第30話「アルの実践的戦闘指南」


 「言いたいことは色々あるが……まずは俺の剣を避けた後、なんで突いた? クロエの速度ならあの場で斬れば俺に一太刀浴びせられたぞ」 

 

 アルの剣を避けたクロエは何故か刺突を選んだ。振り返りざまにレイピアを振った方が間違いなく速いカウンターが出来たはずなのに。

 

 「それはレイピアでの斬撃は隙が大きくなってしまうからだが……」

 「いや、それは普通の細剣の話だろ。クロエのは普通のより小さいし、その一撃で仕留められるのなら後の隙なんてどうでも良い」

 

 レイピアは刺突に設計された剣であって刺突専門の剣ではない。

 断ち切りだって出来れば、根元付近であれば相手の剣を受け止める頑丈さも兼ね備えている。隙を限りなく減らした戦法をする剣である故に推奨されていないだけで普通の剣と同じ運用は可能だ。


 「相手の剣を受けないのも同じ理由か?」

 「あぁ、剣が絡まっては困る。それにポッキリ折れてしまいそうな不安が拭えない」

 「根元だったそう簡単には折れねぇよ。カグツチの刀見たことあるか? あれだけ細いけど普通に鍔迫り合い出来るぞ」

 

 それを聞いたクロエがハッとする。

 火の国で作られている刀と呼ばれる剣は片刃で細身、刀身にも反りがある独創的な物だ。軽くて切れ味も鋭く、丈夫。そんな選りすぐりの性能を有している。

 その反面、使い方にコツが必要なのと生産が火の国に限られる為、浸透はしていない。


 「とは言ってもクロエの速度を活かすなら受け流しの方が良い。それか相手の剣を弾き返すか、だ」

 「弾き返す? それこそ受け止めるより向いてないのではないか?」

 「そんなことないぜ。クロエは木剣を持ってくれ」

 

 アルは木で出来たレイピアを手に取る。

 クロエも言われた通り、先程アルが使っていた木剣を持つ。両手で構える様子はなんだかぎこちなさを感じる。

 

 「俺に向かって本気で振り下ろせ」

 「分かった。本気だな? 行くぞ!」


 クロエは右足で一歩踏み出し、振り上げた両腕をアルの頭上へ落とす。

 アルは振り下ろされた剣に対してレイピアをグッと握る。

 そして——斬撃を殴り飛ばした。

 木剣の重さに引っ張られ、後ろへ下がるクロエ。


 「ナックルガードを使ったのか!?」

 「そゆこと。元々は手を守る用だけど守れるってことはつまり頑丈ってこと。攻撃にだって十分使える。コツは振りをコンパクトにしてインパクトを重視する」


 アルは肘から先だけを素早く動かす。ドアをノックするのと同じ要領だ。

 これなら腕も伸び切らず、次の攻撃に手早く移れる。

 

 「もっと殴りを重視したいなら剣を逆手で持てばやり易い。けどここまでする必要はないな」


 くるりと持ち方を変えて、アルは大きくパンチの振りをする。

 自分では思い付かなかったナックルガードの使い方に目から鱗なクロエ。自分でもレイピアを鞘から抜き、アルがやってみせたようにナックルガードで小突いてみる。

 

 「そうやって相手の剣に対する防御を覚えればあんなに大きく回避しなくて済むようになる」


 今までのやり取りの中でクロエが防御を視野に入れていないことが分かった。

 だからアルの剣を大袈裟に回避していたのだ。


 「あれだと折角技の出が速いクロエの長所が距離で台無しになる。距離を詰める為の一歩が勿体無い。ただでさえ小さめの細剣を使ってるんだ。相手との距離は詰めて詰めて速度で押せ」

 「……聞きたいんだが。アル殿は怖くないのか?」

 「何が?」

 「至近距離での相手の攻撃が」

 「別に致命傷を避ければ良いだけだし。見切ってりゃ怖くない」

 

