第24話「エピローグ」


 アルが教会の外に出ると、アリスとジゼットが待ち構えていた。準備は万端のようだ。


 「悪い。待たせたな」

 「当分は帰ってこないんです。満足するまでして下さい」


 読んでいた本を閉じ、ぶかぶかなローブの内側に仕舞い込むアリス。これまで着ていたボロ布ではなく、落ち着きを感じさせる夕焼け色の装いだ。

 アルはアリス、ジゼットと横並びで国を出る門へ歩く。


 「それにしても賢者を名乗るなんて大きく出たなぁ」


 暴走中のことはシャリーとジゼットから聞いている。何でもアリスはあれだけ大勢居た状況で『賢者』を名乗ったらしい。

 賢者とはその名の通り、賢い者の意で、魔術師や後衛魔法使いに与えられる最上級の称号だ。

 少なくとも自称するような代物ではない。

 だが、アリスはそれでも表情を変えずに言う。


 「私は魔術師でも魔法使いでもありませんからね」

 「良いと思うぜ。アリスにはぴったりだ」

 「あの時、周りを馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿言ってましたしね……せめて自称でも賢くないと面目が立ちませんよね」

 「自称も何も事実だろ。錬金術使ってんだぞ」


 錬金術は数え切れないほどの知識と頭の回転があってこそ。到底馬鹿には務まらない。

 本人が錬金術師と名乗りたくない以上、アルに賢者以外の呼称は思い付かなかった。

 不意打ちとは言え神の証持ちのシェビィで止められず、ゼド、エレナ、ファイの三人でもやっとだったアルの暴走を一人で止めたのだから後衛最強を名乗っても大言壮語にはならないだろう。

 そんな話をしながら門を潜る。これで晴れて出国だ。


 「あ、あの!」


 と、その矢先で一行を呼び止める声。

 三人が振り返ると、そこにはケイトが立っていた。


 「ケイトか。俺たちのこと助けてくれたんだって? ありがとな」

 「お礼を言うのは私の方。ジゼットさんとアリスさんが居なかったら死んでたもの。それよりも、今までごめんなさい」


 ケイトはアルに深く、頭を下げて謝罪する。


 「私、ずっとアルさんのことを悪い人だと思ってた」


 騎士団に入るより前からアルの噂は有名で、ケイトはそれが真実だとずっと思い込んでいた。


 「でも、実際は違った。あれだけ必死に戦える人が悪い人な訳がない。噂だけを鵜

呑みにして、決め付けて、本当にごめんなさい」

 「良いよ良いよ。過程はどうあれ俺がシェビィを殺したのは事実だから」


 アルは顔を上げるよう促しながら、「それに」と続ける。


 「そうやって思考を切り替えられるのも、ロッシに歯向かうのもケイトは凄いよ。今の騎士団には勿体ないくらいの人材だぜ」


 間違った認識を改めるのは難しい。長い期間積み上げられてきたアルの黒い噂を水に流すのは特に。 


 「そうですね。あんな団長の下で働いているのが不思議なくらいです」

 「私は団長に憧れて入った訳じゃないので……ただ、誰かを、一人でも多く助けてあげたいと思ったから」

 「そうか。じゃあさ、一つ、頼んでも良いか?」

 「えぇ、これまでのお詫びとして」


 お詫びと言われ、ケイトに直接何かされた訳でもないアルはその圧に顔が引き攣る。


 「俺の祖父さんと祖母さんのことを頼んでも良いか?」

 「アルさんの祖父母を……?」


 ケイトは頼みごとの意味を理解出来ず、首をちょこっとだけ傾けた。


 「俺が居なくなったらそのヘイトがあっちに向くかもしれない」


 そうなった時、アルが居ればその犯人をボコボコにすれば良いだけの話だが、逆に言えばそれが分かり切っていたから手を出されなかった可能性だってある。

 なら、アルが国から居なくなったら?


