第29話「初仕事」
「リーダー、王城で仕事するんですか!?」
アルは一旦宿に戻り、夕食を囲みながら二人に事情を説明した。
「ん? まぁ、だから報酬はある程度期待出来ると思うぜ」
「そうではなくて……偶然が凄過ぎますよ。テュフォンでも王女様と知り合いでしたよね」
リゼに関してはアルより弟との繋がりの方が深い影響であの関係に落ち着いた。
今回のはリゼよりも自由な王女の性格が原因である。
だが事情はどうあれ門前払いの可能性があったギルドを介さず王族と言う上々な依頼主を得られたのはかなり運が良かった。
「詳しい事情なんてどうでも良いです」
重箱の隅をつつき続けそうだったジゼットをアリスが止める。
単純に無意味な話が好きじゃなかった。
「ギルドの仕事だと悪徳な依頼主も居ますからね。話を聞いている限り王女様はまあ信頼出来るでしょう。騎士もフィンドレーの血筋なら大丈夫だと思いますよ」
「クロエを知ってるのか?」
「クロエと言う名前は知りませんね。私が知ってるのは年代的に……そのクロエの父親でしょうか。と言っても実際に会ったことはないですけど」
「そりゃ聞いたことあるか。ここ出身だもんな」
ナナにあれだけ信頼されている騎士で王女専任。あの言葉を残した父親もそれなりに有名な騎士だったのだろう。それこそ村住みのアリスが知っているくらいに。
「資金繰りと言えば私も露店を出す許可を貰いましたよ。物凄く軽い手続きでしたけどね」
一方でアリスも資金調達の為に露店の申請を行なっていた。
そこら中で芸術家たちが自分の作品を売っているのもあり、本来必要である許可証も今となっては曖昧なものになっている。
アリスも係員に必要ないと言われたが、テュフォンでの一件があった為、しっかりと受け取っておいた。これで文句を言われることはほぼないだろう。
アルはナナ陣営から。
アリスは個人で商売を。
となると——二人の視線がジゼットに集中する。
「ジゼットも当然、何かあるんだよな?」
「残念でしたね狂戦士。この坊主は観光のことしか考えてませんよ」
「はぁ? 戦闘要員でもないんだから金稼ぎくらいしろよ。あれだけパーティ入りを嫌がってたアリスだって頑張ってんだぞ」
「旅を続ける人間として当然のことです」
「二人にはそうやって売り込めるものがあるじゃないですか! わたしにはありませんよ! どうしたら良いんですかああ!」
ちくちく言葉で責め立てられたジゼットが子どものように喚く。
しかし、泣き喚いたところで引き下がる性格をしている二人じゃない。
「最年長がみっともないですね。狂戦士は六個下、私とは十も離れてる癖に」
「アリスに適当な宝石でも作って貰って売れば良いじゃん。そこのあなた、不幸の念が出ていますよ! その不幸もこれがあれば全て解決! って感じで」
「良いですね。ちょっと綺麗な石ころくらいなら作りますよ。レイニーの名前を有効活用すれば荒稼ぎ出来るんじゃないですか?」
「それ詐欺じゃないですか! 家の名が傷付きますよ!」
「いや、」「もう坊主の存在自体が」
「そうですけど! そうかも知れませんけどそこまで落ちられませんよ!」
ビビりなジゼットは既に故郷では笑われ者。テュフォンでもそれなりに有名になってしまっている。
それでも詐欺をするのは超えてはいけないラインだった。
「宗教も詐欺も大して変わらないのにな」
「ですね」
「コラコラコラ! またそんなことを! バチが当たりますよ!」
神の教えを広めることと人を騙くらかすことを同等にした二人をジゼットが叱る。
こんな場合だと二人相手でもはっきりと言うのだ。
どれだけアルとアリスが怖くても神を蔑ろにするようなことは見過ごせない。そんなスタンスはずっと変わらない。
しかし、変わらないのはアルたちも同じで。
「世界の平和を目指す俺たちにバチなんか当たらねーよ」
「他に比べたらきっと私たちが最も可能性が高いと思いますからね。それくらい見通せなくて何が神様ですか」
「信じてるのか信じてないのかどっちなんですか」
「アテにしてないだけだ」
別にアルも神の存在を疑ってる訳ではない。
ただ、その神とやらを頼りにし過ぎないようにしているだけ。それだけだ。
そんな話をしていれば、腹は満たされ、逆に皿の上は空っぽになる。
「ふぅー、食った食った!」
少しだけ膨らんだ腹を叩くアルにアリスが顔を向ける。
「狂戦士は明日から住み込みですか?」
「そうだな。王女って立場なら昼間より夜の方が危ないだろうし。定期的にここには顔出したり、生存報告の手紙くらいは送る」
「分かりました。その時は重い腰を上げますよ」
「生きてるかどうかの心配はそんなに要らないぞ」
「分かってますよ。軽いチェック程度で良いんですよね」
「……?」
ジゼットは二人の会話を全く理解出来ないままその日を終えた。
翌日、アルは王城の中庭で陽の光を浴びながらナナと話し込んでいた。
「え!? アルさんのパーティの僧侶さんはあのレイニー家の方なんですか?」
「戦闘は全く出来ないけどな。あのうるささだけどうにかして欲しいぜ」
「それでも誘ったと言うことは何か理由が?」
「優秀な僧侶が欲しかっただけだ。戦闘は俺ともう一人でやれば良いだけだしな」
主にパーティメンバーの話やテュフォンを襲ったアーノルドがどんなだったのか。
ナナの質問から話を広げて過ごしていると、全力で仕事に区切りを付けたであろうクロエが小走りでやってくる。
「待たせてしまってすまない」
