第7話 夏の都ザナドゥ

 翌朝。


 宿の主人に頼み、倉庫で預かってもらっていた装備を出してもらった。


 傭兵時代に使っていた鎖帷子チェインメイルとヒーターシールドと呼ばれる大型の盾だ。

 ヒーターシールドは三角形を縦に伸ばしたような木版の上に、鉄板を貼り付けた頑丈なものだ。騎乗兵用の大型盾を軽量化し、歩兵でも使えるようにしたのが、この盾である。

 鎖帷子は一般的にホーバークとも言われる、膝の下まで覆う高級な鎧である。本来なら騎士の装備であるが、とある戦地で戦った際、敵軍を撃破した褒美として、その土地の領主がくれたのだ。

 その地はコンスクラード帝国と国境を接する激戦地であったが、近隣の都市が陥落し、領土が失陥しつづげる中、オデンたち傭兵団の活躍もあって最後までブリンガル領であり続けた。

 ホーバークの上にまとうサーコートには、恩賞の証であるコミプトリ家の紋章が入っていた。正直、板金鎧プレートメイルが主流になりつつある今、ホーバークはもはや時代遅れの代物であるが、この鎧はオデンがあの戦争において得た唯一の勲章であったので、愛用していたのだ。

「そんな物々しい格好しないといけないところなのかい? その丘の上というのは…」

 普段の護衛の時は布鎧キルトアーマーのままか、使い古した革鎧レザーアーマーだ。主人にしてもこんな重武装のオデンを見るのは、この宿屋にたどり着いた時以来だった。

「そうだな。むしろ、どれだけ武装してもいいくらいだ」

「ああ、ねる子!」

 宿屋の主人は頭を抱えると、天を仰いで叫んだ。

「そんな危険なところに、なぜねる子が…」

「俺も聞きたいところだよ」

 主人はこんな様子だが、実のところ、オデンはねる子の安否については、あまり心配していなかった。

 時折斬殺体が発見され、地元の猟師や木こりでさえ「殺される」と近づかない丘にいるのだ。そのような場所に躊躇なくねる子は踏み込んでいる。

 オデンの興味は、すでにねる子がなぜそんなところにいるのか、に移っていたのだ。

 腰に真っ二つの剣を下げ、オデンは宿を後にした。



「ずいぶんな格好だな、オデン。俺よりもいい装備しているじゃないか」

 イヴァンはまじまじとオデンの鎧を見ていた。

「コミプトリ家の紋章入りのサーコートか。傭兵のくせに、正規軍よりもいい装備とは生意気だぞ」

 国軍の兵士は敗戦と賠償金の支払いにより国庫が枯渇したため、最低限の装備しか与えられないと聞く。

 とはいえ、目の前にいるイヴァンの装備もなかなかのものだ。いわゆる板金鎧フルプレートだ。士官用なのか、それともイヴァンの私物なのか。すくなくとも、粗末な鎖帷子ホーバージョンしか支給されない兵士のものとは段違いの品だった。

「そっちもかなり本気装備じゃないか」

「まあな。あんな話を聞かされれば、できる限りの防備は揃えたい」

 今日は槍の代わりに、大きな鉄槌ハンマーを持っている。動く石像リビングスタチュー対策だろうか。

「オデン!」

 イヴァンと立ち話してる中、向かいの箆鹿の館ハウス・オブ・エルクから、ニノが駆け寄ってきた。その後ろには、法衣姿のファルナもいる。

 湯浴みでもしたのだろう。昨日と違って、こざっぱりしている。服も汚れた粗末なものを身につけていたが、衛生部員のお古だろうか、状態の良い焦げ茶色のチュニックを着ていた。

