第7話「ロレンソ夫妻」


 「と言う訳で今日の成果はナーシ!」

 「そりゃあ……お疲れさん」


 初老の白髪混じりの男は落ち込む様子も見せないアルに呆れる。

 彼の名はガレン・ロレンソ。元テュフォン魔導騎士団副団長。現在は引退し、王都から離れた東の森でひっそりと暮らしている。


 「でも僧侶は見つかって、もう一人もご対面したんでしょ?」

 「まーな」

 「なら一歩前進じゃない。それはそうと夕飯まで直ぐだけど何か食べる?」


 台所で話を聞いていたガレンの妻——マオがお茶を運びながら聞く。


 「食べる。エレナと居た時は飲み物だけで終わらせちまったから。何がある?」

 「なんと! ワタシの故郷火の国名産のお米を使ったおにぎりー!」

 「よっしゃ! 食べる食べる!」

 「分かったわ。ちょっと待っててね」


 マオはお茶を注ぎ終え、そそくさと台所へ向かう。

 アルがマオと会話を終えたタイミングでガレンが落胆を隠さずに呟く。


 「まさかローソンの倅にも見限られるとは」

 「そう悪く言うなって。あいつの性格考えたら苦渋の決断だったろうよ」


 アルは元リーダーを庇うように言った。

 本当に邪魔で切り捨てるつもりならクビ宣告の後も落ち込む必要はない。エレナの話を聞く限り、未だに自責の念を抱えているらしい。


 「はい、お待たせ」

 「おお! 美味そー! いただきまーす!」


 そこへおにぎりを作ったマオが会話に参加した。


 「エレナちゃんを誘う考えはなかったの? あの娘なら受け入れてくれたんじゃない?」

 「それやるとゼドのパーティ全滅しそうだから。俺のヘッドハンティングが原因でゼドに死なれるのはちょっとな……ファイはどうでも良いけど」


 アルはファイに嫌われているし、アルもファイが嫌いだからそこはどうでも良かった。

 だが、ゼドはアルに対する接し方がずっと変わらなかった。そのゼドからエレナを取り上げ、旅路の途中で戦力不足により死にました。なんて報告は聞きたくない。


 「あのヒヨッコを取り上げたから何が変わるんだ」

 「おいおい嘘だろガレン。エレナほど強い魔術師もそうそう居ないぜ。ちょっと自信が足りてねぇけど」

 「一番重要だ。気持ちで負けてどうして勝負に勝てるのか」

 「平気平気。戦いが始まればスイッチが切り替わる、な?」


 アルがマオに視線を送る。


 「そうなの。あの娘ね、切り替えが凄いのよ。普段の様子からは想像出来ないくらい戦闘感が良い」

 「やーい。仲間外れー!」

 「うるせぇ。魔術のことは良く知らん」


 魔術を使わないガレンは唇を尖らせる。

 元魔術師のマオはアルたちに頼まれ、エレナの特訓を請け負い、何度か手合わせもしている。

 だから戦闘時のエレナを知らないのはガレンだけだ。魔術は教えられないと特訓を早々に切り上げた。


 「てか、ガレンたちが俺をパーティに入れてくれれば万事解決じゃん」


 まるで名案とばかりに言うアルだが。


 「馬鹿言うな。もう四十超えだぞ……じゃなくてどうして儂らがリーダーなんだ。せめてパーティに入ってくれ、だろう?」

 「四十超えでも我らが団長様は現役だぞ。あいつ嫌いだけど」

 「儂も嫌いだ」

 「ええ、入学当初から頭角を表していましたものね……ワタシも嫌いですけど」


 魔導騎士団団長ヴァンマルク・ロッシ。ロレンソ夫妻と同期の学園生であり、首席で卒業してから今の今まで団長の座に居座り続けるテュフォン最強の騎士。

 後衛の魔術師ならともかく、四十を超えた今でも団長として前線を張っている。


 「動きが若い頃と変わらないのははっきり言って異常だ」


 ガレンが吐き捨てるように言った。体の衰えを感じているからこそ恨めしく思えるのだろう。

 心中察したアルは慰めの言葉を繋ぐ。


 「異常かも知れないけど最強は些か言い過ぎだよな。なんてったって俺が居る」

 「はっ、そうだったな」


 呆れているのか、認めているのか、ガレンが笑った。


 「そうね。ワタシたちが知る限り、一番強いのはアル君たちよ」

 「……たち、か。そりゃそうだ!」


 軽く食べるつもりだったが、アルは残りのおにぎりを全て平らげた。


 「おい、儂の分……」

 「悪い、つい勢いで。でももう夕飯なんだろ?」

 「ふふふ。なんと夕飯はお蕎麦! 麺は一杯あるから安心しなさいな!」


 腹を空かせた二人の為の準備は抜かりない。マオは自信満々に鼻を鳴らして胸を張る。

 こと食においてマオの判断力に勝てる者は居ないだろう。あくまで夫とアルに限ってたが、毎度毎度腹の中を見透かしてるとしか思えない完璧な量の料理を作る。

 それにホッとしたガレンは自分の髪を触りながらおずおずと口を開く。


 「まあ、その、なんだ。どうしても駄目な時は言え。そうなったら儂らがパーティに入る。何の役にも立たないかも知れんが」

 「そうね。最後に世界を旅するのも良いかも」

 「二人が来てくれたら百人力だ。でも大丈夫。絶対にアリスは口説き落として見せっから心配すんな」


 二人の心配を吹き飛ばす得意げな笑顔が光る。


 「やれやれ、昔から変わらんな。お前は」

 「そう、じゃあ頑張ってね」

 「あぁ、任しとけ!」


 アルはどんと胸を叩く。

 明日はまた西の森。アリスの家に突撃だ。

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