第14話「調査開始」


 何事もなく過ぎ去った夜を超え、翌日。

 アリスは超が付くほど久しぶりに城下町へやってきた。隣にはジゼット。


 「うわ、人が多い。やっぱり帰ります」

 「ちょちょちょちょちょ! ここまで来て帰ろうとしないで下さいよ!」

 「冗談です。まずは聞き込みと行きますか」

 「……そ、そうですね」


 聞き込みの結果が予想出来るジゼットは気の毒そうに頬を指でなぞる。

 アリスはジゼットの様子を訝しんだ。が、気にせず聞き込みを始めることにした。

 まず最初に選んだのは八百屋を営む夫婦。理由は最も近い場所にあったから。


 「アル? まさかあなた悪いことでもされたの!? 駄目よ! あいつは親友を殺しちゃうような悪人なんだから!」

 「……はぁ」


 まだ何も言っていないのに心配され、面倒だと思ったアリスは主人の方に切り替える。

 だが、


 「うちは商売をしてるから最低限、客として扱っているがあまり関わるのはおすすめしないぞお嬢ちゃん」


 主人もさほど変わらず、アリスはげんなりする。

 話を詳しく聞きたいのに口を開けば「関わるな」の一点張り。本当に恐ろしい出来事は口にするのも躊躇われるなんて話は聞くが、些か恐れ過ぎな気がした。

 結局、何処の誰に聞いても同じ返答が返ってくるだけで得られた情報は。


 「過去に親友を殺している……ただそれだけですか」


 進展はないと言って良いだろう。


 「レイニーはロバーツの元パーティメンバー知らないんですか?」

 「わたしはリーダーと会ったのが追い出された後だったので」

 「それだとその人たちはこの国に居るかどうかも怪しいですね」

 「リーダーのお仲間ですし関わりのない我々にペラペラ喋ってくれるとも思えません」


 それが事実だったとして、仲間の悪評や辛い過去を本人不在で教えてくれはしないだろう。事件後のアルとも交友が変わらない相手なら尚更だ。

 国民も駄目。

 仲間も駄目。

 二人揃って唸る。


 「ギルドに行ってみますか。これだけロバーツが有名なら同業者であれば知っているでしょう。あそこなら口の軽い馬鹿も多そうです」

 「言い方ぁ……もしかしなくてもアリスさん口悪いですね!?」

 「頭の足りてない人間が嫌いなだけですよ」


 そう言ってアリスはギルドに向かう。

 ギルドは想像通り、賑わっていた。年がら年中お祭り騒ぎの空気感が馬鹿丸出しで、アリスは本当に嫌いだった。


 「アリスさん、顔、顔」


 呆れと軽蔑で半目になるアリスをジゼットが指摘する。

 それでもアリスは表情を変えずに酒場の方を見る。

 目に留まったのは大柄でスキンヘッドの強面冒険者。ひ弱な男女と一緒に食事をしている最中だった。


 「すみません。少しばかり良いですか?」


 アリスはパーティリーダーと思しき強面に話し掛ける。


 「おう! 構わねぇぜ! 座れ座れ!」


 顔の割に明るく招き入れ、空いた席をバンバン叩くが、アリスは座らない。テーブルの傍に立ったまま話を続ける。

 無駄話をする時間も惜しいアリスは本題に切り込む。


 「アル・ロバーツと言う人物について、知っていることはありますか?」


 明るい空気感が消えた。

 強面も仲間の僧侶と魔術師も興醒め、木製のジョッキを置いた。


 「……知ってどうすんだ?」

 「それは私の決めることですのでお気になさらず」

 「はん、その様子だと引っ越してきたばかりか」

 「はい、そうなんです」

 「二年ま……痛っ!」


 ジゼットはアリスに足の甲を思いっきり踏まれた。


 「それじゃ知らないのも無理はねぇな。あいつは学園首席で卒業した名実共に最強レベルの存在だ。だが、あの代にはもう一人首席が居た」

 「もう一人の首席……?」


 首席とは最高位を示す言葉だ。決して複数人を指すような言葉ではない。

 考え込むアリスに仲間の魔術師が説明する。


 「アルが近接特化の首席だとするならもう一人は魔術特化の首席だね。どちらも素行は良くなかったみたいだから実戦での評価って聞くけど」 

 「そいつがシェビィ・スペンサー。魔法は持たなかったが、膨大な魔力量と才で二杖流を会得した史上初の天才魔術師だよ」

 「シェビィ・スペンサー……」


 聞いた名前をアリスは繰り返す。この名前は一度もアルの口から出なかった。

 ジゼットは知っていたのかが気になり、顔を見るも首を横に振る。

 興味深い話が聞けそうだと思ったアリスは近場の店員に紅茶を注文し、椅子ではなくテーブルに腰掛けた。

 強面は話を再開する。


 「シェビィとアルは相当仲が良かったらしいんだが、ある日……アルはシェビィを手に掛けた。酷ぇ奴だろう? 親友が目の上のタンコブだったんだろうよ。戦闘中のどさくさに紛れて殺そうとしたが、上手いことやれなかったんだろうな。話は広まり今じゃ国中、いや冒険者たちからの嫌われもんさ」

 「同じ冒険者で親友を自分より優秀だからと殺すのは許せません!」


 僧侶が怒りで両手の拳を強く、固める。


 「……」


 アリスは紅茶を啜りながら、冷えた目付きで強面たちを見つめる。

 しかし、その視線が誰に向けられているのか理解出来た人物は居ない。強面一行の誰もがここには居ないアルへ向けられたものだと思っていた。


 「ほんとに……僕らが魔王退治に向いてないなんて腹が立つよ」

 「そう言われたんですか?」

 「あぁ、言われたな。仲間集められなくて俺たちに嫉妬してんだろうよ。ガハハハ!」

 「へぇ……二人はこの悪人面に誘われて?」

 「おいおい! 本当のこと言うなって!」


 悪人面と呼ばれても特に不快感はなさそうだ。


 「はい。何処のパーティにも入れて貰えず、路頭に迷っていたところをリーダーに救われました。絶対にこの恩は返します」

 「僕も似たようなものかな。リーダーにはとても感謝しているよ」


 二人の気持ちは同じ。強面の仲間として一所懸命の働きをするつもりだと言う。

 それに感激した強面は店員を呼び、追加で注文。間もなく料理が運ばれてくる。

料理の置きスペースを奪っていたアリスはテーブルから降りる。ジゼットの腕を何度か叩き、この場から離れるように促す。


 「なぁ」


 そんなアリスを強面は呼び止める。


 「あんたも冒険者志望か? 良ければ俺らのパーティに入らないか?」

 「お断りします」


 強面の誘いをアリスは丁重にお断りする。

 間髪入れずの返答に強面も思わず苦笑いするが、それ以上しつこく勧誘はしてこない。


 「情報、感謝します。そのお礼と言ってはなんですが……一言良いですか?」

 「おう? 良いぞ? 激励でもなんでも受け取るぜ!」


 お礼と言われ、前向きに捉えた強面は胸を張る。

 しかし、その予想は外れることになる。


 「あなたたち、冒険者向いてませんよ。死にたくなければ辞めておくのが得策です」


 強面の持っていたナイフが床に落っこちた。

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