第11話「嫌な予感」


 アルがアリスに依頼をしてから数日が経過した。

 未だにコンタクトはないがアルは気にしない。時折、歪な視線を浴びながら今日も城下町を歩く。

 ここ数日は目立った事件も起こらず、平和な毎日が流れている。

 その中で平和じゃないと言えば魔族の手配書。

 有名な魔族の幹部連中を押し退けて目立っているのは見た目も名前も不確かな『パープル』と勝手に名付けられた魔族だ。

 アルはその手配書を掲示板から取り、文を読む。


 「分かってるのは髪の毛の色が紫ってことと角が一本ってだけ。その目撃者もそれだけ伝えて力尽きた……か」


 魔族領に入ってから消息不明になる冒険者が後を絶たないのはパープルが原因だと言われている。


 「情報がゼロなのは皆殺しにしてるからか。なんとかギリギリで逃げ延びたこいつは凄いのかもな」


 顔も知らない冒険者に感心するアルは読み終わった手配書をポイっと投げ捨てる。

 知らない奴の生死なんてどうでも良かった。

 それよりも問題なのはアリスが銃とナイフを完成させるまでどうやって時間を潰すか。

 ここまでロレンソ夫妻、ジゼット、飲み歩きとしてきたが……飽きが来た。


 「何か楽しいことねぇかなー」


 アルが視線を上げると王城の円錐状に尖った緑色の屋根が目に入った。

 そこでとある顔が思い浮かぶ。


 「久々に会いに行くか」


 駆け足で城門の近くまで行き、アルは門番の騎士が二人居ることを確認する。

 欠伸をする片割れをもう一方が叩いて眠気覚ましをしているが効果は薄そうだ。


 「あいつらが城門前なら……左か」


 城壁に沿って回り、左側の城壁まで移動する。この城門の向こう側に庭園が広がり、更に中央に行けば王城が鎮座している。

 騎士たちの見張り位置と当番を把握しているアルには分かる。

今の時間帯であの二人が城門前なら、この左方の城壁側の警戒度が低い。

 足元に魔法を集中させてひとっ飛び。高い高い城壁を飛び越えて茂みの陰に着地。


 「ザル警備め……城壁にも見張りを付けておくべきだな」


 アルは自国の警備を馬鹿にしながら庭園を突っ切り、城内で誰にも見つからないよう死角を縫って進む。

 そうして城の角にある地下への階段を降り、とある一室まで辿り着いた。

 鍵の掛かっていないその扉を、アルは蹴り開けた。


 「来客の時間だオラァ!」

 「うわぁ!?」


 派手な音を立てて開く扉とアルの声で中に居た人物が驚く。

 その住人が恐る恐る振り返ったと思ったら安心したように息を吐き出した。


 「なんだ。兄ちゃんか。普通に入って来てよ」

 「相変わらず汚ったねぇのか汚くねぇのか分かんない部屋だな」


 城の地下にある研究室は辺り一面に紙が束になって積まれている。束なんて表現では生温いかもしれない。もう紙のタワーである。

 一見すると散らかっているようにも見えるが、積まれた紙にズレはないのである意味整っている。

 アルは積まれた紙をぱらぱらと捲った。魔術に関する情報がびっしり書き込まれている。


 「これじゃ散らばっちまうぞ。綴じるなり、本にするなりしろよ」

 「そんな技術ない」

 「誰かに頼め……あ、無理か」

 「ねぇ! 兄ちゃん分かってて言ってるよね!?」


 アルの弟——ジェスは国内でも屈指の魔術知識を備えた研究者。その手腕を買われて城内に専用の研究室まで持っているエリートだが、極度のコミュ障と言う欠陥を抱えている。

 ごく僅かな人たちを除き、全く会話が出来ない。

 吃るレベルじゃなく、本当に緊張で一言も発せなくなってしまうのだ。


 「珈琲かお茶ないのお茶」

 「そこの棚に入ってるから勝手に作って飲んで」

 「お前は?」

 「飲む」


 アルはジェスの作った魔術で手早くお湯を沸かし、珈琲を二人分淹れた。

 カップを手渡し、近場のテーブルにアルが腰掛ける。


 「研究の方は?」

 「順調かな。魔法陣魔術は覚えさえすれば誰でも使えるようになるから便利だと思うよ」

 「魔力がなくても使えるんだっけか?」

 「そう。普通の魔術と違って魔法陣自体に魔力が込もるから。魔力量の少ない人でもとんでも威力の魔術が行使可能なのだよ!」

 「その分、手間も準備も大変だし魔法陣消されたら終わりだけどな」

 「うん……突発的な戦闘には向かないかなぁ……」


 一般的な魔術とは体の中にある魔力をイメージで炎や雷などに変換し、杖を通して外の世界に放出させる技術だ。多量の魔力を使えば威力は増す単純なもの。

 ただ、ごく稀に少量の魔力で高威力を叩き出す魔術師も居る。エレナがこれだ。

 対してジェスの研究する魔法陣魔術は術者ではなく魔法陣自体に魔力が宿る。

