第9話「アルの策」


 話を聞いて貰える時間も与えられず追い出されたアルが導き出した答え。

 それは——


 「アリスー! 一緒に魔王城まで行こうぜ! な!」


 力押しである。

 幸い、一度来ているアルは場所を完全に覚えている。森の何処からだって辿り着けるよう脳内にマッピングをした。

 アルは騒がしくドアを叩く。

 アリスからの反応はない。

 仕方がないので勝手にお邪魔しようとするアル。


 「行きません。帰って下さい」

 「うおわ!?」


 家の扉を勝手に開ければアリスの声と共に強風が吹き荒れ、中に入るまでもなく追い返される。

 風に押し出されたアルの体は宙を舞い、地面に落下。


 「まったく……乱暴だな」


 空中で体勢を整え、綺麗に着地したアルがボヤく。


 「乱暴なのはどっちですか……これで今日三十回目ですよ。もう無理ですよ。諦めましょう」

 「嫌だね。絶対に口説き落とす」


 そして、アルは毎日毎日アリスの家へ訪れては勧誘を繰り返す。


 「アリス! 考えはそろそろ変わったか!?」

 「変わってません」


 最初は直球に入ってくれ入ってくれと口うるさく言い続けた。

 結果は勿論、芳しくない。冷たく抑揚のない口調で丁重にお断りされるだけ。おまけに追い返す為の強風付きだ。

 七日間ぶっ続けで駄目だった。

 この結果を見れば、普通の人間なら諦める。実際、ジゼットは諦めモードだ。初日から。

 だがしかし、アルは諦めない。

 お次は毎日からグレードアップし、二時間毎に変化した。


 「おーい! アリス! 居るかー!? 来たぞー!」


 誰も呼んでいないのに二時間経てば必ず扉を叩きにやってくる。

 アリスからすれば……否、相手が誰だったとしても一種の大災害である。もう返事すらしなくなっていた。

 ここまでしておいて夜中は来ないのが良く分からない配慮だとアリスは思う。

 何より厄介なのはアルの強さだ。

 森に足止め用のゴーレムを配置しておいても二時間ぴったりにやってくる。

 後で森を見に行けばゴーレムたちの残骸が虚しく転がっている。幾ら人形と言えどもそうそう容易く壊されるようには作っていないのに、だ。


 「もう……何なのほんとに……」


 普通の道具製作依頼だと思って家を教えたのが間違いだった。

 アリスは床に寝転んで顔を手で覆う。

 指の隙間から見える時計。時刻はそろそろ前回の訪問から二時間が経過する。

 アリスが出入りする時以外、扉はアダマントでガッチガチに固めているので開けられる心配はない。流石に破壊行為には及んでこないらしく、無駄に叩かれ、騒がれるだけで済む。


 「……来ない」


 二時間が経過したのにノックが聞こえてこない。

 諦めたのかとホッとする反面、アリスは違和感を覚える。

 あれほどしつこく、執拗に、頭がおかしくなりそうなほど延々と勧誘に来ていたアルの足がパタリと止むだろうか。


 「いやいや、来なくなったのならそれで良いじゃないですか。作業を進められます」


 嫌がらせが来ないに越したことはない。

 アリスは首を横に振り、アルのことを意識から切り離す。悪夢のような時間もやっとやっと終わりを告げ、研究再開だ。


 「……?」


 ふと、物音が聞こえたような気がしてアリスは扉を見る。

 アルかと思ったが、アルならもっと分かりやすいノックをする。気の所為だと思い、再度机に向かう。

 しかし、また弱々しい音が扉から聞こえてくる。


 「気の所為……じゃない」

 「ア……リス……」

 「ロバーツ!?」


 扉の向こう側から聞こえるのはロバーツの声だが苦しそうだ。

 しまった、とアリスは焦る。

 余りにもしつこかったから日に日にゴーレムの強さを上げていた。数も増やした。それこそ下手な冒険者如きでは突破出来ないように。

 だがそれもあくまで諦めさせるのが目的で殺意はない。

 アルの様子が違うことに慌てたアリスは扉を固めていたアダマントをパッと分解し、外に飛び出す。

 そこには。


 「やっほー。顔見せてくれたの久々だな」


 元気そうなアルと申し訳なさそうなジゼットが居た。


 「いやー! 演技の才能もあるなんて自分で自分の可能性に驚くぜ!」

 「…………」


 言葉を失う。

 その失った言葉を燃料に怒りが足の先から頭の天辺まで上ってきて拳を握るアリス。


 「そろそろ俺のパーティに入る——へぶっ!?」


 罪悪感を微塵も感じていないヘラヘラしたアルの顔をアリスが蹴り飛ばす。


 「なんなんですか!? しつこくしつこく毎日毎日! 何度も嫌だって言っているじゃないですか! 見ず知らずの私なんか放っていて他の人を誘えば良いじゃないですか!」


 遂に堪忍袋の尾が切れ、アリスが爆発する。

 何度嫌だ嫌だと断っても諦めずに来る勧誘——もとい最悪を煮詰めたような迷惑行為を続けられたら誰だってこうなる。

 アリスは引っ越してきて数ヶ月。テュフォンのことを知らなければ知りたくもない。

 ただ、静かな場所でひたすらに錬金術をしていたいだけだ。

 なのに目の前の男は諦めずにやってくる。

 代わりの人材なんて探せば幾らでも居るはずなのに、だ。

 息を荒くし、怒りのままに睨まれたアルは鼻血を拭いながら口を開く。


 「話、聞いてくれるか?」

 「聞かなきゃ一生これが続くんですよね? ゴミみたいな話だったらロバーツもレイニーも殺します」


 アリスの殺意に満ちた眼光にジゼットが震える。


 「わたしは許してください! お願いしますううううう!」

 「うるせぇ! 今、無事に返してもらう為に話すんだから静かにしてろ! 俺と違ってアリスとやり合ったらお前は逃げられねぇんだぞ!」

 「……」

 「よろしい」


 アルは騒がしいジゼットを黙らせ、本題に移る。

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