 しかし清潔な格好をしていると、ニノはますます子供のように見えた。

「もういいのか、ニノ」

「大丈夫だよ。ファルナさんのおかげ」

 オデンがファルナに頭を下げると、彼女は柔和な表情をして手を振った。

「で、頼みたいことってなに?」

「ある人を探してるんだ。その人の痕跡を探してほしい」

「ふうん。女の人?」

「そうだな」

「カノジョ?」

「いや、まったく違う」

「そっか…うーん…」

 ニノは、考える仕草をした。

「いいよ。命の恩人の頼みじゃ断れないからね」

 少し考えたあと、ニノはうんうんと頷いた。

「でも、オレは二人みたいに鎧もなければ武器もないよ。どうしたらいい?」

「ついてきてくれればいい。敵が現れたら、俺達に任せて安全な場所に退避してくれ」

「そっかー。んじゃ、よろしくね」

 こうして丘に向かう三人のパーティができあがった。


 ニノの準備が終わると、ファルナの見送りを受けて、オデンたちは丘に向かう道を歩き出した。

 先行しているのはニノだ。

 物々しい姿のオデンとイヴァンに対し、ニノは本当に何ももっていない。腰のポーチやポケットに、ピッキングツールとか小道具を入れているくらいだろう。武器も鎧もないのに度胸がある。

 もっとも、武器クロスボウは昨日オデンが叩き折ってしまったわけだが。

「ちょっとは役に立つって、分かってほしいからね」

 ということらしいが、昨日の宝箱の一件があったので、どうにも気が気ではない。

「ニノだって男なんだ。自分の仕事を認められたいっていう思いはあるだろう。信じてやれ」

 不安な表情をしていたのだろう。イヴァンに言われてしまった。

「男たって、あれはどう見ても子供だろう?」

「デッテとはそういう種族なんだろう? 見た目で決めつけるのはよくないぞ」

 そういうものなのだろうか?

