第28話「ナナの騎士」


 「こっちですこっち」

 

 ナナに連れられ、アルはレヴィア城の敷地内に入る。

 陸地から飛び出したレヴィアの最奥にあり、正面以外の三方向は海。防御面でもバッチリだ。

 ナナの事情から正面突破はせず、庭を通り抜けて城の裏側に回る。

 その道中に幾つか城内に繋がる扉があり、どれもこれも城の雰囲気にぴったりな豪華さだった。が、ナナが前に立った扉は木造でチープなもの。

 

 「ん……この匂い」


 アルの鼻に美味しそうな匂いが運ばれてくる。

 

 「どうぞどうぞ。わたくしのお城なのでお構いなく」

 「あぁ」


 ナナに続いてアルが中に入ると、そこは厨房だった。

 王族用の料理を作る時間帯ではない為、人は全然居らず、まん丸な体型をした料理長らしき人物が一人居るだけだ。

 その人物はずっと釜の中を眺めていたが、ナナが扉を開けたことでそちらを向く。


 「おお、お帰りネ。丁度ピザの試作品が出来たとこだヨ。食べル?」

 「わーい! 食べる食べるー!」

 「おい、まずは説明とか……」

 

 ナナはピザに吸い寄せられて行ってしまった。

 この性格は兄に怒られる訳だ、とアルは思う。

 そうしてピザを齧るナナを眺めてるとまん丸男と目があった。


 「お、珍しいネ。ナナの友達カ? おレは料理長ダ。よろしク」

 「料理長? あぁ、まあよろしく。俺はアルだ」

 「料理長は自分の名前が好きではないんです。気にしないで下さい。あっ、アルさんも食べますか?」

 「食べるわ」


 アルもピザを一切れ貰い、食べ進める。


 「おレはこんな喋り方だかラ。どうしても馬鹿にされるのネ」

 「こんな美味いもん作れるのにな」


 アルの身近にも喋り方どころか喋ることもままならない天才が居る。

 普通に意思疎通が出来る分マシな気もするが、出来るからこそ馬鹿にされてしまったのだろう。

 話が通じると言うことは悪口の意味を理解してくれる相手になるのだから。


 「だからこのわたくしが雇い、料理長に任命しました! えっへん!」

 「お陰で最高の生活と料理研究が出来るネ。ナナには感謝しかないノ」

 「……」


 仲睦まじく笑い合う二人をアルはジッと見つめる。


 「独断で勝手にやったな?」

 「あらっ!? バレました?」

 「だって明らかに王女と料理長の関係じゃないだろ」


 王城内で王女相手に呼び捨てで敬語もない。明らかに関係性が変だった。

 ナナは自由奔放で国中を駆け回ってるような王女だ。目か髪の色を誤魔化し、身分を隠して仲良くなってからスカウトしたのだろう。アルはそう推理した。

 

 「だって……間違いなく料理の腕があるのに話し方程度で除け者にされるのは不条理です。王女としてはそんな境遇を少しでも減らしていきたいです」

 

 ナナにはナナなりの考えがあってのことらしい。

 だが。


 「相談なしも不条理だと思うけどな。兄貴に怒られてもしょうがないだろ」

 「ついつい勢いで行動してしまうんですよね……」

 「今となっては殿下もおレの料理を気に入ってくれてるのネ」

 「最終的には料理の腕で納得させたのか。兄貴もなんだかんだ悪い奴じゃなさそうだな」


 アルは微笑ましい王女と料理長の関係に軽く微笑む。

 なんだかんだと言うよりナナの方が悪いことが多そうである。

 

 「料理長、ピザが一切れ乗っかるくらいのお皿はありますか?」

 「あぁ、それならそこの棚ネ」

 

 ナナは料理長に示された棚から丸い皿を一つ取り、残ったピザの一切れを乗せた。

 

