第8話「レイニー家の恥」


 ——。


 「さーてと! 今日も今日とてアリス勧誘に行くとしますか!」


 昨日は話を最後まで聞いて貰えなかった。今日こそは、とアルが意気込む。


 「よくアレでめげませんね……」


 その横でジゼットが頬をかく。あんなフラれ方をしたらとてもじゃないが再挑戦は出来ない。素直にアルのメンタルに感心する。

 それに対してアルは軽い調子で返す。


 「国での扱いに比べたら可愛いもんだろ」

 「ごもっとも……」


 アリスにはあくまで頼みを拒否されただけだ。

国内大多数から向けられる非難の目を浴びてきたアルには屁でもない。まだまだまだまだ諦められない。


 「俺は思うんだ。断るのなら話を、条件を、最後まで聞いてからじゃないと」

 「うーん? 仲間になればアリスさんにも得があるのですか?」

 「そう言うこと。俺の考えはだな……」


 アルが考えを話そうとしたその時、二人の背後から声が投げ付けられた。


 「お? 見ろよお前ら。罪人がほっつき歩ってるぞ」

 「……」


 アルの表情から明るさが消え失せた。

 殺気すらも感じ取れそうなアルの様子にジゼットの喉がキュッと締まる。振り返ってみれば三人組が品位の欠片も感じられない笑みを浮かべていた。

 ジゼットにも見覚えのある出で立ち。テュフォン魔導騎士団の制服だ。

 アルは振り返らず、無視を決め込む。

 しかし、構わず真ん中に立つ男は口を開く。


 「ゼドの奴にも見限られて大丈夫なのか? 大丈夫な訳ないよな? お前なんかを受け入れるような冒険者はこの国には存在しないからな」


 男の口調は上機嫌。言葉だけなら心配しているようにも聞こえるが、明らかに違う。

 両脇の二人も笑いを堪えきれない様子。


 「そこの僧侶も何を言われて騙されてるのか知らないけどそいつとは離れた方が良いぜー? 殺されっちゃうぞ?」 


 取り巻きの一人が会話のターゲットをジゼットに移す。


 「なんてったってそいつは人殺しだからな! ぎゃははは!」


 それに乗っかるようにもう一人の取り巻きが下品に嘲笑う。


 「えっ、あの……え?」

 「僧侶さんよ。悪いことは言わないぜ。あいつとは離れて別の職場を探しな」


 真ん中に立っていた男がジゼットの肩に手を乗せ、諭す。

 ジゼットはどうして良いのか分からなくなり、視線が三人組とアルを行ったり来たり。


 「ジゼット。気にすんな。さっさと行くぞ」


 見兼ねたアルが名前を呼んだ。

 すると一人が素早い反応を見せた。


 「ジゼット……あぁ! あのレイニー家の恥と呼ばれた僧侶か!」

 「っ……!」


 ジゼットは誰にも悟られぬよう唇を噛んだ。


 「誰だそいつは」 

 「知らないんすかレオンさん。こいつはビビリで魔獣や魔族を見た瞬間に腰抜かしちまう役立たずなんですよ」

 「それで何処のパーティからも追い出されてるんですよ。笑えますよね!」


 取り巻き二人が饒舌になり、嘲笑が加速し爆笑に変わる。


 「はっは! アルもそんな奴を仲間にするほど落ちぶれたか。傑作だな。誰か本に書き起こしたらどうだ? きっと売れるぞ」


 レオンまでもそれに乗っかった。

 自分だけでなくリーダーのアルまで馬鹿にされ、ジゼットの握る拳に力が入る。

 確かにジゼットは魔獣も魔族も怖くて怖くて仕方がない。僧侶としての実力も兄に劣っているから実家を継げなかった。

 だが、それでアルが馬鹿にされるのは違う。

 ジゼットが三人を睨めば取り巻きの一人が反応を見せる。


 「なんだよその目は。まさか騎士団に喧嘩を売ろうってんじゃ——」


 刹那——取り巻きの頬に硬い拳が飛んできた。


 「なっ!? お前——うごっ!」


 続いてアルはもう一人の取り巻きの腹部に膝を突き立てる。痛みで立っていられず、腹を抱えて蹲った。

 予想外とでも言いたげな目を向けてくる二人に対し、アルは淡々と言う。


