20××年8月25日 5回目。

第14話 ……いないよ。僕に、好きな人は

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 僕の高校の学祭は、クラス発表がメインどころになる。毎年秋に開催される学校祭は、各クラスが事前期間に準備を重ねた発表で、賑わう。喫茶店、お化け屋敷、屋台……色々な種類。


 僕のクラス、一年三組は、お化け屋敷をやることになっていた。

 夏休みも終わりに近づいた八月最後の日曜日。夏休み中週一の割合で学校に集まって発表の準備をしていた僕のクラスは、この日も教室に集まって作業をしていた。


 といっても、集まるのは帰宅部の生徒で、暇な人だけ。来ているのは僕と梓、それに佑太と羽季の他に三人。合わせて七人だった。

「じゃあ……そろそろ休みも明けるし、小道具類は頑張って仕上げちゃおう」


 お昼の時間も過ぎた午後二時。クラス委員長の梓のその一言で、集まった僕等は準備を始めた。


 お化け屋敷の通路を象る机の配置などは、人手が増える夏休み明けに行った方が効率はいいし、大道具の制作も同じ理由で後回しになっている。僕等が先行してやっているのは細かい装飾の部分だ。そもそも仕事で使う受付の道具とか、足元に設置する仕掛けとか、そんなもの。会場は視聴覚室を借りて行うことになっているので、まあまあ広い。だから多彩な仕掛けが必要となる。そのため、求められる小道具類も多くなるだろう、という見立てでもあった。


「いやーでも夏休みも終わりか―」

 教室の真ん中に机を寄せて作業するなか、佑太がそう言いだす。

「俺、まだ宿題終わってないんだよね」

 ……まあ、佑太は最後までためておくタイプだろうな。で、最終日になって慌てて泣きついてくる。


 見たことないけど、想像はできる。

「そうそう、俺もまだなんだよー」

「マジで? やばいよなー」

 今日参加していたもう一人の男子からもそんな声があがる。

 いやいや、そこでシンパシー感じるな。


「石神井は? 宿題どうなのよ?」

「え? 私はあとそれぞれあと一ページくらいだよ」

 当たり前のように答えた羽季を、信じられないものを見たような目つきで見つめる佑太。


「……嘘だろ。お前は同類だと思っていたのに」

「私は計画的にサボる人間だからねー。これであと三日は宿題サボれる」

 まあまあ。佑太よりはまあ……しかしその発想はすごいな。

 あと三日サボれるって。


「え……じゃ、じゃあ高野は……?」

 意外と仲間がいなくて焦り始めているのか、恐る恐るといった感じに佑太は梓にも話を振った。


「わ、私はもう終わらしてるよ……?」

 ですよね。委員長。

「ああ! なぜみんなこうも宿題を進めているのか」

「いや、やれよ」

 僕がツッコミを入れたことで、佑太の意識が僕にも向いた。


「……凌佑は?」

「終わっているけどな」

「だろうな、思ったよ。なんとなく想像ついたよ。どうせ高野と二人でさっさと終わらしたんだろ?」

「いや……別にそういうわけじゃ……」


「そこは一緒にやれよぉ!」

「練馬、うるさい。口より手を動かして」

 僕の背中がボンと叩かれたあたりで、羽季がストップをかけた。まあ、実際作業の手止まっていたしね……。


「は、はい……」

「今日で小道具は作りきりたいんだから。あまりサボって梓困らせないの」

「……わかりました……」


 羽季に怒られてションボリした佑太は、その後口数を減らして作業に集中するかと思ったけど、一分ともたずにまた次の話題を持ってきてはまた怒られ、というループを繰り返していた。

 まあそれなりに雑談もしつつ、作業は数時間続いた。時計の針が午後四時半を指したころ。


「あ……ごめん私そろそろ家帰らないと」

 一人の女子生徒がそう言いつつ立ち上がる。

「うん。いいよ。ありがとね、来てくれて」

 梓はニコリと笑顔を作りつつその子に言った。


「ほんとごめんね、まだ途中なのに、バイバイ」

「高野……悪い俺も五時になったら家で宿題やろうと思うんだ」

「あ、ごめん俺も宿題進めないとで……」

「うん、全然いいよ。大丈夫」


 佑太と宿題をやっていない同盟の男子も続けてそう言う。

 まあ、皆色々用事はあるもんな……。仕方ないか。

 ……でも、大丈夫かな……。

 そして五時になると、佑太と男子生徒一人が。さらにそれに続いて、


「梓ごめん、親から帰ってこいって連絡来ちゃって、帰らないと」

「高野さんごめんね、私もそろそろ……」

「いいよいいよ、あと私でやっておくから」

 羽季と残った女子一人も帰っていった。


 オレンジ色の光が窓から差し込むなか、残った僕と梓。

 辺りに人の気配はなく、きっとこの階で今学校にいるのは二人だけなんだろうなと思った。学校には七時まで残ることができる。別にまだしばらく作業をすることに問題はないんだ。

