第35話「処刑人ジェレミー・セナ」


 「俺の光を基準に距離を測れ!」


 灯りを持てば居場所がバレてしまう。だから光はアルが持ち、処刑人と交戦。

 クロエはアルを見失わない程度の距離を保ちながら物陰に隠れ、処刑人の動向を見る。ナナを守る為にも敵から目を離せない。

 アルが水路に飛び込めば、処刑人も後を追う。

 水深は大したことがなく、足首まで浸かる程度。

 水を踏む足音を目印に立ち回りながら、銃を放つアル。

 初見殺しのつもりでやってるのだが、大剣に阻まれる。


 「やっぱ、そうなるか。邪魔くせぇな」

 

 アルは大剣の腹を蹴り飛ばし、処刑人との距離を離す。

 今回は役に立たなそうな銃を仕舞い、ナイフへ持ち替えると処刑人は体の向きを変えていた。


 「……クロエ! そっち行くぞ! 警戒しろ!」

 「警戒しろと言われても!?」


 視界が悪い。アルの位置しか分からない。

 クロエは足音と気配を必死に探り、息を整える。見えていないのは一緒なのだ。

 そう思った時、ふと違和感があった。


 「見えてない……はずがない!」

 

 アルに対する一撃は重さを活かした振り下ろし。

 クロエは同じ攻撃が来ると読み、ナナを抱き抱えて横っ飛び。アルと同じ水路へ。

 すると辺り一帯が見えるようになった。アルが魔術書のページをナイフで天井に突き刺し、ライトにしたのだ。

 

 「普通に言う暇がなかったんだけど、良く気が付いてくれた」

 「あぁ、思い返してみればこんな入り組んだ構造の地下通路でわたしたちを見つけるのが幾ら何でも早過ぎた。暗闇の中でも視えてると言うことか?」

 「魔眼か……思い当たるのは千里眼。だとしたら障害物すら意味がない」

 

 魔眼は魔法とはまた違う特殊な体質で常時発動型。魔封石の対象外だ。


 「……」


 処刑人は一切口を開かない。恨めしそうに天井の紙切れを見つめる。

 

 「クロエ、魔術書だけは守るぞ。灯りが無くなったらナナを守るのは俺でもキツい。まだ予備のページは持ってるけど、一瞬の暗闇が致命傷だ」

 「了解した」

 「ナナは下がってろ。行くぞクロエ!」

 「行くぞアル殿!」


 三人が蹴り出したのはほぼ同時だった。

 先に仕掛けたのはクロエ。細剣で矢継ぎ早に刺突を繰り出す。

 大剣を盾にしていとも簡単に防いでしまう処刑人。アルはその横に回るように動き、回し蹴りを放とうとするが。


 「そうだよなぁ……見えてるよな」


 横薙ぎにしてきた大剣を回避し、呟く。

 大剣を視界を遮るように盾として使っても千里眼のおかげで不利にならない。

 しかもこの狭い地下通路でアルとクロエの二人を相手取れる実力。処刑人と噂されるに相応しい強さと恐ろしさだった。

 

 「言葉を発しないのが奇妙だな……」

 「おいお前! なんか喋れねぇのかよ!」

 

 アルはなんとなく会話を試みる。

 もしも話が通じる相手で戦わずに済むのならそれに越したことはない。訳の分からない地下迷宮を出るのなら暫定千里眼持ちの協力を仰ぎたかった。

 

