第15話「アル・ロバーツと言う男について」


 「こ……怖かったぁ! 殺されるかと……」


 ギルドから出て、ジゼットは大きく息を吐き出していた。

 あの問題発言の後、強面の顔は更に強面になった。拾い戻したナイフで襲い掛かってきそうな勢いだった。


 「そこまで思慮が浅くはないでしょう。浅かったとしても私が止めましたよ」


 元凶であるアリスは涼しげに言う。


 「あれ、どう言う意味なんですか?」

 「どうもこうもないです。そのままの意味ですよ。あの二人はどんな僧侶で魔術師でしたか?」

 「そりゃ、わたしと同じで溢れてたんじゃ」

 「それが答えです。溢れると言うことは即ち戦力外。あの二人はただただ実力がないんですよ」


 何処のパーティにも入れなかった。別の言い方をすれば何処のパーティも要らない存在だった訳だ。

 そんな二人をお人好しな強面が受け入れた。

 そして二人は強面のリーダーに対して強い忠誠心を抱いている。


 「力不足で忠誠心の高い二人、仲間思いのリーダー。誰か一人が魔族か何かに殺された瞬間、破滅するでしょうね」


 もしも僧侶か魔術師がやられれば強面が全力で倒そうとするだろう。逆に強面がやられれば仲間たちが仇討ちを。

 相手が強面ですら勝てない格上だった場合、詰みだ。


 「リーダーさんが生き残るルートならまだ全滅は回避出来そうですね」

 「でも所詮それまで。そんな不安定なパーティなら解散して静かに暮らす方が良いですよ。魔王城なんか夢のまた夢ですよあいつら」


 呆れ果てた声でアリスは言う。理由を一から百まで言ってやっても良かったのだが、素直に聞き入れるような雰囲気でもなかった。言ったところで反発されて終わりだろう。


 「お前ら弱いぞ、と言われて素直に受け入れられる人は少ないですからね。あの場に居た時点で結果は決まってます。だから馬鹿は嫌いなんですよ」


 忠告もアルの情報を教えてくれたからしただけで、見知らぬ強面たちが何処で野垂れ死のうがアリスはどうでも良かった。


 「それよりも重要なのはロバーツのことです。妙だと思いませんか?」

 「親友を殺したことですか?」

 「違いますよ。真実を知っている人が少な過ぎるんです。だってロバーツが親友を殺してしまったのは魔法の暴走のはずでしょう?」 


 ジゼットはハッとする。

 今まで聞いた話ではアルが故意に殺した印象ばかりが強く、暴走の話は一度も出ていない。


 「そう……ですね。そうでなければ学友にも見捨てられるでしょうし」

 「そもそも目の上のタンコブだったのが理由で人を殺してたら自由に行動出来るはずがありません」


 そんな身勝手な理由で人を殺していたら誰がどれだけ手を回しても無罪放免になるはずがない。

 またもやアリスは国民の馬鹿さ加減に呆れる。

 と、同時にとある考えが脳内に浮かんでいた。


 「情報操作した人が居そうですね」

 「えぇ!? じゃ、じゃあ国の偉い人の中にリーダーを——むぐっ」


 無駄に騒ぎ立てようとするジゼットの口に布を突っ込んで黙らせる。


 「声が大きい。別にそこはどうでも良いんです。今更どうこう出来る話じゃないですから」

 「ぷはっ! なら、これからどうするつもりですか?」

 「昨日、人間観察の時間と言ったのを忘れましたか? やはり、情報は自分の手で手に入れるのに限りますね」


 聞き込みが駄目なら自分の目で確かめるまで。

 アリスがアル本人を尾行し、そこで得た人物評は何よりも信頼出来る情報だ。


 「その為にはまずロバーツを……」

 「あっ、リーダーだ」

 「何処!? 何処ですか!?」

 「あそこの路地に入りましたね」

 「行きますよレイニー」

 「えっ、わたしも? わたしは別にパーティ入りしてるからリーダーがどんな人でも構いませんよ」


 もう城下町まで帰ってきたジゼットがアリスと行動を共にする理由はない。

 後はアリスだけで調べれば良い。

 そう突き放され、アリスは言う。


 「でもあの完璧超人……ではないですね。のらりくらりとしたロバーツに秘密があったら気になりませんか?」


 ジゼットが返した踵がまたもや返る。


 「リーダーの弱みを握れるチャンス!」

 「恨みでも溜まってるんですかレイニーは……まあ、行きましょう」