 「クロエの分だネ。お口に合えば良いのだけド」

 「料理長の料理ですよ。心配は無用です。それともし余裕があれば軽めのスイーツを持ってきてくれませんか?」

 「お安い御用だヨ! 腕が鳴るネ!」

 「ではアルさん、行きましょうか」

 「またな、料理長」


 アルとナナは料理長と別れて城内を歩く。

 丸っ切り部外者のアルだが、意外にも城内の騎士たちは気にすることなく一礼して通り過ぎていく。王女が隣に居るのもあるのだろう。

 とは言え素性不明の男を放置するのもおかしな話だ。王女であるナナが信頼されているのか、それとも呆れられているのか。

 しかし、無言で通り過ぎない人物も居る。

 アルのことをチラチラと見てはこそこそ仲間内で言葉を交わしている。


 「また王女殿下が城に部外者を……」「少しは王位継承者としての自覚はないのか」「王子殿下はあんなにも政治に意欲的だと言うのに遊び歩いてばかり」


 途切れ途切れにしか聞こえない距離でもアルは耳を強化すれば聞き取れる。

 悪口を叩くのは揃いも揃って金色の装飾が施されたジャケットを着ている貴族。

 腹が立ったアルが視線を向ければ貴族たちは慌てて目を逸らした。


 「無視で良いのか? 護衛の権限でぶん殴ってやっても良いぞ」

 「護衛の範疇ではありませんよ……いつものことです。気にしないで下さい」

 「命拾いしたな」

 「殺す気だったんですか!?」

 「言葉の綾だよ」


 今のやり取りが耳に入ったらしく、貴族たちは一目散に逃げ出した。

 まさかナナがこんなに騒ぐとは思ってなかったアル。またナナの評判が悪くなってしまいそうだ。

 そして、そうこうしてる内に目的の場所に辿り着く。

 ナナは両開きの扉をぐーっと押し開ける。

 

 「ここがわたくしたちの執務室です」

 「これは……」


 部屋の中を埋め尽くすのは本、本、本。出入り口付近と通り道以外のスペース本棚が立ち並び、中身はぎっしり隙間なし。

 言うなれば。


 「執務室と言うより書庫だなこりゃ」

 「書庫だった場所を無理矢理書斎に変えた方が居まして。それを流用してるのです」

 「はえー、んであいつは大丈夫なのか?」

 「はえ?」

 

 アルが見たのは書類が山積みにされた机に更に積まれた人間の頭。一本に結んだ銀色の髪がだらりとぶら下がっている。


 「わー! クロエ! 起きて下さい! そんな姿勢で寝ると首を壊しますよ!」

 

 ナナが駆け寄り、体を乱暴に揺らす。

 クロエと呼ばれた女性は完全な眠りではなく、寝落ちしてたようでハッと目を開けた。


 「姫……申し訳ございません。意識が飛んでいたようで……」

 

 アルはクロエと目があった。


 「こちら、お客様です」

 「あぁ!? お客様!? こんなみっともない姿を見せて申し訳ない!」

 

 クロエが慌ただしく立ち上がるので机上の書類がバタバタと落下する。

 

 「礼儀とか気にしねぇから! 大丈夫だから一旦落ち着け!」



 

 寝起きで平静を失ってしまったクロエは間もなく落ち着きを取り戻した。


 「見苦しい姿を見せてすまない。わたしはクロエ・フィンドレー。姫様直属の騎士をしている」

 

 低く、透き通る声だった。スラリとした体型も相まってクールな印象が残る。

 ただ、アルは先程のを見ている所為でそのクールさにモヤが掛かってしまう。

 

 「俺はアル・ロバーツ。冒険者で、ここに来た事情はさっき説明した通りだ」

 「そうか。姫様の護衛をしてくれるのか。確かにそれは助かる。本来ならわたしがやるべきことなのだろうが……この通りだ」

 「まぁ、その紙の束を見れば忙しいのは分かる」

 

 アルの脳内に弟の顔が浮かぶ。


 「先程説明した通り、現状王が居ないので兄が国政を担ってるのですが、その中でも外交や貿易関連をわたくしが請け負っているのです」

 「姫様は書面のやり取りはまだ出来ずにいる」

 「だからクロエが代わりにやってる訳か……だとしても一人でやる量か?」

 