 「………あ、あ、あ」

 「「?」」

 「声を出すのは何年振りか。どうすれば良いのか忘れていた」

 「会話出来んのなら話は早い。俺たちはここから出たいんだ。千里眼で出口まで案内してくれよ。出来れば無益な殺生はしたくないな」

 「お前たちには無益でもこちらにとっては有益。ここへ来た生き物を処刑する。それこそが契約。速やかに履行する」

 「そうかよ。やれるもんならやってみな」

 「……」


 処刑人はアルの啖呵に応じない。もう交わす言葉はない。

 大剣を手にしたまま狙ったのはクロエ。

 クロエは大剣への警戒をしながら身構える——が、大剣は水路に突き刺さる。水路に何かあるのか。それとも、と剣に引き寄せられる視線。

 その一瞬の隙に処刑人はクロエの右頬へ拳を叩き込んだ。

 細身の体が音を立てて水へと打ち付けられる。


 「クロエ!」

 「陽動にあっさり引っ掛かるなよ……ったく」

 

 追撃に向かう処刑人にアルが立ち塞がる。

 大剣を手放した理由は明白で、ただこの狭い空間では扱い難いからだ。

 だが、徒手空拳はアルの土俵。剣を持っている時に比べれば戦い易い。

 肘と膝をメインに小さく細かく動き、重い一撃を打ち込んでいく。終いには大きく後ろ回し蹴りを処刑人の腹部に。壁まで蹴り飛ばす。

 

 「クロエ、大丈夫か? 混ざれるなら混ざって良いぜ」

 

 口元の血を拭うクロエの目に映るのは壮絶な格闘戦。

 

 「纏めて串刺しにしても恨まないでくれ」

 「やれるもんなら」

 

 処刑人に降り掛かってくるのは練度の高い打撃と細剣の連撃。

 防御出来ない刃を注視する中、クロエがくるりと逆手に持ち替えた。刀身が見え難くなるが、千里眼には通じない。

 アルの拳打を防ぎ、刃に意識を向ける。

 だが、刃を気にし過ぎた。

 クロエは小さく、速く、ナックルガードを突き出す。

 予想外の一手に一瞬、処刑人の思考が乱れる。

 その隙にアルは左足で延髄斬り。


 「今の外されるか……」


 クリーンヒットを外され、アルは嘆く。

 そこからクロエは蹌踉めく処刑人に細剣の切先を向ける。狙いを定める。

 

 「覚悟——!」


 と、細剣の突きを意識させるように叫ぶと同時に柄から手を離す。

 素早く処刑人の懐に潜り込み、手を取り、ボロボロの服の襟を掴む。処刑人を肩に乗せ、体を捻りながらグッと頭の位置を下げる背負い投げ。

 処刑人にやられた武器を手放す戦法をやり返し、アルに教わった素手での戦い方を恐れず実践で使う。王女の騎士と言う立場に恥じない度胸と勝負強さ。

 しかし、場所と状況が悪かった。

 ひっくり返る世界の中で処刑人は天井に突き刺さったナイフを蹴り飛ばしたのだ。

 魔術書はそのページ全体が重要で、破れたりすれば使えない。天井に固定され、ナイフで塞がれていた穴が露わになれば当然光は消える。


 「クロエ! ナナを守れ!」

 

 真っ暗闇でアルが叫ぶ。集中力を最大限まで引き上げ、敵の気配を探る。

 ナナの位置を覚えているクロエも一刻も早くその場所へ。


 「姫様!」


 すると処刑人が発していた殺気が突然消えた。

 

 「……?」

 「今、何と言った? 姫と言ったのか?」

 「クロエの発言か? だったらなんだよ」

 

 予備の魔術書のページを取り出し、アルは光を灯す。

 処刑人はゆっくりとナナの前に立つと片膝を突き、頭を下げる。


 「とんだ無礼を。申し訳ない」

 「えっ? えっ?」

 「アル殿……これは一体?」

 「知らねーよ。とにかく戦わなくて済みそうだぞ」


 何故か戦闘が止まり、四人は水路から出て一息。

 

 「えーっと……あなたは?」

 「名をジェレミー・セナ。昔からシーン家に仕え、この場所で敵を屠ってきた」

 「昔から……何時からここに?」

 「暦がないから分からない。そもそもバージニオ様と契約を交わしてからシーン家の人間どころかここへ落ちてきた奴ら以外には会っていない」

 「「バージニオ!?」」


 ジェレミーの出した名前にナナとクロエが驚いた。

 