 アリスとジゼットが路地に入ると罵声が聞こえてきた。


 『テメェ! 今ガン飛ばしてただろ!』

 『あぁ!? 酔っ払って頭だけじゃなく目まで悪くなっちまったのか!?』

 『誰の頭がポンコツだ馬鹿野郎。こちとらジェス様にも認められた論文出してんだぞコラ』

 『その論文ももう代替案が出ちまったんだろ? 何年前の話してんだ? あぁん?』


 路地の先の曲がり角にあるバーから酔っ払いが喧嘩しているらしい。店の外までやり取りがダダ漏れになるほど大声で言い争っている。

 酔いが回った状態での怒りは際限を知らない。 


 「乱闘騒ぎになる前に抜けてしまいますか。ロバーツの行方も気になりま……おっと」


 バーの入り口が開き、アリスはサッと身を隠す。

 酔っ払い同士の泥臭い喧嘩が始まるのかと思ったが、誰も出てこない。

 するとバーの中から二回、暴力の音がなり、言い争っていたであろう二人が外へ放り出された。

 続いてアルが店から出てくる。


 「閉店時間過ぎてから寝落ちして、起きたら起きたで喧嘩してんじゃねぇよ。開店時間は夜だ。飲みたきゃ出直しな」

 「「う、うわああああああ!」」


 ぶん殴られ、酔いが覚めた二人はアルの顔を見るや否や悲鳴を上げて逃げ出した。

 世間的には自己中な殺人犯のアルに殴られたら恐怖でしかないだろう。

 ジゼットはそんな酔っ払いを少しだけ気の毒に思う。


 「アル君、何時も助かるよ。飲んでくかい? この時間なら誰も居ないから気持ち良く飲めるよ」

 「いや、店の開いてない時間に俺を招き入れてたなんて変な噂が立つぞ。飲む時はちゃんと開店時間に来る」

 「まあまあお礼だからさ。一杯だけでもどう?」

 「一杯だけなら飲んじゃうか!」


 そう言ってアルはマスターと店内に戻る。

 一部始終を見ていたアリスは、


 「いや、飲むんかい」


 思わず突っ込んでしまった。


 「うーん……リーダーらしいですね……用心棒でもやっているんでしょうか?」

 「意外とまともな人物も居るようですね」


 だが、アルを追い掛ける中でまともに接していたのはこの時のマスターだけだった。

 アルは適当に城下町を歩きながら困っている人を見つけ、その悩みを解決していた。暴力沙汰ならあっさりと、頭を使うような悩み事も割と難なく済ませていた。

 錬金術の仕組みを一瞬で看破されているのでアリスは驚かない。

 それよりも気になったのは相手側の態度。

 アルが勝手にやっていることではあるが、微塵も、これっぽっちも感謝の意を示さないのだ。


 「暴力沙汰は対応出来る人が限られると言うのに……罪人ならやって当然とか思ってるんですかね」

 「当たり前なことを当たり前にやったりやって貰ったりすることは何より大変なことなのですが……当たり前だからこそでしょうね」

 「当たり前が大渋滞してて分かりにくいです」


 アリスとジゼットは現在、食事処。

 アルが入った店の向かい側にあり、小腹を満たしながら追跡を続けられる最高の監視位置になっている。


 「アリスさん、何時までもぶすくれてないで下さい。可愛い顔が台無しですよ」

 「…………」

 「ドン引き顔辞めません!? そんなに可愛いって言うの変ですかね!」

 「店内で騒がしいです。ここ、店の中ですよ」

 「二回も……そんな聞き分けのない子どもみたいに……」


 アリスにはぐらかされ、ジゼットが落ち込む。

 そこへ店員がトレーを持ってやってくる。


 「お待たせしました。ところてんが二つでよろしかったでしょうか?」

 「はい、ありがとうございます」

 「ごゆっくりどうぞー」


 ジゼットが笑顔で応えれば店員も笑顔を見せ、席から離れた。

 店員が持ってきた皿には四角い木の箱と平べったい板に棒が付いた謎の器具。

 初めてみる食べ物にアリスは小首を傾げる。注文を任せてしまったので何が来るのか全然知らなかった。


 「なんですかこれ? 本当に食べ物ですか?」

 「カグツチで親しまれてるんですよ。わたしはとても好きです。この天突きと言う木の棒で……」


 四角い箱に棒を突っ込み、押し込むと中から糸状になった透明な物体がうにょうにょしながら出てくる。出し切った後は麺料理のような見た目になった。

