第12話「ガサ入れ」


 最短距離でアリスの家の近くまで来た二人。

 ジゼットが茂みに隠れ、アルが木陰から半身だけを乗り出し、様子を伺う。


 「もうその取締班の人たちが勢揃いしてますね……早くないですか?」


 既にアリスの家の入り口前に取締班が集まっていた。


 「おおよその目星を付けてたんだ。俺らと違って数の暴力ローラー作戦も出来る」

 「ですね」

 「後はリザードマンを倒したこと。俺がゴーレムと戯れてたこと。あれじゃ魔獣も寄り付かなる」


 西の森の大将張ってたリザードマンも消え、次こそはと思ったらゴーレムと人間が大暴れしてる森に魔獣は住み着かない。

 足止めを食らわなかったのだ。アリスの家を探すなんて造作もなかっただろう。


 「これからどうするつもりですか?」

 「度が過ぎるようなら力付くでもアリスを助ける」


 そしてアルは知っている。確実に度が過ぎることを。

 取締班を牛耳る三人は相手が法律違反者であるのを良いことに憂さ晴らしをする。

 お前は罪人だからこうされて当然なのだ、と尊厳を踏み躙るような行為だ。

 そんなアルに見張られているとも知らずに班長のサムがドアを二度、優しくノックする。


 「すみません」

 「はい? なんでしょうか?」


 初めて聞く声でもアリスはすんなりドアを開けた。依頼人の可能性があるからだ。

 だが、サムが丁寧なのは最初だけ。明らかに異様な雰囲気を放つ集団を前にアリスの目付きが鋭くなる。


 「いやあ、実はここに無許可で商売を行う輩が住んでいると聞きましてね」

 「と言う訳で中を調べさせて貰うぞ」

 「ちょっと! 勝手に!」


 マイケルがアリスを押し退け、家にずかずかと踏み入る。

 それに続き、他の班員もぞろぞろ中に入る。抗議の声は届かない。


 「なんだこれは怪しいなぁ」


 サムが薬品の入った瓶を勝手に摘み、言う。


 「班長、怪しい物が沢山ある」

 「全部押収しろ」

 「ふざけないで下さい!」


 突然の来訪、横暴な態度に腹を立てたアリスはサムの腕を掴む。

 酒などに使われるアルコールの瓶を取り返そうとするが、サムが右手で突き飛ばす。

 予想していなかったアリスはバランスを崩し、床に倒れる——より先にその体を受け止められた。


 「おいおい、抜け駆けすんなよ。最初に仕事を依頼したのは俺だぞ」

 「ロバーツ……」

 「アル・ロバーツ!? 何故ここに居るんだ!?」


 危険人物の登場で取締班がサムの周りに集まり、警戒モード。


 「どうもこうもねぇよ。お前らが横暴で不当なことやってるからその被害に遭った仲間を助けに来ただけだ」

 「横暴で不当なこと? お前も国の法律は知ってるだろ? こいつは無許可で商売をしていたんだ。しかも二年の間、ずっとだ」


 サムが勝ち誇ったように言った。返す言葉もないだろうと鼻で笑う。

 それが失言だと気付かずに。


 「つまりお前らは二年間アリスの住居を見つけることも城下町で捕らえることも出来なかった無能ってことだな。王女に言っておく」

 「なっ!?」

 「アリスがテュフォンに来たのは何年前だ?」

 「二年前です。商売を始めたのも同時期です」

 「それがどうしたってんだよ!」


 問答の意味を理解出来ない馬鹿なラムダが吠える。

 そこでお返しにアルが鼻で笑う。


 「さっき言った通りだろ間抜け」


 アリスがこそこそと商売をしていて、今になって見つけたのならまだ救いようがあった。

 しかし、残念ながらアリスは隠れて商売をしていない。それこそ風船少女のような子どもでも知っているくらいには有名だ。

 取締班はその辺の噂にも詳しくなければならない。だからこそアリスの引っ越してきた時期を知っていたのだろう。

 そうなると取締班はやるべき仕事を二年もサボり続けていたことになる。


 「くっだらねぇことで点数稼ぎしてんじゃねぇよ。騎士団の面汚し共がよ」

 「それに、一回目は厳重注意だけで済ますのが原則です。相手が相当違法で危険な商売をしていない時に限りますが」

 「おお、ジゼットは他国から来たのに勉強熱心だな。こいつらと違って」


 気付かぬうちにするりと入ってきたジゼットが法律を詳しく解説した。


 「黙れ黙れ黙れ! 大罪人の分際で偉そうな口を挟むな!」


 完全に言い訳を失ったサムがアルの罪を引き合いに出すが。


 「悪いな。王女のおかげで俺は法的に許されてるんだ。お前と違って、な?」

 「——、」


 声を発する為に吸い込んだ息をサムは吐き出さずに飲み込んだ。

 無音の失言。たった一瞬の間は班員に疑念を抱かせるには十分な時間だった。


 「教えてやろうか? こいつは……」

 「黙れええええええ!」


 次の瞬間——サムは鞘に入ったままの剣をアルの頭部に振り下ろす。

 鈍い音が鳴る。

 ぐらりと大きく揺れるアルの体。


