26話 望んだ状況 臨まぬ状況



「はぅ……はぁっ、うぅ――」


 リエナから逃げ切れるという一歩手前で、邪魔が入って捕まってしまった。


 僕等が入ってきた場所は裏口。

 僕はそのまま表の方から出ようとした時にタイミング良く、男がドアを開けて入ってきた。


 咄嗟の事で反応できなかった僕とその青年は、そのまま正面衝突した。

 吹っ飛ばされた僕はリエナに確保されてしまったわけだ。


 青年の方も倒れ込んでしまい、そのまま、頭をぶつけて気絶した。


 そして何を思ったかラミュが何処からともなく、縄を取り出してきて椅子に拘束されてしまい、リエナは仕返しとばかり、僕に色々としてきた。


「はぅっ、うにぅ……僕は、男……男なんだ」


 リエナのヤツは、精神的に僕が今は女の子なのだと実感させられる様な攻め方だった。

 それに加えて、小難しいオーブの抗議を頭に叩き込むような事までしてきやがった。


「ふふ、んふふ♪ 満足」

「あ~、やり過ぎたんでない? 可愛らしく泣いちゃってまぁ」


「……泣いてない。誰がこのくらいで泣くかっ、ちょっと目にゴミが入っただけ――」


 僕の言いわ――じゃない。

 言葉を最後まで聞くことなく、ラミュは「はいはい」っと。

 まるで子供をあやす様なニュアンスの言い方で遮られてしまう。


 その上、ポンポンと頭を軽く撫でる様に叩いてくるしまつ。


 「はぐっ!」っと、唯一自由に動く頭で、口を大きく開けて噛みついてやろうとした。

 けれど、空気を噛み締めるだけで、ラミュは手をサッと引っ込めてしまう。


「危ないわね」

「涙目、ちょっと萌えるかも」


 ――コイツ等……覚えてろよ、いつか泣かしてやる。


「まぁ、こいつでも食って機嫌直せ」


 大将の住まいは、一階の広いロビーで飯屋を営んでいるようだった。


 幾つものウッドテーブルが店内にあるが、そのどれもが不揃いで統一性がない。円形や長方形の、またわ手作り感が見た目で分かるモノもある。


 目の前にシチューとパンを置いてくれる、……だけ。


「おい、嫌がらせか?」

「あぁ、すまん。いま解くよ」


 拘束が緩むと、僕はすぐ立ち上がって大将がくれた料理を手に店の片隅へ走る。


「あっ、解いちゃった?」

「もうちょっと、そのままで居てくれた方が助かったんだけど」

「え、不味かったのかい?」


 大将が戸惑いながら僕の方に顔を向けてきた。


「あのままじゃあ可哀そうだろ、今だって小動物みたいに警戒しちゃってるんだぞ」


 誰が小動物かって、言いたいが口にモノを入れているので、ムリ。


「可愛かったしもうちょっと、あそ……自分の力について説いてあげようと思ったのに?」

「確かにアレはかわい……じゃなくって。問題はあっちの方よ」


 ラミュが未だに目を回して倒れている青年を指差して言う。

 その青年は実に質の良いきちんと整っている、気持ちの良さそうな衣服を着ていた。


「ぼっちゃんが、どうかしたんかい?」

「大将、それ本気で言ってる? それとも、お年でボケた?」

「えっ、あ、あぁそうかっ!」


 大将は思い出したかように手を打ち、思わずと言った感じで大声を上げてしまう。


「ばっ!? 声がデカイ」


 ラミュが口を塞ぐも遅い、大将自身もハッとした様子で慌てていた。

 僕とリエナはそんな二人の様子に小首を傾げる。

 大将の大声で気が付いた、のかは分からないけど青年が目を覚ます。


「やばっ。大将、後はよろしくね」


 ラミュがカウンタ―の方へと逃げ込んで、身を屈めて隠れる。


「うぅ……あ~、バスタさん。すいません、えっと……いてて」

「お、おう。大丈夫かぼっちゃん」

「ぼっちゃんは止めてくださいよ」


 ゆっくりした動作で青年が立ち上がり、大将の方へと歩みよる。

 リエナが何故か体をビクつかせ、慌てたようすで僕の隣に走ってきた。


「おい、なんでこっちに来る」

「あ、うぅ。気にしなで?」


 いや、気になるだろ…… なんなんだ?


 その様子に青年と大将も若干驚いたようすで、リエナを目で追いこちらを見てくる。


「えっと、何かしましたかね?」

「いや、おめぇさんとぶつかったのは、あの子の隣の嬢ちゃんだよ」

「え、あの子……」


 青年が僕をしばらく見つめ、次に自身の体を見直してからまた僕へ視線を戻す。


「……この距離で真ん前だからな……外さないだろう」


 スイングアウトさせ、シリンダーの薬莢を一発ずつ入れ替えながら呟く。


「だから、それで人を傷つけるのはダメ!」

「ちっ、またっ! 目の前に立ちはだかりやがって、邪魔な奴だな!」


 装填し終えたのに、打つ事も出来ず仕舞い……とりあえずリボルバーを回して遊ぶ。


「あぁ、なに乱暴に扱ってるの!」


「僕の物をどうしようと勝手だろうがっ! つうかな、戦いの道具に人を傷つけるなとか、その道具の存在意義がないだろうが!」


「そんなことは知ってるもん……けど、それでも……その魔神器で争いを起こしてしまう様な切っ掛けだけには、使わないでって私は言ってるんですっ!」


「はぁ…………一つ答えろ。それは杜人の巫女として、だからか?」


「違う。……私の、勝手で個人的な想い」


「ふ~ん、そうか――」


「私達が守ってきたモノは人の希望だってずっと聞かされてきたモノだもん。争いの火種にしかならないモノだなんて思いたくないし、したくない。そんなモノじゃあ、私も、私の先祖さん達も、命がけで守ってきたモノだって胸を張って、誰にも言えないっ!」


「はぁ~、ったく。興がそがれたぜ」


 ホルスターに銃を仕舞い、青年の方へと視線を戻す。


「えっと、大将さん。彼女達はいったい?」

「あ~え~っとなんだ…… そう、ただの客だよ。気にしなさんなやぼっちゃん」

「へ~、そうですか。珍しいですね大将の所に若い女性の客だなんて…… あっ!」


 あからさまに大将の態度は怪しいモノなのに、全く気に留める素振りもなかった。

 何か思い出した様子で、僕等の方へと寄ってきた。


「先程は失礼。自分も急いでいたもので、正面からぶつかってしまい。お怪我などは?」


 青年がそんな事を言いながら、僕へと手を伸ばしてくる。


 むろん、その手を思いっきり叩き飛ばして、

「別に無い」っと、一括してやった。

「そ、そうですか。それはよかった」


 一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに笑顔で僕の顔を見てくる。

 ただ、差し出した左手を少し摩りながらも青年が僕等から離れる気配は無い。

 リエナは僕を間に挟む様な位置に、いつの間にやら移動していた。



「見た所……旅の御方なのでしょう。この一帯は治安が良くありませんし、たった二人で歩かれるには危険でしょう。不肖ながら自分がお二人の護衛でもしながら、色々な所をご案内してさしあげたいのですが、どうでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る