27話 望んだ状況 臨まぬ状況




 青年はすぐ近くの席に座った。

 物凄く紳士っぽい感じなのに口から出る言葉は嫌に滑舌良く気障ったらしいモノばかりだ。


「僕にぶつかって、そのまま気絶した程度の奴に守ってもらうほど、弱くねぇよ」


 嫌味をたっぷり込めて言ってやると、多少たじろぎながら言葉に詰まった様子だった。

 僕の全身を観察した後に大将の方へと向かう。


 青年が対処に耳打ちすると、

「あぁ~、確かこのくらいだ」大将がお腹の少し下あたりを撫でる様な仕草を見せた。


「ば、バカな…… ルーディーに鍛えてもらっているのに――」

 何やらブツブツと言いながらカウンターの席に両手をつき、落ち込んだ。


「っと、こんなことで落ち込んでいては……ん?」


 ふと、カウンター席に置かれていた二つのグラスをみて、何やら唸り始める。


「大将、まさかラミュが此処に来たかい?」

「は、あはは、いや来ちゃいねぇさ。なんだい、いきなり藪から棒に」


 いきなりラミュの名前が出た瞬間に、大将の肩が跳ねあがり目が泳ぎ始めた。


 ――大将、貴様はどこまで嘘が下手なんだ。


 カウンターの所に隠れていたラミュも、駄目だと言うように頭を抱えて呆れている。


 ――隠れて逃げたと思ったら、律儀にずっとそこで隠れてたのか? ……アホだな。


「……というより、いま此処に居るね?」


 こっそりと静かに逃げ出そうとしていたラミュが、ビクッと反応して動きが止まる。


「い、いや、居ないよ。何言ってんだよぼっちゃん」

「彼女が、ここのキャロットジュースを飲まずに何処かへ行くと思えないよっと」


 青年が机の上に乗り、高い所から辺りを見回し始めた。


「頭は隠れているようだが、色っぽい足が見えているぞ」

「も~、大将!」

「うっ、す、すまん」

「別に隠れる必要はないじゃないか、自分が貴女に何か危害を加えるとでも――」


 僕にさっきしたように、ラミュへと紳士っぽく近付いていく青年だったが、ラミュは容赦なく手元にあったお盆で青年の顔面を目掛けて振りかぶる。


「痛いじゃないか」

 後ろによろけ、鼻を摩り涙目になりながら言う。


「アンタね、自分の立場をちゃんと解ってんの?」


「別に良いじゃないか、それに国王が勝手にやっている事に自分は賛同してる訳じゃあないしね。それに、まだ君の手配書なんて出回ってないし大丈夫だって」


「つうか、久しぶりに会ってそうそうなんだけど。アンタね、そのナンパ癖止めなさいってルーディーにキツ~ク言われてんでしょう」


「いや、しかし父上からの教えは可憐な女性は合ったらまず口説け、という教えがね――」


 そうして、ラミュと青年の良い合いが始まってしまう。

 なんだろう、このやり取りに近いモノ感じる自分が要るのが嫌だ。


「……どこかで見た光景?」

「言うな……じゃない。あんな光景は知らん」

「少しは、自覚ありなんだ?」


 リエナはニヤニヤとした顔で、座った僕の事を見下ろしてくる。


「にょわっ! っち、またこれかよ」


 急に体が横に引っ張られる感覚に襲われる。


 座っていたのが幸いだったようで、少し体が傾く程度ですんだ。

 気を抜くとそのまま椅子ごと倒れてしまいそうになる。


「だぁ~、アンタはそれ以上こっちによってこないで、キモイのよ」


「ぬ、失礼な。ただ貴女が口説かれる事に慣れていないだけでしょう……一部を除いてだが、それほどの容姿を持っているのになんと嘆かわしい」


 未だ終わらぬ良い合いが激化していっている。

 そんなさなか突然に店のドアを勢いよく開かれ、大勢の兵士が入ってきた。


「王子! やはりここにいらっしゃいましたか」

「げっ、ソウかっ!?」


「ルーディー様から「城に戻れ」との報告を受けましたよ。従わない場合は強制的に連れ戻しても構わないそうです。……ちなみに、バカな真似をしているようならお仕置き、と」


 ――王子……、あの青年が王子かよ。


 僕とリエナは半口を開けて驚いているが、初めから知っていたのだろうラミュは、


「あちゃ~、参ったわね」


 難しい顔をしながら、兵士達の隊長らしき人に背を向けて頭を抱えてしゃがみこんだ。


「バスタさん、こんな時間から大勢でいきなり押し掛けて申し訳ありませんね。なにせうちの王子は、逃げ足が速いモノで私一人では何ともね心もとなくって」


 王子がポケットから何かを取り出す前に、隊長が周りの兵士に取り押さえさせる。

 ゆっくり隊長さんが店の中を見まわし、僕等やラミュの顔をジッと眺める。


「そして、王から御達しが……ラミュ様、貴女にも我々と一緒に御同行をお願いしたい」


 隊長さんは、一瞬だけ、ほんの少し表情が曇ってそう言った。


「隊長! それはっ」

「従うんですかっ!」

 と、次々に兵士達が驚き戸惑いを隠せない様子だった。


「無視する訳にはいかないんだっ! 我々は王に楯つける様な立場にいない、ただの一傭兵である事を忘れるんじゃない…… 乱暴な真似はしたくない、ついて来てもらえますね」