 アルからすれば相手の武器が掠るくらいなら許容範囲だ。

 そんなことは当たり前だと言わんばかりの態度にクロエは思わず笑ってしまう。

 

 「そうだな。わたしがアル殿から一番見習うべきは度胸かもしれないな」

 「全部見習え」

 「いやそうだが……そうしたいのは山々だがタイプが違い過ぎるだろう」

 「ま、それもそうか。細剣の運用に関してはこんなところだな。次は左手」

 「左手?」

 「左手が空いてるのに使わないのは勿体無いだろ」

 「盾を持つと言うことか?」

 「そんなもんは要らん。ナックルガードでの防御を教えたばっかだろうが」

 

 盾を持たせるならそんな特殊な防御方法は教えない。

 

 「俺が教えるのは柔術だ」

 「「柔術?」」

 「見て貰った方が分かりやすいか。例えば右手が細剣で塞がってるなら。ゆっくり剣を振るふりをしてみてくれ」

 「分かった」


 そうしてクロエの斬撃を受け流し、アルは懐に潜り込む。そこからフリーな左手でクロエの胸ぐらを掴んだ。


 「おぉ!?」


 力強く体を引き寄せられたクロエの口から声が漏れる。

 アルは体を捻り、クロエを担ぎ上げるようにして、そこで止まった。

 

 「このまま俺が体を前に倒したら」

 「地面に背中から……これは面白い技だな」

 「俺は半分パワーで持ってってるけど相手の勢いを利用したり、体の使い方でどうにでもなる」

 「これがあれば素手でも戦える。……ところでいつまで担いだ状態で話すつもりなんだ?」

 「おっと悪い悪い。俺の左肩がもっと堪能したいって」

 「堪能……っ!?」


 そう言われてクロエは自信の胸がアルの肩に押し付けられていることに気付く。

 

 「降りるぞ! 降りる!」

 「馬鹿! 暴れんな!」


 肩の上で暴れられたアルは直ぐに手を離す。

 すると不安定な場所だったにも関わらず、クロエは綺麗に着地してみせた。

 

 「アルさん……クロエにセクハラは減給ですよ」

 「減給で済むのか!?」

 「もう! アルさん!」

 「冗談だよ。ところでクロエ」

 「……」


 話し掛けてもクロエは胸を隠すように身を捩り、アルを睨むだけ。

 馬鹿なことをした所為で信頼感がガクッと落ちた。ナナにもジト目で呆れられ、助けを求めようにも助けてくれそうにない。

 どうしようもないのでアルはそのまま話を進める。


 「今から俺がする動きを真似てみてくれないか?」


 アルは木のレイピアを構え、刺突と斬撃を数回。突く瞬間と斬る瞬間にだけ力を込めることを意識して、脱力を意識した。

 クロエは注意深くアルの動きを見て、頷いた。


 「行けそうか? 自分の細剣でやってくれ。ナナは一応俺の後ろに」

 「はい!」

 

 万が一にもクロエがミスする可能性は薄かったが、アルはナナを呼び寄せる。

 クロエはふぅっと息を吐き、アルがやったのと同じ動きをしてみせた。

 力を入れるタイミングも。

 脱力するタイミングも。

 先刻の立ち会いの時、クロエの動きは異様に滑らかだった。それこそ水のように。

 その時からアルはずっとある可能性を考えていた。


 「クロエは自分の長所に気付いているか?」

 「長所……我慢強い自信はあるが」

 「ちなみに聞くが細剣の鍛錬を始めて基本の型を覚えるのにどれくらい掛かった?」

 「本当に有名なものは父上に見せて貰えたからそれで。書物で読んだものなら二、三回ほどで動きは覚えた。それがどうかしたのか?」

 「お前なぁ……」


 剣を使えなかった劣等感で長所に気付かないクロエにアルが大きく息を吐いた。

 

