第4話 天使再臨の宣言

「な、なんで詩葉がここに!?」

「なにぃ!?」


 僕の驚きの声が聞こえたのか、レンもまた驚きの形相を出し、玄関に駆け寄った。

 そして、玄関に確かにいる詩葉の姿を見て、今一度信じられないという表情を彼は出す。


「な、なんで、詩葉がいんだぁ?」

「久しぶり、レン。なんでってそりゃ、ナギに会いに来たからに決まってるじゃん!」

「いや……『決まってるじゃん!』……と言われてもな」


 いまいち僕らが納得できるような理由ではなかったが、詩葉はそう言うと満足そうな顔を見せていた。


 いやいや……僕に会いに来たからって言われても。もしかして向かいに引っ越してきたのが詩葉? 

 でも詩葉が行ってる大学って確か県外だし。

 詩葉の家、割と厳しいから一人暮らしとか許さないだろうし。

 そんなような沢山の疑問がどんどん増えていく。

 

 それら全ての答えを聞こうと思ったが、その前に詩葉は、二匹の変態紳士にエスコートされて僕達の部屋に入る事となった。


「それよりマドモワゼル、貧相な玄関になんか立ってないでこちらへ?」

「……生きてる心地もしない汚部屋おべやだが、好きにくつろいでくれ」


 はっきり言っておくが、この部屋にクドウとホイミは住んでいない。だと言うのに、僕たちの部屋に対してこの扱いは訴訟ものだろう。



○○○○○



「なにぃ!? この綺麗な女性がナギの話に出てきた人!?」


 詩葉を部屋に入れて早々、ホイミが仰天する。クドウもホイミほどリアクションが大きくはなかったが、驚いていた。


「って、思わず驚いたが何の事だ。ナギの話って」

「さっき”つまみ”って、言ってた話だよ」

「あぁ、さっきレンが言ってたあの妄想話ってやつか。内容知りたいから簡潔に教えてくれ」


 ホイミは詩葉と僕の関係をすぐに知りたいようだった。いや僕との関係というよりもあの様子では、詩葉について知りたい欲の方が高まっているらしい。

 そしてホイミに言われると、レンがしばらく考え込み、端的に述べた。


「うーーん……ナギ、薬、キマる?」

「待て。それだけじゃ、ナギが薬やってることしか分からん」

「えぇぇーーっっ!? ナギが麻薬を!?」


 レンの口から予想外の言葉が飛び出して、詩葉は驚き戸惑っている。

 はふぅ……おどおどしてる詩葉も可愛すぎるな。こりゃ国宝もんだ。

 しばらく見てなかったせいか詩葉はさらに可愛くなったような気がする。


 って、いけないいけない。このままでは詩葉に変な心配をさせてしまう。


「大丈夫だよ、詩葉。やってないからね? おい、レン!! ちゃんと説明ろや!!」


 僕はすぐさまレンに訂正するように強く言い放った。

 するとレンのバカは小さな脳みそをフル回転させながら考える。


「えぇーっと、これまで聞いたのを簡潔に言えばいいんだろ? ナギが……惚れさせる……美人、えぇっと」

「……梅子さんを」

「おぉそうだ。あんがと、クドウ」

「おぉぉーーいいっっ!!?? 違うだろ!? 今日起きた話がごちゃ混ぜになってるじゃないか!!」


 クドウのフォロー? もあってか、難しい課題を解決したレンは納得した表情を出している。


「う……そ、でしょ」


 すると詩葉は、まるで人類が滅亡するのを聞いた人みたいに、『ありえない』という表情を出し、思わず絶句してしまっている。

 美しくハリがあり美白の顔は、病人のように青白くなりひたいに冷や汗を滲ませていた。


「本当なの、ナギ!? ナギが惚れさせるって!! ってか、梅子さんって誰!?」

「お、落ち着いて、詩葉!! そんなの嘘に決まってーー」

「……このアパートの二階に住む美魔女。よわい、80を過ぎてるというのに、夜の営みは現役。最高峰の手腕と技術を持っていて一度ハマれば、虜になり抜け出せない」

「癖になるレベルなんてもんじゃない……もはや中毒。なるほどな、だからレンはヤクなんて比喩を」

「そうとも。あながち間違いじゃないだろ?」

「さらっといらん補足説明するなよ!! つーか、勝手にその内容で完結しないで!?」


 いけない。変な流れになってる。

 こんなふざけた内容だと詩葉が困惑してしまう。

 ごめん、詩葉。周りにロクな奴がいなくて。


「へぇ……? 経験豊富な大ベテランって事ね。要注意じゃない。むしろライバルとして燃えるわ」

「詩葉、その認識間違ってるからね!? 詩葉と梅子さんはもはや張り合えないから!」

「……そんな!? 私じゃもう既に勝てないレベルまで二人は親密に?」

「逆だからね!?」


 詩葉と梅子さんなんて月とスッポン、くじらいわしもしくは、原作漫画とそれを元にした実写映画ぐらい張り合えない。


「というか、これじゃ埒あかないから僕が説明する!!」


 悪化する気配しかないこの流れに終止符を打つべく、僕自身が僕と詩葉の事、それとこれまで起きた事を話したのだった。


「ふーむ、そういう事か」

「理解できた? ホイミ」

「まぁな。でもま、レンの言う通りお前の状況を聞けば、そりゃ薬を疑われるわな」

「だろ?」


 酒を止める事なく口に運んでいるホイミがレンに同意する。自分の意見が棚に上がるやレンは我が物顔だった。


「詩葉も分かった? 僕と梅子さんには何にもない事。これはあの三人の悪ふざけなんだよ」

「うん……ちょっと早とちりだったわ。あまりにもほんとっぽかったから」

「え、どこが!? いつ僕が、80過ぎをストライクゾーンに入れてた!?」


 詩葉にはここでハッキリと否定しておきたい、僕はホイミと同じくらいストライクゾーンが広いわけじゃない事を。


 そして僕の発言を聞いて、詩葉は汚れのない、真面目な顔で、冗談ないようにこう述べた。


「だって、ナギ。高校の時、クレオパトラ見て、『世界三大美女か〜 そんな綺麗なら一度でいいから抱いてみたいよな〜』って言ってたじゃない。彼女、もし生きてたら今頃2090歳よ? ナギは、てっきりかなりの年配でもいける口かと」