 「なんだよ? まさか口喧嘩だけしようなんてガキみたいな思考だったのか? 治安維持する騎士団が逆に治安悪くしてどうすんだよ」

 「おいアル。流石にそれはやり過ぎじゃないのか?」

 「は? お前こそ部下の教育がなってねぇぞ。俺に喧嘩売ってどうなるかくらい分かるだろ。あー、学園時代からそれすら分からない阿呆野郎だったなお前は」


 火花を散らす中で学園時代の話を引き出され、レオンの口元がピクリと震えた。


 「首席の俺たちに敵愾心燃やしてた癖に結局手が届かないから陰湿で滑稽な嫌がらせばっかりしてくる小さい小さい奴。あ、最終的にはゼドすら越せなかったんだっけ?」


 アルの記憶力は低くない。同期の成績上位者は全て頭に入っている。それどころか全生徒の名前と顔と最終成績まで暗記済みだ。

 その上ですっとぼける。

 レオンがそれを煽りだと分からないはずもなく、剣に手を掛けた。


 「王女殿下の情けで救われた罪人が……! ここで死刑にしてやろうかっ!」


 それに対し、アルは両手を広げて挑発を重ねる。


 「来いよ。俺に勝てば実質首席だぜ? 団長様も歓喜のあまりに剣舞を見せてくれるかも知れねぇぞ? まっ、勝てればの話だけどな」


 アルは学園時代から一度も負けたことがないレオンに余裕の表情を崩さない。

 何処からでも掛かってこい、と視線は動かさずにいるが、立ち振る舞いは雑。構えを取るでもなくレオンの抜剣を待つ。

 その態度が意味すること。

 それは——先手は譲ってやる。


 「舐めやがって……」


 レオンの覇気が増す。

 覇気と共に燃え上がる殺意が耐えきれなくなり、剣を引き抜こうとした寸前で二人の間にジゼットが割り込んだ。


 「ストップ! ストップ! 白昼堂々こんな城下町のど真ん中で殺し合いを始めようとしないで下さい!」

 「じゃあ決戦は夜か……」

 「そう言う意味でもないですよ!? ほら! アリスさんのところへ行きましょう!」


 アルの服を掴んでレオンから強引に引き剥がすジゼット。

 引っ張られながらもアルは左手の親指を立て、くるっと反転させる。


 「何時までやってるんです!? やめて下さいってば!」

 「命拾いしたな。罪人」


 僧侶に引き摺られる情けない姿にレオンは戦意喪失。それだけ言い残して去って行った。

 ある程度離れた場所でジゼットはアルを解放する。


 「はぁ……胃に穴が空くかと思いましたよ」

 「あの短時間でか?」

 「お陰様で!」


 ジゼットはアルが一人を殴り飛ばした時からずっとヒヤヒヤだった。

 レオンが剣に手を掛けたあたりから胃がキリキリ言い始め、勇気を振り絞って踏み出した。相手が人だったから出来た行動である。


 「悪かった悪かった。でもお前がおっ始めるよりはマシだろ。馬鹿みたいに怒気漏らしやがって」

 「……漏れてました?」

 「あれで隠してるつもりだったのか?」


 握り拳固めて唇まで噛んでいた。苛立っている証拠でしかないだろう。


 「俺としては思いっきりぶっ飛ばせたから気分がスッキリした。レオンだけぶん殴れなかったのが悔しいくらいだな」


 本命を殴れなかったアルは憂さ晴らしに何度かパンチの素振り。


 「勘弁して下さい……」


 あの場でアルとレオンがぶつかっていれば喧嘩なんて生ぬるい言葉では片付かなかった。

 偶然に偶然が重なって見つけたパーティリーダーを早々に失いたくない。


 「阿呆のこと何時まで考えても腹が立つだけだ。アリス勧誘をさっさと済ませて国から出よう」 

 「あの人たちの所為で遮られましたね。考えがあるんですよね?」

 「そうそう。バッチリ決めてやるからしっかり見とけよ?」


 そんな自信満々なアルに何故だかジゼットは不安を覚えた。

 ——。

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