第16話「お別れ」


 「あいつら……エネルギッシュ過ぎる……風船少女が居てくれて助かるぜ……」


 子どもたちと戯れていたら陽が落ちた。

 アルは疲れ切った様子で東の森を歩く。体力に自信はあるが、子どもたちと遊ぶのはまた違った疲れがあった。

 最年少なのにアルを気遣ってくれる風船少女が居なければもっと疲れていただろう。

 尤も、今日の疲れは別のことに気を配っていたからでもある。


 (あいつら……仲良く尾行なんて何してたんだか)


 終始アリスとジゼットに見張られているのは分かっていた。

 アリスは歩き方に気を付けているようだがジゼットは全く気にしていない。普段と歩き方が変わらないので足音と視線でバレバレだった。

 あの二人だから危険を心配する必要はない……必要はないのはずなのにずっと見張られているとどうしても警戒してしまうのがアルだ。


 「ほぼ一日中マルチタスクとか勘弁してくれよ」


 ふぅ、と息を吐きながら家のドアを開ける。


 「たっだいまー」

 「お帰りなさい。アル君にお客さんが来てるわよ」

 「俺に客?」


 アルは靴を脱いで、リビングに。そこには案の定、エレナとゼドが居た。


 「よっ、もう出発か」

 「知ってたのか?」

 「王女に会ったからそん時にな。それでゼドは何で来たんだ? 呼んだのはエレナだけだぞ」


 アルが出発前に家に寄ってくれと頼んだのはエレナだけでゼドは呼んでない。


 「そんな寂しいこと言わないでくれよ!? 挨拶くらいするわ!」

 「の割には一人足りねぇな。自分のパーティくらい纏められなきゃ先で苦労すんぞ」

 「……」

 「無言で目を逸らすな。せめて言い訳くらいしろ」


 パーティ勢揃いで来るかと思いきやファイが居ない。

 ゼドの様子を見る限り、出来るだけ頑張ったけどどうにもならなかったようだ。

 嫌われ方が筋金入り過ぎて、アルは逆に面白くなってくる。


 「そ、それでどうして私をここに呼んでくれたんですか?」


 乾いた笑いを溢すアルにエレナが聞いた。

 別れの挨拶をするだけなら場所は何処でも出来る。なのにアルはロレンソ家を指定した、

 その意味をエレナは知りたかった。


 「折角の旅立ち前がちんけなロレンソ家じゃ不満か?」 

 「おい居候」

 「いえいえ! とても過ごしやすい良い家ですよ!」

 「ふふふ、エレナには渡しておきたい物があってな。ちょっと待ってろ」


 アルは自分の部屋に入り、ガサゴソを漁り始める。

 渡しておきたいと言うぐらいなのでスムーズな流れで出てくると思っていたエレナ。

 しかし、ガサゴソの規模は大きくなり、ガタゴトと家具を動かすような音が聞こえてくるようになる。


 「あっれー? マオー! あれ何処やったー?」

 「えー? そこにないのー? ちょっと待ってー」


 そう言いながら台所からマオがアルの部屋に入る。


 「客人が来てるんだぞ。準備くらいしておけ」


 ガレンも立ち上がり、二人と協力して探すのを手伝う。


 「おっかしいなぁ。朝はあったけど」

 「ガレン……質に入れてないだろうな?」

 「するか!」

 「あっ! 思い出した!」


 マオが手を叩き、駆け足で外に飛び出す。

 アルとガレンはリビングに戻り、エレナたちとマオの帰りを待った。

 暫くしてマオが一本の棒と大量の衣服を抱えて戻ってきた。


 「洗濯物取り込むの忘れてたよ。はい、アル君これ」

 「お! サンキュー!」


 マオがアルに渡した木の棒の正体は———


 「シェビィ先輩の杖!」「物干し竿になってることを少しは気にしろよ!?」


 親友が生前使っていた杖だった。

 シェビィの好みで飾りっ気が全くないシンプルな杖をアルはエレナに手渡す。


 「使わないと勿体ねぇからさ。使い倒してくれ」

 「で、でも私は先輩たちにプレゼントして貰った杖がありますよ」


 エレナは学生時代にアルとシェビィから貰った杖を大事に使っている。それはこれからも変わらない。何せシェビィの杖は荷が重い。


 「二本持ちすれば良い。エレナは二杖流を実用化させた二人目なんだから。有事の時にもう一本探すのは手間だぞ」

 「そうよ? 命懸けの旅なんだから持てる力は何時でも何処でも自由自在に出せるようにしておかないと。それにシェビィちゃんの杖が一緒だと思えば力強いじゃない」

 「ほら二杖流の考案者もこう言ってるぞ」


 杖の二刀流を編み出したのはマオだが、実際に使いこなせるようになったのはシェビィとエレナの二人。シェビィに至っては小さな杖を指の間に挟んで六杖流まで出来た。

 そんな非凡な才能があるのに遠慮しては勿体ないと言うのがアルとマオの意見だ。

 加えて、杖を二本持っていれば片方を破壊された場合にスペアとして使える。杖の喪失と言う最悪の前にワンクッション挟めるのは大きい。


 「分かり……ました」


 エレナは杖を握る力を強くする。


 「大事に使わせて貰います。私に預けてくれてありがとうございます、先輩」

 「こんな大事なもん、エレナ以外に託せねぇよ」

 「そんな大事な物を物干し竿にするなよ……」

 「マオに言えマオに」


 何もアルが進んで物干し竿にしてた訳じゃない。

