第34話「処刑場」
昨夜、ナナたちがしていた秘密の貿易を知ったアルはぐっすり寝ていた。
明け方までクロエの特訓に付き合っていたのもあり、眠りは深かった。だが、人の近寄らない執務室へ近寄る足音には気付ける。
熟睡する二人を起こさないようにアルは目を開け、立ち上がる。
誰が来るのかと警戒していると優しいノックが聞こえてきた。
「殿下、宜しいでしょうか?」
やって来たのはロリスだった。
その声にアルは警戒を解く。
「なんだよ騎士団長か。入って良いぞ」
「では、失礼します。おや、お二人はお休み中でしたか」
「王女とその騎士とは思えねぇ寝方だよな」
ここはあくまで執務室。寝具等は置いてない。
だからアルは仕方なくソファの上に二人を寝かせることにした。と言ってもナナはいつもこれで、クロエに関しては普段机に突っ伏して寝ている。
後者の状況を知る限りでは今の方がよっぽどマシである。
「それでこんな朝早くに何か用か?」
「残念ながらもう朝早くはないですよ。アル殿が寝起きなだけで」
「そうだったな。そんじゃまずは二人を起こすか」
アルは魔術書を破り、そこへナナとクロエの名前を書いてから魔力を込める。
その紙をポイっと投げると眩い光を放ち、二人がパッと飛び起きた。
「「!?」」
「おはよーさん。騎士団長がお越しだぞ」
「どうも、おはようございます。殿下、クロエ殿」
ロリスの丁寧な挨拶に同じく頭を下げる二人。
ただ、ナナは突然の覚醒に状況が飲み込めていないようだった。
「アル殿! またあれを使ったのだろう!? 今回ばかりは普通に起こしてくれれば良かったのでは!?」
「いや、なんとなく」
「これがルミナ様の魔術書の力……パッチリ目覚めましたよ。流石です」
クロエの反応で答えに辿り着いたナナが感心していると。
「あの、殿下……お話宜しいでしょうか?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
おずおずと声を出したロリスにナナは背筋を正した。
ロリスの話によると、どうやらナナはアレックスの騎士であるマーベリックから呼び出されているらしい。クロエも同伴で。勿論、アルも。
三人は身支度を整え、執務室を出る。
あんなことがあった昨日の今日で呼び出し。
不安を抱えながらナナとクロエは宰相の部屋へと歩く。
「マーベリックさんから呼び出されるなんて……何かあったのでしょうか」
「まさか……昨日の騒動でバレた可能性?」
「いや、少なくともナナの姿は見られてない。そうなる前に俺が全員眠らせたからな。確実に」
「もしかしたら交易に関する朗報かも知れません!」
「そうだと良いんだけどな」
そうして宰相の部屋に入った瞬間、朗報出ないことが確定した。
部屋の中にはマーベリック、加えてナナたちを目の敵にしている貴族——ゼブラも居た。何処か勝ち誇ったような表情をしている。
アルにはそれが途轍もなく腹立たしかった。
「姫様、何故ここに呼んだのかお分かりですか?」
マーベリックは至って平常心な声色で開口一番ナナに問い掛ける。
「いえ、思い当たる節は特に」
ナナも平静を装い、一定のトーンで答えた。
「そうですか。では、昨晩の出来事はご存知ですか?」
「昨晩……何かあったんですか?」
ボロは出せない。ナナは知らない風を装う。
だが、その答え方は悪手だ。
「昨晩、ガーゴイルが国内に侵入しているのを冒険者が見つけました。その冒険者たちはガーゴイルを即座に撃墜し、謎の人影を追う途中で何者かに襲われ、気絶」
謎の人影とはナナで、冒険者を襲ったのはアルだ。
「目覚めた冒険者たちから報告を受け、調査をしてみれば確かにガーゴイルの死体がありました。巧妙に隠されてはいましたが。朝から大騒ぎでした」
疲労感を顔に出したと思えば、マーベリックは鋭く睨み付ける。
「そう、姫様たち以外は」
アルは話の流れで今の状況をなんとなく理解した。
レヴィアに来る前に見た魔族の話が広まっているのだ。城下町にガーゴイルが侵入したとなれば大問題だろう。少なくとも騎士団、王城関係者は周知の事実。
しかし、ナナは知らない。知らない、と言ってしまった。
仮にナナは知らずともクロエが知らないのは騎士として失格だ。
「そしてガーゴイルたちが持って行こうとした箱には赤身魚。全て調べました。明らかにクロエが作成した書類とは食い違う箇所が幾つも見つかりました」
「話は聞かせて貰いましたぞ。なんでも魔王と交易をしているそうですねぇ?」
下卑た笑みを浮かべるゼブラの肩にはネズミが乗っていた。
「そう言うことか……昨日の会話を盗み聞きされてたらしい。多分、あいつの魔法は動物を操るか心を通わせるとかそんな類のやつだ」
感じたのは人の気配ではなく、ネズミの気配だったらしい。
「盗み聞きなんて人聞きの悪い。この国の為を思っての行動ですよ」
「まさか魔王と取引をしてるなんて……宰相として見逃す訳にはいきません」
「どうするつもりなのですか?」
「アレックス様には申し訳ないですが……ここで死んで貰う!」
抜剣と同時にナナに踏み込むマーベリック。
首筋に真っ直ぐ振り抜かれる斬撃をクロエが細剣のナックルガードで弾き返す。
アルもナイフを手に、ナナの前に立つ。
「宰相だからって幾ら何でも横暴過ぎやしねぇか?」
