第3話「呪いと仲間」


 この世界に存在する不可思議な力。魔法と魔術。

 そして、もう一つ。呪術と呼ばれるものがある。人の怨念が自然と呪いになるケースが多いが、人族にも魔族にも故意に操れる呪術師が居る。

 その呪いの解呪には聖職者の手助けが必要……であったりなかったり、何らかの条件を満たせば自然と解けてしまったり。

詰まるところ、未解明の分野である。


 「俺が呪われてるって!?」

 「は、はい。今、チラッと呪いの気配を感じまして……」

 「おかしいな。教会には割と顔を出すから神父の奴が気付いても良いはずだが」


 ゼドたち同様アルを厄介者扱いしない神父とは頻繁に顔を合わせている。

 しかし、そんなことより気になるのは。


 「ちなみにどんな呪いだ?」


 呪いと言っても種類がある。一瞬だけ苦痛を味合わせたり、持続させたり、発動したら周りに被害が及ぶタイプもあれば対象者を死に至らせるものもあると聞く。


 「ちょっと待って下さいね」


 聖職者は呪いの詳細を見ることが出来る。

 僧侶の男は目を凝らしてアルを観察。


 「えっと……死ぬ?」

 「直球だな!? 誰だそんな呪い掛けやがった奴は! 死ぬ前にぶっ殺してやるからな!」


 「待った待った! 具体的にはその……魔王の娘とヤらないと死ぬ?」


 ……。

 ………。

 …………。


 「うん? やるって何を?」


 アルは僧侶の大雑把な解説に首を傾げる。

 当の僧侶はとても言いにくいのか口をモゴモゴ動かし、恥ずかしそうだ。


 「気持ち悪い動きしてないで早く教えてくれよ」

 「だからその……ヤるって言うのはセッ、セッ——」

 「あぁ、セックスか」


 言い淀んでいた言葉を察したアルがあっさり口にする。


 「見た感じそこそこの大人だろ。いちいち恥ずかしがんなよ。どいつもこいつもずっこんばっこんやってんだから」

 「ですが……じゃあ夜伽か交尾にしませんか?」

 「そっちの方が生々しい感じするけどな。で? 解けそうか?」


 この際、夜伽の呼び方は気にならない。解呪出来るかどうかの方がよっぽど重要である。


 「無理ですね」

 「即答かよ。使えなっ」

 「なっ! なんてことを!」


 呪いを発見したのに無能扱いされた僧侶はムキになって言い返す。


 「良いですか!? 呪いと言うのは不明瞭で不安定なんですよ! あなたの呪いのように高名な神父様でも見つけられない種類もあるんです。解呪が簡単だったり難しかったり! そもそもあなたのは呪いかどうかも怪しい不思議な念なんです! 寧ろ見つけただけでも凄いと思って下さい! 褒めて! 褒めて下さい!」

