第21話「悪夢を終わらせろ」


 魔人が騎士団の実力者たちに倒され、魔獣の数もめっきり減った。

 そうして落ち着きを取り戻し始めたテュフォン国だが、中央広場ではまだ不穏な空気が漂っている。雑兵なら瞬殺するアーノルドを圧倒したアルに視線が集中していた。

 ある騎士は剣を構え、ある魔術師は杖をアルに向けている。


 「ロバーツに武器を向けるのは辞めなさい。次の標的になりたくなければ」


 アリスが周りの騎士団に忠告しながらわざと杖で地面を叩く。

 音に釣られてアリスを見るアルの目は黒く、ナイフを構えたかと思えばぎこちない動きで鞘に戻した。


 「無意識下でも理性が働いているんですか……? 凄い執念ですね……」


 笑顔のアルは暴れ出そうとするのだが、直ぐに苦悶に満ちた表情が浮かび、自分自身を押さえ付けている。何度も、何度も。

 二度とシェビィのような被害は出さない意志がひしひしと伝わってくる。

 何とも奇怪な動きを繰り返すアルを前に騎士団はどうして良いのか分からず、周りと目を合わせているばかり。


 「お前たち、これは何の騒ぎだ。む? あれはアルか」


 そこへ団員を連れてやって来たヴァンマルクが状況を瞬時に把握する。


 「総員、戦闘態勢に——」

 「うるさい引っ込め無能共」

 「……貴様はあの時の金髪娘か」


 号令をアリスに遮られ、ヴァンマルクは眉の皺を寄せた。

 無能と言われた騎士団からアリスへ非難の声が上がる。


 「誰が無能だ? あぁ!?」

 「小娘こそ引っ込んでなさいよ!」

 「そうだ。アルの暴走が始まれば犠牲者が出る」

 「なら何故、二年前に殺さなかったんですか?」

 「何が言いたい?」

 「二年前、暴走したロバーツをいち早く殺すべきだったのは騎士団のはずです。食い止めることも殺すことも出来なかった結果、親友殺しが完成してしまった」


 あの時、アルを殺してでも止めていればここまで悲惨な未来は訪れなかっただろう。

 アリスは畳み掛ける。


 「そんな無能の力はいりません。ロバーツは私が止める。手出しは無用です」

 「あの殺人鬼の味方をしようってか!? 生意気なことを……!」


 一人の騎士が剣に手を掛けた瞬間——手首から先がちょん切れた。


 「え——?」


 突然の出来事に騎士は間抜けな声を漏らす。右手を見てみれば手の先がなくなり血が噴き出ている。


 「あ……ああああああああああ!? 俺の手があああああああ!」

 「手出しは無用と言ったはずです」

 「やり過ぎよ!」


 悪びれもしないアリスに魔術師が声を荒げるが。


 「私に向けて剣を抜こうとしたんです。当たり前でしょう?」


 アリスは冷静に、見下した態度で言い返す。

 騎士の敵意は明らかにアリスへ向かっていた。アリスはその危険から身を守ろうとしたに過ぎない。


 (……何が起きた?)


