第33話「怪しい噂の真実」


 人々が寝静まった夜のレヴィアは静かだ。

 街灯が仄かに道を照らし、水路ではせせらぎを奏でながら水が流れている。昼間の喧騒の中では聞き慣れない穏やかな音。

 そんな人気のない城下町を歩く影があった。

 フードを深くまで被った人影は石畳の上をパタパタと駆け、約束の場所へ。

 

 「お待たせ致しました。中身の確認は済ませました?」

 

 そこで待っていたのはとんがった耳と二本の角を生やし、背中には大きな翼を持つ魔族のガーゴイル二人組。

 

 「おう、バッチリだぜ。俺たちのはここに置いとくからな」

 「はい、後でクロエに運んで貰います。いつもいつも危険な橋を渡らせてしまって……本当にありがとうございます」

 「ははは、こんな美味しいもんを出してくれんだ。そりゃあ取りにくるさ」

 「そうそう。こっちじゃこんな魚は取れねぇし!」


 ガーゴイルたちはフードの人影——ナナと親しげに話す。

 もっと長く話していたい三人だが。


 「あんまり長居してる訳にもいかないな。そろそろ行くか」

 「おうよ。そっち持ってくれ」

 「お気を付けて。またお待ちしてます」

 「じゃあな、ナナちゃん!」

 「またなー!」


 ガーゴイルたちは赤身魚が大量に詰め込まれた木の箱を持って空高く飛んだ。

 ナナは薄明かりに照らされて影になる二人が見えなくなるまで見届けようと夜空を見上げる。

 人には縁のない翼をはためかせて、小さくなっていくガーゴイル。

 その時、何かが光った。


 「?」


 ナナは不思議そうに目を凝らす。

 すると地面側から球状になった雷が現れ、ガーゴイルと衝突。感電した二人は数回だけ点滅して落下していく。


 「えっ……?」


 ナナは大慌てで二人が落下したであろう場所まで走る。

 急げ、急げと全速力で。日常的に国中を歩き回って鍛えた足腰で。

 まだまだ体力は尽きないはずなのに心臓が激しく打つ。

 

 「お願い……無事でいて……」


 ガーゴイルたちの落下地点に近付くと、声が聞こえてきた。

 ここで見つかるのはまずいと思ったナナは曲がり角で止まり、耳を澄ませる。


 「やったな。これで報酬ゲットだぜ」

 「まさか魔族が入り込んでいるとは……驚きです」

 

 報酬と言う口振りから冒険者らしい。

 

 「つーかさ、このやけに綺麗な箱……こいつらが用意したとは思えねぇな」

 「内通者が居ると?」

 「探すぞ。こいつらの噂で夜中に出歩いてる奴らはほぼ居ない。人が居たらそれだけでとっ捕まえる」


 冒険者らしき二人はガーゴイルを討伐したことだけに飽き足らず、内通者まで探そうとしている。

 ナナの額に汗が流れる。

 非常に危険な状況だ。ただでさえ人が出歩いていないこの時間帯に王女が一人で出歩いていたら怪しいことこの上ない。

 ナナは二人に気付かれないようそろり、そろりと足を運ぶ。

 しかし、時間は夜。視界は不明瞭、それに加えて極度の緊張で躓いた。

 

 「いっ……」

 「ん!?」

 「っ!」


 気付かれたナナは音を気にせず全力で走り出す。

 今は距離を離すことが先決だと判断した。


 「だ、大丈夫。道は覚えてる」


 国内のマップは脳内に叩き込んである。

 ナナは追手を撒きやすい道を選んで走って——走って———走る。が、行き止まり。

 

 「あれ……なんで? 道、間違えた?」


 思考が止まるナナの背後からは二人分の足音。

 通ってきた道は一本道。ここで引き返せば確実に鉢合わせてしまう。

 

 (どうしよう……どうしようどうしよう!)


 ナナが頭をフル回転させても良い案は浮かばない。上手く思考が働かない。

 足音が近付く。

 二人はもうすぐそこまで来ている。

 

 (誰か……誰か!)


 強く念じても誰も来ない。目立たないようにクロエにも言わずに出て来ている。

 

 「誰——むぐっ!?」


 願う気持ちが声にまで出そうになった瞬間、背後から口を塞がれる。

 乱暴さはない優しい手つきにナナが顔を上に向ける。


 「大声出すなよ。皆んな起きちまう」

 「あ……アルさん……」

 

 口を塞いだ張本人はアルだった。

 アルはナナの護衛を始めてからずっと夜も気を配っていた。寝ていても執務室に人が出入りすれば分かるように。

 

 「悪い。魔族の隠蔽してたら遅くなった」

 「冒険者の御二方は?」

 「もうこんな時間だし。正義の味方気取りの良い子ちゃんには寝て貰った」

 

 アルは二人に姿を見られないように背後から近付き、締め落とした。

 今頃は国が作った石畳の高級寝具ですやすや死んだように眠っているだろう。

 

 「とにかく今はこの場を離れるぞ。話は執務室で聞く」

 

 


 アルとナナが執務室へ戻るとクロエも目を覚ましていた。

 