「アレックス様の妹であり、王女殿下が魔王と友好的だなんて絶対に知られてはいけない事実だ。ならばアレックス様の面子を守る為にもこれを悲劇としよう!」
「侵入したガーゴイルか魔族に殺された悲劇の姫様と騎士ってか? そもそもお前如きで俺ら二人を相手に出来ると思ってんのか?」
「いや、室内で大暴れなどしない」
不可解な動きを見せるアレックスにクロエもナナの傍に移動。
しかし、三人を一箇所にまとめることこそがアレックスの狙いだった。
次の瞬間——あったはずの床が消えた。
直ぐ様アルは左腕でナナを抱え、叫ぶ。
「クロエ! 俺に掴まれ!」
「あ、あぁ!」
アルは落下しながら上を見上げる。もう床に空いた穴は消えていた。
光が消え、何も見えない暗闇の中で壁があると信じてナイフを側面に突き刺す。
「良し、なんとか壁はあるみたいだな。ゆっくり下っていくか」
壁のナイフを抜いては刺し、抜いては刺し、を繰り返し、下へ下へ。
時折、銃を真下に撃ち、地面までの距離を推測しながら無事着地。
水が流れているような気配があるが、やはり見えない。灯りが存在していない。
「ちょっと待ってくれ。丁度魔術ランプを持っている」
クロエが小さな簡易的魔術ランプを点けようとするが。
「あれ? おかしいな……点かないぞ?」
「……まさか」
アルも魔法で視力強化を試みるが、やはり変わらない。
「クロエ、無駄に魔力使うだけだ。ここは恐らく魔封石で作られてる」
「魔封石!? そんな物が!?」
「俺も文献でしか知らなかった。実物を見るのは今が初めてだ」
魔封石。それは遥か大昔、神々がまだこの世界に居た時期にあったとされる代物。
名前の通り魔法や魔術を封じる効果があり、厳密には魔術の起動、魔法の発動を無効化してしまうと記されている。
現代では作ることも不可能でオーパーツどころか伝説の石とも言われている。
「レヴィアの地下にあるなんてな」
「それよりどうしましょう。灯り無しでここから脱出するのは……」
「大丈夫だよ。灯りはあるから」
アルはポケットから一枚の紙を取り出し、クレープ生地を丸めるように円錐のような形に整える。するとその口の部分に光が灯った。
「あれ!? どうして!?」
「文献の記述が正しければ、魔封石の効果は起動と発動を無効化する。なら、もう既に起動してるのなら平気なんじゃないかって。魔術書は開いた時点で起動はしてるからな。後はこっちで効果が出るタイミングを決めてるだけだ」
「となるとアル殿の魔法も発動した状態でここへ来れば?」
「そうなる。まぁ、そこまでの想定はしてねぇから生身で頑張るしかない。そもそもずっと発動してたら暴走しちまうよ。とにかく歩くぞ」
ずっと立ち止まっていても仕方がない。アルを先頭にして殿をクロエが。
通路は意外にもしっかり作られていて、水が流れている様子は下水道のようにも見えるが、ナナが言うには下水道はここまで深く作っていないらしい。
そんな話をしながら歩いているアルの視界にあるモノが映った。
「ストップ。あれは……骨か?」
「骨?」
通路の端に横たわっているのは人間の骨。頭蓋骨が大きく割れている。
「大剣でかち割られましたって感じだな。そんでもって」
「……っ!?」
その奥を照らせばナナが息を呑んだ。
白骨死体は一つだけでは済まなかった。他にもボロボロの衣服や錆びれた武器、人が居たであろう証拠が至るところに残っている。
異様な光景にアルは唸る。
「一体全体何なんだここは」
「処刑場……」
「処刑場?」
ナナが呟いた単語をアルは繰り返す。
「聞いたことがあります。レヴィアの地下には罪人や悪人を処刑する為の何かがある……と。まさかここがそうなのですか……」
「父上もそんなことを言っていた。ただ魔封石同様噂の範囲だと……」
「罪人は捕まえてそのまま落とす。城内まで侵攻出来るような強敵は上手く穴に落として終わり。理に適ったシステム。宰相の部屋以外にも穴があるのかもな」
魔法も魔術も使えない。食糧もなければ勝手に死に絶える。
しかし、噂程度でも伝わっているのは処刑場と言う単語。この場所に落とすだけなら処刑場とは言えない。高さはそれなりだが、アルのように安全に着地も出来る。
光で壁を照らしてみれば斬撃や打撃の痕が残っていた。
白骨死体にも斬撃痕や真っ二つにされたものがある。
「とにかく出口を探さなければいけませんね!」
「ですね。一本道だと助かるのですが……」
「二人とも、静かに」
アルには音が聞こえていた。
一歩一歩丁寧に出す足音と重い金属を引き摺るような不快な音。
その音にナナとクロエも気付いた。間違いなく近付いている。
暗闇の中で光る灯りは道を照らしてくれる。
それと同時に自分の居場所を周りに示すことになる。
フッと音が聞こえたと思えばアルの頭上に黒い剣。
「処刑場ならやっぱり居るよな処刑人が!」
初撃をさらりと躱し、照らす。
黒い大剣を両手で持っていたのは驚くべき特徴を持っていた。
額には灰色の髪から抜け出すように角が生えている。
それは魔族にしかない身体的特徴だった。
神に願いを、狂戦士には約束を。 絵之空抱月 @tsukine5k
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