 口論が続く一方でヴァンマルクはアリスをジッと見つめている。

 騎士の手首が刎ねられた時、魔力を感じなければ魔法陣が浮かぶこともなかった。持っているのは杖だけで刃物らしき物も見当たらない。

 アリスの攻撃手段を推理するヴァンマルク。

 だが、そうこうしている間にアルの顔が笑顔で一杯になっていた。細やかな抵抗もそろそろ時間の限界らしい。


 「邪魔者はさっさと退いて下さい。巻き込まれますよ」


 アリスは笑顔のアルに杖を向ける。たちまち杖の先端に火で描かれた魔法陣のようなものが浮かび、火球を射出。魔術に限りなく似せた錬金術だ。

 それを戦闘開始の合図と見たのかアルは駆け出し、火球を躱してアリスに接近。


 「ま、この程度で止まる人じゃありませんよね」


 繰り出されるアルの鋭い拳打。

 アリスは風を操り横にスライド。魔法陣も魔力もない状態での突飛な現象にヴァンマルクがアリスを凝視する。

 周囲の驚きなど関係なしにアルは逃げるアリスを追う。

 アルと向き合いながら後ろ向きで風を操り、移動するアリスは魔術のことを思い出す。

 別属性の魔術を同時展開するのは高難度だが、アーノルドのように同じ魔術を複数に展開するのは割と実用的な応用だ。それでも誰もが出来る技術ではないが。

 アリスは杖を突き出し、それに合わせて複数の魔法陣を描いた。


 「これくらいなら許容範囲でしょう」


 一発——二発——三発——と、火球たちがアルに群がる。


 「ふははっ!」


 そんな火の霰もアルは避けて——避けて——突き進む。が、火球が地面に触れると燃え広がり、アルを包み込んだ。

 まるで生き物のように動く炎にヴァンマルクは顔を顰める。

 魔術は魔力を術式で変質させる影響で発動前に展開が全て決まる。だが、アリスの錬金術は魔法同様リアルタイムで動きの変化を付けることが出来る。魔力切れを起こすこともなければ応用も自由自在だ。


 (あの女……一体何者だ?)

 「さっきからジロジロと癪に障る人ですね……」


 ヴァンマルクの視線にアリスが不満を漏らす。

 アリスはアルの耐久力や動きを測りながら折り合いをつけようと必死なのに、この状況に託けて自身の力を観察されるのは不快でしかない。

 ヴァンマルクをひと睨みしてから炎のドームから離れるアリス。

 炎のドームはあくまで周りだけ。中まで炎が詰まっておらず、アルを取り囲むように作った。ここから抜け出す為には水か風の力が必要になる。

 すると微かに揺らめく炎の壁が激しく揺れる。


 「はっはぁ!」

 「うーわ……最悪パターン」


 アルは身一つで炎の壁を突破。アリスを目に入れるや否やその勢いで駆け抜ける。


 「——ははっ!」


 無邪気に笑い、拳打と蹴りの大嵐。

 風の押し出しに依るアリスの不規則な回避にもボディワークだけで食らい付く。


 (身体強化……魔術や魔法なんかの耐性まであるんですか)


 炎の火力は高くしたはずだが、アルの体に大きな火傷は見られない。

 つまり、魔術などから身を守る為に全身がコーティングされているのだ。アーノルドの槍を喰らっていたのを見るに完璧な防壁ではないようだが。

 とは言え相手を殺す気のない威力で風の刃や炎の槍を作ったところで無意味だろう。

 魔力切れを待つのも手の一つ。

 しかし、アリスには戦いを長引かせたくない理由があった。

 何故なら錬金術にも欠点が存在するからだ。


 「……動きのキレが増してる」


 アリスは風の出力を上げる。

 錬金術はそうして何気なく行う調整も全部脳内で処理している。

 四元素のどれを使うのか。

 選んだ属性をどんな形で運用するのか。

 アルを助けた時のように構成要素の組み替えや創造であれば更に頭を使う。

 錬金術を使うアリスは人間だ。当然、疲労が溜まる。溜まれば思考力は落ち、思うように錬金術を扱えなくなる。

 ここでアルと根比べなんて不確定な方法は取れない。


 「あの眼がないだけロバーツの無意識には感謝です……ねっ!」


 風だけではとても避け切れなくなり、咄嗟に宙を舞うアリス。 


 「——はっはぁ!」


 アルは空まで追わない。アリスの着地点を見極め、拳を構える。

 そして着地のタイミングで合わせ、大地を蹴り飛ばす——が、空振り。


 「甘い」


 アリスは空中に立ち、アルを見下ろしていた。

 予想外の連続にアルは落胆しない。一層笑顔を輝かせ——跳躍。

 宙に立つアリスはぴょんぴょんと空中歩行。

 アダマンタイト製の細い糸を風で引っ張り、それを足場にして飛べないアルから逃げる。

 しかし、逃げ回っているだけで状況は好転しない。

 目一杯距離を取ってからアリスは地面に降り立つ。


 「魔法の全容は掴めました。行きますよ、ロバーツ」

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