 魔法陣に描かれた文字や絵柄によって規模が変わり、大きな魔法陣であれば尚更強大な魔術を行使出来る。小さな文字を敷き詰めた魔法陣なんて代物を作ることも可能だ。


 「便利で応用が効くけど基本は防衛戦向き」

 「別に戦闘用に作ってないしー。生活に活かせれば万事オッケー」

 「安全装置くらいは考えとけよ。間違いなく戦闘用にばっかり発展するからな」

 「う……分かってるよ。そのうちね、そのうち」

 「……」


 絶対にやらなそうな弟の言い分にアルはあえて無言を貫くことにした。

 ジェスはペンを置き、珈琲に口を付ける。


 「僕はともかく兄ちゃんの方はどうなのさ。ゼドさんのところから追い出されたんでしょ?」

 「そんなこともあったな」

 「それで今は金髪幼女を追い掛け回してるって」

 「そんなことはねぇな! 誰だその噂流してる奴は!」


 確かにアルはジゼットと共にアリスを探す為の聞き込みをしていた。だが、まさかそんな風に話が広がっているとは思わなかった。

 それにアリスは幼女と言うほど幼くない。


 「だよね。まさか兄ちゃんがやる訳……ないよね?」

 「おいなんだその間は。ここの資料滅茶苦茶に荒らすぞボケナス」

 「いや冗談! それはやめて!」


 紙束の下方をがっちり掴む兄を全力でジェスが止める。

 面倒だから騎士にバレないように来ているのにアルは大騒ぎ。

 兄弟でつまらないことで面白おかしく言い争っていれば、その騒がしさに釣られたのか部屋の扉が開いた。

 ジェスの研究室に来たのは翡翠色の長髪で前髪ぱっつんの気品溢れた少女。


 「アル様、お久しぶりです」

 「おう、王女。ひっさしぶりー」

 「もう、リゼと呼んで下さいとあれほど言っているのに……」


 テュフォン国王女のリゼ・タイフーンが嘆く。

 過去にジェスと一緒に城を抜け出し、森で魔獣に襲われているところを救われてからの付き合いだが、一向に名前で呼ばれない。


 「何あれ元気そうで安心しましたよ。ゼド様もお手上げになってしまったと聞いたので」

 「焦りはしたけど落ち込みはしねぇよ」

 「噂では金髪幼女を追い掛けてると聞きましたが……?」

 「良し! 王女、情報提供者を教えろ! 絶対に殴り飛ばしてやるからな!」


 本日二度目の風評に我慢の限界が訪れたアルが拳を握る。

 何が何でも見つけ出そうと意気込む姿にふふっと声を出しながらリゼが笑った。


 「その様子だとやっぱり噂は噂のようですね」

 「当たり前だろ。何が悲しくてガキを追い掛け回すんだよ。パーティの仲間探しをしてんだぞこっちは」


 苦労に苦労を重ねてやっと糸一本分くらいを掴んだ直後だ。

 とんとん拍子で仲間になったジゼットと違ってアリスは勧誘に漕ぎ着けるまでが大変だった。二時間毎にゴーレムを叩き壊し、家に行くのはなんだかんだ言ってやる方も疲れる。


 「と言うことは? 順調なのですか?」


 仲間探しと聞いたリゼが意外そうに目を開いた。


 「聞いて驚け。ジゼットって僧侶は仲間にした。そして現在後衛の勧誘が終わって、あっちの返答待ちだ」

 「ちゃんと兄ちゃんの欠点言ったの?」

 「言ったよ。ジゼットは言った上で了承してくれたんだ」

 「ジゼット様ですか? アル様に選ばれるなんてレイニー家はやはり優秀ですね」

 「なんだ、知ってたのか?」


 アルは一度も家名を出してない。


 「風の噂で少し。なんでも魔物が怖くて腰を抜かしてしまう臆病者だとか。でもやっぱり噂は噂でしかないですね!」

 「いやそれ真実だぞ」

 「何処から何処まで……?」

 「リゼちゃん、一箇所しか口にしてないよ」


 臆病者としか言っていないので自ずとそれが答えになる。

 事実と言う名の罵倒を悪気もなく口にしたリゼは頭を抱え、自分の行動を悔いる。


 「あぁ……なんて失礼なことを……」

 「じゃあ戦闘は無理なの? 珍しいね。兄ちゃんがそんな人を誘うなんて」

 「あいつに戦闘なんかハナっから期待してねぇ」


 やけにあっさりした辛辣な評価にジェスの顔が引き攣る。

 兄の物言いがはっきりした性格は良く知っているが仲間に対してもこれだと流石に気の毒になってくる。


 「幾ら他に戦闘要員が居るとしてももうちょっと言い方考えようよ」

 「あいつにはこれくらいが丁度良い」


 口を開けば無理無理と諦め癖の多いジゼットだ。アルはビシバシ叩いてその性根を叩き直す算段でいる。


 「そうなるとアル様も遂に旅立ちですか。この前、ゼド様たちがそろそろ出発するとワタシのところへ挨拶に来ましたよ。寂しくなりますね」


