第4話「西の森の少女」


 城下町に繰り出した二人は金髪青眼の少女に関する情報を探る。

 ジゼットが居るおかげで皆はすんなりと口を開く。

 大の大人二人が少女を探す。一見、怪しい雰囲気を思わせる状況でもレイニー家の僧侶が居ればさほど警戒されずに済んだ。

 だが、如何せん手掛かりが少な過ぎた。


 「どれもこれも違いましたね……」

 「金髪青眼とか別に珍しくもないからな。それ関連で珍しいのはカグツチの黒髪黒目くらいだろ」

 「ですねぇ……他に何かないんですか?」

 「他か。強いて言うならこれか?」


 悩むまでもなくアルが首のネックレスを服の外に引っ張り出す。普段はプラプラしていて邪魔なので服の中に仕舞い込んでいる。


 「ネックレスですか?」

 「あぁ、お守りで貰ったんだ」

 「ふむ?」


 赤い石の付いたシンプルなネックレス。

 ジゼットはその石を凝視する。


 「初めて見る石です」

 「俺もだ。昔、商人に見せたけど分からなかった」

 「手掛かりにはならな……あっ」

 「どうした?」

 「商人と言うと話は変わりますが、商売をする金髪少女の話をちょこちょこ耳に挟んだんですよ。なんでも便利な薬などを売っているとか」

 「おお! それ結構重大な手掛かりじゃね!? 当たってみようぜ!」


 何故今まで黙ってたのか分からない手応え抜群の情報にアルが意気込む。


 「いえ……稀にふらっと町に現れるので場所は誰も分からないそうです」

 「妖精かよ……んじゃ次は対象を変えよう。少女のことは子どもに聞く」


 子どもの話は子どもに聞くのが一番だ。大人よりも知っている可能性がある。


 「さっき、結構子連れさんも居ましたよ。知らないと言われました」

 「おぅ……マジか。困ったな……ん?」


 アルは視界の端で目を擦る女の子の姿を捉える。

 その少女は大きな木の下で大粒の涙を流していた。


 「どうした?」


 迷わず駆け寄り、事情を聞くアル。

 少女はアルを見上げると木の上を指差す。風船が飛んで、枝に挟まってしまったようだ。

 そこは大人にとっても高い位置だが、アルの身体能力なら届く。


 「大丈夫だ。兄ちゃんが取ってやるからな」


 優しく微笑み、アルはぴょんと軽く飛ぶ。枝に引っ掛かった風船の紐を手に取り、地上に引き戻した。

 そして目線を少女に合わせるようにしゃがむ。


 「ほら取れた。もう離すんじゃないぞ」

 「ありがとう! お兄ちゃん!」

 「ところでさ、聞きたいんだけど。なんか妙に大人びた金髪で青い目の女の子を知らないか?」


 風船を取ってくれたアルへの警戒心はなく、少女は「うーん」と唸る。


 「西の森に一人で住んでる女の子が居るって聞いたことあるよ」

 「西の森?」

 「西の森は危険だと聞いたことがあるんですが……」


 ジゼットが声を震わせる。

 とある夫妻が住んでいる東の森とは違い、西の森は魔獣やらが蔓延っている危険な地域で大人ですら立ち入らない。

 そんな場所に住む女の子の噂にアルは顎に手を添え、頷く。


 「教えてくれてありがとな」

 「うん!」

 「こら! 一人で何処行ってたの!」


 そこへ少女の母親らしき人物が走ってきた。


 「このお兄ちゃんに風船取ってもらったー!」

 「……! 駄目よ! ほらこっちに来なさい!」

 「えー! 何でー!」


 アルの顔を見るや否や母親はキッと睨み付け、娘を引っ張り、逃げ出すように去る。


 「相変わらずの嫌われようですね……」

 「慣れてる」


 母親に引っ張られながらも少女はアルたちに頭を下げた。


 「良い子ですね」

 「親があんなで悲しくなるぜ。すくすくと育ってくれよ」


 二人で少女の帰りを見届ける。

 親切をしたのに散々な扱いだったが、収穫はあった。


 「西の森、行ってみるか」


 アルは西の森に住む少女を探すことにした。




 魔獣が闊歩する西の森で暮らす怪しい少女の話を聞きつけ、アルとジゼットが二人で森を歩く。

 昼間なのに薄暗いのは鬱蒼と生い茂る木々が光を遮っている影響だ。

 微かに降り注ぐ光の雨と日陰による涼しさ、人が寄り付かない静かさがアルの心を優しく撫でる。

 しかし、その安らぎを邪魔する男が傍に居た。


 「リーダー! 魔獣が来たらお願いしますよ!?」

 「分かってるから服を掴むな! 動きにくいだろ」


 森に入ってからジゼットはビビり散らかし、アルに引っ付きっぱなしだ。

 アルからすればちっとも嬉しくない。どうせなら美人か、可愛い異性が良かった。


 「そんなに怯えるなよ。ここらで出てくる魔獣なんか大して強くねぇから」

 「わたしにはそう言った戦闘力がないんですよ。だから怖くて怖くて仕方がない。解呪出来る呪いの方がよっぽどマシです」


