第26話「王女に好かれがち」
「うぉお、うおおおお! これがレヴィアか! スゲェー!」
レヴィアに到着した途端にアルが叫んだ。
陸地と分かれた大規模な水の大地——海側に突き出し、その上に発展した水の国。
領地の真ん中をS字の大きな川が区切っており、他にも水路が剥き出しになっている為、歩きだけでなく小さな船で城下町を移動することが出来る。
基本は白や赤の石造りの建物だが、場所によってピンクや青の建物があり、カラフルな街並みだ。
そうして興奮するアルとは裏腹にアリスとジゼットは落ち着いている。
「狂戦士は初めてなんですか?」
「テュフォンから出たことないんだよ。そう言う二人は?」
「わたしはテュフォンに来る時に一度、寄りましたよ」
「私はそもそも広義的な捉え方をすればここ出身です」
「広義的な捉え方?」
アリスの言い方に違和感を覚えたアルが首を傾げる。
「見ての通り、レヴィアの城下はそんなに広くないんです。だから近場の陸地には村が点々としています」
「その一つの出身ってことか」
「一応レヴィア領地となってますが、各村のことはそこの村長が請け負っています。稀にこちらから視察のようなものもあるようですが」
アリスは見たことがないと言う。
それは初耳だったのかジゼットも「へぇ」と頷いていた。
その話を聞いたアルは歩きながら辺りを見渡す。
建物で埋め尽くされていて確かに狭い。道も今は大通りだから良いものの、一つ路地に入ったら三人横並びで歩くのも厳しそうだ。
そこを歩く人々もやはりテュフォンと違いがあった。
「商人が少ない……って訳じゃないんだろうけど馬車が居ないな」
「通れませんから」
「それよりも陽気な輩が多いな。あれが詩人で……お絵描きパフォーマーと観光目当てっぽいのが割と」
「観光に強いのがこの国ですよ。反面、農業には適してませんが」
レヴィアの街並みを見るだけで満足と言う人も居るらしい。
アルにもその気持ちは理解出来た。
「それでアリスは良い宿とか知らないか?」
「さぁ、ここに来ても泊まったりはしませんでしたね。でも安いところで良いと思いますよ」
「え、でも泊まるならそれなりの宿が」
難色を示すジゼットに、
「部屋でテントを開けば良いだけですから」
アリスは宿に対する冒涜発言をする。
これに対し、ジゼットは反対、アルが賛成した為、多数決の結果——安い宿の部屋でアリスのテントを張ることにした。
一応泊まるところを決めた一行。
アリスとジゼットはここを出ることになるまで自由に行動。
そして残ったアルは旅の資金を稼ぐ為に再び城下町へ繰り出す。
「と言ってもな。ギルド行くのもなー」
冒険者に仕事を斡旋するのもギルドの仕事だ。
しかし、こうしてアルが冒険者として旅立った以上、その事情が各地のギルドに伝達されている可能性が高い。
人殺しに振る仕事なんてないと言われればそれでおしまいだ。
アルは川に落ちないよう設置された柵に背中でもたれかかる。個人的に依頼を受けてみようかと聞き耳を立てる。
「どうだい! この絵! 今なら安いよ!」「そこのお嬢さん、君に歌を捧げよう」「すごーい! お母さん凄い水綺麗だよー!」
「なぁ知ってるか? なんか最近この国、出るんだってよ」
「知ってる。夜中に箱を持った空飛ぶ鳥だろ? 俺の知り合いも見たって——」
碌な話がなかった。
「流石は観光の国……浮かれた奴らしか居ない。どうすっか」
その時、アルの目の前からフードを被った小さな人影が走ってきた。
後ろを何度も確認しながら走ってくる人影は路地に気付かず、そのままアルに突進してこようとするので受け止めた。
「おっと」
「あ! 申し訳ありません! その突然で失礼なんですが隠れられる場所は——」
声からして少女らしきフードの人物は辺りを見ながら言葉に詰まる。
残念ながらパッと見、隠れられる場所はない。
あたふたするフードの少女を見たアルは右足を後ろにずらし、柵の隙間から出す。
丁度足首だけが川の上に浮くような状態だ。
アルは自分の足を指差し、言った。
