第36話「ガードナーの名を持つ少女」
アリスは露店の後片付けをしながら今日仕入れた情報を纏めていた。
朝から国中が大騒ぎで、今もあちこちに騎士団の連中がウロウロしている。
「夜中にガーゴイルが侵入して交易用の赤身魚が入った箱を盗もうとしていた。そのガーゴイルを討伐した冒険者は何者かの攻撃で気絶させられた……ですか」
客に聞いた話はどれもこれもそんな内容だ。
国で生活している人々は怖い怖いと口にしていたが、アリスには不可解に思える点が幾つかあった。
まずはガーゴイルを殺したはずの冒険者たちが気絶で済んでいること。
ガーゴイルの仲間が居たとすれば普通は殺し返しているだろう。
加えて交易品を夜中に持ち去ろうとしていること。
何処に貯蔵されているのかも分からない時に奪うくらいなら輸送中を襲う方が間違いない。
「輸送中に護衛が居ることを考えれば変じゃないですが……中身は赤身魚」
アルの定期連絡曰く赤身魚の交易価値は低い。
「まさか……いや、だとしても私には関係のないことです」
アリスはとある推論を導き出したが、首を振り、宿へと戻った。
大抵の場合は夕方から夜にかけてアルからの定期連絡が手紙で来る。宿屋の店主にいつもの流れで手紙が届いてるはずだ、と尋ねる。
だが。
「いえ、今日はアリス様宛のお手紙は特に……」
「……そうですか」
ないものは仕方ない。部屋に設置した異次元テント内でアリスは頭を回す。
推論が当たってたとしてもアリスには関係がない。そう思っていた。
しかし、そこにアルが首を突っ込んでいるのだとしたら。
「無関係と割り切れませんね」
結局、一晩経っても連絡は来ないまま。当然の如くジゼットも知らない。
アリスは夕焼け色の外套を身に纏い、勝手知ったる城下町へと繰り出す。
まず向かった先は騎士団の詰め所。警邏担当の事務所であり、特別な仕事が入ってさえいなければ必ず二人は駐在している。
「すみません。誰か居ますか?」
「少々お待ち下さい! 今、行きます!」
詰め所の奥からドタバタと音が聞こてくる。
「休憩中でしたか。間が悪かったですね」
「いえいえ、そんなことはありませ……」
朗らかに顔を出した騎士だったが、アリスを見て言葉を詰まらせた。
「ホプキンスは居ますか?」
「えっ、あっ、団長ですか!? 今は城に居ると思いますので……」
「そうですか。ありがとうございます——」
「直ちにお呼びします!」
アリスが自分で行くと言う前に騎士が詰め所を飛び出してしまう。
間違いなく騎士の態度に関係している自身の外套を見るアリス。
「なんだよあいつ慌てて……うお!?」
「お構いなく。休憩中なのでしょう?」
「何か……飲みます?」
「お構いなく」
元々この効果を期待して羽織ったが想像以上だった。
しばらく待っていると騎士がロリスを詰め所まで連れてきた。
ロリスは一瞬目を見開いたが、詰め所の二人ほど大騒ぎすることなく納得したように頷く。
「中でゆっくりしますか?」
「いいえ、歩きながら話しましょう。私が居るとそこの二人が落ち着かないでしょうし」
「ですね」
ロリスは滅相もないと言わんばかりに首を振る騎士たちを笑いながら外に出る。
堂々と歩くアリスに騎士団の面々は驚愕し、年配のレヴィア国民は心底ホッとしたような表情を和らげる。それでも大抵は素通りしていくのが普通だった。
「それにしてもあのホプキンスが騎士団長とは大きくなりましたね」
「それはこちらの台詞です」
「私はそんなに変わってませんよ。見ての通り、この外套もブカブカですから」
「本当に懐かしい。ルミナ様の外套を纏っている人物がやってきたと聞いた時は驚きましたよ」
「何を驚く必要が。私以外に居ないでしょう」
「まぁ、冷静に考えてみれば」
ロリスの戯けるような口調にアリスが目を細める。
あのルミナ相手に冗談を吐いていた頃と性根は変わっていないらしい。
「雑談はどうでも良いです。狂戦士……ロバーツの行方を知りませんか?」
「アル殿をご存知で?」
「ご存知も何もパーティリーダーですよ。魔王城へ行く路銀の為に滞在してるんです」
それを聞いたロリスは大きく大きく目を見開いた。本気で驚いている。
「そうでしたか。しかし、アル殿の行方は愚か殿下とクロエ殿も消息不明」
「魔族の侵入騒動後からですか?」
「そう……ですね。事件の翌朝に会って……それからマーベリック殿に呼ばれていたはずなのですが」
「マーベリック……ふーん、そうですか。その後お姫様たちの捜索は?」
「当然。ですが……」
経過は良くないどころか手掛かり一つ掴めていない。
口籠もるロリスの態度で大体察したアリス。新たに得た情報からしても立てた推論が当たっている可能性は高そうだった。