 呪いは発動まで猶予がある。武闘派でなければ秒で殺される可能性がある魔獣や魔族の方が怖いと思うのは当然かも知れない。

 それにしてもビビり過ぎだとアルは思う。

 そもそも不思議なことに森に足を踏み入れてから一度も魔獣に出くわしていない。


 「魔獣が居ねぇな」

 「逆に怖くないですか? とても大きな魔獣が食い荒らしているとか……」

 「妄想力が豊かだな」

 「想像力! 想像力と言ってください!」

 「そこに関しては心配すんな。変異した魔獣が居れば騎士団がどうにかしてる」


 野生のありふれた魔獣はともかく生態系を壊しかねない変異種が出れば討伐される。騎士団か、はたまた募った冒険者か。

 その話を聞いたジゼットは安心し、アルの服から手を離す。


 「報告されてなきゃその限りじゃないけどな」

 「安心させたいのかさせたくないのかどっちなんです!?」

 「事実を言っただけだろ。そんなことより……」


 魔獣は出たら倒せば良い。今、アルにとって重要なのは。


 「家……何処だよ」

 「確かに……これだけ人気がない場所なら目立っても良さそうですが」


 かれこれ一時間くらいは歩き続けているのに少女の住む家とやらは見当たらない見つからない。


 「相当な人嫌いか……一人が好きかだな」


 この徹底ぶりにアルは感心するしかない。


 「あっ、でもあそこだけ獣道のようなものがありますよ」


 ジゼットが指で示す箇所は草がかき分けられていた。何度も生き物が通り、踏み均している証拠。横幅からして四足の魔獣ではなさそうだ。

 その先に家がある可能性しか考えないジゼットは足早に道へと向かう。

 しかし、アルは件の少女がそんな分かり易い痕跡を残すとは思えなかった。人との繋がりを拒否しているのなら尚更だ。


 「待て! ジゼット!」


 生き物の気配を感じ取り、アルがジゼットを呼び止める。


 「はえ?」


 声に反応したジゼットが振り返る。



 だから、目の前に現れた影に気付けない。



 アルは呼び止めた判断ミスに歯噛みしながら踏み出す。

 ぽたりとジゼットの頭部を湿らす液体。恐る恐る首を元の位置に戻せば、二足歩行の蜥蜴顔——リザードマンが立っていた。


 「ひぇええええええ!?」


 ジゼットに向けて左手のサーベルを振り下ろすリザードマン。

 「世話の焼ける野郎だ」

 「ぐぇっ!」


 間一髪のところでアルがジゼットの服を掴み、引き寄せ……ずに後方へ投げ捨てた。砂埃を巻き上げて転がる。


 「なんで一番怖がってたお前が最悪の可能性無視して進んでんだよ。死にたくないなら恐怖心を忘れてんじゃ……何やってんだお前?」


 リザードマンの斬撃を横目だけで避けながらアルが聞く。

 ジゼットは放り投げられた先で上半身だけを起こし、その場に留まっていた。怖いのなら離れるべきだ。


 「腰が抜けました……動けません。それとリザードマンの涎がベタベタで臭くて気持ち悪いです」

 「レイニー家の僧侶があぶれてると思ったらそう言うことか。冒険者への適性が絶望的」

 「うるさいですよ! うわあわわ! リーダー!」

 「ん?」


 必死に襲っているのに片手間で避け続けるアルに腹を立てたリザードマンの激しい雄叫び。攻撃の勢いは更に増す。

 だが、届かない。


 「これは使えるぞ」


 リザードマンの怒りなど気にせず、ニヤリと笑うアル。

 攻撃を避けて、避けて避けて、ジゼットを飛び越える。


 「へ……?」


 怒り狂ったリザードマンがアル目掛けて走る。一心不乱に。

 間に挟まるジゼットは見えていない。

 血走った目。激しく振り回すサーベル。どれをとっても恐怖でしかない存在がジゼットに段々、段々と接近。


 「ひぃいいいいいいいいいい! お助けえええええええええ!」


 逃げたくても腰が抜けていて逃げられない。

 耳がつんざくほどの情けない悲鳴が森に響く。

 次の瞬間——鈍い音が鳴り、続け様に何本もの枝が折れる音がジゼットの耳に飛び込んでくる。


 「良い叫び声だった。想像以上の声量だ。ビビり僧侶」


 リザードマンは殴り飛ばされていた。

 それは拳を突き出したアルを見ても明らかだった。


 「わたしをビビらせる必要ありましたかね!? そう言う性癖ですか!?」

 「ちげーよ。まあ見てろ。いや、別に怖けりゃ目を瞑ってても良いぞ」

 「そっちの方が怖いんですが」


 そんな会話をしていれば吹っ飛ばされたリザードマンが戻ってくる。右手に持つ木の盾にはアルの拳の凹みが刻み込まれていた。


 「あの盾……」

 「何首傾げてるんですか!? 来ますよ!」

 「わーってるよ」

 「キシャアアアアア!」


