二章『レヴィア〜平和の世代の前に〜』

第25話「プロローグ」


 無事に仲間を得たアルはテュフォンを出て、慌てず急がず魔王城へと向かう。

 最初に決めた目標中継地点は水の国レヴィア。

 国全体に水が流れており、それ以外の地面は建物や道路に充てがわれている神秘的な国だと言う。永住してる人の多くが詩人や画家の芸術家であることも特徴だ。 

 

 「いやーアリスの発明品は便利で良いな。あんなテント初めて見たぞ」

 「旅するなら必要かと思い、作っておきました。毎回毎回家を建てるよりは手間が掛かりませんから」

 「そんなあっさり片付けて良い代物でしたっけ!?」


 アリスが作ったのは空間拡張テント。外から見たサイズは普通のテントと変わらないのだが、中身は家のような空間が広がっている便利なテントだ。

 アルは疑問に思わず、アリスも説明せずに話が進んでいるが、ジゼットは気になってしょうがない。


 「だって説明聞いたって分からねぇし」

 「説明したところで理解出来ないでしょう?」

 「いや……そうですけど」


 そう言われたらジゼットは反論出来ない。

 アリスの錬金術の仕組みの基礎はまだしも応用に関してはさっぱり分からなかった。 

 今回の件もアルが分からない時点でジゼットは諦めるしかない。


 「それよりも坊主はビビり癖をなんとか出来ないんですか? 戦えないのは構いませんが耳障りです」

 「うっ、それは……」


 アリスからのカウンターを喰らい、押し黙る。

 ジゼットは魔獣が襲ってきた時も、こちらから狩りに行き、戦闘に発展した時も構わず怖がり、喚く。

 アリスはそれが鬱陶しくて堪らなかった。

 錬金術は脳内演算で行う。だから集中力が切れるのはご法度。相手によっては死に直結する問題だ。


 「前線張れって言ってんじゃないんだからビビんなよ。俺とアリスの強さは分かってんだろ?」

 「前線どころか戦闘不参加で良いんだから怖いも何もないでしょ」

 

 ジゼットは戦闘要員じゃない。僧侶として回復と解呪を担当すれば良いのだ。

 戦闘を受け持つのはアルとアリス。

 ジゼットが知る中でも最強と言って差し支えない実力を持っている二人だが。


 「それでも怖いものは怖いんですよ! 相対した敵に対抗策がない人の恐怖心と言うのが二人には分からないんです!」

 「知らん」

 「分からないですね」

 「くううううう!」


 案の定、二人には理解されなかったジゼット。


 「なら思考を変えたらどうですか? 私たちはあくまで坊主の手下で、自分のことを害する存在は全員薙ぎ倒す、と。所謂虎の威を借る狐ですね」

 「頭の中でもジゼットが俺たちを従えてる構図は嫌だな」

 「それは同感です」

 「そう言われる気はしてましたが……それなら少しは行けそうです」

 「じゃあ先頭を歩いてみようか」


 アルはずずいっとジゼットを先頭に押し出す。

 思考を切り替えたジゼットは騒ぐことなく先頭で陽気に歩く。


 「ふっふっふー! わたしは最強の二人を従えた僧侶ー!」


 その後ろでアリスは冷たい目を向ける。


 「流石は僧侶。信じ込むことには長けてますね」

 「腹立つからまた後で別の方法を考えるか」

 「それより良いんですか? このまま坊主を先頭にしておいて」

 「別にこの位置ならカバー入れるし大丈夫だろ」


 そうやってジゼットを前に歩いていると、ガサっと草むらが揺れた。

 一行は足を止め、その草むらを注視する。

 アルとアリスはまた魔獣だろうと思い、戦闘の準備をだらだら始める。

 だが、ジゼットは違った。


 「また魔獣ですか! こちらには最強が二人居るんです! 全然怖くありません!」

 

 意気揚々と虎の威を借っている宣言である。


 「だっせぇ……」

 「情けないですね……」


 その声に反応して草むらから姿を出したのは——人だった。

 すらりとした体型、きっちりとした装いに、頭には角が生えていた。


 「「!」」

 「なんですか? 魔族ですか? こちらには——うわ!?」


 突如、ジゼットの目の前にアダマンタイト壁が迫り上がる。

 アリスがジゼットを守るように立つのと同時に魔法で足を強化したアルが魔族まで一気に駆ける。

 

 「おやおや——いきなり酷いじゃないですか——」

 

 先手を取ったと思っていたアルは魔力を感じ、飛び退く。

 すると魔族の前方に魔法陣が浮かび——炎が噴射。

 あのまま突っ込んでいたらアルは炎に飲まれていた。


 「アリス! 消火!」

 「分かってますよ!」


 炎と水の影響で魔族の姿が見えなくなる。

 アルは目に魔法を集中させ、魔族を捉えようとするが。


 「ん?」

 「焦らないで下さい。こうすれば——」


 アリスは風を起こし、立ち込めていた水蒸気を吹き飛ばす。

 しかし、魔族の姿は何処にもなかった。


 「逃げた……みたいですね」

 「あぁ、気配はないな」


 アルは銃を片手に周りを見渡す。気配もなければ殺気も感じ取れない。

 安全を確認してから武器を戻し、考え込む。

 顎に手を当てるアルを見て、アリスが口を開いた。


 「どうかしましたか?」

 「あいつ、杖持ってたか?」

 「いえ、持ってなかったような気がします。それが何か?」

 「魔術を使ったんだよ、あいつ」

 

 魔法陣が浮かび上がるのは魔術の証拠だ。


 「魔声とやらではないんですか? この前の魔族も使ってましたよね」

 「魔声の基本は関連するワードだ」

 「炎なら燃えろ、とかですか。確かにそう言った単語はありませんでした」


 とは言え魔声は魔族特有の能力。未解明な部分があるのは変ではない。

 

 「もうそろそろレヴィアだけど……警戒はしておくか」

 「明らかに只者ではない雰囲気でしたからね」


 ジゼットは気付いていなかったが、二人はひと目見ただけで魔族が実力者であることを見抜いた。

 あれだけの実力者が即座に逃げを打ったのも気がかりだった。

 アルはアリスと共に警戒心を抱え、腰を抜かして意識が飛んだジゼットも抱えてレヴィアに向かうのであった。

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