 ジゼットはそこにカグツチ発祥の調味料を掛け、ちゅるんと啜った。

 アリスも見様見真似で天突きで押し込み、ところてんを皿に出す。同じ調味料と黄色いからしを混ぜてから掛ける。


 「……独特な味ですね」

 「ま、まあ初手いきなり勧めるのは良くなかったかも……」

 「ですがお手柄ですよレイニー。銃の設計が一つ進みました」

 「銃? へ?」


 ジゼットは食事中に銃の話を持ち出され、素っ頓狂な声を出す。

 奇しくもジゼットお勧めのところてんが銃を開発する手助けとなった。


 「ところてんで銃の開発……頭どうかしてるんですか?」

 「うっさい。ほら、ロバーツが食べ終わりました。私たちも行きますよ」

 「あぁ! わたしのところてん……」


 アリスはノロノロ食べていたジゼットのところてんまで掻き込み、会計を済ましてアルを追い掛ける。

 



 アルを追い掛けて辿り着いたのは大通りから外れた空き地。

 道中も人気が少なかったその空き地では子どもたちが集まり、思い思いに騒いではしゃいで楽しんでいる。

 栄えた国で大人の目から逃れられる子どもたちの遊び場だ。

 子どもたちの中にはジゼットにも見覚えのある少女が居た。


 「あ! アル兄ちゃんだ!」

 「おう、風船少女。元気か?」

 「うん! あの時はありがとう!」


 親の所為でちゃんとしたお礼が出来なかった風船少女は笑顔で感謝を口にする。

 アルも優しく微笑み、頭をぽんぽんと撫でる。


 「探していた人には会えた?」

 「あぁ、お手柄だ。感動の再会だったぜ」


 それを見聞きしていたアリスは苛立つ。


 「何が感動の再会ですか……全く」

 「まあまあ」


 ジゼットは口を尖らせるアリスを宥める。騒ぎ過ぎるとアルに気付かれてしまう。

 そうして話を盗み聞きしているとアリスにも興味深い話題に舵が切られた。


 「どんな人だった?」

 「んー……どんな人か。年齢の割に敬語ばっかりの癖に口が悪いな。でも悪い奴じゃないし、超が付くほど頭良いぞ」

 「アル兄ちゃんより?」

 「俺よりも」


 アルは自信を持って答えた。

 風船少女の慕っているアルが胸を張って自慢出来る少女——アリス。子どもからすれば手の届かない場所に居るヒーローのように映る。

 目をキラッキラに輝かせる風船少女は興奮気味に言う。


 「会ってみたい! 会える!?」

 「あいつ引きこもりだからな……しかも西の森。タイミングが合えば城下町で会えるんじゃないか?」

 「そっかぁ……でも凄い人なんだよね。会った時、どうすれば良いんだろう?」

 「変に崇め奉る必要もないさ。普通が一番喜ぶぞ」

 「おーい! 兄ちゃん話が長い! 今日は喧嘩の勝ち方教えてくれる約束だろー!」

 「痛ってぇ! おま、蹴んじゃねぇよ!」


 後ろから少年の飛び蹴りを喰らい、アルが怒れば少年は逃げ回る。


 「あたしは歴史教えて欲しいー!」

 「俺の魔術が先だろー!」

 「お前ら暴れんな! 順番はこの前決めただろ!?」


 アルは多数の子どもたちに囲まれ、その対応だけでも一杯一杯。

 唯一人、風船少女がアルと協力して子どもたちを落ち着かせようとするのだが、意味を成さず、苦笑い。

 だが、そんな状況でもアルは笑い、子どもたちも楽しく笑っている。

 そしてアリスは体を反転させ、空き地に背を向け、歩き出す。

 ジゼットは横に並んで語り掛ける。


 「答えは見つかりました?」

 「悪人は子どもに好かれません」

 「パーティに入る気持ちは湧きました?」

 「欠片程度は」


 くっ付けた親指と人差し指を少しだけ遠ざけるアリス。


 「ですが、その答えを出す前に依頼を完遂しないといけませんね。あんなに誠実な評価を受けたのは久しぶりです」


 常に苛立ちと呆れで淡々と喋っているアリスの声が弾む。

 一歩進んだと言っても弾倉の設計しか思い付いていない。他の仕組み、銃弾もどうするか、考えることはまだまだ試行錯誤中。

 なのにアリスはワクワクしている。


 「腕が鳴りますね。魔術の所為で誰もが開発を辞めた銃を進化させると言うのは。技術の力、見せてやろうじゃありませんか」

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