第19話「アーノルド・シューマッハ」


 見た目は角が生えただけの人間である魔族。

 そんな遥か昔から対立し、争い続けている魔族の登場で騎士は動きを止める。魔獣たちも何故か止まっていた。

 屋根に立つのは灰色髪で貴族のような気品溢れる衣服を着た一本角魔族。

 ソレは首を目一杯動かし、広場全体を見下ろすと静かに降り立つ。


 「お前が主犯か……! 魔族の分際で!」


 魔族の怒りでまともな思考を失った騎士が突貫する。


 「よせ!」


 アルが慌てて叫ぶ。

 魔獣が動きを止めたのは自分より圧倒的上位の存在を本能で感じ取ったからだ。あの魔族は広場の全魔獣が恐れ慄くほどに、強い。

 騎士に対して魔族が腕を軽く薙いだ。たったそれだけで首が落ちる。

 アルの忠告虚しく、その騎士は一瞬で赤い花を咲かせることになった。


 「なんだこの雑魚は。最も栄えている場所に来れば強い男と戦えると思っていたのだがな……弱者を嬲り殺すだけとはつまらんが仕方あるまい」

 「弱者だけとは早計だな」


 恐怖が煮詰まり、騒然とする空気の中で動いたのはアルだ。

 緊張を感じさせない軽い足取りで魔族と対峙する。


 「確かに貴様は他とは違うようだ。名を何と言う?」

 「アル・ロバーツ。世界で最強の男だぜ」

 「そうか、それは面白い。我はアーノルド・シューマッハ。戦いに飢えた公爵だ」

 「トーストにして領地に送り返してやるよ」

 「まずはお手並み拝見だ。避けられるか? ——貫け——」


 魔族には魔声と呼ばれる特殊な力がある。人が魔術を使うのに必要な杖や文字の部分を声で補えるのだ。言うなれば体が一本の杖。

 アーノルドが一言呟くだけで複数の魔法陣が一瞬で展開。

 そこから飛び出し、翔け抜けるのは魔力で出来た十本の透明な槍。

 射出タイミングもバラバラな槍たちを見るアルの黒い目が瞬間的に赤くなる。

 そして赤目のアルが体を数回動かすだけで槍は全て後ろに通過。まるで初めから外したと思いたくなるような軌道だった。

 気が付けばアルの目は黒に戻っている。


 「ふふ、ふはははは! 面白い! 俄然やる気が出てきたぞ! アル!」

 「来いよ。小手調べはもう十分だろ?」

 「魔獣共! 絶対に邪魔をするんじゃないぞ」


 魔獣に釘を刺し、アーノルドが仕掛けた。

 まずその場で軽くステップを踏んだかと思えば高速で詰め寄り、アルの懐に飛び込んでくる。体勢を低くしたアーノルドは力強く右手を握る。アッパーの構え。

 肉弾戦はアルの予想外だったが、まだ目で追える速度。

 アルは体を反らしてアーノルドのアッパーを躱す。そうすることで相手から距離を離さず攻撃を避けられる。

 直ぐに反らした上体を起こし、電光石火のワンツーを放つアル。

 ——だが。


 「まさかとは思うが素手か?」


 アーノルドは魔法で強化されたアルの連打をきっちり受け止めていた。

 体全体の強化をしている為、速さもそれなりにあるはずなのに、だ。


 「だったらどうした?」


 アルはバックステップで距離を取りながらそう返した。


 「であれば我との相性は最悪だぞ。——降り注げ——」


 先刻より多い二十の魔法陣がアーノルドの頭上に出現する。

 アルは大きく息を吸い込み、目を瞑る——瞼の下から赤い目が現れたのと同時に槍の魔術がアルに降り注ぐ。

 アルがするすると槍を避ける———避ける。

 掠りもしない槍の雨が上がれば地面を滑るようにアーノルドが駆ける。


 「こちらもワンツーをくれてやる」


 至近距離で繰り出される左ジャブの豪速球。アルは脅威の反応速度で両腕をクロスさせて防ぐが、重い——反動で体が後ろに持ってかれる。

 しかしそれはあくまで牽制の一撃に過ぎない。

 続け様に繰り出されるアーノルド本命の右ストレート。


 「——っ!?」


 受け止めようとしていたアルは寸でのところで体を右側に捻り、避けた。

 そこからアーノルドの迫る追撃に対し、胴回しのような上段後ろ回し蹴りを浴びせる。


 「ぐぉ……!」


 カウンターをモロに喰らい、アーノルドもこれにはよろめいた。


 「チッ……魔法持ちかよ。騎士の首を斬った時点で想像はしてたけど……どうすっか」


 アルは右頬から流れる血を雑に拭う。

 アーノルドの右ストレートは途中で剣の突きに変わった。右腕の肘から先が突如、刃となったのだ。

 これが右腕だけを剣にする魔法であれば対処のしようはある。が、体の一部を剣に変えられる魔法だと相当気を張らないとさっくりやられる。ナイフか武器があれば話は別だが。


 「初見であれを避けるとはやはり面白い。仕掛けはその目か」

 「聞けば説明すると思ったら大間違いだぞアーノルド。お喋りも良い加減にしろよ」


 アルは拳を握り、アーノルドに戦闘再開を促す。魔法の性質上長引くのは避けたい。

 五感の強化は精神への侵食速度が体より上だ。底上げした動体視力も何時まで持つか分からない。限界は刻一刻と迫っている。

 となればアルが目指すは短期決戦。全身と目の強化出力を上げ——疾駆する。


 「——貫け——降り注げ——」


 槍の魔術が起動する。

 だがアルは魔術の欠点を見抜いていた。魔声に依る同時展開は脅威だが、同時なのは展開だけで射出にはラグがある。どれだけ数が多くても槍同士にズレがあれば回避可能だ。


 「うおおおおおおおおお!」

 「はははは! 面白い! 面白いぞ! アル!」

 「テメェの魔法は右腕だけか!」


 接近戦の最中、何度も危険な場面があったが右腕以外が剣に変わることはなかった。

 アルの速度と力が乗った拳打が——蹴りが——炸裂する。

 魔法のタネが割れたことで右腕の回避だけに集中し、他は受けつつ一発でも多く攻撃を。


 「ふはは……!」


 互角の競り合いをしながらもアーノルドは楽しんでいた。

 初見であの不意打ちを対応出来る相手はまず居ない。遠距離の魔術師、魔法使いを除けば基本はあれで勝負が終わる。終わらなかったとして、魔術の雨霰を浴びながら互角に戦える人間なんて初めてだ。それも素手で。

 そんなアルは一瞬の隙も見逃さない。木さえもへし折るサイドキックをアーノルドの腹部に叩き込む。


 「ぬぅ……!」


 まるで鈍器で殴られたような衝撃。


 (嘘だろ!? あれで浮かないのかよ!)


 蹴りの勢いで後退するアーノルドの足は地面に張り付きっぱなしだ。

 しかし、アルの好機。アーノルドは追撃を防ぐ為に魔術をふんだんに使うだろうが、回避出来る。多少の無理は承知で勝負を決めに行く。


 「——貫け——降れ——」


 アーノルドの詠唱も予想通り——のはずだった。


 「——突き上げろ——」

 「っ——!?」 


 足元に無数の魔法陣が浮かび上がる。

 アルは即座に目の強化出力を上昇。

 刹那——地面から無数の槍が飛び出す。不規則に。

 そうして突き出される直前——アルは顔を出した穂先だけを強化した目で捉えて記憶。


 「残りは——くっ!」


 そこから前を向き、既に射出された槍たちを下からの槍に合わせて回避を試みる。

 これでは追撃など出来るはずもない。

 アルは後方へ飛び、地面の魔法陣から離れた。


 「これも避けるか……だが完璧ではないようだな?」


 ニヤリと笑うアーノルド。

 その目に映るのは体に幾つか切り傷を刻んだ黒目のアル。額に汗が浮かぶ。


 「……どうすっかな」


 狂化までの限界が一気に縮まった。非常にまずい。

 八百屋を背に策を練り込むアル。その右足に誰かが掴み掛かってきた。


 「アル兄ちゃん……」

 「風船少女!? 逃げ遅れたのか!?」


 風船少女は隠れ続け、やっと頼りになるアルが近くに来たことで出て来てしまった。


 「何を狼狽える。そんな小娘は無視して戦えば良いだろう?」

 「んなこと出来るか間抜け」


 その発言でアーノルドは酷く落胆した様子を見せる。


 「悲しいものよ。お前のような強者が甘えの所為で弱者に成り下がると言うのは」

 「悲しいな。これが強さだと分からないなんてよ」

 「ならその偽の強さ諸共殺すだけだ」


 アーノルドは右腕の刃をひけらかし、二人へ突貫。


 「風船少女! 頼むから足は勘弁してくれ!」


 足を掴まれては身動きが取れない。だが、アーノルドから生じる恐怖で風船少女はしがみ付く以外の行動が取れなくなっていた。

 アルは仕方ないと割り切り、左足を前に出して横向きに。


 (せめて持ってかれるなら左腕……後で神父かジゼットに治して貰えば良い!)


 左腕を斬られる覚悟を決めたアル。

 アーノルドが一直線に駆ける——駆ける——駆ける——そして。


 「死ねぇええええええ!」


 腕を振り抜こうとしたその時——二人の間を分かつ壁が瞬時に迫り上がった。


 「これはまさか!」


 壁に阻まれる剣。

 面食らうアーノルドの反対側ではアルがグッと腰を回している。

 右足は動かせない——が、軸足には使える。壁は薄く、左足を踏み出せば届く距離にアーノルドが居る。

 その壁に、アルは左足で踏み込み、強化を乗せた右拳を繰り出す。

 アーノルドの斬撃すら遮断した壁に拳が打ち付けられる直前——それは崩れ落ちた。


 「おらぁ! 喰らいやがれ!」


 再びご対面したアーノルドの顔面に渾身の一撃。

 アーノルドは車輪のように物凄い勢いで地面を切り付けながら転がっていく。


 「助かった。でも遅いぜ。来るのが」

 「すみません。ですが空は取り戻しましたよ」

 「って、何で杖? 要らないじゃん」

 「目立つのは好きじゃないんです。カモフラージュ用です」


 アリスは魔力も使わず、魔法でもない力で四元素を操っている。それがバレると色々と厄介なことになるからだろう。


 「ほら、あなたはあちらの路地に。あっちでへっぽこ坊主と魔術師の人、後は私特製のゴーレムが居ますから」

 「う、うん……」


 風船少女は路地へ駆け出す。

 次にアリスはポケットから赤い刃のナイフと艶消しブラックの銃を出し、アルに渡した。


 「これが依頼の品です」

 「おおおお! すっげぇ! 銃の名前は?」 

 「GSP9。ガードナーセルフリローディングピストーレの略。こっちが替えの弾倉です」


 アルは銃とナイフを指定の位置に収める。


 「で、返答は?」

 「は?」

 「パーティに入るかどうか」

 「今聞きますか!?」

 「だって気になるじゃん」

 「小娘……真剣勝負の邪魔をしたな……!」


 緊張感の欠けた二人の会話を崩したのはアーノルド。怒りに震えている。

 真剣勝負と聞いて、アリスは鼻で笑う。


 「何が真剣勝負ですか。子どもを庇いながらのロバーツに仕掛けた癖に」

 「貴様っ……!」


 歯を食いしばるアーノルドに視線を置いたまま、アリスは小声で尋ねる。


 「本気を出せば勝てますか?」

 「あぁ、勝てる。だけどもう狂っちまう」

 「狂った上で勝てるかと聞いてるんですよ」

 「なら絶対勝つ。でもそしたら……」


 暴走する。またシェビィのような犠牲者を出してしまうかもしれない。

 ——しかし。


 「それを止めるのも私の役目じゃないんじゃないんですか? リーダー」


 アリスの自信に満ち溢れた微笑み。

 アルは初めて見るアリスの笑顔だった。


 「なんだよそう言うことか。かっこつけたネタバラシしやがって」

 「嫌いじゃないでしょう?」

 「まあな。どうせ狂化したら連携なんて取れないからアリスはまだ残ってる魔獣を頼む」

 「任されました。弾薬を作る時に一杯試作品の爆弾を作ったので暴れます」

 「なんだそのポケット……錬金術凄過ぎだろ」


 アリスはポケットからポケットサイズ以上の爆弾をひょいひょいと取り出している。


 「さあリーダー、後のことは私に任せて大暴れして下さい」

 「おうよ! 頼んだぜ!」

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