第20話「決着」


 実のところ、アルにも狂化後の暴走はどうなるか分からない。

 エレナたちが止めた時はあくまで暴走直後だった。長引いた場合は身体能力強化がどんどん上乗せされていくのかも知れない。狂って戻って来られなくなるかも知れない。

 だが、アルは怖くなかった。


 「どう転んでもアリスなら最悪殺してくれるだろ」


 あの日の惨劇はもう起こらないだろう、と確信があった。


 「アーノルド」

 「……あ?」

 「ここから本気だ。お待ちかね、正真正銘最狂がお前ぶっ飛ばす」

 「お前のような甘さまみれの人間に——っ!?」


 アーノルドはアルの赤く煌めく両目に気付いた。


 「驚いてる場合か?」

 「なっ!?」


 驚いている間に詰まる距離。

 アルは左手を固めた貫手で喉を突く。


 ——殺す。


 苦しみもがくアーノルドにすかさず上段回し蹴り。流れるように側頭部へ振り抜く。


 ——殺す——殺す。


 ゴムボールのように地面を跳ねて転がるアーノルド。


 ——殺す——殺す——殺す。


 アルの頭に殺意が湧き上がり、止まらない。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 アーノルドは跳ねる体を止めようと右腕を地面に突き刺し、顔を上げる。


 「な、お前……」


 そこにはサイコーにキマった狂気的な笑みを浮かべるアルが居た。


 「狂ったか……!」


 アルは答える意識を持ち合わせていない。意識の中にあるのは一つ。

 

 ——目の前の敵を殺す。

 

 最大限まで引き上げられた身体能力で風を切り裂く。


 「——貫け——突き上げ——吹き荒れろ——!」


 アルの前後左右上下全てを魔法陣が取り囲み——一斉掃射。

 嵐のように吹き荒れる槍の雨

 移動を強いる地面からの猛攻。

 これがアーノルドの最終奥義と言っていいだろう。限界の数まで展開した槍の魔術を完璧に避け切るのは不可能だ。

 笑顔のアルは外套から銃を取り出し、前方の魔法陣から飛び出す槍を狙って十五発。


 「たった十五本落としたところで何になる!」


 そして撃ち切った銃を仕舞い、アリス特製アダマンタイトのナイフを右手に。

 次の瞬間——なんとアルは進行方向に対して後ろを向いた。


 「は……?」


 下からの槍を全て避けながら周囲の槍も避け、無理な場面はナイフで弾く。前方だった方向から来る槍は予め銃で撃ち落とし、抜け穴を作っておいた。他の位置も暗記済み。

 まるで芸術のような一連の動きにアーノルドは絶句する。


 「最強を自称するだけありますね」


 アリスは爆弾で魔獣を吹き飛ばしながらアーノルドの流れ弾を風の刃で落とす。

 これなら仲間が匙を投げるのも納得だった。


 「そんな馬鹿な……こんなことが、こんなことがあってたまるかあああああああ!」


 狂ったアルにアーノルドは怒りで突き進む。腕と一体化した剣を渾身の力で逆胴に薙ぎ払う。


 アルは左手のナイフで斬撃を受け——


 「——貫……んぐっ!?」


 右手で口を塞いだ。

 当然だが声が出なければ魔声で魔術は起動しない。それと同様に水中でも魔声は使えない為、杖を持つ魔族も居るがアーノルドは違う。

 魔術での抵抗も出来ないままアルに右腕一本で持ち上げられるアーノルド。

 アルは嬉々としてアーノルドを地面に打ち付ける。

後頭部から容赦なく、何度も。

 叩き付けられた地面の血溜まりが広がる。

 もうアーノルドの体はピクリとも動かなくなっていた。 


 「……」


 動かないアーノルドにアルは首を傾げ、真上に投げる。


 「ふざけるな……ふざけるなぁあああああああ!」


 アーノルドは上空で嘆き、叫ぶ。

 体を動かす力も、魔力も尽きた。戦いが好きだった。強い人間と戦う為にここまでの騒動を起こした。これからもそれを生き甲斐にしていくはずだった。

 だが、結果はどうだ。強いと自負していたアーノルドは手も足も出ずに負けた。

 戦いの負けが意味するものは——死だ。


 「こんなところで終われるか! 無名の輩に負けたままで終われるものか!」 


 しかし、叫んでも落下する体は動かない。

 真下ではナイフを右手に持ち替えたアルがつまらなそうに待機している。


 「我は貴様の名前を忘れんぞアル・ロバーツ! 次こそは必ず——」


 赤色の一閃。

 アーノルドは胴体と首を分断され、光の粒子となって霧散した。 

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