第2話「仲間探し」
テュフォン国。その昔、数多く存在していた神の中でも風の神が建国した人間領側の王国の一つ。別名、風の国。
その別名の通り、風が流れるように人の出入りが激しく他国との交易も盛んだ。毎日毎日馬車が城下町を行き交う。一日経つだけで初めましてが何度訪れるだろう。代わり映えのない他国に比べれば移ろいが激しいと言える。
そんなテュフォン最大の特徴はやはり冒険者学園だろう。魔王討伐を国是に掲げ、その為に設立した人間領唯一の冒険者育成施設。これを目的に各地から騎士、魔術師志望の若手たちが集まってくる——賑やかで血気溢れた首都ゼウス。
今日もまた人々に溢れ、燦々に煌めく陽の下、石畳が木製の車輪と楽しげな音を奏でている。その中で一際目立つ不幸オーラを放つ人物が居た。
路肩に備え付けられたベンチに座り、肩を落としている赤髪の青年——アルだ。
つい先日、パーティからクビを言い渡され、魔王城への旅が頓挫した学園主席。旅自体は一人でも出来るが、かなり厳しい旅になるのが目に見えている。
「やっぱり仲間が居ないと無理だよなぁ……」
ポケットから燻んだ翡翠色の魔石を取り出し、更に肩を落とす。
頼れる学生時代の友人と言えばゼドとエレナ。その二人が居るパーティを追放されてしまったら少なくとも学園卒業生は無理だ。となるとほぼ知らない輩のパーティに入れてもらうか、自分でパーティを作るしかない。
「そうなるとギルド……ギルドだよな……」
学園と違い、冒険者ギルドは各地にある。パーティの創設、加入、メンバー募集。その他には冒険者用の依頼などを請けることも出来る便利で役立つ施設。
困ったことがあったらギルドに行けば問題ない。
しかし、アルはギルドを使わなくて良いのなら使いたくないのが本音だ。
「……行くだけ行くか」
ゼドに見限られてしまった時点で我儘も言ってられず、アルは重い腰を上げてギルドに向かう。駄目元で。
「パーティ加入をご希望ですか? 役職は?」
アルがギルドで要望を伝えると受付のお姉さんは丁寧な対応。
「前衛職で」
「承りました。では実績などはございますか?」
「テュフォン冒険者学園首席卒業」
「えぇ!? そうなんですか!? それは凄いですね! 私はレヴィアから来たんですが、首席の方は初めて見ました!」
アルの実績を聞いた受付嬢は大興奮。ギリギリ言葉遣いは保っているが、ちょっとのきっかけでそれすら崩れてしまいそうだ。
反応が予想と違い、アルの顔が引き攣る。早く手続きを進めて欲しかった。
「そりゃまあ、首席は基本その代に一人しか出ないからな……」
「こほん。失礼しました」
引き気味の反応を見た受付嬢が咳払い、我を取り戻す。
「ではお名前を」
「……」
「あの……お名前を?」
「……アル・ロバーツ」
「ロバーツ様ですね。こちらでお声を掛けておきますのでまた後日いらっしゃって下さい。それと今も幾つかお仲間を探しているパーティがいらっしゃいますのでお話を伺ってみるのも良いかも知れません」
受付嬢は腕を使ってギルドのロビーをどうぞと指し示す。
ギルド内は食事も出来るように広いスペースがあり、そこで各国から集まった冒険者たちと交友を広め、パーティを組むケースが多い。同じ志を持つ者同士であれば直ぐに打ち解けてしまうのだろう。
ここで踵を返すのも変だと思い、アルはそちらへ足を運ぶ。
すると昼飯を食べていた三人組パーティのリーダーと思しき人物が手を振っていた。スキンヘッドで人相の悪い荒くれ者っぽい見た目。
「おうおう兄ちゃん学園首席なんだって? 珍しいな。そんな野郎がギルドでパーティ探しなんてな! 自分で立ち上げちまった方が早いんじゃねぇか?」
「どうにも面倒でよ。入っちまう方が楽なんだ」
アルは荒くれ者の隣に腰掛ける。
「そう言うことなら俺たちゃラッキーだな!」
「入れてくれるのか?」
「首席様なら喜んで入れてぇさ。なあお前ら!」
荒くれ者が同意を求めれば仲間たちは笑顔で頷く。強面からの圧ではなく、本気でアルの加入を望んでいる。
「ほんとかー? この悪人ヅラの圧で頷いてるだけじゃねぇのか?」
アルは疑り深く、探りを入れる。
だが、僧侶の少女が間髪入れずに首を横に振った。
「そんなことないです。リーダーは行く宛のない私たちを拾ってくれた優しい人なんです。顔に似合わず」
「ハハハ! 生まれ付きなもんでな!」
「へぇ……行く宛がなかった僧侶をね……」
アルは一歩退いた態度で感嘆の声を漏らす。強面のリーダーは見かけに依らず心が広い人間らしい。そうなるともう一人の魔術師らしき男も同じなのだろう。
