集いし仲間と闇の剣
第8話 ミランダの微笑み
オデンとイヴァン、そしてニノは、
「ごめんな、オレ、なんの役にも立たなくて」
ニノは、こっそりねる子の後ろについていこうとした。
だが階段を降りたころで、すぐにまかれてしまった。誰かがついてくるのは、想定内だったようだ。
階段には広大な空間で、壁に明かりも灯されていたというが、薄暗いことには変わりなく、黒い装束だったこともあり、あっという間に闇に溶け込んでしまったそうだ。
「おそらく、
イヴァンの言葉に、オデンもうなずく。
「あのねーちゃん、めちゃくちゃ強いけど、一人でそんなヤツらと戦えるのかな?」
「そうだな。なんとか、後を追ったほうがいいかもしれない」
ねる子にとっては余計なお世話だろうが、彼女がいくら強くても、あのような石像を用意できる何者かに一人で立ち向かえるとは思えない。
宿屋の主人に頼まれたこともあるし、なにより一年、同じ宿屋で暮らしてきた仲である。
ねる子になんと言われようと、放ってはおけなかった。
それになにより、戦士の血がうずいた。
だが、なにに対してうずいているのかは、当のオデンにも分からなかった。
「ザナドゥは、もとよりゴジャールの言葉で「夏の都」という意味なのだ」
帰る道すがら、もはやおなじみとなった、イヴァンによるゴジャール基礎講座が始まった。
「伝説によれば、ゴジャールが崩御した後、盗掘を恐れた臣下たちは迷路のような広大な地下都市を建設し、そこにゴジャール帝の墓を作ったという。そして墓の守り手として、強力な魔物や竜などを呼び寄せたそうだ」
「帝王の埋葬した地下都市だから、
そういうことだ、とイヴァンはうなずいた。
「
「そうだな…」
「仮に助けにいくにしても、何人かで
「え、そんなに高いの」
ニノが大げさなリアクションで驚く。イヴァンは口角をあげる。どうやら冗談らしい。相変わらず、分かりづらい男である。
「伝説のザナドゥが見つかったというのにな。本当に残念だ。今すぐ軍をやめて、お前たちにつきあいたいぐらいだよ」
怪我をしながらも、学者志望だったイヴァンはどこか興奮を隠せない様子だった。
「オレはつきあうよ? お宝の匂いがするし!」
ニノはサムアップにしてニッコリ笑う。何度も怖い思いしてながら、前向きなニノだった。
すぐに部下を呼び寄せると、
「もし、遺跡の中でなにか拾ったら、俺のところに持ってきてくれ。それがなにか、鑑定してやる!」
その一言を残して、イヴァンは収容されてしまった。
「まったく…。どんな戦い方すれば、あんな鎧の壊し方するのやら」
ファルナはため息をつき、露骨に呆れ顔を見せた。相変わらず、彼女の口調はのんびりしたものだった。
「あなたたちは怪我ない?」
オデンとニノは首を縦にふる。
「それはそうと、ちょっと思い出したことがあるんだけど…」
「なんだ?」
「デルピュネー大聖堂の
「いや、初耳だ」
秘密、という言葉の響きに
「あの墓地の奥には貴人霊場があって、身分の高い人達が埋葬されているんだけど、そこには一人のエルフが眠っている棺があるの」
「エルフの棺だって?」
「そうそう。いわくつきの死者ではないかという話で、代々の大主教に受け継がれているんだけど、どういう経緯で葬られているのかさえ、誰も詳しいことは分からないんだって」
「へえ」
「エルフって、不老不死のはずなのに、人間の聖堂の地下墓地、しかも貴人霊場に葬られてるのってすごく不思議じゃない?」
「不思議だけど、なんで急にそんな話をするんだ?」
「私はハーフエルフだからね。人間とは違うコミュニティがあるのよ。そこで地下墓地のエルフの噂を聞いて、この前大主教様にお会いした時に尋ねたの。そしたら、そのエルフが貴人霊場に安置されたのも、三百年前のゴジャール戦争の頃だっていうのよ。思い出したから、あなた達に教えておこうと思って」
「なるほどな…」
興味深い話である。
「俺もあの丘の話も合わせて大主教様に聞いてみる。なにかにつながるかもしれない」
「うん。この話、なにかの役にたてばいいんだけどー」
「ありがとう。ニノ。いくぞ」
「はいよー。じゃあね! ファルナさん!」
オデンはニノと連れ立って、早速デルピュネー大聖堂に向かうことにした。
デルピュネー大聖堂は、街の中心にある教会である。
大聖堂の名は伊達ではなく、北東ブリンガル教区の中心的建物であり、さほど大きくもない山間の街には不釣り合いな程の大きな聖堂であった。
その大聖堂にニノと共に訪れたのは、太陽が西に傾き始めた頃だった。
「ようこそ、デルピュネー大聖堂に。どのような御用でしょうか?」