「ま、しょうがないわよね」


 僕は机に肘をつきながら欠伸をしていると、隊長さんの鋭い視線が僕等の方にも向く。


「君等もだ、わかっていただけるね」

 指名手配書張りの似顔絵が描かれた紙を僕とリエナに見せてくる。


「こんなものまで……」

「ちょうどいい、こっちも要があったしね……ただ――」


 イスから立ち上がって、鎌の柄に手を掛けながらも、ゆっくりと兵士達の方に歩み寄る。

 従いますと、いう雰囲気はちゃんと醸し出しながら。


「はへ? なにを――」


 多分、僕の違和感に最初に気付いたのは後ろから見ていたリエナだった。

 そんなリエナの様子を見て、次に気が付いたのはラミュだろう。

 まぁ、止めようと動くのは、もう遅いけどね。


 [では、お預かりっ!?]


 僕は鎌を渡そうとした一人の兵士を柄の部分に乗せる様に持ち上げ。

 そのまま入口付近に集まっている場所目掛けて薙ぎ飛ばす。


「なにやってんのよ!」

「なにをっ! 早く彼女を取り押さえろ!」

「暴れちゃダメ!」


 一番近くに居たリエナが、僕を捕まえようとせまってくるのを見ずに避けた後に、真後ろから強めに背中を押してやると、杖で二人の兵士の首元に引っかけるようにして倒す。


「あ、ど…… その、ごめんなさい」

 それを見て、勘違いした何人かの兵士がリエナを取り囲んで捕まえようとするが、


「ひぅ!? そんな、こないでっ!」

 反射的に杖を振り回して、一斉になぎ倒してしまう。


「おぉ、ナイスナイス」

「何言ってるの! あ、煽らないで」

「ちょっとぉ! 何してくれてんのよアンタは!」


「なんで態々捕まっていかなきゃなんねぇんだよ! まだ、ここでは何も悪い事はしてねぇのにっ。自ら行ってやっから大人しく此処で寝てなっ!」


「もう、無茶苦茶じゃない!」


 反乱するモノと捉えられ、ラミュも暴れるしかなかったようだ。


「文句があんなら、一人で捕まったらどうだ?」

「こんなことして、大人しく捕まるなんて出来ると思ってんのっ!」

「わっ、わわぁ! ま、まって。自分は無関係じゃないか、巻き込むなよ!」


 僕を捕まえようと囲った兵士達の足元から。

 大鎌の柄頭で払い転ばしながら、周りの机を蹴っ飛ばして、他の兵士にぶつける。


「やむを得ん、か。お前達、大人しくっ!」


 仕舞っていた鎌を出して、隊長が構えた銃器を弾き飛ばしてやる。


 そのまま、王子を囲っていた連中も吹き飛ばしてから、彼の首元に刃を添えた。

 他の兵士達も一斉に構え出したが、もう手出しは出来まい。


「どうした?、別に撃っても良いんだよ?」


 ニヤ付く顔をなんとか抑えながら、そう言って脅しを掛けてやる。

 リエナもラミュも、仕方なく僕のを中心にして周りを警戒しだした。


「こ、こんな事をして、どうなるか分かっているのかっ!」


「どうなる? ……別にどうもならねぇんじゃないか? おっと、大将さんも動くなよ」


 冷めた目で、隊長を睨む。


「な、なにを言って」

「だって、貴様等がどうか出来る立場に居ないんだろう? さっき自身で変えられないと言ったのを、もう忘れたのかな?」


「それは、我等は――」


「うだうだした事は聞きたくねェの、どうすんの? とっとと引き上げたら。これ以上は手出しできないんでしょう、早く消えてくれない手が滑っちゃうかもよ」


 見せつけるように、鎌の刃を軽く上げて王子の顎を持ち上げる。


「くっ。ここはいったん引きます」


 隊長さんが右手を上げて他の兵士達に号令をかけ、店の外へと出させる。僕を狙って構えていた銃器も下し、ショルダーホルスターに仕舞ってくれた。


「貴女はいったい、何を……どうするつもりですか?」


 僕の目を真っすぐに見つめながら、隊長さんが静かにそんな事を聞いてきた。


「とりあえず挑まれたんだから、容赦なく暴れまくってやるつもり」


 そう言うと、僕の周りの連中全員が驚きと戸惑いの声を上げた。


「なんちゅう笑顔で…… 本気なのよねやっぱり」


「は、話し合いに来たんじゃっ!?」


「いきなり脅しを掛けて、欲しいモノを寄こせなんて言う様な奴に話し合いが通じるかよ」


 くだらない、なんて言うように吐き捨てると、リエナはそれ以上は口を噤んだ。


「では、我々は全勢力をもって――」


「一つ、忠告しといてやるが、本気で暴れるからな。この魔神器を遺跡内でちょっと使ったら、近くの村が半壊しやがってな、いざとなりゃ、バンバン使うと思うぜ。銃なんて、まだ使い慣れてねぇから、色々と壊すだろう」


「君はなにを、言って」

 隊長さんが渋面をつくって聞く。



「ちょっとした、独り言だと思って聞き流せよ。貴様等が何を守る為に戦うのか見物だぜ」



 眉を拉げながらも、僕の言葉に耳を傾ける。少し考えながら彼も店を後にした。



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