第10話「約束」


 「まず、俺の魔法には欠点がある」

 「欠点?」

 「魔法の効果はシンプルな身体強化。全身も部分的にも出来る。ただし、使い過ぎると段々理性を失う。出力を上げれば上げるほどそれまでの時間は短くなる。だからそうなった時に止められる仲間が必要なんだ」


 アルはシンプルに魔法の説明をする。


 「ロバーツは強いじゃないですか。だったら同レベルの知り合いくらい居るんじゃないですか?」


 アルの強さはリザードマン戦とゴーレム戦で把握済みだ。


 「俺の知る限りだとアリスと同格はもう一人だけだな。ちなみにそいつは別のパーティに居る」


 ゼドたちの話をすればアリスは溜息を吐いた。

 傍迷惑な奴を追い出してくれたとでも言わんばかりの溜息だ。


 「その子だけ誘う手は?」

 「色々と事情があるんだよ」


 本音を言えばアルはエレナを誘いたかった。

 それらの話を聞いたアリスは「ふーん」と口にする。


 「会ったばかりで私を買ってくれるのは嬉しいですが……腑に落ちませんね」

 「まず。って言ったろ? もう一個がここまで必死な理由だ」


 ただ強いだけならこんな迷惑行為はしない。

 アルにはどうしてもアリスを誘わなければならない理由があった。


 「約束なんだ」

 「約束……ですか?」


 予想外の言葉がアルの口から出てきた。

 何故ならアリスを知る人間がテュフォンに居ないはずだから。

 まだ強い奴と旅に出ろと言われたのなら納得出来る。だが、アルはアリス個人に勧誘を続けている。

 つまり、アリスを連れて旅をして欲しいと頼まれていることになる。

 アルは戸惑うアリスにまたもやアダマントのネックレスを見せた。


 「このネックレスをくれた人が言ったんだ。一人ぼっちで錬金術を極めようとしてる少女を引っ張ってでも旅に出てくれってな」

 「……確認ですが、それは十四年前の話ですか?」

 「そうだ」


 地面に胡座をかいたアルが当たり前だと言わんばかりに応じる。


 「意味が分かりません。前にも言いましたがその頃の私は二歳ですよ? 錬金術すら知らない時にどうしてそんな約束が出来るんですか?」


 二歳。錬金術どころか言葉だってまだ覚束ない時期。

 錬金術を始めるのも、テュフォンに来て一人で暮らすのも、アリスにだって分からなかった未来の話。

 十四年前にそれを約束出来る人間は存在しない。


 「アダマントのネックレスと言い……一体誰なんです? その傍迷惑な人は?」

 「知らね」

 「は?」

 「実は名前知らないんだよなー。知ってんのは見た目だけで金髪青眼。まじで冗談抜きでアリスと瓜二つだった」

 「もしかして、母親なのではないでしょうか?」


 一番ありがちな可能性をジゼットが口にするが。


 「それはないです。私のおか……母親と呼べる人は金髪でも青眼でもないですから」

 「お母さんと呼んでも良いのではないですか? 可愛らしいところもあるんですね」


 年齢の割に大人びたアリスだったが年頃っぽい反応を見せたことでジゼットが目尻を下げる。

 その言動に腹を立て、アリスはジゼットの脛を蹴る。


 「痛ったぁ!?」

 「これがアリスを誘い続ける理由だ。約束は守りたいからな。考えは少しでも変わったか?」


 悶絶するジゼットを尻目にアルはアリスと話を続ける。

 これらの話は初めて会った時にするつもりだったのだが、する前に追い出されてしまったので仕方なく凶行に及んだ。そう、仕方なく。

 決して途中から楽しくなったなんてことはない。


 「そう。決してない」

 「一人で何言ってるんですか。ともかく、私は協力しません。ひっそりと錬金術をしていたいんです。時間が欲しいんです」


 既に知っている物を作るのならまだしもアダマントのように新しい物を作り出す時にはある程度の時間が必要になる。

 ある時はあっさりと。

 ある時はじっくりと。


 「んー……どれくらいの頻度が良い? 毎日だと牛歩になっちまうから国とか村に着いたらが良い目処になるかと思ってんだけど」

 「……ん? え?」

 「うん?」