 まるで騎士のようなリザードマンの剣捌き。それに魔獣の力強さが加わる。

 多少の荒さは見えつつもかなりの腕前。騎士団でも上位の使い手でなければタイマンは厳しいだろう。

 アルは振り下ろされた剣戟をひらりと避け、リザードマンの腕を鷲掴み。ざらざらした表面に気持ち悪さを感じながらも乱暴に投げる。

 またもや近場の木に。

 リザードマンが激突した木は当然激しく揺れ、葉を散らす。

 その隙にアルは腰に収めたコンバットナイフを取り出し、左手で逆手持ち。リザードマンの剣を受け止め——弾く。


 「左利きは珍しくて楽しいぜ!」


 ガラ空きにした顎を右の拳で突き上げる。そこから流れるような後ろ回し蹴り。

 それは命中の一瞬だけ魔法で強化した一撃。リザードマンの腹部を叩けば重さを忘れてしまうほど軽々しく吹っ飛び、その先の木を折り進む。


 「まだまだ行くぞぉ!」


 しかし、それでもアルの勢いは止まらない。魔法で上昇させた身体能力で瞬く間にリザードマンとの距離を詰める。

 追撃。

 リザードマンが起き上がった矢先に首根っこを掴み、頭部を地面に叩き付けた。

 手加減を知らないアルの猛攻はリザードマンを絶望の底に突き落としていく。


 「本当に強い……」


 腰抜けのジゼットが無意識に呟いた。

 自分が見たら身動きも取れなくなるリザードマンを全く寄せ付けないアルを見て、その強さを実感する。学園首席の名は伊達ではない。寧ろそれ以上の肩書きが欲しいとも思う。

 分からないことがあるとすれば。


 「はっはぁ! 森林破壊を押し進めろ!!」

 「どうしてリーダーは木々を攻撃しているのですか……?」


 何故だかアルは戦いながら森を破壊している。

 わざと木に向かって蹴り飛ばし、殴り飛ばす。何なら追い掛ける途中で全く関係のない木を叩き折っていた。

 もうどっちが魔獣なのか分からない被害規模である。

 何度も何度も地面に木に叩き付けられたリザードマンはまだ息がある。だが、戦意は喪失気味。


 「さぁさぁリザードマン。もっと派手に暴れようぜ」


 左の掌に右拳を打ち付け、まだまだと言わんばかりに口角を吊り上げるアル。


 「——!!」


 ブルっと体を震わせたリザードマンは一目散に走り去ろうとする。武具を放り投げて。


 「あーあ、逃げちった……これだけ暴れりゃ十分か」


 アルは一瞬だけ残念そうな顔をするが、一瞬だけだ。

 逃げ出すリザードマンの背中に向けて、外套の内側からとある道具を取り出す。

 それは銃。魔術が発展する前に使われており、現在は見る影もなくなった。

 銃口は真っ直ぐリザードマンへ。そして親指で撃鉄を起こす。

 魔獣の鱗を撃ち抜けるかは不安だったが、別に殺せなくても構わないので引き金に指を引っ掛ける。

 すると——リザードマンの全身が炎に包まれた。


 「!」


 リザードマンは慌てふためき、火を消そうと地面をのたうち回る。

 しかし、その程度で火が消えるはずもなく、真っ黒焦げの死体が完成した。


 「凄い魔道具ですね」


 腰が復活したジゼットが銃に対して素直な感想を述べるが。


 「俺じゃない」


 アルは否定する。

 銃は狙いを定めた対象を発火させる代物ではないからだ。


 「へ? じゃあ……今のは?」


 リザードマンを倒した何かへの恐怖がジゼットに降り注ぐ。

 だがしかし、森の奥から現れた人影は恐ろしさとは対極に位置する風貌だった。

 金髪青眼の可愛らしい女の子。明らかにサイズの大きい薄汚れた枯葉色の外套を身に纏い、髪もボサボサでまともな手入れをしていないようだ。

 少女は細くした目で恨めしそうにアルとジゼットを睨む。


 「この騒ぎはあなたたちですか」

 「やっぱり出て来てくれたな」

 「やっぱり? 計算済みだったんですか?」

 「こんな場所に住んでるんだ。人と関わるのが好きじゃなければ騒がしいのも嫌いだと思ってな。わざと暴れてやった」


 リザードマンを倒すだけなら木々を破壊する必要はない。

 アルは故意に暴れ回ることで少女を誘い出した。自分の住む近辺が荒れ始めれば嫌でも見にくるだろうと踏んで。


 「私に何か用ですか?」

 「そんなところだ。取り敢えず家まで案内してくれないか?」


 アルの提案で少女は露骨に嫌な顔をする。


 「何故ですか。ここで十分でしょう」

 「話をするだけなら良いんだけど。ほら、こいつの頭見てみろよ」


 アルがジゼットの頭を親指で指し示す。ぬめぬめした臭い臭い液体が絡み付いている。


 「……リザードマンの涎。仕方ないですね……ただし、場所の他言は無用です」

 「了解。助かるぜ」

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