 「お、おう……悪かったって。そんな熱り立つなよ。人間サイズのイチモツだと間違われて猥褻罪で捕まるぞ」

 「捕まりませんけど!? 誰がどう見たらわたしを陰茎だと認識するんですか!?」


 まるで馬のような速さで口を走らせ、捲し立てる僧侶。

 その勢いに押されたアルは後退る。必死過ぎて怖かった。もう少し詰め寄って来ていたら手が出ていたかも知れない。

 言いたいことを出し切った僧侶は息を切らし、肩で呼吸をしている。


 「呪いかどうかも分からないのか。それにしても困ったなぁ」

 「ですよね……まさか魔王のところまで行かないといけないなんて」

 「魔王の娘、俺の好みじゃなかったらどうしよう。だったら嫌だなぁ」

 「そっちですか!? 魔王城まで行くことじゃなく!?」


 悩みの方向性の違いに僧侶が驚く。

 この期に及んでやることやらなきゃ死ぬ相手のルックスの心配をするとは思わなかった。


 「元々魔王城へは行くつもりだったからな。そのついでだと思えば良い」


 死ぬかも知れない呪いが判明したのにアルはあっけらかんと言う。


 「魔王城へ? と言うことは冒険者の方ですか?」

 「俺はアル・ロバーツ。仲間探しの真っ最中だよ。ところでお前、名前は?」

 「あぁ! すみません! 自己紹介が遅れましたね。わたしはジゼット。ジゼット・レイニーです」

 「レイニー? 結構有名な聖職者の家系じゃんか!」


 ジゼットの家名はアルの良く知る名前だった。

 レイニー家と言えば土の国ブラウニーの名を知らしめた家系だ。何人もの優秀な僧侶を輩出している上にブラウニー教会の神父を代々務めている名家中の名家。

 少なくとも同業者と冒険者なら誰でも知っているだろう。

 しかし、アルのテンション上昇に比べてジゼットは遠慮気味。


 「家族が凄いだけですよ……わたしは別に……」

 「お前を凄いとは一言も言ってないから安心しろ」

 「それもそれで酷いですね!」


 そこでアルは余っていた肉を食べ切り、串をゴミ箱に投げ捨てる。

 呪いのことは驚いたが、魔王城へ行くついでと考えれば良い。今重要なのはその魔王城へ行く為に必要な仲間の方だ。

 前衛のアルが求めるのは暴走した時にも止められる強力な後衛と非戦闘要員でも構わないサポート専門の僧侶。この二人は譲れない最低ライン。


 「良し決めた! ジゼット! お前俺のパーティに入れ!」

 「いきなり勝手に決められた!?」


 突然の決定に狼狽えるジゼット。


 「なんだよ。行く宛でもあったのか?」


 もう既に他のパーティに入ることが決まっていたり、就職先が決まっていたりするのであればそちらと話を付けずにヘッドハンティングは流石に申し訳ない。


 「あるのならそいつらボッコボコにして交渉してでも連れて行く」

 「ありませんけど……ってそれ交渉とは呼びませんよ! 強奪ですよ強奪!」

 「ないなら良いじゃん。最悪入らなくても良いから頼みごとだけでも聞いてくれ。聖職者は迷える子羊の味方なんだろ?」

 「わたしにはアルさんが猛獣にしか見えませんよ……」


 アルの思想の狂乱さをジゼットは猛獣と評する。あながち間違っていないが。

 頼みごとすら聞いてくれなさそうな予感にアルは条件を付け足す。


 「なんと話を聞くだけでも飯付き」

 「ふふふ! このレイニー家の僧侶が迷える子羊を導きましょう!」


 さっきの謙遜は一体何処に逃げ出してしまったのかジゼットはレイニーの名前を堂々と口にして胸を張る。


 「じゃあ導いて貰うとすっかな」


 運良く協力者を見つけ出したアルは場所を変えることにした。




 「つまりアルさんはパーティを追い出されてしまったと」


 ジゼットを良い具合に丸め込んだアルは城下町から場所を変え、少し外れにある行きつけの酒場で事情を説明した。


 「あぁ、それで暴走した時になんとか出来る仲間を探してる」

 「……でも首席と次席の人が居ても苦労するレベルだったんですよね?」


 チャーハンを飲み込んだジゼットが聞く。

 首席と次席とはエレナとゼドのことだ。

 アルに暴れている時の記憶はないので詳しい状況は分からないが。


 「その後を見た時と話を聞いた限りでは相当凄かった。エレナが居なかったら皆殺しだったかもな」

 「えぇ……」


 不安しかないアルの感想。

 今になってジゼットは関わる相手を間違えたのでは、と思い始める。

 魔法の副作用で仲間を全員殺しかねない人物の手助けならまだ良いがパーティ入りは少々考えてしまう。

 しかし、暴走の脅威がどれほどなのかはアルが良く知っている。

 ゼドとエレナでギリギリなら後衛の仲間はそれを上回る人物でなければならない。


 「安心しろ。行き当たりばったりで誘ったお前と違ってもう一人は目処がある」

 「言い方に悪意を感じますが……まあ良いでしょう。頼みごとと言うのはその方のことでしょうか?」


 アルは小さく頷き、水で喉を潤す。


 「そこでだ。金髪ハーフアップで青眼の少女を知らないか?」

 「え? いきなり何の話ですか?」


 突然の質問に戸惑うジゼット。


 「話は変わってねぇよ。頼れる仲間の話。あー、それと身長も小さかったな。聞いたこととか見たことないか?」


 そこでジゼットは嫌な予感がして、恐る恐る質問で返す。


 「まさか目処ってそれだけなんですか……?」

 「その通り。名前も住んでいる場所も知らない。知ってるのは容姿だけ」

 「逆にそこまで容姿を知っていてどうして名前を知らないんですか……」