「握力に自信は?」
「へ?」
そうして間もなくレヴィアの騎士である二人が息を切らしてやってきた。
「そこの君、この辺にフードを被った怪しい奴を見なかったか?」
「あー、そいつならあっちに行ったぞ」
アルは自分から見て右側を指差した。
「感謝する! 助かるよ」
「ほら、行くぞ!」
慌ただしく走る騎士たちが見えなくなったのを確認してからアルは魔法で強化した右足を軽く上に振る。
足に捕まっていたフードの少女は高く飛び、アルに受け止められた。
「はい終わり。あいつらならどっか行ったぞ」
「ありがとうございます。助かりました」
「事情を聞いても良いやつか? 話をしたくなきゃ聞かないけど」
如何にも困ってそうだったのでアルは金稼ぎになるかと思って助けた。だが、事情が複雑ならパスするつもりだ。
「もしや旅人さんでしょうか?」
顔の隠れた少女は軽くアルを観察してからそう言った。
「あぁ、絶賛資金繰り中で仕事探し中だ」
「それでしたら……あ、まずは場所を変えましょうか」
「あいつらが戻ってきても面倒だしな。賛成だ」
アルは少女に案内されるまま後を追いかけた。
「ふぅ、ここなら落ち着けますね」
少女はとある飲食店に入り、二階の席に座る。
アルも続いて二階に上がったのだが、明らかに普通の客席じゃない。下の階に居た客らしき人物は居らず、そもそも四人掛けのテーブル席が一つだけ。
少しだけ躊躇い、店員に咎められてないから大丈夫か、とアルも少女の向かいに腰掛けた。
いざ、アルが話を切り出そうとすると何故か注文もしてない料理が下から運ばれてくる。
「ごゆっくりどうぞ」
店員はそれだけ言って戻って行った。
並べられた料理は赤身魚を使った色鮮やかなもので、野菜と絡められたそれらはさっぱりしていそうな印象を受ける。
「……これなんだ?」
「助けて貰ったお礼です。どうぞ召し上がって下さい」
「そうじゃなくて、まずはやることがあるだろうに」
アルは軽く握った手を耳の横に持ってくる仕草をする。
それで少女はハッとして、初めてフードを外した。
フードの下から飛び出したのは海よりも澄み切った深い藍色の髪。編み込みながらの波打つクォーターアップは気品さと無邪気さを両立しているように見える。
艶々の肌、更に髪と同じく宝石のような青い瞳。
これまでの状況を鑑みて、アルは目の前の存在が何かを察した。
「初めまして。レヴィア王女のナナ・アルファ・シーンです」
「やっぱりか……」
各地の国の王族は髪と目の色に特徴がある。
実際にアルが知っているのはテュフォンだけだが、リゼも同じように翡翠色の髪と目を持っている。
水の国なら青、火の国なら赤、そんな誰にでもありそうなのに一目で分かる不思議な特徴があると言うのが常識だ。
まさか自国で王女を助け、他国に来てまで王女を助けることになるとは思わなかったアルだった。
「俺はアル。家名はロバーツ。冒険者で魔王城を目指してる」
「お一人で、でしょうか?」
「仲間はそれぞれ自由行動中。それなりの期間はここに留まるつもりなんだが、出来ることとかないか? 勿論報酬はありで」
王族であろうとアルは遠慮せずに望みを伝える。
リゼの所為で王族に対する礼儀は吹っ飛んでしまっていた。
「アル殿は」
「アルで良い。なんかむず痒い」
「ではアルさんで。依頼……依頼ですか」
駄目元で頼んだアルだが、ナナは真剣に考える。
王族に依頼を貰おうとする冒険者はアル以外に居ないだろう。
「そう言えばなんで騎士から逃げてたんだ? 王族なら逃げる必要もないだろ」
「そのですね……今はわたくしの兄が仮の王として政治を担っているのです」
「あぁ……それで?」
仮の、と言う言葉に引っ掛かったアルはそのまま続きを促す。
「こう自由奔放な妹を許せない節があるようで……護衛もなしに出歩いてるのを見つかると大目玉を貰ってしまいます」
「まぁ……そりゃあな」
どう考えてもナナの兄が正しくてフォローのしようがなかった。
どんな理由があるのかアルは知らないが、出歩くのなら護衛くらいは付けておくべきだろう。
