神に願いを、狂戦士には約束を。

絵之空抱月

一章『テュフォン〜生まれ故郷を遠く離れて〜

第1話「プロローグ」


 とある日の昼下がり、酒場で四人が卓を囲んでいた。 


 「それで? 大事な話ってなんだ?」


 緊張感など欠片も感じられない表情で赤髪の男——アルが言う。右手でビールを口に流し込みながら、正面に座る優しげな面持ちの男を見やる。


 「そろそろ魔王城への旅に出発か! だよな。後輩たちもパーティ入りして、そろそろ頃合いだと思ってたんだよ」


 勝手に話を進めていくアルに対し、優しそうな男——ゼドは表情を神妙なものに切り替え、重々しく口を開いた。


 「いや、違うんだ。アル」

 「だよな……そう言う雰囲気じゃないもんな」


 良くない話を聞かされるのは察していた。何とか良い方向に持っていきたかったアルだが、あっさりと打ち消される。

 ただ、気になるのは後輩の表情が丸っ切り違うことだ。

 アルの隣に座る少女——エレナは眉を八の字に、困ったような表情。

 ゼドの隣に座るもう一人の後輩——ファイは何処吹く風と言った様子。これから始まる話がどうでも良いようだ。


 「落ち着いて聞いて欲しい」


 ゼドは木製のジョッキを置き、両手に何も持たない状態で真剣な眼差しをアルに向ける。


 「わわわわわわわ分かった!」


 それを受けてアルはわざと声を震わせ、右手のジョッキもガタガタさせる。


 「頼むから真面目に聞いてくれよぉ! 真面目な話なんだよ!」

 「分かった分かった。悪かったよ。聞く聞く」

 「あぁ、助かるよ。あの、本当に申し訳ないんだけど……」


 ゆっくりと、慎重に言葉を絞り出していくゼド。

 それすらも煩わしく、アルはジョッキに手を伸ばす。旅の出発が大幅に遅れるくらいだろう。そう思いながらパチパチと刺激的な飲み物を口に含み、


 「パーティ抜けてくれ!」

 「ブふっ——!」


 隣に座るエレナに吹き出した。


 「悪い、エレナ。無事か?」

 「は、はい。ギリギリ魔術で防ぎました……」


 突然の出来事だったにも関わらず、エレナは杖を手に取り、魔術で反応していた。顔はおろか衣服にすら水滴一つない。


 「反射神経スゲェな! って、この際それはどうでも良い! お前マジで言ってんのか!? 俺、首席だぞ!」


 エレナの無事を確認したアルはテーブルに足を乗せ、乱暴に胸ぐらを掴んでゼドを引き寄せる。


 「リーダーとして脳が焼き切れるくらい考えた結果なんだよー! そりゃアルの強さは重々承知してるし解雇したくないけど……」


 学園の同期で次席だったゼドはアルの強さも優秀さも知り尽くしている。

 座学をさせれば学年トップ。何処で鍛えてきたのか格闘術も一級品で、在学中ですら近接戦闘で現役の魔導騎士団員を上回るほどに。

 もし、アルの代わりを探すとしても難航するか探せないかで終わるだろう。

 だが、それでも、ゼドはファイと目を合わせ、言う。


 「なあ?」

 「なあ? ってなんだ! 俺なしで魔王城まで行けると思ってんのかよ! ぜってぇ後悔するぞ!」

 「その前にあんたに全滅させられたら世話ないでしょ」


 黒いポニーテールを揺らしたファイが顎に手を当てて文句を垂れる。


 「んだとぉ!」

 「んだとぉ! じゃないでしょ! 何度あんたにパーティ壊滅させられそうになったと思ってんのよ!」


 先輩のアルに一歩も引かず、テーブルに拳を打ち付けるファイ。

 続いてゼドがファイの援護射撃を受けて抗議する。


 「アルだって自分の魔法は理解してるだろ!? てか離してくれ!」

 「おっと」

 「痛っ!? いきなり離すなよ!」


 テーブルから椅子へ、そこから床まで転げ落ちたゼドが叫ぶ。痛む背中をさすりながら席に戻り、再びアルと向き直った。


 「もう僕らで狂戦士の手綱を握るのは厳しいんだ」


 まるで小さな子どもを諭すように告げる。相手の意思は求めていないらしい。

 事実、ゼドの言う通り、このままアルが同じパーティに居れば全滅する可能性が高かった。とある欠陥を抱えているからだ。

 まず第一にこの世界には『魔法』と『魔術』が存在する。

 魔力さえあれば誰でも行使可能なのが魔術。