 ナナが仮に出来たとしても二人では手に余りそうな量だ。逆に仕事を絞っているのにこれだけ溜まるのは如何なものか。

 ナナとクロエはアルの質問に顔を見合わせ、困ったように笑う。


 「残念ながらわたくしの従者はクロエしか居ないんです。皆、兄の方に行ってますから」

 「騎士団の中には懇意している者も居るが……おいそれと頼めるようなことでもない。料理長は言わずもがな、だ」

 「少しでも次期国王の手助けをして媚を売りたいのか」

 「わたし一人でもなんとか出来ている。心配は要らない」

 「意識飛ばしてた奴の台詞じゃねぇな」

 「そ、それは……稀にあるんだ。許して欲しい」


 時期によってはほぼ寝てないようで偶に意識が飛んでしまうのだと言う。

 醜悪過ぎる労働環境にアルの顔が強張る。

 

 「まあそれもクロエが水の証を手にすれば全てが解決しますよ!」

 「それは……努力するつもりですが……」

 

 自信満々のナナとは逆にクロエの顔色は優れない。

 アルが理由が聞こうとした時、コンコンと扉から音が鳴った。来客だ。

 

 「どうぞー!」

 「ティーセット! お待たせネ!」


 ナナの声に応じて扉が開かれ、料理長がワゴンを押しながら入ってくる。

 ワゴンの上には三人分のティーカップと大きめのティーポット。肌色にまだらな焦げが見えるデザートはクレープと呼ばれるものだ。

 

 「何かしながら食べられるように手が汚れないものにしたネ! ごゆっくり!」


 それだけ伝えて料理長はそそくさと帰ってしまった。

 

 「料理長もゆっくりしていけば良いのに」

 「そう言う訳にもいかないのですよ姫様。わたしたちは政治に関わって居ますから。この場には見てはいけない物も多数あります」

 「確かに……」


 料理長が退出して直ぐにクロエが立ち上がり、カップに紅茶を注ぐ。

 厨房ではあれだけフレンドリーな料理長も引くべき線はしっかりと引いているようだ。


 「俺は良いのかよ」


 アルはカップを受け取りながら言う。


 「旅人ならさほど影響はないだろう。だからと言って見ようとはしないでくれると助かる」

 「適当かよ」

 「それにアル殿はその辺をどうでも良いと思っていそうだ」

 「そりゃ、俺からしたらこの国の貿易も外交もどうでも良いからな」

 

 アルは口に入れたクレープの甘さを紅茶で中和しながら歩き、本棚を眺める。

  

 「そんなことよりナナの期待に対してバトルトーナメントへの気合が足りてないんじゃないのか? クロエに掛かってるんだろ?」

 「それはそうなんだが……この通り、最近は鍛錬の時間もなくてだな。軽く型の確認などはしているが気休めにもならない。父上からの教えでな。どれだけ型が綺麗であろうと実戦で使えなければ意味がない、と」

 「そんなことありませんよ! クロエの型は——」

 「分かる分かる。決まった通りに相手が動いてくれるはずないもんな。確かに無意味だな」

 

 本の背表紙を眺めているアルは勿論、クロエを見ていない。

 切り捨てるようなアルの物言いに割り込まれたナナ。一瞬の硬直を経て、再度口を開く。


 「なんてことを言うんですか!?」

 「姫様、事実です。それに父上の言葉と言いましたが、その父上に説いたのがコール殿です。否定する方が難しい。アル殿もかなりの腕前ですから信頼出来ます」

 「コール……ってあの英雄か?」

 

 クロエの口から出た名前にアルが反応し、本から目を離す。


 「やはりコール殿は有名なのだな」

 「俺の知り合いがファンだっただけさ。何度ゼドに逸話を聞かされたことか……」

 