オデンの物々しい姿に少し驚いた様子であったが、修道士はうやうやしく彼らを聖堂に迎え入れた。
「大主教様にお尋ねしたいことがあるんだ。今はいるのかな?」
「ブラン
「夕方か」
「どのようなご要件か教えていただければ、予めお伝えしておきますが」
地下墓地のエルフの件、どこまで話して良いのものか。もし、その話が秘匿すべきものであれば、最悪ファルナの信用を傷つけかねない。
「地下の貴人墓地に用事があるんだ。あそこは、大教主様が一緒じゃないと、入れないんだろう?」
考えあぐねていたら、代わりにニノが答えた。
「ねえねえ、修道士さま。この人のサーコート、よく見てよ」
そこには、誇らしげにコミプトリ辺境伯の紋章が描かれていた。
「なるほど、名のある騎士か、それに準ずる方とお見受けしました。では座下が帰り次第、お取次します。また夕方にいらしてくださいね」
あっけに取られてるオデンを横目に、ニノはうんうんと頷いていた。
二人は大聖堂を後にした。
「うまいこと考えたな、ニノ」
驚いたのは、ニノの機転と口のうまさだ。宝箱の毒針を触って倒れた者と一緒とは思えない。
あの言い方であれば、オデンたちが地下墓地の貴人墓地に用があると伝わるだろう。このサーコートのおかげで、身分を疑われることもない。エルフの話は、貴人墓地に入った時にでも聞けばよい。
「どう? 見直した?」
「ああ。たくさん見直したぞ」
オデンはニノの頭をごしごしと撫でた。ニノは褒められて上機嫌であった。
「あら、可愛らしい子を連れてるのね。まさかあなたの子?」
デルピュネー街道につながる聖堂通りの途中で、瀟洒な格好の女性に出会った。
コタルディという、体のシルエットが浮き出るようなタイトな服を着ている女性だ。本来ならその上にサーコートをまとうのだが、彼女はその豊満な肉体を誇示したいがためか、真紅のコタルディから大きな胸や尻が突き出るに任せていた。胸元を大きくはだけさせ、深い胸元を見せているのもわざとだろう。
腰ほどもあるブロンドの髪もまとめることはなく、見るからに蠱惑的な、しかしどこか退廃的な空気をまとう女だった。
彼女はオデンの顔を、まるで面白いものを見つけたように、大きな目を細めニヤニヤしながら眺めている。
「よく見ろよ、こいつはデッテだ」
ポンポンと、ニノの頭を軽く叩いた。彼女は「あらっ」と小さくつぶやくと、絹の手袋をつけた手で、口元を押さえた。
「はじめまして。オデンの先生仲間のミランダよ」
その手袋を脱ぎ、腰をかがめ、彼女はニノに右手を差し出した。
「オレはニノ。よろしく! きれいなお姉さん!」
二人はにこやかに握手を交わす。
「なあオデン、先生ってなにを教えてるの?」
「そうか。ハウゼンさんに頼むという手もあるのか」
聞こえていたのか、いなかったのか、オデンはニノの問いには答えなかった。
「何よ、頼みって?」
ミランダは小首をかしげた。
ミランダを加えた一行は、デルピュネー街道の方へと歩いていく。
オデンはざっくりと、ミランダに今の状況を話し、仲間が必要なことを説明した。
「なるほどね。確かにあなたの生徒を一人貸してもらってもいいかもね。いくら払わされるかは、分からないけど」
「それだよな」
オデンは顎に手をやる。そこが、ハウゼンに頼む懸念点なのだ。
「お金だったら、私が出してあげてもいいわよ。あなた、借金の返済で大変なんでしょう?」
「ありがたいけど、まずハウゼンさんに相談してからだな…。どうしようもなくなったら助けてくれ」
「いいわよ。あなたと私の仲だしね」
三人は、デルピュネー街道に差し掛かった。
「ニノ、行くところができた。ここで一度別れよう。夕方、聖堂の前で待ち合わせだ」
「えー、なんでオレだけ置いていこうとするんだよ。そのハウゼンさんちに行くんだろ? オレも行きたい!」
ミランダは、かわるがわるオデンとニノの顔を見ると、ニノの前にしゃがみこんだ。
「ええと、ニノちゃん、ハウゼンさんちはいろいろ訳ありで、関係者以外は入れないのよ…」
「そうなの?」
「…ああ。そのとおりだ」
「ちぇー。じゃあ、オレはどこかで暇潰してるよ。またあとでね」
ニノは手を振ると、どこともなく去っていった。
「…ちょっと可哀想だったね?」
「でも、あまり見せたくないだろう?」
「教育上? でも、ニノちゃんって大人なんでしょう?」
「そう聞いているが、見た目がまるで子供だからな…。どうしても引け目を感じてしまうよ」
「わかるわ。かわいいものね、ニノちゃんって」
クスクスと、ミランダは面白そうに笑った。
(つづく)
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