「別にナナの護衛も仕事のうちだ。気にしてない。それよりも」
アルはクロエの武器が気になった。
腰に帯びているのは一本の剣。ただ鞘は一般的な剣よりも細く、鍔とグリップには派手な装飾が施されている。握る手を守るように。
「
クロエは体格こそ太くはないが、それなりに身長がある。
それを鑑みるとクロエのレイピアはコンパクトなサイズに収まっている。アルの知る基本サイズよりも刀身が短い。
「個性……か。そんな良いものじゃないさ。剣の腕が秀でていた父の娘に生まれたのに剣の才はこれっぽっちもなかった。重かったり、レイピアでも刀身が長ければバランス感覚が崩れて上手く体を動かせなかった結果だ」
刀身の短さを指摘されたクロエは自分を卑下するように語る。
生まれた時から分厚い剣を振り回せず、苦肉の策で選んだレイピアも駄目で、父の名を汚す結果になってしまった。
次にアルの口から出る言葉が嘲笑になると思っていたクロエ。
しかし、その予想は裏切られることになった。
「何言ってんだよ。親がちょっと上手いからって子どもも同じように出来るとは限らねぇだろ。自分の欠点を自覚して合う武器を選ぶのは英断だ」
「だが」
「きっと意地を張って剣を使ってたら今のクロエはないと思うぜ。少なくとも見ただけでは俺の実力を見抜けないだろうよ」
常に自信がないクロエだが、昨日アルと初めて会った時にかなりの腕前だと言っている。戦わずにそれを知るにはアルの歩き方や体の動かし方を注視し、その動きに何の意味があるのかを知っていなければならない。
強さだけなら感覚で分かっても腕前までは分からないのが普通だ。
それはクロエが派手な技だけに固執せず、細かな研鑽を積み上げてきた賜物でもある。
「取り敢えずちょっくらやろうぜ。この国で多いのは剣か?」
「そうだな。剣が大半を占めている」
「ま、この国の道の狭さじゃ槍なんかは向いてなさそうだしな。ナナ、練習用の木剣一本くれ」
「はい、こちらをどうぞ」
「ではこちらも。姫、わたしの剣をお願いします」
アルがナナから木剣を受け取り、クロエもレイピアをナナに預け、同じデザインの木で出来たレイピアを構える。
「そっちから来て良いぜ」
「なら——お構いなく」
素早く踏み込み、折り畳んだ右手を突き出すクロエ。
奇を衒うことない一撃。実戦でも十分に通用する完成度は積み上げてきた基礎の高さそのものだ。
アルがそれをひらりと避ければ、クロエは腕を引き戻しながら横にステップ。
「——ん」
全身を液体のような滑らかさで動かし——刺突。
アルの周りを取り囲むように動き回りながらの怒涛の連撃。レイピアの速さを最大まで活かしている。
しかし、あくまで腕一本からの連打。アーノルドの槍の雨に比べれば魔法を使わずとも対処出来る。
「そろそろこっちからも行くぞ——」
避け続けていたアルは右手に持った剣を雑に薙ぎ払った。
クロエは剣のリーチよりも一回り余裕を持って避け、直ぐに得意のスピードで再度レイピアの射程圏内に戻る。
クロエの腕にグッと力が込められる。
それを見たアルは刺突よりも早く剣を振る。
この距離なら受けるだろうと考えたアルだが——クロエは防御姿勢を取らずに斬撃からするりと抜け出した。
アルの背後に立つクロエ。
「おっ!?」
予想外の展開にアルは慌てて前方に飛び込んだ。あの速度で斬り払われたら、と思ったが体勢を戻してクロエを見れば何故か刺突を繰り出した後だった。
「……まあ良いか」
疑問点を取り敢えず無視したアルは距離を一気に詰める。
次はアルの番だ。
型も何もない。狙うのはひたすらに首、手足の関節、急所となり得る箇所。
「くっ……!」
一瞬の隙を見せることすら許されないアルの猛攻を必死に避けるクロエ。
大きく、大きく、少しでも間合いの外に。
そんな避け方をしていればそれなりに体力も消耗する。
息が上がる。
「ここまでだな」
「え——うあ!?」
アルは中庭の地面を木剣で斬り、泥や土をクロエの顔に浴びせた。
クロエは視界が遮られる中でも自身へ振り下ろされる茶色い剣の影を捉え、一か八かでレイピアを横薙ぎに払う。
しかし、アルの剣にしては感触が軽く、乾いた音が響く。
次の瞬間——
「んむっ!?」
クロエの首に鍛えられた腕が絡み付く。一瞬、体が浮いたかと思えば仰向けで優しく地面に寝かされた。
余りにも呆気なく、頭が真っ白になる。
「やっちゃってなんだけど首、大丈夫か?」
そのクロエの顔を覗き込むようにアルが顔を出す。
アルの声で真っ白だったクロエの頭に色が戻り、疲れて乱れた息を整えつつ体を起こした。
「大丈夫だ。少し驚いてしまって……」
「アルさん! クロエはどうでしたか?」
トーナメントの優勝を信じてやまないナナは嬉々としてアルに聞くが。
「反省点が多過ぎる! 反省点どころじゃねぇ!」
確かにレイピアの腕は一流だった。だがしかし、それを活かす戦い方が微塵も出来ていない有様。
アルが言いたいことは山程ある。
今直ぐにでも捲し立てたい気分だが、アルはちらりと周りを見る。
クロエが中庭に居るのが珍しいのか、はたまたアルを怪しんでいるのか、見物人が集まり出していた。
居心地が悪く、トーナメントのことを考えれば人前で戦闘指南はしたくない。
「取り敢えず座学だ。書斎に戻るぞ」
「執務室!」
「執務室に戻るぞ。……どっちでも良くないか?」
わざわざ言い直してから疑問が浮かんだ。
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