「聞こえてるよ、ふたりとも! オレのことはいいから、もっと緊張感もってくれない?」

 むーっとした顔をして、ニノが振り返った。オデンが詫びると、ニノは「ほんとに分かってるの?」と言ってから、また歩き出した。

「ははは、言われてしまったな」

「半分はあんたに言ってるんだぞ、イヴァン」

 また怒られそうなので、ニノの話はここまでとした。

「それより、俺が昨日話したことを覚えているか?」

「なんの話だ?」

「足跡の話だ」

「ああ、ゴジャール人のものだって言ってたやつだな」

「それだ。お前が行った後に調べたら、他のヤツのものと思われる足跡もあった」

「他のヤツ? どうして分かった」

「簡単な話だ。サイズが違った」

「複数人のゴジャール人が、館の前を歩いていたというのか」

「ゴジャール人なのか、それに類するものなのか。なにしろ靴の跡だからな。ゴジャール人でなくても、履いて歩けばその足跡はつく」

 確かにそうだ。

「ただ、気になる噂を聞いた」

「噂?」

「北西の丘陵地帯に、羊が放牧されている一帯があるだろう? あそこで仔羊の盗難が相次いでいるというんだ。また、最近夜に作物が盗まれることも増えたという」

「最近の話なのか」

「そうだ。だが部下に聞いたところ、こういう事件は定期的に起こるらしい。そして、昨日の木こりが言ってたことだ」

「丘の近くで殺されるって話か?」

 イヴァンはうなずく。

「それも今朝、部下に訪ねてみた。その手の盗難事件が発生する前後で、例の丘の付近で誰かが死ぬ事故が起きるそうだ」

「なんだって?」

「偶然だと思うか? オデン」

 イヴァンはなにか、関連性を感じているらしい。

 確かに、偶然とは思えない話だ。だが、あくまでタイミングが合っているというだけの話だ。断定できる材料は、今のところない。

 その謎も、今回の丘の遺跡の調査で判明するのだろうか。

「ニノの頑張り次第ってところかな」

 オデンが考えていたことを、イヴァンが代弁した。



 一刻ほど歩き、丘の上に着いた。

「これか、例の石像は」

 着くなり、イヴァンは鉄槌をオデンに預け、祠の中に入っていった。

「確かに、ゴジャールの鎧を着ている。しかも、再現度も高いと言える。よほど腕のいい石工が彫ったのだろうな」

 言われてみれば、適当に石を組んだようにさえ見える粗末な祠に対し、石像は精工に造られているように感じる。

 イヴァンは時間をかけて、石像を観察する。うかつに触らないのはさすがである。

「ニノ。お前は昨日、ここでどうやって供物を探したんだ?」

 しばらくして、イヴァンが戻ってきた。特に手がかりは見つけられなかったのだろう。

「うーん、よく覚えてないけどさー」

 といいつつ、ニノは祠の方に向かう。オデンとイヴァンもついていく。

 ニノは石像に近づくと、膝の上に体をあずけた。

「こんなふうにさ、石像に乗っかったんだ。後ろにもなにか落ちてないかなと思って…」

 ニノはそこから上半身を伸ばし、石像の後ろを覗き込むような仕草をした。あらゆる意味で、イヴァンの慎重さの百分の一さえもない迂闊さであった。

 そしてオデンは、これこそが石像が動き出した理由だと分かった。

「そういうことか」

「え? なにが?」

 のっぺらぼうの石像の顔に、二つの目が現れた。

 ニノは石像の後ろを覗き込もうとした時、手で石像の顔を触っていたのである。

 これこそが、石像を動かすトリガーだったのだ。

「え? え?」

 立ち上がる石像の膝から転げ落ちるニノ。

 立ち上がった石像はついに祠の天井を破った。と同時に、荒く積まれた祠の壁も瓦解した。

 そうか。この祠がガタガタだったのは、石像が立ち上がる時にぶつかっていたからなのか。

「急いで森の中に逃げろ! ここは俺たちがやる!」

 コクコクとうなずくと、ニノは石像の足元から全速力で逃げ出した。

 立ち上がった石像が、オデンとイヴァンを見下ろす。

「想像より全然大きいぞ、こいつ!」

「だからデカいと言った!」

「お前の説明はいつも具体性がないんだ。デカいだけじゃわからんだろう!」

「喋ってるヒマはない。来るっ!」

 オデンは真っ二つの剣を抜いた。イヴァンも鉄槌を構える。

 石像は二人をまとめて殺そうとしたのは、長大な石の剣を横薙ぎにした。

 二人は同時に身を屈めて剣の攻撃をかわすと、石像の間合いから離れた。

 だが、石像は例によって凄まじい速度で迫ると、二撃目を打ち下ろしてきた。

「こいつ、こんなに早いのか! デカいくせに!」

 狙われたのはイヴァンだった。振り下ろされた剣を、鉄槌で打ち払う。だが、立て続けに繰り出された石像の足が、イヴァンを高く蹴り上げていた。

 宙を舞うイヴァン。そのまま、地面に叩きつけられた。

「イヴァン!」

「大丈夫だ。鎧が俺を守ってくれた。それに俺は僧侶魔法プリーストスペルの心得もある!」

 そう強がるが、落下の衝撃が大きすぎたのだろう。すぐには立ち上がれないようだ。とどめをさすべく、石像がイヴァンに迫る。

 助けなければ。オデンは石像に接近する。

「いけるのか? 真っ二つの剣…!」

 剣の柄を強く握りしめる。


(信念を貫け! オデン! そうすれば、お前は無敵だ!)


 声が、聞こえた。

 オデンは口の中で、ある男の名前をつぶやいた。

 そして、愛剣の柄を一層強く握り締めた。

「こっちだ! デカブツ!」

 左手の盾で、石像を叩く。石像の意識が、イヴァンからオデンに向く。動けないイヴァンより、攻撃をしかけるオデンが危険と判断したのだろう。

 石像は剣を振り下ろす。盾でいなしながら、オデンは剣を石像の足に向かって振り下ろす。

 キーンと、金属の甲高い鳴き声がした。

 瞬間、石像の左足が折れた。

 切れたのではない。折れたのだ。

 だが、一撃で真っ二つの剣も刃こぼれをおこした。やはり、剣では石像と戦えない。

「イヴァン、鉄槌を借りるぞ!」

 盾を石像に向かって投げつけ、剣を地面に突き刺すと、落ちていた鉄槌を掴んだ。

左足を失った石像は、左手の盾で体を支え、伏した態勢のまま動き出した。痛みを感じないから、無理な態勢でも戦えるのか。

 しかもそんな態勢なのに、足があった時と変わらない速さで動けるとは。

「それだけ、かけられた魔法エンチャントが強力だということなのか!」


 この石像は、いったい誰が作ったものなのか。何を守っていたものなのか。


 しかし考える暇はなかった。石像の猛攻は続く。

 石剣をかわしつつ、攻撃の隙を伺う。

 魔法生物アーティファクト・クリーチャーは疲れを知らない。早く決着をつけなければ、オデンの体力がもたない。

 狙うは、同じく左腕の盾。あそこさえ破壊できれば、この石像はもはや動くことはできまい。

 一瞬、石像の攻撃が止まった。チャンスだ。

 オデンは駆け込み、縦に鉄槌を振り下ろした。


 だが。


 石像は体を持ち上げると、盾をオデンの頭上に叩きつけようとした。


 フェイントだった。魔法生物である石像が、そんな高等な技を使うのか。

 鉄槌を振り下ろすモーションに入っていたオデンは、もう逃げることができなかった。せいぜい、鉄槌の柄で石の盾を受けることくらいだ。

 だが、あの質量を止められるのか。

(やられた!)