 「クロエは体をイメージ通りに動かすのが上手い」

 「イメージ通りに動かす……ですか?」


 反応したのはナナだった。アルの言っていることが分からないらしい。


 「それならわたくしにも出来ますよ。ほらほら」


 ひょいひょいと腕を動かし、側転をするナナ。


 「それはもう慣れてるからだろ? 剣の振り方を見て、脳内イメージをそのままやるのとじゃ違う。定着させるにはそれなりに時間が必要だ」

 

 特に文字で書かれた技術を習得するのに数回だけはかなりの才だ。

 だからこそ自分の想定以上の重量がある武器を持つとバランス感覚が崩れて動きが悪くなってしまうのだろう。それが剣や通常のレイピアを使えなかった原因だ。

 加えて。


 「それと俺が柔術を勧めたのは動きを見るのも得意なんじゃないかと思ってな。相手の体重移動なんかを利用する技は相性が良いだろ、多分」

 「クロエならきっと直ぐに習得出来ますよ!」

 「習得は直ぐだろうよ。後は俺が実戦でも使えるように練習相手になれば他の奴らにはバレない。最悪素手でも戦えるようになる。完璧だ」

 

 アルが今まで見てきた騎士たちは武器を極めるばかりでそれがなくなった時の対応を全く考えない。素手での戦い方を知っていれば武器を出せない狭い場所でも戦えるようになる。

 しかし、クロエの表情は冷静で、浮かれている様子はない。


 「アル殿、魔法や魔術にはどう対処すれば良いだろうか? わたしは魔法に恵まれなかったんだ」

 「安心しろ。寧ろそっちの対処の方が簡単だ」

 「本当か!?」


 アルは階段を上り、本棚から二冊の本を取り出す。

 

 「それはルミナ殿の魔術書教材……もう一つは?」

 「こっちは魔術書だ。完成してるから後はページを開くか切り取って魔力を通せば起動する」


 本棚には幾つか完成した魔術書があった。

 アルが持ち出したのはそのうちの一つだ。


 「魔術書を使えと言うことか……しかしルミナ殿の教材は良く分からないんだ。誰も新しく魔術書を作ったことがない」

 「確かにな。軽く読んだけど新しい魔術書を書き上げるのは難しい。でも起動方法は簡単で、使う特殊な文字の一覧も載ってる」

 「それくらいは読めば分かるが」

 「なら簡単だ。この完成品を書き写せば良い」

 

 クロエとナナが固まった。

 アルも軽く読んだが、分かるのは魔術書の仕組みだけで新しく生み出せと言われたらかなり骨の折れる作業に感じた。ジェスならあるいは、と言った感じだ。

 しかし、読んでて思ったのはそもそもこの本は魔術書を完璧に理解する代物ではなく、完成された魔術書を複製する為の道具なのではないかと言うこと。

 後継者が出てこないのではない。

 もう既に完成されているから後継する必要がないのだ。


 「同じ魔術書の数さえ増やせばページを破って使える。紙数枚なら護身用にも嵩張らない。どのページがどんな魔術なのかの解読には時間が要りそうだけどな」

 「そ、そうか。そうすれば良かったのか! 何故こんな簡単なことに気付かなかったんだ」

 「天才天才と騒ぎ過ぎだ。自分たちには理解出来ないからと思考を辞めてたんだろ。天才が凡人にも使えるように生み出してくれた技術なのに勿体ない」

 

 こちらはジェスの魔法陣と違い、魔力がなければ使えず、即興で組み上げるのには向いてないが、使い勝手は良さそうだ。

 そしてこれで座学はおしまい。

 残るはクロエが必死に頑張るだけ。

 魔術書のコピー作業も残っているが、大会が終わるまでクロエにしか使えない技術にしておきたいと思うアル。

 印刷屋に頼むのは避けたい。

 だからと言って手書きでコピーは手間が掛かり過ぎる。

 

 「あぁ、増やすだけなら簡単か」

 

 アルの独り言にクロエとナナが首を傾げた。

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