 不意にアリスが怪訝な顔を見せる。

 対するアルも困惑の意を込めた相槌を返すが、程なくしてアリスとのズレに気付く。


 「アリスは錬金術の時間が欲しいんだろ? だったら村とか国に辿り着いたら研究して良いぞ。流石に年単位だと困るからそれは勘弁な」


 アルはアリスの家に来た時からずっと考えていた。

 錬金術の研究時間を旅の道中に設けることを。

 パーティのリーダーであるならメンバーへの配慮は最も重要だ。それが出来なければ仲間は去って行ってしまう。

 その辺の管理が面倒臭いからアルはリーダーになりたくなかったのである。

 そうしてズレを修正したがアリスはそう簡単に納得出来ない。


 「いや、その申し出はこちらとしても助かりますが……最終目標は魔王城に行くことでしたよね? 数週間、数ヶ月単位で研究の時間を取ってたら辿り着くのが何時になるやら」


 ただでさえ遠い魔族領の最深まで行くのに道中で道草を食っていたらそれこそ何年単位になるのか想像が付かない。

 加えて、アリスの懸念はまだある。


 「そんな旅をしていたら他のパーティに先を越されてしまいますよ。それでも私を誘うと言うんですか?」


 魔王討伐を掲げるテュフォンがあれば当然同じ目標を掲げる個人だって居る。冒険者ギルドの存在がその証拠だ。

 アルの目に映るアリスがどれだけ優秀に映っているのか分からない。

 しかし、仮に、確実に魔王城まで辿り着けるピースだとしても標的が居なくなっていたら無意味だ。

 アリスの問いにアルは迷う素振りも見せずに頷く。


 「誘う」

 「先を越されるかもしれないんですよ!?」

 「それはない。考えてみろよ。テュフォンが魔王討伐掲げてから何年経った? 三十年だぞ?」 

 「それは……」


 アリスが渋い顔で口籠もった。

 テュフォンが魔王討伐の目標を掲げてから三十年。数々の有志たち、それこそ世界から集まった腕っぷしたちがパーティを組んでは挑んでいるが、討伐どころか魔王城まで辿り着けた話も聞かない。

 当時世界最強とも言われたテュフォンの現騎士団長も途中で引き返している。

 どうしても断りたいアリスは他の理由を考え始める。


 「そ、そうです! その私と同じくらいの強さの魔術師が居るパーティなら可能性はあるんじゃないですか!?」

 「理由探しに必死ですよ……なんか一周回ってリーダーが可哀想」

 「もう片方の脛も蹴り飛ばしてやろうか」

 「リーダーだと折れそうなのでやめて下さい……ほんとに! 耐えるの無理ですから!」


 本気の目で見つめてくるアルにジゼットは両手を突き出して拒否。

 アルは相も変わらず話の腰を折ってくるジゼットを一瞥し、アリスに向き直った。


 「確かにエレナは魔王城へ行く為ならかなり有望な魔術師だ。けど、あのメンバーだと難しい……ゼドの復讐心が消えない限りはエレナが途中で引き返す判断を取る」

 「それでもロバーツなら達成出来ると? 私と一緒なら」

 「あぁ。俺とアリスとジゼットの三人なら必ず行ける」

 「そんな馬鹿な……」


 アルは他だったら行けないと言う癖に自分なら必ず行けると確信している。

 ある意味でアルはアリスの実力を世界で最強レベルだとも言っているのだ。

 強張っていたアリスの全身から力が抜ける。


 「私を本気で必要としてくれるんですね」

 「最初っからそう言ってるだろ」

 「ですがやっぱり行くのはちょっと嫌ですね。魔王にそこまで関心もないですしわざわざ移動しながら錬金術しなくても良いです」


 メリットがない、と言うアリス。

 しかし、アルはケロッとした口調で言う。


 「メリットあるじゃん」

 「はい? わざわざ世界を歩き回るメリットですか?」

 「素材。錬金術用の素材」

 「あっ……」


 普段は頭が冴えるアリスだが、言われるまで気付かなかった。


 「色々と家に置いてあるのもそうだけど解析には実物が必要だろ? 欲しい素材があれば手伝うぜ。魔獣関連か? それとも魔族の角? ああ! そう言えば魔族領のどっかに龍神の住処があるなんて話も聞いたことあるな! 龍神の鱗でも取ってやろうか?」