 「姫! 無事で何よりです!」

 「クロエ! 起きてたんですね」

 「なんだか不思議な気分です。突然目が覚めたと思ったらこの紙が置いてありまして……」


 クロエが手に取った紙には乱雑な字でこう書かれていた。


 『俺とナナが戻るの待ってろ。二度寝したらぶっ飛ばす』


 間違いなくアルの書き置きであろう文章にナナが笑う。


 「ルミナの魔術書も上手く起動したみたいだな」

 「わたしを起こしたのはそれか?」

 「そう、寝てる奴を一瞬で起こす魔術。これに名前か範囲を書き足せば効力を発揮する」

 「ルミナ殿は何故そんな魔術を……」

 「それよりも、話を聞かせて貰うぞ」

 

 アルは無駄話を早々に打ち切り、説明を求める。

 当然、ナナが城を出てからずっと後を追っていたのでガーゴイルたちとのやり取りも目で見て、耳で聞いている。

 夜中に城を出たナナ、アルの話を聞かせて貰うと言う言葉でクロエは察した。


 「そうか……アル殿にバレてしまったか」

 「アルさんは会議でこの国が貿易難に陥ってるのは知っていますよね」

 「赤身魚が好まれないとか言ってたな」

 「そうなんです。美術品もありますがまちまちで、やはり安定して獲れるのは赤身魚なのです。そこでわたくしたちは偶然にも良い交易相手を見つけました」

 「それが魔族だったって訳か。何処で知り合ったんだよ」


 そこまでの話の流れは理解出来るが、ナナの身分で魔族と契約を結べる関係に至るまで行けるタイミングが理解出来ない。


 「あれはクロエと共に国内を見回っている時でした」

 「国内……?」

 「はい。道端で倒れてる方を見つけまして。助けたのですが、なんと魔族の方でした」

 「いやいやいや! でした、じゃなくてなんで誰も気付かないんだよ!」


 魔族の特徴と言えば角だ。そんな人物が国内を彷徨いていたら即座にバレる。

 

 「それがだなアル殿。その魔族の方は角がなかったんだ」

 「角がない魔族?」


 文献で大量の知識を得たアルだが、角の生えてない魔族なんて聞いたことがない。

 

 「お腹を空かせていたので偶然持っていた赤身魚を渡したら美味しい美味しいと食べてくれまして」

 「興奮したのか角が出てきていましたね……」

 「あの時は本当にびっくりしました」

 

 まさかあんな簡単に魔族が侵入してきているとは思わなかった二人だ。

 しかし、悪い魔族にも思えなかったナナは魚を美味しく食べてくれたのもあり、国の貿易難の事情を話した。

 

 「そうしたら魔王に話を通してくれると仰いまして……」

 「今に至る……って訳か。それじゃあ外交や貿易だけなのにクロエが大量の仕事を抱えてた理由は」

 「あぁ、全てこの交易のやり取りを隠蔽する為の偽造書類作成だ」

 「あー……なんかもう色々とすげぇなお前ら」


 魔族どころか魔王と交易して、偽造書類まで作っている。

 もしもこのことが外にバレでもしたらどうなるか分からない。テュフォンにバレたら国を潰される可能性だってある。

 

 「まあでも仮にバレても外には漏らさないか。やるなら内側で処理しないとレヴィアの信用がガタ落ちするもんな」

 

 冷静に分析するアル。

 その目の前でクロエが膝を突き、アルはギョッとする。


 「頼む! このことは誰にも言わないでくれ! 旅の資金が欲しいならわたしの貯蓄からも出す! だから魔王との取引のことを口外しないで欲しい!」

 「わたくしからも! きっとアルさんからすれば見過ごせないことかも知れませんがどうか! どうか!」

 「おいおいおい! 騒ぐな! 誰かに聞かれでもしたら……っ!」


 アルは突然、部屋の扉を開け、廊下を見渡す。が、何かが居る気配はない。


 「気のせいか……とにかく静かにしろ。別にどうこうするつもりはねぇよ」

 「え? そうなんですか?」

 「最初にも言ったろ。俺はこの国の政治のことなんてどうでも良いんだよ。交易相手が魔王でも別に俺には関係ないし」

 

 アルは確かに魔王城への旅をしている。

 だが、だからと言って魔族と関わりを持った人間を敵視し、罰する思考は持ち合わせていない。

 アルを恨んでいる人間が魔族を雇って殺そうとしているなんて話なら別だが、ナナはただ平和に交易をしているだけだ。害はない。

 

 「寧ろ俺はこう言う型破りなことするの好きだぜ。ただ、魔王が討伐された時のことと、このままだとクロエが過労死しそうなのはどうにかしないといけないと思う」

 「わたくしが女王になれば貿易書類を兄に提出しなくて良いので偽造しなくて済みますね」

 「結局クロエが頑張るしかないんだな。頑張れ」

 「そ、そうだな……ははは」


 どう足掻いてもクロエがトーナメントを勝たない限りは叶えられそうにない。

 

 「なんだか目が冴えてしまったな。アル殿、特訓して貰えるだろうか?」

 「どうせ誰も起きてないだろうし中庭使おうぜ」

 

 そうしてアルとクロエは中庭で特訓を始める。

 ルミナの魔術書効果なのかクロエは全然眠くならず、朝になってやっと眠気に負けて眠ってしまった。

 これにはアルも眠気を誘われ、クロエを執務室に運び、寝た。

 

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