 ただ……。


「……二人になっちゃったね、凌佑」

 この状況には問題があるかもしれない……。

「……そうだね」

「どうする? 何時まで、残ろうか?」

「……六時、とかでいいんじゃない?」

 きっと、それまでには作業も終わる。そう思い、僕はその時間を提示した。


「うん、じゃあそうしよっか」

 そして、沈黙が僕等の間に流れる。折り紙と手がこすれる音が、教室内に響く。

「今年の夏は色々面白かったよね、凌佑」

 すると、夏の思い出話が始まった。


「コミケも一緒に行ったし、映画も見に行った。……それなりに、色々やれたよね……」

 僕も梓も、それなりにアニメは見る。そんなワンクールにたくさん見るほどの本気ではないけど、まあまあ見る。だから、そっちの世界にもまあ興味はあるわけで、高校生になって色々自由が効くようになったから二人でコミケに行こう、という話になって、色々買い物をした。……薄い本は買ってないよ。


 今年の春アニメに、時間遡行をテーマにした作品があった。僕も梓もそのアニメを見ていて、結構気に入っていた。休日を使って、グッズを買ってしまうくらいにはね。そこで僕等はその作品のキーにもなっている「砂時計」型のスマホにつけたりするストラップを買った。何がキーかって言うとそのアニメにおいて、砂時計を握りしめると任意の時点から過去をやり直せる、っていう代物なんだけど……。


 これが、まあ、うん。

 あまり細かいことは言わないでおくけど、結構なもので。

 平たく言えば、本当に時間遡行できる道具なわけで。

 それを使って僕は過去四回、過去をやり直した。理由は……まあ、色々。


 で、僕があまりこの状況をよろしくないって言っているのはその色々な理由と関係があるんだけど……。

「まあ、そうだね。それなりに遊べた、と思う」

「……プールとか、海とか、来年は行けるといいなぁ……」

「うん、来年、ね」

「…………」

 急に押し黙る梓を見て、僕は胃が痛むのを感じた。


 ……まずいかもしれない。この流れは。

「凌佑は、さ。……誰か好きな人いたりするの?」

 その予感は、やはり当たっていて。


「は、はは……何? 急に?」

 細い弦をゆらせるかのごとく、震える声で返事する。

「いや……なんとなく」

 いるよ。っていうか梓だよ。


 って本当のことを話せたらどんなに楽だっただろうか。

 でも、そう言えないことを、僕は過去四回の時間遡行から学んでいる。


「……いないよ。僕に、好きな人は」


 だから、僕はそう嘘をつくことにした。


「そ、そう……」

 お互い、作業の手を止めることなく、会話を進める。

「……凌佑」

 目の前に座る梓が、僕の方を見つめる。


「……好き、です」

 そして、その言葉を僕に編み出した。

「…………」

 なんとなく予想はついた。あ、こうなるだろうなって。でも、実際に言われるとなると思考が止まってしまいそうになる。


 ……これで、五回目、か。

 過去四回、僕は梓から告白され、それを受けた。


 でも、信じられないけど、その四回すべてで梓は色々な不幸な目にあった。いじめの対象になったり、事故に遭ったり。ひどいときは、命を落としそうになったりもした。


 僕は最初、その事故とかいじめの原因を取り除けばなんとかなるだろうと思い、時間遡行で解決しようとした。


 一回目。事故にあった学校近くの坂道で、わざとゆっくり歩いて該当の車両との遭遇を回避しようとした。でも、別の場所で梓は事故にあった。


 二回目。もともとあまり仲良くなかった女子から、梓はいじめを受けることになってしまった。時間遡行でその女子との関係性を改善したはずなのに、今度は別のグループから梓はいじめをうけることになってしまった。


 三回目。化学の実験で、隣に座っていた男子の不注意で薬品が梓の目に入ってしまい片目の視力が弱くなってしまった。時間遡行で隣に僕が座り、注意深く実験をしていたはずなのに、今度は隣ではなく前に座っていた女子の事故で薬品が目に入ってしまった。


 四回目。……思い出したくないし、言いたくもない。


 でも、この四回とも、僕が梓の告白を回避したらこういった不幸は起きなくなった。そもそも、該当の問題が発生しなかった。

 こうなってしまうと、梓が不幸になる原因は、僕にあるのではないかと思うのが自然だろう。


 そして、今の五回目。


 ……もし、ここで僕が告白を振ればどうなる?

 梓の身に、何も起きない展開になるのか?

 僕が振ることで、梓が無事に生きられるのであれば。


 ──僕は、その想いを踏みにじることを選ぶ。


「……ごめん。僕、梓のこと、そういう目で見たことなくて……」

 その答えを発した瞬間、彼女の瞳が大きく揺れた。

「……だ、だから……ごめん。付き合えない……」

 重ねた嘘は、梓の心に、ナイフを刺した。


「そ……っか……」

 彼女は、バタンと音をたて席を立った。

「ご、ごめん、私買い物してかないといけないから、もう帰るね。教室の戸締り、よろしくね」


 流れるように教室を出て行った梓。普段走らない廊下も今日ばかりは駆け抜けていた。

 大きかった靴と床がこすれる音も、次第に小さくなっていき、僕は一人になった。

 太陽はもう、沈んでいた。

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