 「龍神の鱗……つ、ツノも良いですか!? 後は爪! 爪も! 流通してない素材で他には……」


 欲しい素材を指折り数えるアリス。気難しさは何処に行ってしまったのか、ウッキ

ウキで未だ手に入るかどうか分からない素材のことで一人盛り上がっている。


 「えっと、えっと……はっ!?」


 自分の世界に入り込んでいたアリスは目の前のアルが胡座から立ち上がったことで我に返る。


 「考えは変わったか?」

 「ま、まあ……ちょこっとだけ。ほんの、ちょこっとだけですけど二つ返事で決められることでもないですから」

 「じゃあさ、仕事の依頼して良いか? 作って欲しい物が二つあるんだ」


 元より即断即決をして貰おうとは思っていない。

 アリスのパーティ入りへ光明が差し込んだアルは腰のナイフと外套の内側に携帯している銃をアリスに渡す。


 「複製ですか? 別に今直ぐにでも出来ますよ」

 「違う違う。新開発」

 「新開発?」

 「ナイフはアダマントでもなんでも良いから丈夫で切れ味抜群に。刃渡りは三十だと長過ぎるから二十くらい……それと片刃で頼む」


 刃物なら妥当な注文だとアリスは思った。

 となると新開発とはもう一つの注文である銃のことだろう。魔術が発展する前に発明され、発展してから改良は施されていないのだから。


 「ここの撃鉄を引いて、トリガーを引けば銃弾が出る仕組みだ」


 アルが撃鉄を親指で引くとシリンダーがカコンと回り、トリガーを引けば撃鉄が勢い良く前に飛び出た。


 「今は弾抜いてるから何もないけど、基本的な仕組みは分かったか?」

 「はい。銃の仕組みは元々勉強済みですから。それで? どう改良すれば良いんですか?」

 「いちいち撃鉄起こすの面倒だから自動にしてくれ」

 「なんだ。そんなことですか」


 それならトリガー、撃鉄、シリンダーを同時に動かせるようなシステムを作れば良いだけだ。

 アリスが「簡単ですね」と口にするより先にアルは続けて話す。


 「後、装填弾数は倍以上にして」

 「——はい?」


 余裕綽々の表情がそのまま固まった。


 「あー、それとあんまりデカくしないでくれ。今と同じくらいで外套の内側に余裕

で収められるくらい」

 「…………は?」

 「そんな訳だから頼んだぞー」

 「おい。普通に帰ろうとしてるんじゃないですよ」


 踵を返すアルの正面に土の壁が迫り出した。


 「そんなの全く新しい銃じゃないですか! 私に作れと!?」


 アリスが考えていたのは単純にシリンダーを大きくすること。装填する箇所をサイズアップすれば装填弾数も増える。

 しかし、アルの注文はサイズを小さいままにして欲しいと言うもの。

 そうなるとシリンダーだけじゃなく他の箇所も見直さなければならない。


 「いや……見直すどころじゃない。仕組みごと変えないと……」


 アルを引き止めておきながらアリスは顎に手を当ててぶつぶつ呟き始めた。口では文句を言いつつも既に設計が始まっているようだ。

 それを前向きに捉えていると判断したアルは笑顔で告げる。


 「時間が要るのは理解してる。だから依頼をこなすのと並行で旅に行くかどうかも考えておいてくれ。それまではこの国でのんびりしてるよ」


 アルは二つ返事を求めていない。

 だからと言って返答時間を無制限にも出来ない。

 この依頼は旅立ちの準備とアリスの考える時間確保の両方を満たしている。


 「そう……ですね。返答を保留にし続ける訳にもいきません。依頼、お受けします。完成したら直接届けに行くのでのんびりしていて下さい」


 そんなアリスの毅然とした態度はアルに安心感を、ジゼットに驚きをもたらした。

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