第34話 初めての二人きりの買い物宣言⑤


「他人が自分のために何かを選んでくれる姿を見るのは良いわね」


 一所懸命に探しているナギの姿を店の端から見つめていると自然と私の胸の内で熱くなるものがある。


「ナギのあんな姿見れて買い物に来た甲斐があったってもんよ。それに副産物もゲットしたし」


 スマホの画面をつけるとそこにはナギのメガネ姿の画像。好きな人の普段とは違う姿に思わず表情が緩んでしまう。


 それから少し時間が経ち、私が人知れずナギの様子を観察していると、横から突然ハキハキとした声をかけられた。


『お客さま。本日は何か御用があってこちらに?』


 声の方を見ると、そこにはサービス業のかがみとも言えるような接客姿勢の男性店員がキラキラとした笑顔を見せていた。


 この人はいったい……と疑問に思っていたが、店員の服装や自分のいる場所を改めて確認し、すぐに理解できた。

 実はナギと一緒に来たメガネ店の隣は家電量販店となっている。

 しかも壁の隔たりがないため、ナギの様子を見ていた私は気づかないうちに、どうやら家電エリアの方に入ってしまっていたらしい。


 家電エリアには悲しいことに他にお客さんが見られない。そりゃ、ほかに誰もいなかったらこの店員さんも商売なので私に声をかけにくるはずだ。


 家電なんて全く買うつもりなんかないし……勘違いさせて申し訳ないわ。無視するのもアレだから一応対応を。


「いえ、用というほどでは」

『先程、何やら嬉しそうな顔されてたので、今回のお買い物で何か良いものが手に入ったように見受けられたんですが』


 さすがサービス業。ただでは折れずにあくまで会話を続けようとするなんて。

 客との距離を詰めて自分の土俵に持ってくる流れかな……貪欲な姿勢は見習うべきところはあるわね。

 まぁ、ナギはまだ時間かかりそうだし、少しぐらい付き合ってあげよう。


「あ、見られてたんですね。おっしゃる通り良いもの(ナギの写真)は手に入りました。思わぬ収穫です」

『むむっ! それは本当に良かったですねっ! 良ければそれがどんなものか教えてもらえますか?』


 えぇ……写真を教えるって言ったって。流石に恥ずかしいと言うか。変というか。

 やんわりと濁そ。


「それ(ナギの写真)がどんなものか……そうですね。しんどい状態からそれ一つですぐに元気になるものというか、もう心臓がドキドキして、興奮したりして」

『え……』


 すると突然、男の店員さんはとんでもないことを聞いたような顔を凍らせた。


『あのー それってもしかしてやみつきになるというか中毒になるものだったり』

「中毒? まぁそれには近いですよね。お恥ずかしい限りですが、もうかれこれ小学生からです」

『小学生の頃から!?』


 なんだかんだでナギを追いかけ続け、かれこれ結構な年が経ったなぁ。あれから私って成長してるかしら。


『それって、白い……というか粉状というか……?』

「? よく知ってますね。それこそ今さっきまで顔面に浴びてましたよ」


 いちご大福は本当にやりすぎたと思う。

 でもナギは優しいからすぐに許してくれた。


 ーーもちろん。ナギが真っ白になったのも撮影済みだ。


『あ、あの僕が言うのもなんですが、あなた自身のためにそれは手放した方がいいのでは』

「えぇーーっ!? 手放すわけ無いじゃないですか!! これは私の元気の源なんですから!!」


 ナギの画像集は今なお私の宝物だ。

 誰にも渡さないし、手放すわけない。

 というか、なんで店員さんにそんな事言われなきゃいけないの?


『は、はぁ……そ、そうですか。それでは……あのーーごゆっくりお買い物をお楽しみください』


 私がそう自信満々に言うと、店員さんは少し苦笑いを見せて、そそくさと立ち去っていった。


 まったく。せっかく話を続けようとしてあげたのに。変な忠告だけしてあっさり引き下がるなんて。


「ーー詩葉、決めたよ!!」


 私がひとしきり不満を呟いていた中、割り込むようにナギが嬉しそうな顔で声をかけてきた。


 どうやらメガネの厳選が終わったらしい。ナギの表情を見る限りじゃ、期待できそう。まるで渾身のモノが見つかったような顔だから。



○○○○○○



「ん! かわいい」


 ブルーカットだとかメガネの機能的な良し悪しは全く分からないが、ナギが選んだモノはかなり好印象だった。

 茶色に彩られたこのフレームなんかも特に可愛いし。

 まぁ、話はこれをかけた姿を見てから始まるから……っと。


 私はメガネを身につけて、ナギの顔を伺う。


「どう? 似合ってる?」

「なんで大学生がこぞって一眼レフを買うのか分かった気がする。そこにある絶景を形に残したいからなんだね」


 私のメガネ姿を見たナギは何かに目覚めたように静かに言葉を並べていた。


「……とにかく似合いすぎて、その姿、何百枚と写真とりたいくらいだよ」

「出来れば、ツーショットが良いけど」

「え? メガネと? そ、そうだね……。これから生活を共にするものだから二人の場面の写真残しておきたいよね」

「……もぅ。ナギのバカ」


 ナギと一緒にに決まってるでしょ!!


 自分のメガネとツーショット撮りたい女子大生なんているわけないでしょうよ。

 どれだけこだわり強いのよ。一アイテムに。


「いきなり罵倒!? え、ぼくなんかやっちゃった!?」

「はぁ……ううん。ま、もういいや! それじゃ買ってくるね!」


 私は、ナギが選んでくれたメガネを手に小走りにレジに走る。

 心が躍るとは今の私の状態のことを言うのだろうかーーうん、きっとそうに違いない。


「ーーそうだ。ナギ!! 選んでくれてありがとう。これ一生大事にするからね!」

「あ、う、うん!!」


 一生なんて大袈裟?

 そんな事ない。


 これは私が好きな人が私のために選んでくれたもの、一つ目だから。



○○○○○○



「んー意外にメガネ買うのって、レンズ入れるのとかで時間かかるんだなー」

『お客様。本日は何かお探しにこちらに?』


「(ん? あぁ隣にある家電屋の店員さんか)あーお探しとかじゃないですね」

『それでは、何か御用でこちらに?』

「えーと、まぁそんなところですね。愛しい人の新たな一面(メガネ姿)をこの目に焼き付けようと思いまして」


『あ、新たな一面ですか?』

「えぇ。それに我ながらビビってますよ。もしかしたら僕の手で、みんながさらに悶え苦しみ、心が奪われる兵器(詩葉)を作り出してしまったんじゃないかと」


『へ、兵器……? そ、そんな物騒なものが今あなたの手に?』

「いえ? まだ僕の手にはありません。でもいつかきっとーー」

『は、はぁ……そ、そうですか。それでは……あのーーごゆっくりお買い物をお楽しみください』




『(なんか、今日変なお客さん多いよなぁ……)』

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