 レヴィアの英雄——コール・シュワンツと言えばテュフォンでも有名だった。

 魔法に恵まれなかったものの、研鑽を重ねて二刀流を確立。魔族や魔獣の軍勢相手にその身一つで一騎当千の力を発揮した剣の鬼。

 年齢を重ねて引退した後、国を襲った魔族に一人で立ち向かい、撃退。

 

 「でも老いには勝てず相討ちだったか? まあ相手は死んでねぇけど」

 「父上の話だと無数の槍が降り注ぐような魔術の使い手で、身体の一部を剣に変える魔法まで持っていたらしい」

 「……ん?」

 「どうかしたか?」


 アルはつい最近、テュフォンを旅立つ前にそんな魔族と戦った記憶がある。

 騒がしかった記憶しかないが、魔法もなしであれを撃退したのであれば全盛期のコールなら勝っていたかもしれないと思えた。

 

 「いや、その魔族なら多分この前ぶっ倒したな、って」

 「な!? 本当か!?」

 「同じ魔法と魔術の使い手が居なきゃ多分。なんか騒がしい奴だったな」

 「そうか……コール殿の仇を討ってくれて感謝する。……その、なんだ、最強を自称するだけあるな」

 

 はは、とクロエが笑う。最初に聞いた時は半信半疑だったが、これでアルの強さに拍車が掛かった。

 ナナの護衛にはこれ以上ない程安心感がある。

 そんなクロエにアルは言った。


 「そう言うクロエは自信が足りてない。俺で良ければ鍛錬の相手になるか? 幾ら仕事が多いって言っても暇が全くない訳じゃないんだろ?」

 「良いのか?」

 

 アルはナナの護衛を引き受けると言ったが、まさかナナも四六時中城下町には出ていない。城内での危険はほぼゼロに近いとなるとアルも暇だ。

 ここにある書物を読み漁ると言うのもかなりの好条件。

 しかし、アルはアルで体を動かしてないと落ち着かない性格である。

 

 「俺の教える才能は保証しないぞ」

 「アル殿ほどの武人とやれるのならそれだけでも十分さ」

 「ははは! 間違いない!」

 

 アルは一切謙遜することなくクロエの言葉を肯定する。

 最強を自称してても褒めてくれる人が少ないのでついつい機嫌が良くなってしまう。そのまま紅茶を飲み干し、カップを戻そうとへ向かう途中で、足が止まる。

 一冊の本の背表紙に視線が吸い込まれる。

 

 「魔術書基礎——入門と応用編、完結……」


 著者の名前はルミナ・

 アリスと同じ家名だったのが気になり、アルは手に取った。


 「あっ、ルミナ様の本ですね! それが食堂で少し話した宰相と宮廷魔導士を兼任していた凄い人なんですよ!」

 「へぇ……この著者が。ちなみにこのルミナの子どもは居たりするのか?」

 

 何気ないアルの質問。何気ないはずだったのに二人の動きがピタリと止まる。

 一瞬で体が石になってしまったんじゃないかと思うほどで、アルは五感を研ぎ澄ますが、そんなことが出来そうなアリスの気配は感じられない。

 

 「な、なんだよ……俺は氷の魔法なんて持ってねぇぞ」

 「あ、あぁ! すまない。その話題は……王城では暗黙の了解なんだ。ルミナ殿が亡くなった今でもなんだか出しにくい話で」

 「魔術書と言う概念を編み出して、魔導士としての腕も一流で宰相としての能力も完璧でした。しかもコール殿と結ばれましたからそれはもう」

 「後継が期待されてたんだな」


 各地で名を轟かせる英雄と万能の魔導士。本人たちが望んでいなくても期待は重くなる。片や国の宰相を務めているのだから。

 だが、そうはならなかった。


 「ルミナ殿はな……子を成せない体だったんだ」

 「母親と呼べる人……か」


 アルは森でのアリスの発言を思い起こす。

 金髪でも碧眼でもない母親と呼べる人。

 あの時、ジゼットは照れ隠しと言った。

 だが、そうではない複雑な事情が絡んでいそうだった。

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