 「あっ」


 ケイトが短く声を発する。


 「ジェスは多分大丈夫だ。あいつは研究者として有名だし、悪辣な兄に対して優秀で真面目な弟の形が出来上がってる」


 比較対象とされている為、アルと同じ扱いを受ける可能性は低い。


 「だからケイトに頼みたい。ロバーツ家のこと、それと王女のことも。自分の立場が危うくなるようなら無視でも良い。最悪ガレンたちが居る」


 そのガレンたちが城下町から離れた場所に住んでいるからケイトに頼んでいるのだが。

 無理な頼みなのは承知の上だ。元々アルが作り出した状況なのだ。

 しかし、ケイトは笑顔で応じる。


 「分かったわ。このケイト・レコーナの名に掛けて、絶対にやり通してみせる」

 「いやいやいや、最悪やり通さなくても」

 「いいえ、絶対にやり通すわ。だってその状況に反対するのは当然だもの。アルさんも事故だし、その祖父母も落ち度なんて全くない。それでも私の意見が聞き入れられない組織なら抜けてやるわよ。騎士団の役目は守ること。決して痛めつけることじゃない」

 「そうか。なら頼んだぞ、ケイト!」

 「えぇ! 任せなさい!」


 ケイトはドンと自身の胸を叩き、体を反らす。とても十五歳には見えない貫禄と安心感。

 騎士団長がヴァンマルクになってからは独裁のような組織体制が続いていたので、こんな団員が居るとは意外だった。

 アルはケイトに背を向け、再びアリスたちと歩き出した。




 「なあ、アリス」


 少し歩いたとことでアルがアリスに声を掛ける。


 「はい?」

 「パーティ入りしてくれた理由を聞いても良いか?」


 銃とナイフは正式な依頼で錬金術師として普通のことだっただろう。

 しかし、パーティ入りするのは仕事の範疇から外れる。別に魔王のところまで行かずとも錬金術の研究は続けられるのだから。


 「一つはロバーツが信頼に足る人物であったこと。そしてもう一つは素材。龍神の素材は絶対に取って貰います」

 「神様にでも願ったらポンとくれるかも知れないぜ?」


 アルは今さっき神父に言われたことをアリスにそのまま返す。

 それを聞いたアリスは鼻で笑った。


 「信頼に足る人物と言ったばかりで何を言うんですか。見たこともない存在に願うよりロバーツと約束した方が確かだと判断したんですよ」


 計らずもアリスはアルと同じ考えを持っていた。


 「だよな。俺もよっぽどアリスの方が信頼出来るぜ」

 「当然です」

 「ここに聖職者が居るんですけども……」


 真横で神を小馬鹿にするのでジゼットが居た堪れない。半目で二人を見る。


 「なら私とロバーツの分まで願っておいて下さい」

 「そんなんじゃ聞き入れてくれませんよ!」

 「てかアリス、俺のことリーダーって呼んでくれないのか?」


 アーノルドと戦う前は呼んでいたのに、またロバーツ呼びに戻っている。


 「リーダーだとレイニーと被るじゃないですか」

 「じゃあアルって呼んでくれよ」


 状況によってだが、苗字呼びは物凄く余所余所しい。例えるならキャッチボールをしようとボールを投げたのに払い落とされるようなものだ。

 それはアリスが相手に無駄な好感を与えないようにしていたことだった。


 「そうですね……なら狂戦士で」

 「うぇっ!?」


 ジゼットが変な声を出す。

 アルを狂戦士と呼ぶのはジゼットを僧侶と呼ぶのと一緒だ。とてもパーティ内での呼称とは思えないが。


 「これからも宜しくな! アリス!」

 「こちらこそ。狂戦士」

 「本人が良いのなら良いですか……アリスさん! わたしは?」

 「クソ坊主」

 「口悪っ!? なんなんですかこの扱いの差……」


 それならまだ苗字の方がよっぽど良かった、と項垂れるジゼット。

 アルへの狂戦士呼びが定着していることから呼び方が元に戻ることはないと思われる。


 「ジゼットがおちんこ出てるぞ。なんとかしてやれよ」

 「は? 私に何をしろと?」

