第32話「アレックスの人気」


 アリスに魔術書のコピーを頼んでから数日後。

 アルが執務室でクロエを指導していると珍しくノックが聞こえてきた。

 

 「殿下、入っても宜しいですか?」

 「この声は騎士団長か」

 「はい、どうぞー!」


 ナナの元気な返事の直ぐ後にロリスが執務室に入った。

 アルが執務室への来客を見るのは料理長に続き、ロリスで二人目。本当に人が近寄らない。

 ふと、何の用かとロリスの顔を見れば困ったような表情をしていた。


 「どうされました?」

 「殿下、お忘れですか……? 今日は」

 「あっ……! 会議……時間は!?」

 「もう始まってます。ですので呼びにきた次第です。クロエ殿にも同伴して頂きたいのは山々ですが……」


 ロリスがクロエを見る。

 アルとの特訓直後で息を切らし、椅子に座り込んでいる。テーブルにはそれなりに紙の束があった。それが仕事のものなのは分かる。

 ロリスはナナとクロエへの風当たりの悪さを知っている。

 出来れば二人一緒の方がまだマシだと思うが、今のクロエを連れ出すのもどうかと思ってしまう。

 

 「同伴者が必要なら俺で良いだろ」

 「逆にアル殿は良いのですか?」

 「ま、護衛だしな。ナナの兄貴がどんななのかも気になるし」


 それとあれだけ国民に支持されているナナが不人気なのかがアルは気になる。

 ナナとロリスからの同意を得たアルは会議に同席することに。

 ロリスを先頭にして最後尾で会議室に入ると一気に空気感が変わった。


 (この感じ……)


 会議室内の視線がナナとアルに集中している。刺々しい視線だ。

 会議に遅刻しているのだから多少の怒りは分かるが、それでも不快感を隠そうとしていない。とても姫殿下に向けるものとは思えなかった。

 

 (半分くらいは俺に向いてんな……)


 入口から真向かいに座るナナと同じ髪と目をした王子。背後には護衛と思しき騎士。そして円卓には見るからに偉そうな貴族連中がどっしりと構えている。 

 

 「申し訳ありません! 遅れました!」

 「あれだけいつも遅刻するなと言っているじゃないか……」

 

 大きく頭を下げるナナ。

 その後ろでアルはロリスと小声で言葉を交わす。


 「あれが王子か?」

 「アレックス様です。その背後に居るのが専属騎士のマーベリック・ミル殿」

 「ふーん。そこそこは強そうだな」

 

 佇まいだけで何となく分かる。王子の護衛をやっているだけあって実力者なのは確かだった。それはそれとしてアルを鬼の形相で睨んでいるが。

 

 「まあ良い。ナナもロリスも座れ。会議を始めるぞ」


 アレックスの言葉にナナとロリスが腰掛ける。

 アルもマーベリックに倣ってナナの後ろに立った。

 意外にもスムーズに会議が始まるかと思いきや、


 「待ってくだされ王子殿下!」


 一人の貴族から横槍が入った。

 

 「ん、どうした?」

 「どうしたではないでしょう!? あの男について何もないのですか!?」


 貴族の指はアルを差している。発言者以外にも頷く貴族たち。

 

 「あー、ナナの新しい護衛じゃあないか。特に問題視することなどないだろう」

 「いえ、それがあるのです。調べによりますとあの男の名はアル・ロバーツ。テュフォン出身の冒険者で過去に親友を殺しています」

 

 さほど人の多くない会議室がざわめいた。


 「姫殿下は騙されているんです。そんな殺人鬼を護衛にするなど言語道断。今直ぐこの国から追い出すべきだと我々は思います!」

 「アルさんになんてこと言うんですか。わたくしの正式な騎士ですよ」

 「ナナ、実はそれ本当の——」

 「そんなことは既に知っています」

 「「「は?」」」

 「……マジか」


 何より驚いたのはアルだった。まさかナナがテュフォンでの一件を知っているとは思わなかった。


 「ですが良く考えて下さい。殺してしまったのはですよ? 周りからそう言った認識をされている人物を普通に殺害しているのなら何故アルさんは冒険者をやれているんですか?」

 「何か特別な事情があったと考えるのが妥当でしょうね。親友が何者かに操られていたとか」


 ロリスが補足で助け舟を出した。 

 実際はアルが魔法の衝動に駆られていたので立場は逆だがおおよそは合っている。


 「そう言うことだ。ナナが信頼しているのならそれが安全な証拠だ。では会議を始めるぞ。異論はないな?」

 

 そうして会議が始まり、アルからすればつまらない政治の話が長々と続く。

 あーだこーだど貴族が喚くのをアレックスとマーベリックが捌いて流す。

 アルやナナに向けられた態度とは違うことからアレックスの人気は現在の貴族たちが支えているようだ。

 

 「ところでナナ、貿易の方はどうなってる?」

 「えー、それなりにですね。相変わらず赤身の魚を好き好んで買ってくれるのはカグツチと各国の個人様だけ。美術品の売れ行きは良いと言えません」

 「あれは正直こちらも値段の付け方が分からないからな……時期次第だ」

 