「「「………………」」」


 僕の高校時代のふざけた言動が思い出させられると同時に長い沈黙が空間を包んだ。


「……なぁ、レン。この子の発言ってガチか?」

「……あぁ。詩葉は勉強はかなり出来る。だが、昔から少しばかり……いや、だいぶ常識がない時がある。特にナギが関わった時は」

「……神は全てを与えずとは本当だったのか」


 ホイミとレンが何やらコソコソと話している。詩葉が醸し出したこの微妙な空気をどうにかしたいというのに、二人の協力は望めないようだ。


「……ナギ。本当にそんな事言ったのか? クレオパトラを抱いてみたいなんて」

「うん、確か言った気がする。でももちろん冗談だよ? 一時期男子の中でどこまでの高齢ならイケるって話が出て」


 なんか知らないけど僕らの界隈では熟女が一時期流行ってたんだよな。

 それでふざけて当時歴史の授業で出たクレオパトラを出してみたんだが、まさか詩葉に聞かれてたとは一生の不覚だ。


「ちなみにクドウはどこまでイケる?」

「……シャロン・ストーン(Level.63)」


 まさかハリウッド女優を出してくるとは。その手があったか。

 僕なんて範囲が日本までと思ってたから黒木瞳(Level.61)って、ちょっとガチ感あるように答えちゃったぞ。


「ーーというか、ナギ。あの時の事、みんなに話してたのね……?」


 長い沈黙を破るように詩葉がつぶらな瞳でそう僕に聞いた。

 ぷーと頬を少し膨らませて、まるで子リスが頬に餌を詰めているように……まぁ可愛い。


 って、違う違う。


「ご、ごめん!! 怒っちゃった?」


 ま、マズイ。考えればそりゃそうだよな。プライバシーに関わるし、詩葉の許可をもらって話すべきだった。


 僕が謝ると詩葉は、『仕方ない』と言わんばかりの表情を出して大きく一度ため息をした。

 そして、僕がした事を許すように柔らかい笑顔を見せて口を開いた。


「……うんん、大丈夫。別に構わないもん、誰に知られても。それが理由であの時の決意が揺らぐことなんてないし!」


 男臭い部屋を完全に消臭する詩葉という名の芳香剤。


 あぁ神よ。僕の前に詩葉を存在させてくれた事に感謝します。しかし同時に恨みもします。どうして今この時に、野獣たちの前に女神を立たせたのかを。


「はぁ……うぅ……」

「なんで、ナギは泣いてんだ?」

「……不審すぎ」

「まぁ、ナギがキモいのは今に始まった事じゃない。それで話を戻すぞ? 全容は分かったが、終着点が見えないな。結局お前ら二人はどうなったんだ?」


 そう言って、レンは未だ解決できてない話の本題にメスを入れた。

 それはつまり詩葉のあの宣言の後のこと。

 今の僕と詩葉の複雑な関係。


「うん、色々あったから言うタイミングなかったけど、今から話すよ」


 当初から話す予定だったつもりの話を僕が切り出そうとしたその瞬間、詩葉が何か忘れていた事を思い出したように急に立ち上がった。


「あ!! ごめん!! 私この後、部屋に色々な荷物が届くんだった!! すぐ行かなきゃ!!」


 そう言って、詩葉は色々な事情を僕らが聞く前に早々に部屋を出ていこうとする。

 しかし、玄関の扉を閉め切る前に、彼女は僕らに向かって満面のの笑みを出しながら言った。


「じゃあね、ナギ!! 大好きだよ! チュ……ッ!!」

「うほっ、あぁ……」


 男子が待ち望む究極的なセリフと今の時代絶滅したと言ってもいい仕草ーー投げキッスが僕の心を撃ち放ち、嬉しさと興奮が湧き起こって、一瞬気を失いかけた。


 やばい……とろけそうだ。

 詩葉の可愛さが今日一日で僕のキャパを超えてしまった。


「おいおい……俺もう酔っちまったか? たった今信じられない光景目にしたんだが……。あの子、今ナギを大好きって言ったか? そんなこと言う奴この世に存在するとは思わなかったのに」

「信じたくないが事実みたいだな。あの天下の詩葉も遂に精神が参っちまったか。ヤク中はもしかしたら詩葉だったか?」

「……こんな悲壮感、ドラゴ◯ボールの実写ハリウッド版を見た以来だ」


 詩葉のキュートな仕草を見た三人は個々で好き勝手な事を述べていた。

 その内容は主に僕に対する完全なイヤミ。


 ……コイツらとはいつかちゃんとケジメをつけないといけないみたいだな。

 まぁ、そんな事は置いておいて話し始めるか。


「ーーえぇ、ゴホン。では、みんなが知りたがっているであろうエピソード5を話すね。

 遠い昔、遥か彼方の銀河系で……」



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