 「落ち込んでるんですよ! 誰が悲しくて下半身を露出するんですか!? アリスさんも真面目に受け取らないで下さい!」


 アルはゲラゲラと笑い、アリスは完全無視でローブのポケットをまさぐる。


 「あ」


 短く声を発しながらアリスがポケットから爆弾を取り出した。

 錬金術で作った異空間ポケット。内容量に限りはあれど、外から見るサイズは変わらない優れものだ。


 「一個余ってました」

 「次、使えば良いんじゃね?」

 「それがですね。弾薬の失敗作の再利用なので日持ちしないんですよ」

 「じゃあ使ってやらないと勿体ないな。貸してくれ」


 差し出してきたアルの右手にアリスが爆弾を乗せる。

 爆弾は激しい音と共に周囲を吹き飛ばす危険な兵器。それなのに無邪気な笑顔を光らせるアルがジゼットは怖い。


 「どうするつもりですか……?」

 「いやさあ、散々な扱いされたからこれくらいは許されるだろ。威力は?」

 「人に直撃したら死にますけど建物の壁とかなら多少壊れる程度ですね」


 目的を察したアリスは楽しそうに言った。

 アルは爆弾を持った右腕を肩からぐるぐると回し、振り返る。見据える先はここからでも見える大きなテュフォン城。


 「点火したので後は衝撃を与えれば爆発します」


 それを聞いてアルは右腕を魔法で強化。


 「よいしょお!!」


 綺麗なオーバースローでやまなりに爆弾を投げる。

 綺麗な放物線を描いた爆弾はやがて見えなくなり——やがて重低音の効いた爆発音と悲鳴がアルたちの場所まで聞こえてきた。


 ——。


 「うわああああああ! 僕の資料うううううう!」


 突然、けたたましい音が響いたと思ったら、城内の一部が揺れた。

 その中にはジェスの研究室も含まれていて、案の定、ただ積み上げられていただけの紙束がバサバサと音を立てて崩れ落ちていく。


 「だから綴じましょうと言ったではないですか……あはは」


 地面に散らばる資料のページを大慌てで調べるジェスの姿を苦笑いで眺めるリゼ。

 魔族の襲撃があった手前、研究室の上階ではお偉いさんたちが大騒ぎ。だが、リゼはこんなことをする人物の想像が出来た。


 「書庫を借りていた時はしっかりしていたのに専門の部屋を貰った途端これです。やはり大雑把なところは兄弟ですね」


 今の研究室は新しく作られたもので、前は城の書庫を使っていた。

 その時は他の本と混ざると困る。そう言って資料をまとめたりもしていたのだが、現在はこの通りだ。

 リゼも身を屈め、資料をかき集める。どれがどの資料なのかはさっぱりだが、集めてさえおけばジェスがなんとかするだろう、と思っていた。


 「あら?」


 その時、資料の隙間から長方形の白い便箋がはらりと落ちた——。


 「はっは! ざまあみろ!」

 「スッキリしましたね」


 満足げな二人と違ってジゼットは顔面蒼白。


 「ばばばばバレたらどうするんですか!? 処刑されますよ!」

 「そん時は逃げるだけだろ」

 「私たちを取り押さえられる人は居ませんから平気です」


 少々ズレたことを言われ、ジゼットの口から言葉が出なくなった。

 会話が途切れたところでアリスが新たに話題を振る。


 「そう言えば狂戦士は何故魔王城へ? それだけの強さを身に付けたんですから呪いだけが理由じゃないんでしょう?」

 「一人でも多くの人が楽しく、平和に暮らせたら良いなって思って。それを成し遂げるのがシェビィとの約束なんだ」


 アルが儚げに空を見上げる。普段の様子からは似付かわしくない。

 今は亡き親友に向けられているのだろう。

 嘗て最強コンビと言われた親友の代役を任されるのは、幾らアリスと言えども荷が重く感じてしまう。

 だが。


 「平和な世界には賛成です。のんびり頑張りましょう」

 「だな」


 そして、アルたちの旅は続く。 

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