第19話 ……半日で終わっちゃうの、なんか物足りないなぁ……って

 そんななか、五分くらいかけて、改札を抜けた。

 駅から少ししたところに、入場待機列が形成されているので、そこの最後尾につく。


「はーい、今一度、一歩ずつ前に詰めてくださーい。最後尾が国際展示場駅に到達しそうでーす。このままだと、電車が止まりまーす。止める訳にはいきませんので、一歩で、いや半歩でいいので前に詰めてくださーい」

 黄緑色の帽子を被った準備会の人がそう叫ぶ。それにつられ、待機列が少しずつ詰められる。


「やっぱり列凄いね……」

 うん、それもそうだけど。

「それに暑いね……」

 梓は持ってきたタオルで汗を拭う。

 いや、暑い。わかってはいたけど、暑い。


 列に並んでいるだけで汗が出てくる。……手汗、大丈夫だよな?

 それでも開場の時間はもう来ているから、列は進んでいるはず。

 実際、少しずつではあるけど、前に動いていた。


「企業ホール軽く回るくらいでいいんだよね?」

「うん、私はそのつもりだったけど」

「了解。じゃあ、そんなに急がなくても大丈夫だね」

 もし東のサークルのブースを回るとなったら、こんな悠長に出て間に合う保証はない。と思う。


 適当に話題を繋ぎつつ、じっくり慌てず前に進み続けたら、一時間くらい経って、ようやく会場内に入ることができた。

 僕と梓はまず西の企業ホールを先にまわることにした。回りたい企業のブースが西に偏っていたので、その選択。


 ホール内は、さっきの待機列よりかはまだなんとかんる混雑度で、自由に歩けるスペースは残っている。これがサークルの方になるとそうはいかないと思うんだけど……。


「あ、凌佑、はたらいている細胞のグッズあるよ」

「お、ほんとだ」

 今、対内細胞を擬人化した漫画が、アニメ化されている。それが『はたらいている細胞』で、かなりの人気がある。僕も梓も両方見ていて、ある種共通の話題となる。


 ブースの前にいるお兄さんからお品書きの紙をもらい、見てみる。

「あー、この手のひらサイズにおさまるぬいぐるみ可愛いな……」

「枕元に置いてみたいなー、それ」

「だよねっ」

「どうする?」

「……買っちゃう?」

 僕と梓は目を見合わせながら、クスクスと笑いだす。


「買おっか」

 結局、そのぬいぐるみを一つずつ、僕と梓は買った。

「……あ、ほら、凌佑、あれっ、あれ」

 その後、梓が指さしたのは、去年も訪れたあるブース。そこには、さっき駅で僕が落としたものと似たストラップが販売されていた。


「結構気に入ってたもんね、あのストラップ、凌佑」

「……ま、まあ。そうだね」

 気に入っていた、というよりかは、重宝していた、という表現が適当かもしれないけど。


 ……でも、気休め程度にでも、買っておいたほうがいいかな。もしかしたら、があるかもしれないし。

「ちょっと、買ってくるから、梓待ってて」

 財布の厚さと相談してから、僕は梓にそう言って、購入者の列へと入っていった。


 それから、他の企業ブースでも、何点か気になるものを見て回った。それほどお金が潤沢に使える訳ではないから、見て回るだけ、っていうのがほとんどだったけど。やはりそれだけでも楽しめるイベントだった。


 プールのときみたいに、熱中症になることもなく、無事に僕と梓は国際展示場を離脱した。

 行きは大混雑だったけど、帰りは昼過ぎになったので、人の数はまだまばらだ。これが終了時間ギリギリ、とかだともっと酷い混雑なんだろうけど。


「今年も楽しかったね」

 彼女は持ってきていたペットボトルを少し口に含みつつ、僕に言う。

「そうだね」

「また次のも一緒に行こうね」

 次……か。


「うん、そう、だね」

 この告白をされて、それをなかったことにして、っていう関係が続いて、もう一年くらい経つ。次の冬までに、僕と梓は今のままの関係を維持できるのだろうか。


 そんな不安がよぎったからか、答えがぎこちなくなってしまう。

 新宿に戻る川越行の電車が風を切って到着する。ほとんど人が乗っていない電車に乗り、空いている座席に座る。


 これから帰ろう、ドアは閉まり、電車が動き始めたとき。

「……ねえ、凌佑」

 隣に座る彼女が、ふとこんなことを言い出した。


「……せっかくだからさ、お台場寄っていかない?」

 ついさっきまで感じていた額の汗とは別に、僕は心臓がドクン、と大きく脈打ったのを感じた。

 いつになく、梓が唇を真一文字に結んで、真面目な顔をしていたから。


「……半日で終わっちゃうの、なんか物足りないなぁ……って」

 予感がしたんだ。これはって、予感が。

 電車が隣の駅に着いた。すると、座っていた梓は僕の手を引いて立ち上がり、電車を降りた。


「ね? 行こっ」

 ……僕にしか見せないその無邪気な一面を嬉しく思う反面、これから起こるであろうことに、僕の胃は少しキリキリさせられる。

 いいのか? このまま梓の後をついていって。


 きっと、これから梓は僕に告白をするつもりだ。今まで十九回、梓の告白を聞いてきたんだ。間違いない。梓がああいう顔をするのは、そういうサインだ。

 しかし、断るいい理由がすぐに浮かばず、僕はなすがまま梓に連れられる。


 隣の東京テレポート駅を降りて、向かったのは東京で有名な大観覧車がある複合商業施設。

「私、あれ一度乗ってみたかったんだ」

 相変わらず僕の手を引く彼女は、それと反対の手で東京の街を一望できるゴンドラを指さした。


「いいよね? 凌佑」

 きょとん、と首を少しだけ横に傾けて、子供みたいに笑っている梓が、たまらなく可愛いと感じた。


 優しく左右に流れた黒い髪に、大きくありながら穏やかな印象を与える瞳。それほど膨らみが強調されない身体のラインに、少し幼さを感じたり。でも、中身は真面目で、だけどやっぱり僕の前では無邪気で。


「……い、いいけど……」

 それでも、断ることなんて、僕にはできなかった。去年の夏に犯した失敗が、怖くて。


 気持ちに嘘だけは、つかないって決めていたから。

「よし。じゃあ、最後にあれ乗って帰ろう?」

 僕は梓の望みのまま、観覧車の列に並ぶことになった。


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