第23話「神に願いを」


 両サイドの窓から差し込む光が教会内部の白を輝かせる。塵一つないその場所は入り口から異世界に迷い込んでしまったのかと思いたくなるほど綺麗で、神々しい。

 真ん中の通路を舗装するように両脇に幾つもの長椅子が並び、最前列の席にはアルがだらしなく腰掛けている。正面に掲げられたステンドグラスすら鬱陶しそうに見つめているその姿は教会に向いてなさ過ぎた。

 そんなアルを前にしても、神父は講壇に立ち、話す。


 「それは今からずっと前のこと。神々が我々の世界から離れた後の話。強大な力を持った人物が世界を我が物にしようとしました。その時——」

 「あー知ってる知ってる。神の証を持った勇者たちが力を合わせて戦ったんだろ」

 「遮らないで貰っても……よろしいでしょうか?」

 「何回聞かされたと思ってんだよ」


 それはこの世界で最も有名な神話に並んで人気のある英雄譚。

 とある悪者の野望を止めた神の証に選ばれた英雄たちの話。アルは神話にも詳しければその英雄譚だってシェビィと一緒に散々神父に聞かされた。

 しかし、テュフォンが持っているのは終盤だけだ。残りは各国の一番大きな教会がそれぞれ持っているらしい。


 「各地を回らないと全編読めない英雄譚とは面倒だな」

 「冒険者にとっては楽しみが増えて良いではないですか」

 「それ系の話が好きな奴ならな。……それにしても神の証、か」


 アルは腰にぶら下げた色のくすんだ風の証を手に取り、眺める。

 嘗て親友が持っていた時は綺麗な色をしていたのに、今となっては輝きを失っている。


 「シェビィさんのですか……生まれた瞬間に風神に選ばれ、神の子なんて言われていた時期もありましたね」


 神に選ばれるには、功績や人柄が必要だと神父は言う。

 生まれたと同時に神の証が与えられたなんて事象は史上初だった。


 「それと同じ時期にもう一つ、神の証が顕現したらしいですね」

 「らしい? 分かんないのか?」

 「自分はテュフォンの神父なので。他の神の証は出現してるのかどうかくらいしか」


 神父は肩を竦める。

 アルは「ふーん」と鼻を鳴らしてから神父に問い掛ける。


 「じゃあ現時点で継承者は何人居るんだ?」

 「シェビィさんのはアルさんが持っているので、それ以外だと氷の証と火の証は継承者が既に居るようですね」

 「意外と多いな……」


 一般人からすれば神の証継承者が多く現れるのは喜ばしい。だがアルはそう思わない。

 逆に神の証を与えておかないとまずい状況になるのでは、と疑ってしまう。

 とは言え、答えの出ない問題を考えていても仕方ない。


 「さてと、そろそろ行くとするかな」

 「シェビィさんのお墓参りはしていかないのですか?」

 「しない。どうせ埋まってる訳でもねぇし」

 「そうですか。ではお気を付けて。困ったことがあれば神様に願ってみるのも良いでしょう」


 神は人々の願いを聞き入れ、叶えてくれる。

 大陸に住む人間のほぼ全員がその妄言染みたお告げを信じている。実際に叶った事例もあるとは聞くが。


 「嫌だね。だったらさっさとシェビィを生き返らせるか俺の呪いを解いてほしい」

 「そんなだから聞いてくれないのかも知れませんよ?」

 「別に聞いてくれなくても良い。人の死はともかく呪いは自分で何とか出来る。やっぱ信じられるのは自分と頼れる仲間だけだな」

 「アルさんならそう言うと思いましたよ。旅の無事を祈ります。神々の御加護があらんことを、アーメン」


 去り行くアルの背中にそう唱える神父。

 最後の一言を聞き、アルは立ち止まり、振り返る。


 「そう言えばずっと気になってたんだけどよ。そのアーメンって何だ? 他の奴が言ってるのを聞いたことねぇんだけど」


 神父は誰かを見送る時、必ず最後に「アーメン」と言う。その前の「神々の御加護があらんことを」も他では聞かないが、まだ分かる。

 アルはエレナやジゼット、その他聖職者たちがアーメンと口にするのを聞いたことがない。この神父だけしか言わないのだ。


 「自分の故郷で使われていた決まり文句のようなものです。気にしないで下さい」

 「稀に出る変な言葉も故郷の言葉か?」

 「えっと……さーて、来週の礼拝はー!? とか、折角だからこの懺悔室を選ぶぜ! とかですか?」

 「それらは初耳だけど系統は一緒だな。それ」

 「はい。故郷の言葉と言うと語弊がある気もしますが……同郷同年代でなければ通じないでしょうねぇ……懐かしいですなぁ……」


 神父は遠い目でステンドグラスを見つめる。


 「シェビィがやけに好きだったな。その為に教会通ってたまである」


 神父の変な台詞はやけに耳に残る印象があった。特にシェビィはそれらがお気に入りで度々口にしては新しいのを聞きに教会へ来ていたのをアルは覚えている。

 この神父にアルは長い間世話になった。シェビィを殺してしまってからも。


 「物凄く助かった。ありがとうな」

 「お気になさらず。それが神父としての役目であると考えています。生きていれば嫌われることもあります。だからこそ一人くらい全てを愛し、許す人が居ても良いでしょう?」

 「殊勝な心掛けだこと。前世は天使か何かか?」

 「まさか。普通の人ですよ」


 神父はアルの問い掛けを軽く笑い飛ばす。


 「じゃあ、そろそろ行くかー! あいつら待たせてるしな」

 「最後に伝言があります」

 「伝言?」


 出発前に気になることを聞いたのはアルだが、次は神父の方が引き止めてきた。


 「きっとアル君なら娘との悲願を叶えられる。だそうですよ」

 「顔くらい見せれば良いのに」

 「それはアルさんが目的を達成して帰って来た時のお楽しみにするらしいです」

 「娘と同じで変わった親だな」


 帰ってくる保証はないのに呑気な親だとアルは思う。

 シェビィの両親とはあの日からずっと会っていない。せめて旅立ちの前には会っておきたかったのだが、会わないまま重い期待だけをパスされた。


 「んじゃまあ、世界旅行楽しんでくるぜ。元気でな」

 「はい。三日に一回は祈っておきます」

 「ははは、それくらいが丁度良いな!」


 三日に一回と言う中途半端な祈りでも怒らず、本当に楽しそうに笑うアル。

 神父は右手を上げて別れを告げたアルの背中を優しく、ただ見送った。

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