 国民からすれば恐れ多い存在である王女と気安く接する面々が一人、また一人と国を旅立ち、死と隣り合わせの旅に出る。

 もしかしたら帰って来られないかも知れない。

 分かっていてもリゼの心がキュッと締まる。


 「ゼドもエレナも俺も居なくなったら治安大丈夫かよ」

 「最近は平和ですから大丈夫ですよ」

 「困ったらロレンソを頼るんだぞ」


 留守の間にリゼとジェスを任せられるとしたらロレンソ夫妻か神父くらいだ。

 真剣なアルにリゼが笑いながら言う。


 「心配し過ぎですよ。ヴァンマルクも居ますから!」

 「その騎士団長様が俺は嫌いでなぁ……」

 「個人的な好き嫌いを言われましても」


 騎士団長はアルが個人的に嫌いなのでリゼに頼って欲しくなかった。やはり、もしもの時はロレンソの方に行って欲しいと思う。

 偏見で判断するアルに苦笑いを浮かべていたリゼはふと眉を上げた。


 「平和と言えばここへ来る途中、取締班の三人と会いましたよ」


 取締班とは騎士団の中で戦闘専門ではなく、その名の通り取り締まるのが目的。法律を違反した商人や国民を連行、処罰するのが仕事だ。本当の緊急時以外は戦線に出ることがない為、他の班と比べて戦闘力は低めだが、一般人と比べれば十分強い。


 「うげ、あいつらまだ解雇されてないのかよ」


 取締班と聞いてアルは不快感マシマシの顔をする。

 サム、マイケル、ラムダの三人が主軸となって動いており、色々と人間性が終わっているのでアルは好きじゃなかった。

 媚を売る天才なのはまだ良い。

 だが、法律違反者を敢えて野放しにして、仕事が少ない時に検挙するのは頂けない。


 「サムの奴、マイケルとラムダの嫁をこそこそ寝取ってるぞ」

 「その辺のいざこざは面倒なので解雇をお願いしておきます」

 「判断早いねリゼちゃん! でも僕も賛成!」


 どうせ解雇してもしなくても関係のないジェスが声を高らかにする。


 「そんであいつらは何処の犯罪者を捕まえる気だったんだ?」


 リゼは「見かけた」ではなく「会った」と言った。多少は言葉を交わしたと思われる。

 そうでなくても見栄っ張りな三人組だ。王女に良い顔見せたくて仕事の話でもしたのだろう。アルはそう予想する。


 「無許可で商売をしてる人が居ると言っていましたよ。他の班員にも声を掛けるとも」

 「他の班員にも?」

 「えぇ、そう言っていましたが……」

 「そんなに変? 普通じゃない?」

 「いや、変だ」


 相手がただの商人であるなら騎士三人で十分なはずだ。その商人が多数の用心棒を抱えてるとなれば話は別だが、そんなのを雇っていたら逆に目立ってしまう。

 それにアルがまず怪しい商人を見ていない。

 アリスを探す時、アリスからの返答を待っている間と、アルは城下町を歩いていた。それでも城下町の顔触れは変わらず、見慣れた顔ばかり。

 アルが見慣れている商売人は全て許可を得ている。日帰りの商人であれば泳がせるのは無理だ。よって選択肢から除外される。

 ある程度この国に居着いていて、商売をしていて、班員総出で行かなくてはならない。


 「まさか……」


 その条件に合致する人物がパッと浮かんだ。


 「そうか。数の意味は二つあるのか」

 「アル様?」

 「兄ちゃん?」

 「悪い! 急用が出来た!」


 テーブルから地に足を着け、部屋を飛び出すアル。

 その背後からリゼが叫ぶ。


 「また来て下さいよー!」

 「じゃあロレンソの家に招待状出しといてくれ!」


 王女からの招待状があれば面倒な手順を無視して城に入れる。

 それだけ言い残してアルが城の外へ向かって走る——走る。周りの目は気にしない。

 何度も騎士に声を掛けられたが全部無視して城門を正面から突っ切った。

 そうして全速力で走るアルの進行方向から陽気で呑気な声。


 「あ! リーダー! どうしたんですかそんな急いで」

 「お前も来い!」


 通りすがりのジゼットを掴み、変わらぬ速度でアルが城下町を駆け抜ける。向かう先にあるのは西の森に繋がる街門。


 「なになになに!? なんですか!?」

 「アリスがクズの餌食になった」

 「全然分かりません!」


 アルのざっくりどころか本人にしか分からない説明にジゼットが声を張った。


 「今に分かる」

 「それよりも降ろして下さいよおおお!」


 ジゼットはアルの意味不明な行動は慣れてきた。だから担ぎ上げられていることに抗議する。

 勿論、ジゼットの運動能力ではアルの全力に追い付けないので降ろさなかった。

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