 レヴィアが抱える悩み——それは交易品の少なさである。

 海の上に鎮座しているこの国は狭く、農業が出来るような敷地はない。周辺の村も自給自足で一杯一杯だ。

 名産品と言えば赤身魚。だが、身が赤い魚は気味が悪いと人気がない。

 美術品は買い手によってまちまちである。言い値で売れる時もあれば、全く売れない時もある厄介な品。

 

 「ところで姫殿下はまた城下町へと出向いていたようですが何か良い案は思い付きましたかね?」

 

 ナナを小馬鹿にするように一人の貴族が言った。


 「今直ぐとは言いませんがバトルトーナメントが終わる頃には良い品が出来上がっていると思いますよ」

 「そ、そうですか……」

 「ずっと前から存在してんだけどな」

 「アルさん、しー、ですよ」

 「へいへい」

 「へいは一回」

 「へいへいへい」

 「一回増やしてどうするんですかっ!」

 「ナナ、静かに」

 「ごめんなさい……」


 アレックスに怒られて萎むナナ。


 「そうだ。これからの政策の話なんだがナナは何かあるか?」

 

 アレックスに意見を求められ、萎んでいたナナが活気を取り戻す。

 

 「それでしたら止むを得ない事情を抱えた人を助ける仕組みを作りましょう。生活援助のような形で」


 ナナは城下町へ出ることで国民の事情を把握している。

 まだ子どもなのに親を亡くしたり、最低限の生活することすら困難な人々が居るのを知っている。

 だからこそ一人でもそんな人々が減るようにしたい。


 「ただでさえ財政難を抱えてるんですぞ。そんな資金が何処から出てくるのですか?」

 「さっき税金を上げる話をしてたじゃないですか」

 「それは我々の給与を上げる為で」

 「これ以上の報酬、要ります?」

 「……へ?」

 「だって貴族の皆さんは現状で贅沢が出来るほどの余裕があるじゃないですか。これ以上上げてどうするんですか。国民の負担が増えて、貴族の給与が上がるだけでリターンがないなんて……それなら増税しない方が国の為になります」

 「最近は団長が出向くくらいだし騎士団の給与上げた方が良いんじゃね?」

 「ぶ、部外者が口を挟むな!」

 

 別に下がる訳でもないのに必死だな、とアルは思う。

 

 「そもそもだ! 新しい交易品が大会の後と言うがその時に自身の立場がどうなってるのですか! 少しは行動に慎みを持つべきだと思いますがね。もっと政治や我々貴族に興味を示すべきでは!?」


 回りくどい言い方だが、端的に言えば王が決まった後に今の自由なままで居られるのか、と言う脅しだ。

 クロエが勝つとは微塵も思っていない。

 これにはナナもグッと拳を握り、小刻みに震え出した。

 やがて両手の平をテーブルに叩き付けて立ち上がる。


 「政治をするのにあなたたちと話して何の意味があるんですか! 口を開けば自分たちの待遇ばかり! 国の内情も知ろうともしない癖に政治を語らないで下さい!」

 「なんですと!? 自分に余裕がない人間が他人を助けられるとでも思っているのですか姫殿下は!」

 「現在の給与で余裕がない訳ないでしょう! それにあなた方の給与を上げなければ国に余裕が出来るんですよ!」

 「殿下、落ち着いて……」


 ロリスがナナに声を掛けるが、届かない。


 「姫殿下は我々に嫉妬しているのですか?」

 「……っ」


 思わぬ方向に話の舵を切られ、言葉を詰まらせるナナ。


 「我々のように余裕のある人間が許せないのですか。ならば自身の給与を上げるよう王子殿下に打診されるのがよろしいかと」

 「そんな……そんなことっ!」

 

 ナナが言い返すよりも先に貴族が言葉を続ける。

 周りの貴族たちもくすくすと笑い始める。


 「お小遣いが足りなくて駄々をこねるとはまだまだ姫殿下も子ど——」


 刹那、破裂音が会議室に響き渡った。


 「ヒィッ!?」

 「あ、アルさん!?」


 ナナが振り返れば白煙を吐き出す銃を構えたアルが居た。

 偉そうなことを言っていた貴族の一人は腰を抜かしながらもアルを指差して叫ぶ。


 「何をするんだ!? この殺人鬼が!」

 「俺はナナの護衛としての仕事をしただけだ」

 「護衛……何を言って」

 「短小で奥さんも満足させられないことに悩んでるうすらハゲは黙ってろ」

 「「ぶふっ——!」」

 

 アルの言葉にナナとロリスが吹き出した。

 

 「な、何故それを知って……いや! くだらない妄想を抜かすな!」


 貴族は顔を真っ赤にして否定する。

 しかし、他の面々も笑いを堪え切れない様子。気の毒そうな顔で見つめる者も居た。

 

 「銃より効くなんて言葉は便利で助かるぜ」


 暇な時間に魔法を耳に集中させて仕入れた情報が役に立った。

 

 「貴様……! 忘れんぞ……!」

 「ナナ、ゼブラ、その辺でやめておけ。アル殿も、だ」


 いつまでも続きそうな争いの仲介に入ったのはアレックスだった。

 ナナには反論しても支持しているアレックスには逆らえないようでゼブラは大人しく引き下がる。

 銃声とアルのおかげで落ち着きを取り戻したナナも笑いを堪えながら座った。


 「それでだ。謎の飛行物体の話だが——」


 それからのこと、アルはずっと笑いを堪えた表情でゼブラをガン見していた。 

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