第6話「エレナへの頼みごと」


 アリスと感動の再会——とはならずに追い返されたアル。町に戻り、ジゼットと分かれた直後に偶然エレナと遭遇し、カフェにやってきた。

 真っ赤なフード付きのローブを羽織るエレナは席に座ってやっとフードを脱ぐ。中から綺麗な桃色髪が現れる。

 普段からフードを深く被っているのは自信のなさの表れか。

 自分の一個下の代を首席で卒業したのだからもっと胸を張れば良いのにとアルは思う。


 「俺の奢りだ。何でも頼んで良いぞ」

 「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」


 メニュー表を覗き込むエレナの表情は年齢に反して幼さがある。身長と見た目の可愛らしさの影響だろう。


 「まだ、出発はしないのか?」


 それとなくアルが尋ねる。

 これまではアルの暴走を抱えていた為、二の足を踏んでいた旅立ち。今となっては何時出発してもおかしくない。出遅れを取り戻したいのなら直ぐにでも出発すべきだ。

 しかし、エレナはアルの質問に頷いた。


 「は、はい。ゼド先輩がアル先輩の穴埋めをどうするか……って」

 「入れなくて良いだろ。ゼドとエレナが居るから探そうと思えば余裕だろうけどまともな奴が何人居るか。無駄死にさせるくらいなら付き合いの長い三人の方が良いぞ」


 ゼドの考えをアルは珈琲片手に真っ向から否定する。

 学園次席の優等生ゼドと首席のエレナがが居ればギルドを使わなくても馬鹿みたいな数のパーティ加入希望者が集まる。

 ただし、強いパーティに入っておこぼれを貰いたい輩も多くなるだろう。魔王討伐を掲げるゼドのパーティに生半可な覚悟と実力で入れば犬死待ったなしである。


 「う、うん。私もそう思います……」


 ゼドの思考を否定するのは気が引けるらしくエレナは誤魔化すようにクリームソーダに手を付ける。


 「先輩はパーティ探しですか?」

 「まあな。ギルドでは案の定全部断られたぜ。はっは!」


 笑い飛ばすアルの正面でエレナの顔には陰りが見えた。


 「ごめんなさい……私がもっと、抗議していれば……」

 「エレナの所為じゃねぇって。しょうがねぇさ」

 「ゼド先輩も凄い申し訳なさそうでした……」

 「気にすんなって言っといてくれ。あいつとエレナのおかげで今の境遇に落ち着いてんだ。それだけでも十分。まあ、俺を解雇した判断は馬鹿だと思うけどな!」

 「それは……そうですね……」


 パーティメンバーで唯一エレナだけはアルの解雇に否定的だった。


 「つまりエレナはゼドが馬鹿だと……?」

 「そ、そうじゃないんですよ!? ただ、アル先輩には居て欲しくて……」

 「流石エレナはちゃんと分かってる。俺たちの弟子なだけあるぜ」


 アルは得意げに鼻を鳴らし、紅茶を飲み干した。

 聡明な後輩の信頼が何より嬉しい。


 「そんな可愛い後輩に朗報。実はパーティメンバーを一人確保したんだ」

 「え……どんな手段で……」

 「そこは喜んでくれるところだろ!? その目をやめてくれねぇかな!?」


 まるで犯罪者を見るような目をするエレナにアルがジゼットのことを説明する。


 「……レイニー家の。そう言えば最近そんな噂を聞いた気がします」


 エレナが聞いた噂とは名家の僧侶が戦闘時に腰を抜かして役立たずと言うものだが

詳細は噤んだ。言っても意味がない。


 「と、とっても優秀な僧侶が見つかって良かったです。後衛はどうなったんです?」

 「それがな……折角の再会だったのに事情を説明する前に追い出された」

 「が、学生時代に言ってた命の恩人なんですよね……?」

 「まだ俺たちが小さい頃だな。西の森まで腕試しに行って、魔力と体力が尽きかけたところをアリスに助けて貰ったんだ」


 その時の記憶は今でもアルの脳内に刻み込まれている。

 疲れ切って休憩している最中に襲撃してきた四足歩行の大型魔獣。当時の実力では、ましてや疲労困憊で勝てる相手でないのは直ぐに察した。

 そこへ割り込んで来たのが美しい金髪を持ったアリスだ。

 杖も持たずに火と風を操り、魔獣を挑発。怒り狂って突進して来たかと思いきや突然四肢がバラバラになり息絶えた。


 「今でもどうやって四肢切断したのか分からねぇんだよな……」


 アリスとの出会いを話すアルは晴れやかだ。

 クリームソーダを飲み干したエレナは気付かれないように自身を奮い立たせる。


 (今……今しかない! 行くんだ! 言うんだ私!)


 エレナは偶然アルと出くわした訳ではない。頼みごとがあって日中ずっと探していたのだ。まさか西の森に行っているとは思わず、見つけるのが夕方になってしまったが。


 「あ、あの……ね。先輩に頼みたいこと——」

 「そうだ!」

 「!?」


 おどおどして小さな声になってしまったエレナの声が聞こえておらず、アルは手を叩く。

 割り込まれると思っていなかったエレナの体がびくりと跳ねた。


 「エレナに頼みがあったんだ」

 「た、頼み……ですか?」


 アルの頼み。

 もしかしたら自分と同じ気持ちなのかもしれないとエレナは目をキラキラさせる。


 「ゼドを宜しく頼むな」

 「……え?」


 思わぬ頼みに戸惑いの声を溢すエレナ。


 「あいつは確かに優等生なんだけどそれが一番の問題でもあるんだよなぁ。良い子ちゃんで優柔不断だからな。両親を魔族に殺されてるから俺みたいに暴走する時あるし」

 「先輩ほどじゃないと思いますけど……」


 ゼドの物腰は柔らかいが、相手が魔族となれば話は変わる。

 魔王討伐に前向きなのも、アルに及ばないとは言え成績上位を取り、魔術を剣に纏わせる魔法剣を編み出したのも、原動力は復讐心からだ。

 そしてアルの頭に黒髪ポニーテールの武闘家が浮かぶ。


 「それに加えてファイはゼド全肯定馬鹿だからエレナが上手くカバーしてくれな。俺はもうその役目を果たせそうにないしエレナにしか頼めないんだ」

 「私にしか……」


 エレナはアルの言葉を噛み締めるように繰り返す。


 「うん! 任せて下さい。私、頑張る……!」


 グッと拳を作るエレナにアルはホッとする。


 「じゃ、出発する前は絶対にロレンソ家に寄ってくれよ!」


 意気込むエレナの頭をアルが優しく撫でる。

 エレナは嬉しさと恥ずかしさの同居に口角を上げながら頬に紅を塗る。

 頼みを引き受けてくれた安堵でアルは気付かない。

 エレナの微かに寂しさを帯びたその表情に。

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