが選んだのは、スティレットという短剣であった。
刺すことに特化した短剣で、オデンが着けているような
刺す攻撃は、非力な者でも有効なダメージを与えることができる。刃がないので斬ることはできないが、そのデメリットを補って余りある武器が、このスティレットなのだ。もう一本、道具としても使える小さめの短剣(ダガー)も持たせた。
二人の装備を揃えて店を出たところで、ミランダが合流した。
「はいこれ。ニノちゃんにあげる」
そう言ってミランダが渡したのは、青い宝石がついた指輪であった。
「わあ! ありがとう! ミランダ!」
これまで見たことのないような笑顔で指輪を受け取ると、すぐさま右手の薬指につけるニノ。
「もし道に迷ったら、その指輪を使ってみてね。なにかいいことあるかもよ」
「うん、分かった!」
ミランダの言葉をちゃんと理解できたのだろうか。
ニノは満面の笑みで、指輪がついた右手をいろんな角度に傾け、そのたびに変わる青い宝石の輝きを楽しんでいた。
「これから大聖堂行くんでしょ? ダイモニアンは歓迎されないから、私はここでお
「私も、買った装備を一度館に持ってかえります。また明日の朝、飛竜橋のたもとで合流しましょう」
「ニノはどうする?」
「決まってるじゃん。オデンと一緒に大聖堂にいくよ?」
それが当然であるかのように、ニノは答えた。
大聖堂に行く前に、オデンはもう一軒の店に立ち寄った。
聖人アグレスタ通りの裏手にあるその建物は、店というより工房と言ったほうがふさわしい。このあたりは、このような工房が立ち並ぶ職人街だ。
建物に近づくにつれ、キーン、キーンと、金属同士をぶつけ合う高い音が大きくなる。
開けっ放しの扉から覗くと、建物の中では半裸の男たちが、
扉の奥からは絶え間なく熱気が吹き出し、この建物の中が猛烈に暑いことを感じさせる。男たちが裸エプロン姿なのは、この暑さに耐えかねたからだろう。
扉の上には『名匠クイジナァトの
自分で
「ちょっと、クイジナァトさん! 何度言えば分かるんですか! 扉開けて仕事されるとキンキンうるさいって! 周りの住人みんな言ってますよ!」
扉のさらに先から、ヒステリックな中年情勢の怒声が聞こえた。
見れば、茶色いエプロンをつけた白髪の老年と、複数の中年女性が口論していた。
「うるせぇ! うちは四十年前からここに工房構えてるんだよ! 元からいる俺が、後からきたあんたらの
興奮した様子のエプロン老人は、右手に持った棒を振り回す。
先端に小さな王冠のような形状の金具がついた、金属製の棒だ。何に使うものなのか、まったく想像がつかない。
「まあ…なにその言い方! 全然私達の生活に協力する気がないのね!」
「私達はここがデルピュネーで一番安心して暮らせる場所と聞いて引っ越してきたの! なのに、こんなにうるさいから、みんなストレスがたまってるんですよ!」
中年女性たちは老人に詰め寄り口々に文句を言う。
だが、老人は動じていない。荒くれ職人を束ねる工房の主は、こめかみに青筋を立てつつ反論する。
「そいつはあんたらに土地と家売ったやつに言ってくれ。俺には関わりのないことだ。それに安全なのは間違いがねぇ。職人街の若い衆は、街の消防や治安も担ってるんだ。国境警備隊なんかより、はるかに頼りになるぜ」
「でもね、ちょっとは周辺住民のために協力しようって気はないんですか! 毎日こうキンキンされたら、こっちも頭おかしくなりそう!」
「ないね。逆に聞くけど、あんたらは俺のためになにやってくれるんだ?」
そう言われて、住民たちは一斉に黙ってしまう。老人は「やれやれ」と言いたそうに、肩をすくめた。
「あんたらの旦那にも稼業があるように、俺には俺の仕事があるんだ。仕事する上で妥協はしたくねぇ。俺は
「それが扉を開けることと、どんな関係が…」
「工房の温度の調節と、男衆たちの体調管理の問題があるんだ。あいつらは火がくべられた炉のそばで仕事してるんだ。夏に締め切った室内で仕事してたら死んじまうよ。そんな環境で、最高の仕事ができると思うかい?」
「だからといって…」
「これ以上の話は無駄だな。ほら、さっさと帰った!」
老人は一方的に話を打ち切った。そして、右手に持っていた棒を高く掲げた。
「じゃないと、俺の新作アイテムでかき混ぜちまうぞ!」
言うや否や、老人クイジナァトの手にあった謎の棒は、甲高い駆動音を響かせてグルグルと回転を始めた。その得体のしれない音と動きに、住民たちのおばさんたちは悲鳴を上げて逃げていった。
「はっはっは。こいつはあんたら主婦の家事をラクにしてくれるもんだってのに。そんなに嫌うなよ!」
クイジナァトは勝ち誇って大きな笑い声をあげた。
「相変わらずですね、クイジナァトさん」
ゲラゲラ笑っていたクイジナァトは、オデンの方に向き直って真顔に戻った。いかにも頑固職人といった、骨ばったシワの多い顔つきである。
「おう、なんだオデンか。すごい格好してるな。まるで戦争帰りみたいだ」
ニノも先程買った
「こいつぁ、お前の子か?」
「そんなわけないでしょう。それより、ちょっと頼みがあるんですよ」
「なんだ? ようやく
「クイジナァトさんの剣を買うほどの金持ちじゃないですよ。これを打ち直してほしいんです」
といって、オデンは刃こぼれした真っ二つの剣を見せた。
「あーあ、やっちまったなぁ。何を斬れば、ここまでボロボロになるんだ」
「石像ですよ。動く石像と戦ったんです」
「ほお。そんな物騒なもんが、この近くにいたのかい」
クイジナァトは頑固そうな顔をさらにしかめて、そしてオデンの真っ二つの剣を睨んだ。
「よし、分かった。こいつはうちで治そう。しかも以前より斬れるようにしてやる。この
「いいんですか。願ってもないことです」
「お前には新作武具のテストに付き合ってもらっているからな。通常の打ち直し料金できっちりグレードアップしてやるよ」
「ありがとうございます」
「それでも俺が一から打った剣には敵わないけどな」
クイジナァトは自信ありげにニヤリと笑った。
クイジナァト工房は最近予約が多いため、仕上がりには三週間ほどかかると言われた。
ねる子の捜索はその間も続くので、それまでのつなぎは今日買った剣で補うことになるだろう。
工房を後にすると、太陽の姿はすっかり西の山の向こうに隠れていた。
紅色の空の中で、稜線が燃えるように輝いている。
そろそろブラン大主教も戻ったころだろうか。
長かった一日も、ようやく終わりそうだ。
オデンはニノと連れ立って聖アグレスタ通りに出ると、その最奥に佇むデルピュネー大聖堂へと向かった
(つづく)
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