第13話「気になること」


 やっと森に静けさが戻り、何もしていないジゼットが真っ先に息を吐いた。


 「ふぅ……」

 「アリス、平気か?」

 「私は大丈夫です。それよりも頭、大丈夫ですか?」

 「おっとなんか凄い悪口言われたぞ」

 「頭大丈夫ですか?」

 「余計なこと言うから本当にそっちの意味になっちゃいましたよ」


 一回目は純粋な心配だったのに二回目は冷たい目付きに戻ってしまった。

 アルは叩かれた箇所を掌でさすり、出血がないことを確認する。


 「平気だ。血も出てない」

 「なら良かったです。助かりました」

 「手続きは俺に任せてくれ。王女にやらせる」

 「それで良く俺に任せろとか言えますね」


 結局誰かに押し付けようとしているアルにアリスの見る目が更に冷えた。


 「ま、そう言うことだから落ち着いて仕事をこなしてくれ。騒がしくて悪かった。じゃあ、またな」


 諸々のゴタゴタを片付け終わったアルは早々にアリスの家から離れる。アリスの仕事が終わるまで邪魔をしたくなかったからだ。

 ジゼットはこんな早くに引き下がると思わず、驚きながら後を追い掛けようとするが。


 「……?」


 アリスに肩を掴まれ、足を止める。


 「聞きたいことがあります。レイニー、協力して下さい」

 「僕ですか? リーダーも呼びましょうか?」

 「ロバーツ抜きで話したいんです」

 「良いですよ。ただ一つ! 条件があります!」

 「な、なんですか?」


 突然声を張ったジゼットに身構えるアリス。

 ここでジゼットが一人残ってアリスの話に付き合うとなれば問題が発生する。


 「西の森を一人で帰れる自信がないので護衛をお願いします……」

 「……冒険者、向いてませんね」

 「知ってますよ!!」

 

 帰る前にジゼットを呼び止めたアリスが聞きたいのはアルのことだった。


 「リーダーのことですか?」

 「それ以外に何かあるとでも思いました?」


 ジゼットは勢い良く首を横に振った。何度も。

 アリスの言葉は一部チクッと刺さるような言い方でヴァンマルクとはまた違った圧がある。


 「ロバーツは素であの性格なんですか?」

 「と言いますと?」

 「話を聞く為だけにあんな馬鹿やったと思ったら私を助けるのに頭に一撃貰ってまでやり返しました。全員を相手にするつもりだったんでしょう。……力の差は歴然でしたが」


 あの時、アリスが加勢しなくてもアルは確実に無傷で勝利を収めていたに違いない。

 それほど圧倒的な実力差だったのは近接戦闘をしないアリスでも理解出来た。


 「もしもあれが私に取り入る為の演技だとしたら……」

 「どれだけ他人を信用してないんですか……?」

 「ならあれは本当に素だと?」

 「はい。と言ったもののわたしも付き合いは短くて……」


 はっきりは言えないとジゼットの苦笑い。


 「ですが少し前、わたしも助けて貰ったんですよ。こんな性格をしている所為で何処のパーティにも入れず、レイニー家の人間だからか悪評が広まるのも早かったんです」

 「でしょうね」

 「はは……それでリーダーの知り合いの人に凄い馬鹿にされて腹が立って……言い返そうとする前にリーダーが殴ってました」

 「万が一にでもレイニーが先に手を出してたら危なかったでしょうね。ロバーツは普段からあの調子でしょうし」


 今さっきもアルは取締班と一悶着起こしてお咎めなしだった。揉め事を起こすのは日常茶飯事であり、理由も正当なものなのだろう。

 そこで名家で聖職者のジゼットが暴行事件を起こしたら大問題になる。


 「リーダーは豪快で好き嫌いもはっきりしてます。でも決して悪い人じゃないとわたしは思います。だからそんなに警戒しないであげて下さい」

 「ではそんな人望ありそうなロバーツが私を誘うことに拘るのとレイニーを誘ったのは騎士団長が言っていた事件が原因ですか?」 

 「あっ……と、それは……」


 ジゼットの反応は答えを言っているのと同じだ。

 強く、仲間思いで、普通以上の正義感があれば仲間探しに苦労することはない。暴走の欠点含めても解決策は見出せそうなものである。

 アリスを誘うのは約束でもあるが、ジゼットは完全に成り行きだ。


 「その事件とは何です? レイニーは知っているんですよね?」

 「え……言って良いんですかこれ」

 「ロバーツは気にするような性格じゃないでしょう」

 「確かに」


 ジゼットは知りたいのなら好きにしろと前に言われたことがある。


 「ただ……」

 「ただ?」

 「実はわたしも詳しい話を知らないんです」

 「は? 知らないままで仲間になったんですか?」 

 「過去よりも今のリーダーを信じることにしました」

 「能天気坊主……」


 魔王城まで行くはずなのに何も考えていないジゼットを目の当たりにし、アリスは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


 「それで? ロバーツは何をしたんですか。詳しくなくても概要くらいは知ってい

るんでしょう?」

 「あー、その……聞く限りだと人を殺してしまったらしいです。だから国の人は一部を除いてリーダーを敵視してますね」

 「……人殺しですか。それは穏やかじゃありませんね」


 そう言うアリスの表情は綻んでいて、何故か嬉しそうだった。


 「アリスさん?」


 ジゼットはパーティ入りを断る大きな理由を見つけた喜びかと思ったが、違うようだ。

 アリスは席から立ち、顎に手を当て、目的もなく部屋の中を歩く。時折頷き、考えを取りまとめていた。


 「あの?」

 「レイニー」


 困ったジゼットが声を掛けるとアリスが目を合わせて名前を呼ぶ。


 「は、はい!?」

 「ロバーツがどんな人物なのか調べましょう」

 「へ?」

 「パーティに入るには良く知っておくべきだと思います」

 「わたしは構いませんけど依頼は大丈夫ですか?」

 「うっ……」


 ナイフの方は完成済み。だが、銃の方はまだだった。

 設計自体は幾つか考え、組み立ててはテストを繰り返しているのだが、どうしても上手くいかない。特に弾数を増やすのに難航している。


 「気分転換も必要です。それにパーティ入りするかどうかをじっくり考えるのも依頼の範疇です」


 考えるのが好きなアリスでも行き詰まることくらいある。そうなった場合、ずっと考え続けて解決する時があれば別のことをした方が上手く行く時もある。

 今回はパーティ入りのこともあるので後者だ。


 「明日は人間観察の時間です。なのでレイニーは泊まって下さい。明日あっちで合流するのは面倒です。連絡手段もありません」

 「え……わたしがここにですか?」

 「変な気でも起こすようなら抹殺しますよ盛り上がり坊主」

 「誰が盛り上がり坊主ですか!」


 初めてアリスの家に来た時のことを蒸し返され、ジゼットは必死に否定した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る