 アルの頼みの綱。それは素性の分からない少女。

 分かっているのは見た目だけで金髪、ハーフアップ、綺麗な青色の眼、身長が小さいと言う四つの情報しかない。

 はっきり言ってそんな人物は山程居る。


 「俺が見れば分かる。だから探す」

 「その人、この国に居るんですか?」

 「絶対居る。それも分かってる」

 「情報の偏り方どうなってるんです? 僧侶より先に探すべきだったんじゃ」

 「欠点の話した時の通り、国の奴らは俺に冷たいから無理だ。今ならジゼットが話を聞き出せる」


 アルに普通に接するのは山奥に引き篭もり生活してる夫妻や教会の神父、弟や王女。

 引き篭もりしてる奴らが知っているはずもなければ弟はコミュ障。神父と王女に人探しを手伝って貰うのは気が引ける。


 「一体何をやらかしたんですか?」


 ジゼットが一番気になるのはそこだ。

 学園首席卒業なのに国の人々からは酷く嫌われ、他国出身の冒険者からも冷たくされていてパーティに誘うことも入ることもままならないアル。

 そこそこ大きな罪でなければここまで嫌われないだろう。だが、大罪を犯しているとすれば自由に動き回れるのは変だ。


 「聞きたきゃそこら辺の奴らに聞いてこいよ。誰でも知ってるぞ」


 うんざりした態度でぶっきらぼうにアルが言う。


 「聞いたら心変わりするかも」

 「その時は分かってるよな?」 


 アルは拳を強く握り締める。


 「怖っ!? 顔が本気じゃないですか!?」

 「嘘だよ。話を聞いて嫌なら別に構わねぇ。ただ、金髪捜索までは手伝ってくれ」


 ジゼットは喉から手が出るほどパーティに欲しい人材。とは言えアルに無理矢理入れる気なんてこれっぽっちもない。

 少女さえ見つかればその後は誰のパーティに行って貰って良かった。


 「家族は?」

 「両親は知らん。物心付く頃には居なくて、ずっと爺さんと婆さんに育てられた」

 「ではその祖父母にも勘当されてしまったのですね……」

 国から嫌われ、肉親にも嫌われたであろうアルの境遇にジゼットが涙を浮かべる。

 「勘当されてねぇわ。勝手に決めんな」

 「あら?」

 「ま、世間的には絶縁状態だからあながち間違っていないか」

 「と言いますと?」

 「こんな俺にも変わらずだったんだけどそれに甘えちまうと爺さんたちの立場が危ういだろ?」


 罪を犯した人間を庇う人間もまた非難の対象。家族が理由でバッシングを受けるなんてザラにある。


 「だから俺は絶縁された……ことにした」

 「上手く行ったんですか?」

 「ゼドとエレナのおかげでな」


 時折、エレナが見に行ってくれている。弟からも「大丈夫」だと言われた。

 これでアルが渡すべき情報は全て渡したつもりだ。

 話していないのは問題の過去だけ。


 「どうする? 店長に聞いても俺のことは知ってるぞ」


 そんなに過去が知りたいのなら聞けばいいとアルが促す。

 だが、ジゼットは首を横に振った。


 「いえ、リーダーが言いたくないのなら言ってくれるまで待ちます」

 「リーダー?」

 「ロバーツパーティの僧侶としてこのジゼット、精進します」


 まさかの仲間入り宣言にアルは目を丸くする。

 テュフォンに来たばかりで直接的な理由こそ知らないジゼットだが、アルがどれだけ厄介者扱いされているかは知っている。酒場に来るまで何度「そいつと関わるな」の言葉を聞いただろう。

 横に居たアルは当然忠告されていたことを知っている。

 それでも尚、ジゼットはパーティに入りたいと言った。


 「ジゼット……お前……結構馬鹿なんだな」

 「そこは褒めてくれても良いんじゃないですかね!?」

 「ほんと聖職者みたいだ」

 「聖職者なんですよ! 本当に!」

 「普通なら加入しない。それこそ聖職者でもな。理由があるのか?」

 「どうにもリーダーが悪い人には見えないんです。後はわたしもどのパーティにも相手にされなかったので……似た者同士なのかも知れませんね」


 ジゼットもジゼットで受け入れ先が見つからない状態だった。

 デメリットを打ち消す仲間のアテがあるなら学園主席のアルと共に旅するのも悪くないと思ったのだ。


 「見る目がある。だが、俺とお前を一緒にするな。不愉快だ」

 「優しいのか冷たいのかどっちなんですか……」


 褒められたと思ったら貶され、ジゼットは苦笑い。

 

 「じゃあ、本当にパーティ入りで良いんだな?」

 「はい」


 最終確認をすればジゼットは力強く頷き、アルを真っ直ぐに見据えていた。

 どうやら伊達や酔狂ではないらしい。

 本気の本気でパーティ入りを望んでいる。


 「そこまで初対面の俺を買ってくれるか……良いぜ。正式にジゼットを僧侶として迎える。ちなみに俺の命令は絶対だ。逆らうなよ」

 「あれ? わたしの見間違いだったんでしょうか?」

 「脱退も俺の許可なしに出来ないことにする!」

 「やっぱり入るの間違いだったかも知れません」


 退路を断たれたジゼットは間違いと口にしながら小さく笑う。

 仲間が欲しい欲しいと言いながら再三確認を取ろうとしたアルが悪人なはずがない。

 そんな信頼の視線を送られてもアルは気付かない。残った料理を平らげ、会計を済

まして席を立つ。


 「んじゃ! 行くとすっか!」

 「はい! そうしましょう!」

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