 オデンは思わず目をつむった。


 その時だった。


「馬小屋流忍術! 巌崩いわおくずし」


 気合の乗った、少女の鋭い叫び声が聞こえた。


 刹那。


 巨大な石像は一瞬にして無数の細かい破片となり、その場に崩れ落ちた。

 オデンの目前には、石像の代わりに瓦礫の山が築かれていた。


 その瓦礫の向こうには、黒い衣をまとった少女が立っていた。


「危ないところでしたね、オデンさん」


 瓦礫を踏み越え、黒衣の少女はオデンの近くに歩み寄った。


「ねる子さん…なのか?」


 少女は、顔を包んでいた黒い覆面を解いた。


 頭の後ろで束ねられた、濡羽色ぬればいろの長い髪、そして同じくオニキスのような黒い瞳。


 それは、紛れもなく、オデンが探していた少女、馬小屋ねる子であった。


「でも、おかげでこのゴジャル皇帝陵の入口が分かりました。まさか、あの石像の下にあったとは」


 そう言われ、祠の方に目を向けた。

 巨像のあったところには、地下への入口が口を開けていた。


「私が探した時は、見つけることができませんでした。あのデッテさん、お手柄でしたね」


「ねる子さん、ここは一体なんなんだ?」

豪帝陵ごうていりょう、つまり、帝王ゴジャルの墓です」

 驚きの声をあげたのは、イヴァンだった。

「ここが…伝説のゴジャールの墓なのか!」

 イヴァンの問いに、ねる子は神妙な顔でうなずく。

「まさか、こんなところに、伝説の夏の都ザナドゥがあったとは」

「ザナドゥだって」

 子供の頃に聞いたことがある。世界を席巻した帝王ゴジャルは、その死に際し巨大な墓を建設し、世界中で集めた宝をそこに納めたという。

 だがその墓は、三百年たっても見つかることはなかった。多くの冒険家がザナドゥの謎に挑んだが、果たせなかったのだ。

「この丘全体が、あなたたちの言う伝説のザナドゥ。つまり帝王ゴジャルのみささぎです。そして我が一族にとっては、呪われた地」

 そこには、いつもの明るくて可愛らしい、少女の表情はなかった。

「入口を見つけてくれて、ありがとうございます。でも皆さんは、ここで引き返してください」

 オニキスの瞳が、オデンの目を捉えた。

 背中に寒気が走った。

 凄まじい圧力だった。オデンですら、緊張のあまり声を出すことすらできなかった。

「ここから先は、一族の問題ですので。あなたたちは、関わらないでください」

 有無を言わさない口調と目線だった。

 ねる子は背を向け、ザナドゥの入口へと歩いていく。

「ねる子さんの目的が何かはしらない。だけど、ここは危険なんだろう? 止めはしないが、せめて手伝わせてくれないか」

 ねる子は無言で振り返ると、手刀を凪いだ。

 瞬間、槌の頭が地面に転がった。

 凄まじい速度だった。オデンですら、その手の動きが全く見えなかった。

 しかも、触れていないのに柄が斬れた。

 手刀から発した風が、鉄槌の柄を斬ったというのか。

「この先は魔物や悪魔が跋扈する地。あなたたちでは力不足です」

 覆面で頭を覆うと、ねる子は再度、オデンたちに背を向けた。

「陵に足を踏み入れれば、程なくゴジャルの呪いに囚われたものたちに殺されます。引き返してください」

 そういうねる子の目は、であった。

「これは、私の仕事なんです」

 ねる子はそう言うと、一人階段を降りていった。


 オデンもイヴァンも、その小さな背を追うことはできなかった。


(つづく)




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