第5話「錬金術師」


 そうして三人は少女の家に場所を移す。

 西の森でも更にテュフォンから遠い位置にあり、上手い具合に自然のカモフラージュが効いている。見つからないはずだ。


 「これを人道的な方法で見つけるには大多数のローラー作戦しかねぇな。お邪魔しますっと」

 「非人道的な方法とは?」

 「森を焼き尽くす」

 「うわぁ……」

 「あなたもそこそこ非人道的でしたけどね」

 「はっは! 違いねぇ!」


 少女の刺々しい指摘をアルは笑い飛ばす。

 反応が思ったのと違い、眉間に皺を寄せた少女は不機嫌なまま部屋の奥を指差す。


 「シャワーは奥にあります。服はカゴに入れておいて下さい」

 「ありがとうございます」


 そそくさと駆けるジゼットに続き、少女もシャワーのある部屋へ向かう。

 残されたアルは室内を見渡す。本棚には本がぎっしり詰め込まれていて、床にも乱雑に積み上げられている。と言うか全体的に散らかっていた。

 他に特徴的な物と言えば釜。凄いでかい。子どもならすっぽり入ってしまいそうだ。

 それに加えて透明なフラスコに入った液体、鉱石、植物など。何に使うのか分からない物が部屋中にあった。


 「良い家だな」


 戻ってきた少女にアルが言う。


 「こんな散らかった家がですか? 頭大丈夫ですか?」

 「おおう……辛辣」


 アルの評価を少女はバッサリ切り捨てた。しかもおまけ付き。 


 「それで用件は?」

 「あぁ、その前に。俺はアル・ロバーツ。あっちの僧侶がジゼット・レイニーだ。そっちは?」

 「アリス・ガードナー」

 「アリス……そっか、アリスって言うんだな」


 噛み締めるように復唱され、アリスは顔を引き攣らせる。


 「気色が悪いです」

 「悪い悪い。ちょっと昔を思い出してた。じゃあさアリス、これ何だか分かるか?」


 名前を聞けたアルは心底嬉しそうな顔でネックレスを外してアリスに渡す。

 商人ですら知らない宝石が使われたネックレス。

 アリスはそれを見て、大きく目を見開いた。


 「ちょっ……あなた! どうしてこれを持っているんですか!?」

 「貰ったんだよ。なんなんだそれ?」

 「この赤い石はアダマンタイト。私が生み出した金属です。まだ市場に流していないのに……何処でこれを?」

 「俺が六歳の時だから……十四年前に貰った」

 「十四年前? 私が二歳の時……有り得ません」


 アリスがアダマンタイトを生み出したのはここ最近のこと。十四年前には絶対に存在していないはずの代物だ。

 再度アリスはネックレスを観察する。

 だが結果は変わらない。間違いなくアダマンタイトだ。製作者だからこそ確信出来る。


 「有り得てるんだからその話は置いとこうぜ。ところでアリスは一体何なんだ? 金属を生み出す奴なんか聞いたことないぞ」


 アルは本題に移る前に聞きたいことを聞く。


 「私は錬金術師です」

 「錬金術師?」


 魔導士でもなく騎士でもなく錬金術師。初めて聞く名前だ。


 「色んな物を創造出来ると思って下さい。武器とか薬とか色々です。時折、仕方なく城下町まで行って商売をしています」


 引き篭もっていたら飢え死んでしまう。だからアリスは錬金術で作った薬などを売って生計を立てていた。

 ジゼットの聞いた情報はこれだったのかとアルは納得する。


 「それでー? 戦闘方法は?」

 「チッ……見られてましたか」

 「見られるも何もリザードマンを焼けるのはあの場でアリスしか居なかっただろ」

 杖を持たないアルに魔術は使えず、ジゼットに戦闘能力は皆無。

 そもそも西の森に住んでいる事実がアリスに戦闘力があることを証明している。

 「魔術です」

 「嘘だな。魔術なら魔法陣が浮かび上がる。魔力も感じなかったから魔法でもない」

 「……そこまで教える必要ありますか?」