 「リーダー!」


 鞘でも中身は剣。相応の重量がある物で頭を本気で叩かれたら気絶、下手したら死。

 だがアルはその程度で倒れない。二本の足で踏ん張り、膝をバネのように跳ねさせ、サムの顎に掌底を放つ。


 「悪いがもう店仕舞いだ。お引き取り願うぞ」

 「やれ!」


 ラムダの号令で班員が牙を剥く。


 「アリス! 外に押し出せ!」

 「言われなくても。部屋を荒らされるのは御免です」


 アルの前蹴りでドミノ倒し。それ以外をアリスの風が家の外に吐き出す。


 「これは明確な敵対行為だぞ! アル・ロバーツ!」


 マイケルが剣に手を乗せながら言った。

 これ以上やるなら抜剣のも辞さない意思表示だ。


 「正当防衛だバーカ! どうせ抜剣したところで俺には勝てねぇだろ!」


 アルは中指を立てる。

 元々、アルたちは横暴な取り締まりを辞めろと言っていただけである。先に手を出したのは謎の怒りを暴発させたサムの方だ。


 「構わない。班長の俺が許す!」

 「なら行くぞ! ラムダ!」

 「はっはぁ! 切り刻んでやろうじゃんか!」


 まずはラムダが飛び掛かる。剣を大きく振り上げ、落下の勢いを利用した斬撃。

 アルは優遊とラムダの動きを目で追う。

 確かに威力は申し分ないが、落下地点を予測するのは容易い。


 「ほいっ」


 アルが体を軽く捻ればラムダの剣は虚しく地面を斬り付ける。

 捻った勢いでアルはくるりと回り、側方のラムダを軽く蹴り飛ばした。


 「足音」

 「何っ!?」

 「ざんねーん」


 そして背後から迫っていた剣撃をアルはノールックで避け、足払い。ずっこけるマイケルに軽く手を振る。


 「う……」


 幹部二人が児戯のように往なされ、有象無象の班員が身じろいだ。


 「ビビるな! 次は全員だ!」

 「マイケルとラムダをアレで済ましてやったんだ。これ以上続けるなら容赦はしないぞ」

 「顎をやられて今更退けるか!」

 「ロバーツ。腹が立ってきました。加勢をしても?」

 「後で怒られても良いのなら」

 「そうですか」


 アリスがアルの横に並び立つ。やる気満々である。


 「お前ら! やるぞ!」


 相手が仕掛けてこない限りは動かないアルたちを見て、サムが指示を出す。

 いざ、戦闘開始——となる前に声が響いた。


 「何をしている」


 叫んでいないはずのその声はとても重厚で、サム含めた取締班が即刻、剣を収め、声の主へと体の方向を転換させる。

 現れたのは黄色と青が混じり合った髪を持つ荘厳な騎士。

 生意気な態度を取っていた取締班から伝わる緊張感にアリスがアルに聞く。


 「誰ですか」

 「怖い怖―いテュフォンの騎士団長。見ろよあいつらの顔、超青ざめてるぜ」

 「傑作……いいえ、凡作ですね」


 焦る様子を見せる取締班を一瞥し、ヴァンマルクはアルを睨んだ。


 「またお前か。アル」

 「ちっとはそっちで顔面蒼白になってる奴らを疑えよ。明らか怪しいだろ」

 「自分たちはただ取締班としての仕事を——」

 「何度目だ?」

 「へ?」


 話している途中で遮られ、サムが首を傾げる。


 「そこの金髪娘への注意は何度目だと聞いている」

 「これだけの大人数です。それは当然二度目……」


 そこまでサムは口にし、黙り込んだ。

 滑らかに嘘を吐き出すつもりだったのだが、ヴァンマルクがそれを許さない。息をするのも忘れそうなほど強い眼力でサムを睨んでいた。


 「虚偽であれば斬り捨てる」

 「……一度目、です……」

 「なら厳重注意だけで終わりだ」

 「……はい」


 どれだけ横暴なことをやっていても団長には逆らえず、引き下がるサム。


 「非常事態だ。取締班全員集めて城に来い。分かったな?」

 「「「はい!」」」


 威勢の良い返事をした取締班は早々にアリスの家から去る。

 残ったのはヴァンマルク。


 「アル。手続きの仕方を教えるくらいは出来るのだろう?」

 「それ以外も出来るわ。非常事態ならさっさと帰れ帰れ」

 「ここ、私の家ですよ?」

 「もう家族みたいなもんじゃんか」

 「もう? パーティ入りすらしてないです」

 「依頼受けてくれたら同じようなもんじゃないのか!?」

 「距離の詰め方と感覚どうかしてるんですか!?」

 「……」


 アルの会話相手がアリスに切り替わり、置いてけぼりにされたヴァンマルクが無言で二人を見る。


 「リーダーリーダー。団長さんめっちゃ見てます」


 その圧に耐えられないジゼットがアルの肩を叩く。


 「まだ居たのか」

 「くれぐれも、あの時のような事件は起こすな。絶対だ」


 それだけ言い残してヴァンマルクは去る。

 

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