第13話 ……また、なかったことにしちゃったな……
***
「さ、入ろうぜ兄弟」
気づけば、お昼を食べ終わった後の波のプールに入るところに戻っていた。
「誰が兄弟だ、いつ家族になったんだよ僕等」
「小さいことは気にするな、兄弟。人類皆兄弟って言うだろ? 兄弟」
「だからその兄弟やめろって、あれか? なんか洋画でも見て影響受けたのか?」
「…………」
「図星かよ」
まあ、ここの会話をずらす必要はないか……。
「さ、気張っていこうぜ兄弟」
いや、でも一応このタイミングで確認しておこう。
「暑いからな……飲み物飲んでるか? 皆」
「ああ。ばっちり」
「勿論」
「う、うん……」
あ、やっぱり飲んでないな梓。でも、「うん」と答えている以上無理に飲ませるのも怪しまれるし……。
「ならいっか……じゃあ、適当にキャッチボールでもしよう?」
プールの中で四角形を描きつつ、回されるゴムボール。ときに暴投したり、波にボールがさらわれたりとなかなかに色々あったが、それなりに楽しむこともできた。ここも変わらない。
けど、浅いところに居続けることに変えた。前回はたまたま早く気づいたからなんとかなったけど、わざわざ梓をもう一度溺れさせて助けようなんて悪い趣味は持っていない。
「凌佑、パース」
浅いところに浮かびながら繰り返されるキャッチボール。
佑太から回ってきたボールを受け取り、隣にいる梓に回そうとした。
「梓」
僕の右手からボールが離れると同時に、プールサイドから笛の音が聞こえてきた。
高い波が来るっていう合図。
今度は、浅いところだから……大丈夫なはず。
そう思っていたのに。
僕の体が高い波に揺らされる。今回は前もって水の中に潜っておく。
そして、波が到達。
目の前に、バランスを崩した二本の足がバタついていた。
やっぱり、それでも駄目なのか。
僕は視界に水に沈む梓の姿を確認し、その方向に泳いでいく。
二度目も梓を抱きかかえ、水上に連れて行った。
「……大丈夫か? 梓。足つった?」
水を滴らせつつ目線を合わせる僕。
「う、うん……あ、ありがとう……凌佑」
僕は一つの嘘をつくことにした。告白を回避するために。
「佑太っ! 悪い、梓足つったみたいだから上に連れて行ってやってくれない?」
すぐそばに浮かんでいた彼に、そう頼む。
「え、まあ、いいけど。どうかしたのか? 凌佑」
「僕も足踏み出したときにひねったみたいでさ。ちょっと冷やしてくる。あと、頼んだ」
僕は右足をかばう振りをしつつ陸にあがろうとする。そして、すれ違った佑太の耳元でさらに続けた。
「……あと、梓に水ちゃんと飲ませといて。……足がつるのって、熱中症のサインかもだから。あいつがいいって言っても、飲ませて。頼んだ」
「あ、ああ……わかった」
僕は振り返ることなく、自分達の荷物を置いた場所に引き返していった。
……これで、告白と熱中症の両方を回避できる。両者に因果関係があるかどうかはわからないけど、一番安全な方法だと思う。
バッグから飲み物を持ちだし、建物の影に入った。
スポーツドリンクを一気に飲み干し、空になったペットボトルを力なくぶら下げる。
「高野、とりあえずここで休んでて。今適当に飲み物石神井が買ってきているから」
僕がいる場所と、荷物の場所はわずか数メートル。話し声なら余裕で聞こえる。
「う、うん……ごめんね、迷惑かけて……」
「いいよいいよ気にしなくて」
「買ってきたよーほいっ、スポドリ」
「ありがとう」
……この様子なら、しばらく放っておけば大丈夫か。
痛いのは、足じゃなくて心の方なんだけど、なんて。
「……また、なかったことにしちゃったな……」
青空に浮かぶ一羽のカラスを見上げつつ、ふと呟く。
なんで、こうなっちゃったんだろうな……。
わかっている。理由は、大体想像がついている。
わかっていてなおかつそれが自分のせいってわかっているから、尚更。
プールの喧騒のなか、ペットボトルを握りしめる音が、力なく響いていた。きっと、聞こえていたのは僕だけだ。
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