 「ある! 俺の頼みに関わることだ!」


 仲間にするのはアルの暴走を止められる人物でなければ意味がない。

 アルは手を合わせて頼み込む。


 「シャワー助かりました……何故床に?」


 そこでシャワーを終えたジゼットが戻ってきた。床に座って話す二人に面食らう。

 良く見れば家の中に椅子がなかった。


 「はぁ……お前本当に空気読めねぇな。話が最高潮に盛り上がってたところだったのに」

 「盛り上がってないです。勝手に捏造しないで下さい」

 「盛り上がってるのはアリスの家でシャワー浴びたジゼットの股間だけか」

 「盛り上がってないですよ! アリスさんもそんな目で見ないで下さい!」


 あらぬ疑いを掛けられ、必死に抗議するジゼット。盛り上がりの大渋滞をどうにかしたくて話題を変える。


 「そ、そう言えば服が完璧に乾いてましたけどこの短時間でどうやったのですか?」

 「丁度良いですね。ロバーツ、見ていて下さい」


 アルはジッとアリスを見る。真剣な眼差しで。


 「私を見てどうするんですか……見るのはレイニーの髪の毛です」

 「髪の毛?」


 シャワー上がりのジゼットの髪は濡れている。

 自然乾燥するには時間を要しそうなロン毛だが、


 「あら? あらららら!? 乾いた! え!? 何で!?」


 気が付けばジゼットの髪の毛はからっからに乾いていた。ジゼットの手元を見る限りサラサラで、見た目だけを誤魔化してる訳じゃない。

 驚くジゼットを他所にアリスは人差し指と中指を立てる。


 「錬金術は物を作る構成と分解があります。そしてどちらにしてもモノの構成を知っていなければなりません」

 「つまりアリスは髪の毛と水分を分解して乾かしたってことか?」

 「驚きました。理解力が凄いですね」


 錬金術は一般的に浸透していない技術。

 この世界でアリスしか使えない為、本人は説明しても分からないと思っていたのに

アルはあっさりと理解した。


 「じゃあ水分は何処に?」


 理解出来ないのが一人居た。無理もないが。


 「森でリザードマンが炎上したのを忘れたのか? 気化させたんだろ」

 「そうです。構成の要素に使うのはその火と水、風、土の四元素」


 アリスが立てた四本の指に赤、青、緑、黄の光が灯る。不思議と魔力は感じない。魔法陣の予備動作も杖もなしに複数の属性を操れるのは破格だ。

 だが、アリスにとって戦闘能力のは二の次。あくまで錬金術を使う為の手段。


 「構成も見たければ見せましょうか」


 アリスはパチンと指を鳴らす。

 すると床の木材がたちまち成長するように伸び、形を変える。さっきまでなかったテーブルと椅子の出来上がり。

 その出来栄えと不可思議な現象にジゼットが唖然とする。

 アルは感心して何度か頭を上下させる。


 「作る対象で所要時間はまちまちですが、構成要素を知っていれば大抵のモノは作れます。分からない時や新しい何かを生み出す時にはあちらの釜を使うんです」

 「それが錬金術か。魔法とはまた違うんだな」

 「錬金術は錬金術です。それで頼みと言うのは?」


 物を作り出す特殊な力、錬金術。

 その副産物として魔法のように四元素を操ることが出来る。実質魔法使いで威力は森で見た通りだ。

 アルの探し求めている後衛にこれほどの適任は居ないだろう。

 アリスは間違いなくドラフト一位の素質がある。素質しかない。


 「今、魔王城に行く為のパーティメンバーを——」

 「お断りします。帰って下さい」


 アルが全て言い終える前にアリスは拒否。

 二人は問答無用で家から追い出された。


 「えぇ……」


 最初から歓迎されていなかったとは言え、戸惑いを隠せないジゼットだった。 

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