「狂戦士が一緒ならお姫様の無事は間違いないでしょう。さほど心配することでもないと思います」
「そうなのですか?」
「護衛として雇われてる以上やり切る人ですよ」
アリスはアルたちの所在に関してほぼ確信している。
場所が場所なだけに迎えに行くことも考えたが、放っておいても勝手に戻ってくるだろうと決め付けた。
だからアルのことは大丈夫だ。
寧ろ問題は別にある。
「突然呼び出してしまってすみません。ところで一つ聞きたいのですが」
「はい、なんでしょう?」
「これ着てれば城にも入れますよね」
「えっと……何をする気ですか?」
「ホプキンスが心配することではありませんよ」
詳細を話さないアリス。
アルのパーティメンバーと聞くと少々不安が浮かぶロリスだが、ガードナーの名前を受け継ぎ、その外套を着ている。それが一種の信頼でもあった。
「では、また」
ロリスは城に向かうアリスの背中にそう声をかけて見送った。
ロリスと別れたアリスは正面から城に乗り込む。堂々と。
怪しい人物なのは間違いない。だが、今は亡き英雄ルミナ・ガードナーのトレードマークだった外套を羽織った少女。止めようにも恐れ多くて止められない。
魔族侵入騒動直後に現れたのもあり、僥倖と捉える者たちも居た。
アリスはノックもせずに王子の部屋であろう扉を蹴り開ける。
「何者だ!」
無礼千万な来客にマーベリックが腰の剣に手を添える。
「アリス・ガードナー。少々文句を言いに」
「ガードナー……!?」
マーベリックはもう居ないはずの家名を聞いて狼狽える。
「せいぜい魔族と交易をしていたくらいで姫を処刑場に落とす馬鹿が何処に居るんですか。そもそも防衛装置なのに騎士団長にすら教えずに活用してるのは如何なものかと思いますが?」
アリスの発言にマーベリックの眉間に皺が寄る。
そんな騎士の反応とは逆にアレックスは驚いたように身を乗り出した。
「ナナが魔族と交易を? 処刑場? 一体何の話をしてるんだ?」
「……王子様は知らなかったんですね。どうしようか迷っていましたが、それなら良しとしますか。そちらの騎士の方は知っていたようですね?」
「馬鹿なことを抜かすな! 姫様は魔族に——」
「そうですね。処刑場を使ったのならそれも嘘じゃなくなるでしょう。ですが、狂戦士とフィンドレーの娘が居てあっさり負けるとも思えません」
アリスはルミナからレヴィアの細かい事情まで全て聞いている。
マーベリックの言葉に傾ける耳を閉じ、話をどんどん進めていく。
「ガードナーの名前を受け継いだ者としてお灸を据えるべきかと思いましたが、王子様が何も知らないなら今回は水に流します。ただし、ミル」
「な……なんだ?」
「狂戦士に喧嘩を売った覚悟はしておくべきですね。それと王子様、姫様はそのうち戻ってくるので安心して良いですよ」
「あ、あぁ。教えてくれてありがとう。ガードナーの名を信じよう」
雪崩れ込んでくる情報に驚いていたアレックスだが、平静は失っていない。
ただルミナと同じ外套を着ているだけのアリスを信じて感謝を述べる。髪色も目の色も違う。それでも不思議とルミナの娘のように見えたのだ。
意外にも聡明そうなアレックスにアリスは虚を突かれる。
仮にルミナの血筋だとしても無礼で怪し過ぎるアリスに斬り掛かりたいマーベリックも主君が信じた人物ではそうも出来ない。
「突然、お騒がせしました。無礼なのは承知の上でしたが……私は盗み聞きも無礼だと思います」
アリスが人差し指を立てると苦しそうな鳴き声と共に天井から一匹のネズミが降りてきた。アリスのワイヤーに捕まり、どうにか逃げようともがいている。
「いつもなら首を飛ばしてるところですが、王子様の前です。では失礼します」
ネズミを吊るしたワイヤーを持ったまま背中を向けるアリス。
「待て! まだ話は!」
「話なら姫様が帰ってきた後にゆっくりどうぞ。少なくとも私が介在することではありません。今回はパーティメンバーに危害が及んだのでは、と問い詰めに来ただけです」
元々連絡が途絶えたら動く算段だった。
推論はおおよそ正解で、正解であるなら特にアリスが心配することはない。処刑場なら脱出出来るはずだ。
部屋から出たアリスはワイヤーを絞り、ネズミの首を刎ねる。
落下する前に炎で焼き尽くし、後始末も完璧に。
「貴族の質も変わって無さそうですね。バトルトーナメントもありますし、あちらは私がぶっ壊すとしましょうか」
そんなことをひとり呟きながら宿に戻る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます