第18話「大混乱」


 「鳥人まで居るのか……本気じゃねぇか」


 一旦、アルは路地に入り、状況の確認。

 この場で確認出来たのは獣人にリザードマン、オーク。空を見上げれば鳥人まで揃い踏みだ。

 空を取られるのはかなり厳しい。

 加えて魔族も参戦しているはずだ。


 「この魔獣の統率力……魔人まで居るのか?」

 「ま、魔人ってあれですよね!? わたしたちと同じ言語を話せる魔獣……」

 「あぁ、あいつらは魔獣と違って知能が発達してるからかなり手強い」


 アルに手強いと言わしめる魔人にジゼットは涙目。


 「俺は戦うからガレンたちを……この状況じゃ無理だよな」

 「無理無理無理です!」

 「なら路地から出るな。俺が移動したらそれに合わせて隠れながら移動しろ」

 「は、はい!」

 「良い返事だ!」


 アルは路地から飛び出し、目の前に居たワーウルフの横っ面を蹴り飛ばす。


 「おらぁ!」


 続いて背後から斬り掛かってくるリザードマンの剣を避ける。

 反撃の為にアルは腰のナイフに手を伸ばすが、空振り。


 (あら……?)


 感覚が狂ったかと思い、再度腰回りをまさぐってもナイフはない。


 「あっ……アリスに預けっぱなしか。チッ!」


 大きく舌打ちをしながらワーウルフとリザードマンの追撃を躱すアル。魔獣同士の攻撃が交差し、ワーウルフの鼻に斬撃、リザードマンの片目が爪で引っ掻かれた。

 悶絶する二頭。


 「誰か武器を!」


 その隙にアルは周りに呼び掛ける——が。


 「……ったく寄越せよ緊急事態だぞ!」


 騎士は勿論、近くの鍛冶屋も武器屋もアルに武器を渡すことはなかった。

 悠長にしていられないアルはまずワーウルフの背後に回り込む。

そして素早く両腕で首を固め——へし折った。

 ゴキリ、と鈍い音が鳴る。


 「まず一本。武器がないなら!」

 アルはワーウルフの首を固めたまま体を反らし、持ち上げた。

 その重量感溢れるワーウルフの死体をリザードマンに振り下ろす。


 「うわぁ……えげつなぁ……」


 ジゼットがアルの本気を見るのはリザードマン、ゴーレム戦に続き三度目。

 しかし、今のアルにはキレが欠けているように見えた。森でリザードマンを圧倒していた速さも、力強さも、見劣りする。

 それもそのはずで、アルは魔法を使っていなかった。

 未だ現れていない魔族の強さも人数も分からないこの状況。下っ端相手に狂化までの限界を狭めることは出来ない。

 問題はその下っ端ですら手強いことだ。


 「うわああああ!」


 避難しようと家から飛び出た男をオークが通せん坊。

 それを視界の端で捉えたアルは戦闘中のワータイガーをオークに向かって蹴っ飛ばす。

 すかさず男に駆け寄り、落ち着かせた。


 「大通り歩こうとすんな! 路地を使って避難所まで逃げろ!」

 「ブモオォオオ!」

 「うるっせぇ鼻息だな!」


 怒り狂ったオークの五月雨突き。

 目で追うことすら難しいその槍の持ち手をアルは左手で掴む。そこからオークの体を引き寄せ、右肘を喉元に叩き込んだ。

 オークも同じ人型、急所は人とさほど変わらない。

 アルは痛みと呼吸困難で苦しむオークから槍を奪い取り、薙ぎ払い一閃。

 穂先だけで器用にオークの首を斬り落とす。


 「おらよっと!」


 吹き出す血を背にアルが槍を投げる。

 それは風を切りながら騎士の背後に迫るワーウルフに突き刺さった。


 「この辺は大丈夫そうか?」


 落ち着いたところでけたたましい悲鳴が響く。方向は初めにアルとジゼットが居た噴水のある広場側。


 「あっちか……ジゼット! 戻るぞ!」


 はぐれないようジゼットに呼び掛け、走り出すアル。

 いざ辿り着けば国の中心にある広場はパニックに陥っていた。

 突発的なタッグを組まされた騎士団は連携がごちゃごちゃで苦戦し、魔獣の軍勢に国民は大騒ぎ。その所為で騎士団の指示も通り難くなってしまっている。

 慣れない二人で戦う騎士はお互いが振り回す武器に振り回され、同士討ちをしそうだ。

 負傷者も見えるが、戦場から抜け出せないでいる。


 「おいおいおい! 危なっかし過ぎる!」


 居ても立っても居られなくなったアルは駆け出し、口元を手で覆う。自分が喋っていると気付かれず、一帯に響く声量で、声色を変えて叫ぶ。


 「各員に告ぐ! 騎士は魔術師と二人一組のペアを組んで戦え! 前衛後衛で役割を分けた方が戦い易い! 負傷者と余った奴は国民の避難と護衛に徹しろ!」

 「今の声……誰だ?」

 「そんなこと気にしてる場合か! それで行くぞ!」

 「良し。これで多少はマシになるだろ」


 アルがワータイガーに延髄斬りを浴びせながら周りを見れば、家や店の中から外の様子を伺う人々がまだ大勢居た。

 出し惜しみをしている暇はなさそうだ。


 ——。


 「まさかテュフォンでこんな事件を目にするとは……震えが止まりません」