果たして自分を受け入れるくらい心が広い人間なのか。アルがそう考えていると魔術師が口を開く。
「前衛が増えてくれたら助かるよ。今はリーダーしか前衛職が居ないからね」
「バトルアックスの腕前には自信あるぜ? 首席様はどんな武器を使うんだ?」
「俺は素手だ」
軽く拳を握り、シュシュっと数回繰り出す。
「素手……?」
強面が一瞬阿呆面に変わったかと思えば三人は豪快に笑い出した。
「おもしれーこと言うなぁ! 学園首席を徒手空拳で掴み取ったってか!? 冗談キツイぜ!」
「それだけ前衛としての自信があるってことですよきっと」
「ふふふ、笑ってしまってごめんね。そう言えば名前をまだ聞いていなかったね。聞いても?」
笑いが止まらない強面と僧侶を他所に魔術師がアルに聞く。
「アル。アル・ロバーツ」
「——っ!?」
アルが自分の名前を口にした瞬間、ほんわか幸せムードは急転直下。三人の笑顔がすぅっと消えた。
「何? それも冗談か?」
リーダーの気さくさも消え失せ、アルを睨む。
眼光だけで人を殺せそうな鋭さだが、アルは慣れっこだ。戯けた口調で言い返す。
「冗談をこれっぽっちも口にした記憶はないが……あの学園を首席で卒業したアル・ロバーツさんが俺の他に居るなら冗談かもな」
「そうかよ。なら加入の話はなしだ。とっとと失せな」
強面は敵愾心を隠そうともせず、アルを椅子から押し出す。
さっきまで歓迎ムードだったのに名前を聞いただけで酷い変わりようだ。心の広さがあるとは思えない。
「冷たい奴だな」
こうまで拒否されては仕方がない。離れようとするアルの背に刺々しい三つの視線。これがあるからギルドには来たくなかった。
ふと、アルは足を止め、振り返る。
「おい強面」
「なんだ?」
「魔王退治に行くのなら辞めとけよ。絶望的に向いてないぞ」
「黙れ。お前に言われる筋合いはない」
忠告に耳を傾ける気は一切ないらしく、強面がアルを厳しき突き放す。
アルは大きな溜息を吐いた。
それからもアルはギルドに集まっていたパーティにそれとなく話を持ち掛けてみたのだが、結果は変わらず、反応も変わらずだった。
首席と聞けば目を宝石のように輝かせていた癖に名前を聞いた途端、掌をくるっとひっくり返される。
分かっていても気持ちの良いものじゃない。
レヴィアから来たと言う受付嬢も、
「まさかあなたがそうだとは思いませんでした。加入を望むパーティなんて一つもありませんでしたよ」
冷めた目付きで素っ気ない態度に様変わりしていた。恐らく手続きをしている内にアルがどんな人物なのか知ってしまったのだろう。
「……」
「はぁ、一応パーティ創設、募集の手続きも出来ますけど」
「いや、いい。どうせ誰も来ない。迷惑掛けたな」
全てが予想通りだったアルはギルドを出る。成果はゼロだ。
売店で買った串焼きの肉を齧りながら一人寂しく城下町を歩く。幸せそうに歩いている奴らが恨めしくなってくる。
「俺の気もしらねぇで……そりゃ知らねぇか」
アルは自分が不幸だから他人も不幸になれなんて偏った思想は持ち合わせていない。
「どうすっか……」
ギルドの助けが得られない。そうなると取れる手段は限られてくる。寧ろスカウトする以外にないだろう。
受付嬢のように他国から来て日が浅く、テュフォンの事情に詳しくない優秀な仲間を見つけ出す。
「んなこと簡単に出来ねー」
そもそも優秀な冒険者志望ならギルドを活用する。
アルに伝がない訳ではないのだが、それも一人だけだ。もう一人、それとは別に仲間が欲しかった。出来れば回復役の僧侶を。
顎に手を当て、考え込みながら歩くアル。
その時、アルの横を通り過ぎる人影が足を止め、振り返る。
「ちょちょちょっと! そこのあなた!?」
城下町には人が溢れている。
アルは止まらない。自分が呼ばれていると思っていなかったからだ。
「赤髪の人!」
「ん?」
赤髪と言われ、やっと自分のことだと気付いたアルは足を止める。振り返れば見るからに動きにくそうなダボダボ服の僧侶然とした男が居た。
腰に帯びた一冊の経典からして僧侶と見て間違いないだろう。
アルの初めて見る顔。赤髪の人と言っていることから知り合いの知り合いでもなさそうだ。
「俺に何か用か?」
畏怖の念を抱かれずに話し掛けられたのは久しぶりだった。
パーティ加入希望者かも知れない。アルはそんな淡い期待をしながら男の言葉を待つ。
そして男は遠慮がちにおずおずとした態度で言う。
「もし自覚しているのなら要らぬ心配かも知れないのですが……あなた、呪われてますよ?」
「……はっ? はぁ!?」
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