誘拐でもされたら大問題である。
「ところで仮の王って言うのは?」
「旅人のアルさんに話すような事柄でもないのですが、実はこのレヴィアではまだしっかりと王位の継承が終わってないのです」
人差し指同士をすり合わせ、恥ずかしそうにナナが語る。
「前王はわたくしたちの母親で、お母様は珍しい予言魔法の持ち主でした」
「予言魔法か」
そう言った魔法の存在はアルも知っていた。ただし、書物の中でだけで実際に持った魔法使いは見たことがない。
「お母様は体が弱く、四十も生きることなく亡くなってしまいました。ですが丁度お父様と結婚した頃、ある予言を残しているのです。それが今後生まれてくる子どもが歴代最高の王になる、と言うものです」
「ちょい待て。親父は何やってんだ?」
話の流れからしてそこからナナと兄の王位継承レースが始まり、現在も決まってないとなるとさほど時間が経過していないと推察出来る。
だが幾ら王の母親が亡くなったと言っても速攻で兄が仮の王になるのも変な話だ。
そうなったらナナの父親は何をしているのか。
「お父様はお母様の死に心を痛め——もう政治なんかやらん! と拗ねて離宮でのんびり過ごしています。ちなみにお父様はどちらかと言わずとも武闘派で政治をお母様に任せていたので一度も政治を行ったことがありません」
「さっさと引っ張り出してこいよそのバカ親父」
今からでも政治を覚えさせろ、とアルは思った。
「とまあお父様がこんな感じでして。昔、宰相と宮廷魔導士を掛け持ちしていたお方も城を離れ、城内はガタガタなのです」
「それでナナの兄貴がガタガタな城内事情を支えてるって訳か」
「はい。その影響で多くの貴族は兄様に肩入れしていて……今のところわたくしに勝ち目はほぼないですねっ! 任されてるの貿易だけですしっ!」
ナナはそう言い捨ててレヴィア名産のレモネードを一気に飲み干した。
きっと敏腕だったであろう前王が死に、王婿も役に立たず、崩れかけの内政を立て直したのがナナの兄。
アルは目の前のナナを見る。
王族としての教育は施されていそうだが、まだ幼さが残っている。見た目からしてまだまだ若いので仕方ないところがあるとは言え、勝ち目はなさそうだ。
であれば逆にまだ確定していないのが不可思議で、ナナがほぼ勝ち目がないと言ったのが気になった。
「逆にナナに勝ち目なんてあんのか? ってかなんで決まってないんだ?」
「その理由はそれです」
「それ?」
ナナに後ろを指差され、アルが振り返ると張り紙が貼ってあった。
『レヴィアバトルトーナメント! 遂に開催!』
見たところ武闘大会の開催告知のようだ。
そこでアルはとある歴史を思い出す。
「これ、あれか。代々続いてる水の神に捧げる儀式みたいなやつか?」
水の国を作り出した水の神に感謝を伝える為の催事で、最後には——
「はい、優勝者には水の証が授けられると言われています」
「参加資格は水の国に十年以上の国籍を置く者……つまり、この優勝者がナナの味方をした場合はひっくり返るな」
水の神が認めた者が仕える王女は国民人気が跳ね上がるだろう。
否、間違いなく王になる。
「わたくしには頼れる従者が居ます! 必ずやクロエはトーナメント勝ち、わたくしを玉座に導いてくれるはずです! その時の為にもわたくしは国内事情を知っておくべきなのです!」
「それで国内を駆け回ってるのか」
「まあ……そんなところです」
「……?」
突然歯切れが悪くなったナナにアルは違和感を覚えた。
だが、アルはその違和感を気にせず、とある提案をすることにした。
折角レヴィアに来たのならトーナメントは見ておきたい。
それまで金を稼いでいられる仕事が欲しい。
ならば。
「そしたら俺を護衛として雇ってくれよ。期間はトーナメントが終わるまで。実力は世界最強クラス。少なくともこの国で俺に勝てる奴は居ない」
そう自信満々に言い放つアルに、ナナは目を丸くした。
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