 ジゼットは路地からひょこっと顔を出し、足をガタガタ震わせていた。

 その時——背後に何かが落下してきた。


 「うわ!? な! 何ですか!?」


 慌てて振り返ると苦しそうな一人の魔術師が体を起こそうとしていた。

 ジゼットは魔術師に駆け寄り、手を貸す。が、良く見れば魔術師は体のあちこちに怪我を負い、落下の衝撃で骨も何本か逝っているようだった。


 「凄い怪我……今、癒しの祈りを——」


 魔術師に両手を翳し、集中するジゼット。

 祈り。それは修行をして神に認められた僧侶だけが使える魔術の一種で、魔術と違って傷の治癒、解呪などが出来る。攻撃用の祈りもあるが、基本は補助専門だ。


 「あなた……凄いわね。傷が見る見るうちに塞がるわ……名前は?」

 「ジゼット・レイニーです」 

 「じゃあ、あなたが長男の?」

 「いいえ、次男ですよ」

 「そうなの!?」

 「期待外れですみません」


 がっかりさせてしまったと思い、ジゼットは謝るが。


 「そんなことないわよ。噂は聞いているけどこんな速度で回復が出来る僧侶はそう居ない。やはり凄いわね。名家の僧侶と言うのは」

 「え……」

 「何驚いてるの? 当然の感想を——って危ない!」


 魔術師は治療の途中でジゼットを抱え、その場から飛び退く。その先でまだ治り掛けだった骨折の痛みに悶える。


 「ちょ! 骨折はそんな早くに治りませんよ! 何を……!?」


 そこまで言ってジゼットはさっきまで居た場所に突き刺さっている大きな槍が見えた。

 もしもあのまま居座り続けていたら二人仲良く串刺しだった。


 「はっ……! はっ……」

 「ジゼットさん、落ち着いて! 大丈夫だから!」

 「何が大丈夫だってぇ?」


 槍の後に空から降りてきたのは筋肉質な人間の体に鳥の頭と真っ白な羽を持つ鳥の魔獣。

 最悪なことに言語を使える魔人級だ。


 「このガルーダ様に叩き落とされた癖に大丈夫とは良く言えたもんだ! 二人仲良くぶっ刺してやるってもんよ!」

 「……っ!」


 魔術師の杖はガルーダの足元。槍を避ける時はジゼットを庇うことに夢中で槍まで気が回らなかった。

杖がなければ魔術は使えない。

 万事休すの状況で解決策を見出そうとする魔術師の前に立ったのは——ジゼットだ。

 手は震え、足も立っているのがやっとなくらい震えていた。


 「い、今……痛みを忘れさせるいいい祈りをささ捧げました……わたしが壁になるのでその間につ、杖を……」

 「そんなこと!」


 出来る訳がないと言うより先にガルーダが動く。


 「次の死体はお前かブルブル野郎! 死ねやぁ!」

 「ううううううおおおお!」


 せめて貫通した槍が魔術師に届かないように。

 ジゼットがガルーダに向かって走り出そうとする寸前で——


 「レイニー! 止まれ!」


 声が聞こえ、名前を呼ばれた反射で動きを止めるジゼット。

 ベロを出しながら上機嫌で襲い掛かるガルーダは止まらない。

 そして止まらなかった結果——全身がバラバラになった。


 「は……!?」


 翼は分割、手足も首も胴体から切り離され、それぞれが不規則に切断される。推進力を失った体のパーツは慣性だけで前進し、地面に落下。

 ガルーダは絶命。槍がジゼットに届くことはなかった。


 「あ……え?」

 「何が起きたの……?」

 「良く止まりました。あのまま行ってたら魔獣と同じ結末でしたよ」


 背後から声と足音が聞こえ、二人はバッと振り向く。

 その声はジゼットの知る声だ。

 杖を持って歩いて来たのはアリスだった。


 「アリスさん! 助かりましたあああああ!」

 「アリス……? 今のあなたがやったの? どうやって?」

 「秘密です。それよりこの騒々しい状況は?」


 女魔術師に魔人を秒殺した方法を聞かれてもアリスは答えず、ジゼットと向き合う。


 「魔獣が大量に流れ込んで来ちゃったみたいです」

 「襲撃ですか。道理で」

 「ところでアリスさんはどうして町に?」

 「依頼の品を届けに来ました。ロバーツは?」

 「あっちで戦っています」


 アリスは案内された路地の出口付近まで移動し、広場を見渡す。

 道中と同じく魔獣で溢れ、戦場と化している。 

 その中には国民を守りながらバッタバッタと魔獣を薙ぎ倒すアルの姿も見えた。


 「あれは……八百屋の」


 驚くべきことにアルは会えば厄介者扱いし、裏では言いたい放題してくる人々でももれなく全員助けていた。

 その行動にアリスは深く感銘を受ける。


 「凄いですね。私には出来なかったことを……ん?」


 角の生えた人間のような生物が現れ、アリスの表情が一層険しくなった。

 ジゼットもアリスの視線を追い掛ける。

 その先で目にしたのは——


 「魔族!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る