 「バージニオってもう百年以上も前のレヴィア国王じゃなかったか?」

 

 アルも文献で名前を見たことがある。戦闘力は皆無だったらしい。

 

 「その時代からずっとここに居るんですか?」

 「それが契約だった」

 「いや……契約……え?」


 魔族の成長や寿命は人間とは違う。

 ナナもそれは分かっているが、基本構造は変わらない。食べる物を食べなければ死んでしまう。少なくともこの地下で食べ物を調達出来るとは思えない。

 もしもの可能性にナナは骸骨を見る。

 その視線にジェレミーが反応する。


 「死体は食べていない。食べようと思えば食べられるが。空気さえあれば十分だ」

 「それがお前の魔法か」

 「そうだ。石だろうと泥水だろうと呑み込めるのなら何を食べてもエネルギーに出来る」

 「千里眼同様常時発動型で魔封石の対象外。ここまでお誂え向きな戦場もないな」

 

 灯りがなければ何も見えない暗闇で魔法も使えない空間。

 千里眼持ちでアルとクロエを相手取れるジェレミーにこれまで勝ち星を上げられなかったのは目の前でピンピンしている処刑人が証明している。

 当然とも言える摂理にアルは呆れたように笑う。

 

 「それではジェレミーさんはどう言った経緯でここに? バージニオ様の時代と言えばそれこそ魔族と人間の抗争が激化していたはずですが」

 「正直、人間との争いなど興味がなかった。だが、当時はその態度だけで敵と見做され、命辛辛逃げ仰た先でバージニオ様に拾われた。そうしてこの地下に匿って貰うことになった」 

 「その代わり、ここへ落ちてきた人を……」

 「落ちてくる中には魔族も居た。戦えないバージニオ様が考えた一種の防衛装置で城の……いや、国のあちこちに落とし穴があるはずだ」

 

 魔封石の地下迷宮は国全体に広がっているとジェレミーは言う。

 

 「そもそもお前なんでナナの正体に気付かなかったんだよ。王族は分かり易いだろ。そしたら無駄に戦わずに済んだのによ」

 「残念ながら千里眼使用中は白黒の世界になる」

 「さいですか。俺らが相手で良かったな。下手したら主人を殺してたぞ」

 「まさかこちらとしてもシーン家の人間が落ちてくるとは思わない」

 「それもそうか」


 ここは元々王族の身の安全を確保する為に敵を落とす場所。

 敵以外の誰かが落ちてくるのは初めての経験だったのだろう。仕えているはずの王族となれば尚更である。

 

 「ここで百年以上も……」


 ぶつぶつと何かを考え込んでいたナナがパッと顔を上げ、ジェレミーを見る。


 「お聞きしたいのですが、ジェレミーさんにとってわたくしは主人なのですか?」

 「主人はシーン家。それが契約だ」

 「なら契約を更新しましょう。今日からわたくしの騎士として仕えてはくれませんか? ナナ・アルファ・シーンの騎士として。美味しい食事と地下迷宮から離れることは取り敢えず保証します」

 「主人がそう望むのなら。この命、ナナ様に捧げよう」

 

 新たに契約を上書きしたナナ。クロエに続き、二人目の騎士。


 「やれやれ。魔王と貿易してこんな場所まで叩き落とされたのに凄い姫様だな」

 「姫様には種族も身分も関係ないんだ」

 「知ってるよ。でなけりゃあの料理人を雇わないだろ。実力と人格至上主義は嫌いじゃあない」

 「とにかくこれでここから脱出出来る目処が立ったな」

 「あぁ、マーベリックの顔面一発くらいは殴ってやらねぇと気が済まねぇ」


 アルは左の掌に右拳を打ち付け、嬉しそうに笑った。

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