 生まれ付き備わっていて、その人物にしか使えないのが魔法だ。とは言え同じ種類の魔法を持って生まれてくることもある。逆に魔法を使えない人も大勢居る。

 その中でもアルは使える側であり、身体能力を強化すると言うシンプルなもの。

 しかし、今から二年程前のこと。魔法の特性が変化した。出力を上げ過ぎると時間経過で理性を失い、暴走するようになった。


 「正直、あたしはもう勘弁」


 ここ最近は旅立ち前の試運転として魔獣退治の依頼を受けていた一行。雑魚相手なら良いのだが、試しにアルに出力を上げさせてみれば敵味方関係なく暴れ始める。

 それを収めるには全力で動きを封じるか、大量の食事をさせるかのどちらかだった。

 何故それが解決方法になるのかは未だ分からず終いである。


 「エレナぁ! 頭のこったんねぇ二人が虐めるー!」


 ゼドとファイに詰め寄られ、逃げ場を失ったアルが頼みの綱のエレナに泣き付く。


 「わ、私は怖いけど……先輩には居て欲しい……です」

 「ほれ見たことか! 首席様二人の意見に逆らうんじゃねぇぞ!」

 「でもアル、エレナちゃんの衣服三回くらいビリッビリに破いてるけど」

 「記憶にないけどその節は再度謝ります。すまん!」


 アルは雑な謝罪を口にしながらも深々と頭を下げる。

 まだ暴走して襲うのは分かる。だが性的に襲おうとするのは魔法の持ち主であっても意味が分からない。そもそも暴走するようになったきっかけも不明だ。

 謝罪を受け、その時のことを思い出したエレナは頬を真っ赤に染めて首を横に振る。


 「その……大丈夫です。き、気にしないで下さい」

 「エレナは優しいな。そこの馬鹿二人と違って」

 「はぁ!?」

 「まあまあ落ち着けファイ」


 今にも殴りかかりそうなファイをゼドが制止する。


 「それに良いのか? 俺が抜けたら前衛が一人欠けるぞ?」

 「いや、僕もファイも前衛だし。何なら後衛が足りてない」

 「そうだそうだ! エレナの負担が大き過ぎる! 俺が抜けたら大変だぞ!」

 「アルが居ても後衛の仕事量変わらないだろ!?」

 「くっ……正論で殴ってきやがって……」


 アルは何とかクビを免れる為にしがみ付こうとするも正論のカウンター。

 ならば残された道はただ一つ。


 「勘弁してくれよおおおお! ゼドのパーティ抜けたら俺は行くところなしの放蕩野郎になっちまう!」


 あれだけ強気な発言ばかりだったアルがみっともなく泣き付いた。


 「アルの強さならほら……な?」

 「何も思い付いてねぇじゃねぇか! リーダーなら無責任にメンバーをクビにしようとしてんじゃねぇよ!」

 「王女殿下に頼めば魔導騎士団就職くらいは出来るんじゃないか?」

 「俺にこの国でまともな仕事をしろと? 無理だろ」


 アルは憂いを帯びた目で遠くを見つめる。半ば諦めに近い感情。焼け酒と言わんばかりにジョッキの中身を流し込む。


 「……アル」


 そんなアルの事情を知っているゼドの心は申し訳なさでぎゅうぎゅう詰めだ。


 「ぜ、ゼド先輩」

 「エレナちゃん……」


 今にも泣き出してしまいそうな目でエレナがゼドを見る。

 どうしてもアルを解雇しないでくれと懇願するその視線がゼドの心に追い討ち。


 「わかったよアル。僕は決めた」

 「お?」


 アルに微かな希望が生まれる。

 ゼドが悩んで、悩んで悩んで悩み抜いた末の決断は。


 「僕は友を信じる」

 「ゼド……」

 「アルならきっと良い道を見つけられずはずだ。いや! 必ず見つけられる!」

 「うん?」

 「だから、僕たちなしでも頑張れ!」


 アルにとって最も見当外れな答えだった。


 「嘘だろおおおおおおおおおおおお!」


 思わず馬鹿でかい叫び声を上げ、その所為で酒場を追い出された。


 こうして国内でもトップクラスの実力を誇るアルのパーティ解雇が決定した。

 まさか自分を解雇することはないだろうと思っていたアルは一人、放り出されることになる。

 勿論、他のパーティのアテはない。

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