 ゼドは横目でシェビィの杖を大事に抱え、眺めるエレナを見て立ち上がる。


 「じゃあ僕たちはもう行くよ」

 「は? もう行くのか? 飯くらい食ってけよ」

 「そうよ。是非食べてって」

 「あー! 大丈夫ですよマオさん! 仲間を一人待たせてるんで」

 「む? 今直ぐ出発なのか?」


 ゼドの態度で何となく感じ取ったガレンが聞いた。

 陽も落ちきり、今から始まるのは夜。この時間帯に出立するパーティは居ない。普通なら明るく、道も分かり易い昼間に出る。


 「おいおいゼド。旅と肝試しは同じじゃないぞ?」

 「分かってるわ! そんな理由で夜に出発する訳ないだろ! やれやれみたいな顔すんなよぉ!」

 「私たち、何故だか人気が凄いらしくて……出来るだけひっそり旅立ちたいなと」

 「そりゃエレナとゼドが居ればな……」


 優等生で有名なゼドと二杖流のエレナが居れば国民からの期待値は高くなる。

 それに伴って見送りも盛大になるのが嫌でゼドたちは隠れて国を離れるつもりでいた。

 ゼドとエレナは外に出て、アルとガレンも見送りで外に出る。少し遅れて包みを持ったマオが急ぎ足で飛び出す。


 「はいこれお弁当! 日持ちするように梅ばっかりになっちゃった!」

 「ありがとうございます。頂きます」


 ゼドがお礼を言い、エレナが頭を深く下げる。


 「魔王討伐は前人未到の偉業だ。気を付けろ。無理はするんじゃないぞ」

 「はい。それで……アル……」

 「なんだよ? まだ俺のこと気にしてんのか? 自分で決めたんだ。しっかり責任持って前向け。もたもたしてっと追い抜くぞ」

 「そうか。ごめんな。何時までも僕の方がジメジメしてて」

 「何を言ってもお前のとこには戻らないからな。後悔する時はうんと後悔しろ! 全力で嗤ってやるからな!」

 「湿っぽい空気を返せ!」

 「アル先輩らしいですね……あはは」


 学友三人で賑やかに笑う。

 アルは一頻り笑った後、真剣な眼差しで二人を見る。


 「エレナは俺とシェビィの教えを受け継いでるから心配はしてないけどこれだけは言っとく。頼むから死なないでくれ。無理だと思ったら退け。逃げろ」

 「あぁ、必ず僕が——」

 「私が絶対に死なせません」

 「僕の台詞じゃない!? そこは!」

 「ご、ごめんなさい! つい!」


 アルに任されていたこともあり、エレナが思いっきりドヤ顔のゼドに被せた。

 実際、アルはゼドに任せようとは思ってないのでエレナの頭を撫でる。


 「エレナは良い子だな。よしよし」

 「えへへ……」

 「相変わらずエレナちゃんには甘いよな」

 「可愛くて強くて聡明な後輩だぞ! 甘やかすに決まってるだろ!」

 「確かにエレナちゃんなら甘やかし過ぎても天狗にはならないけどさ」

 「あ、あの……その辺で……」


 何時の間にかアルに抱き着かれた状態で頭を撫でられ続け、褒めちぎられるエレナが顔を火照らせている。白い煙が見えそうだ。

 アルはパッとエレナから離れてガレンたちと横並びになる。


 「じゃあ、僕たちは先に行くよ」

 「アル先輩、また」

 「またな」


 アルは二人の背中が遠ざかる途中で一歩前に出る。


 「ゼ、ゼド!」

 「何!? どうしたアル?」

 「……」


 アルは黙り、何も言わない。

 ガレンとマオが呆れたような表情で、エレナが察したような雰囲気を出す反面、ゼドは優しく言う。


 「恨み言も受ける気で居るよ。何か言いたいことあるんだろ? 言ってくれよ」


 …。

 ……。

 暫く黙った後、アルは口を開く。


 「いや言いたいこと何もないわ。待ち惚けしてるファイへの嫌がらせ」

 「お前なぁあああああああ!」

 「じゃあなー!」


 走り去るゼドにアルは大きく手を振って見送った。

 夜だったこともあり、二人の背中は直ぐに見えなくなった。


 「アル君はどれくらいで出発?」

 「アリスを仲間にしたらさっさと出る。こんな国さっさと出ちまいたいしな」

 「やっぱり、辛いか」

 「当たり前だろ? シェビィが生きてた頃は大人気だったんだぜ? 俺たち」


 アルとシェビィは最強コンビと言われ、城下町での信頼度もかなり高かった。


 「それが今じゃ何をしても厄介者扱い。仕方ないとは言え離れたくもなるだろ」

 「まぁな。儂らは人を殺した訳じゃないが気持ちは分かる」

 「アル君は良く腐らなかったわよね」

 「理由はどうあれ悪いのは俺だ。国民に当たり散らしたところで何の意味もない」


 魔法の暴走であっても親友を殺した事実に間違いはない。例えそれが突発的に起きた事故だったとしても、だ。


 「だけどあいつが死に際言ったんだ。後は任せたって。そう言われちゃやるしかないだろ。魔王のことも、国に居る間は皆んなを出来る限り守ることも。諦めの悪さが俺たちのモットーなんだよ」

 「そうよね。アル君はまだ生きてるんだもの。やることやらなきゃね」

 「そう、か」


 アルは浮かない様子のガレンが気になったが、普段から何を考えているのか分からないので特に追求しなかった。

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