25話 望んだ状況 臨まぬ状況
ラミュの後を追って行くと、薄暗く一本道をすぐに抜けて開けた場所に出た。
「何だ此処?」
確かに外壁の内側に出たのは良いが、周りは木で出来た囲いがしてある場所だった。
「……お家の庭?」
僕等の反応を余所に、ラミュはズカズカと目の前に見える建物の方へ進んで行く。
慌てて僕等もラミュに付いていく。
「おっちゃ~ん、悪いんだけど開けてくんない?」
ゴンゴン――と思い切りの良いノックをしながら、ラミュが叫ぶ。
「だ~、うるさいぞ。そんな思い切り叩いたらドアがぶっ壊れるだろうが!」
ドアごしだというのに、耳に響いてきそうながなり声が聞こえてくる。
その声に全身が跳ねそうなほど驚いたリエナが、何故か僕の後ろへと隠れる。
「あら、いっそぶっ壊しても良いのよ」
「止めんか! 此処が何処だか分かってんのか!」
「大丈夫でしょう。ただアンタんとこのご自慢で秘伝の垂れが、一瞬で灰になるだけよ」
「威勢が良いじゃねぇかい。だが出来るのかい?」
「あら、アタシをなめないでよね、つい先日に外の龍を一瞬でお肉にして、アンタにあげたでしょう。あのスープとステーキは最悪の出来だったわね」
「ふん、ちょっと失敗しただけだ。そもそも俺はスープなんざ作ってねぇんだよ」
「シチューでしたっけね? 正直、あの魔女が作った様な色の液体じゃあスープって呼んであげた方がマシよ、今じゃあもうお客も寄り付かなくなったんじゃないの」
物凄い勢いの会話が終わったのか、しばらくシーンっと静まりかえる。
――つうかドラゴンならまだしも、伝説や空想でしかない龍のお肉ってなんだよ。
見た目は木で出来た家のドアなのに、頑丈な鉄が擦れる様な音と重くきしむように開く。
「声からしてまさかと思ったが、ラミュちゃんか……よく無事だったなぁ」
「よ、大将元気してた?」
「はっはっは、元気よ元気。この通りなっ」
家の中から出てきた大柄の男は、ご自慢の筋肉を見せながら良い顔で笑う。
「にしても、ラミュちゃん。国王軍に楯突いたってのは本当かい?」
「やっぱり、そう伝わってんのね……ベクマルかカゼーヌの奴ねきっと」
「なんでぇ、やっぱ色々と訳ありなのかい?」
「ま、上手く填められたのよ。相手が誰かは大将なら分かってんでしょう」
「ん~む、まぁ時期て的にそろそろ何かしてくるとは思っとったが、王国軍もついに本格的に動き出したか……ん? ところでそちらさん達は何者だい?」
ようやく、僕等の事に気付いてくれたようだ。
ただ、大将と呼ばれた大男の視線は冷たく、殺気混じりだけど。
「……光の様に早く……何よりも鋭い風よ」
「え? なにを?」
《光風一閃(こうふいっせん)》
僕は三発の魔術弾を、左右と後方目掛けて撃った。
リエナが僕の後ろでキョロキョロと周りに意識を向ける。
僕が撃ち込んだ其々の場所から悲鳴のような声が聞こえてきた。
「こいつはまた……なんちゅう子だ」
「アンタね、マジでその狂気なんとかならないの?」
「変な視線を向けてきた奴等が悪い」
冷汗をかきながら、頼むからとラミュが僕の肩を強くゆすってくる。
「オレの睨みも、周りの奴等にも臆することなく向かってくるなんて、ちびっこい嬢ちゃんだが中々に面白いヤツのようだなぁ」
僕が背にある大鎌の柄に手を掛けるのとほぼ同時くらい、
「むっ、だめっ!」
リエナの奴がガッチリの僕を全身で止めに掛る。
「は・な、せぇ~」
「自分の力を少しは理解してほしい? むぅ~、こうなったら、えいっ!」
ガッチリと両腕でホールドしていた拘束を解いて、急に両手である一か所を狙って、
「ひゃぅ! ちょ、止めろバカっ! い、痛いって」
「うん、良い感じのやわっこさ? 癖になりそう」
リエナは胸を重点的に、僕の体のあちこちを触ったりくすぐったり揉んだりしてくる。
「大将、このこ……コイツに可愛らしいとか、身長に関する事とついでに女の子扱いはタブーでお願い、容赦なく切りつけてくるから」
戸惑い、声をどもらせながら「お、おう」と頷いていた。
「お前らぁ、大丈夫か?」
その後、思いだしたかのように、大将が慌てて大声で周りの連中に呼び掛ける。
「うぃ~っす、大丈夫です」
「問題無いですね」
「いや~、びっくりした」
其々、明るい感じの声が返ってきた。
「ちっ、一発も当たってないのか」
「当てる気で撃ったんかい!? 要らんトラブル招くでしょうがっ!」
やはり銃の扱いは難しい。咄嗟に反応して撃つのは出来そうだが、相手に当たらないと何の意味も無いし、銃には力の加減なんて出来ない。
瞬時の火力はぴか一だけど……どうも僕の性に合わない。
まだ扱えていない事も大きいんだけど、この身体のせいか銃を撃つ際の衝撃で若干だが体制がブレた、まだ弱い方の術弾だったのに、だ。
「その魔神器で人を傷つけるのは、許さないって行ったのに。何してるのっ!」
「耳元で騒ぐな、うるせぇ。ったく、一々、細かいヤツだな」
「こ、細かくにょむっ!? んむぅん~~~~~」
とりあえず、耳元で煩いリエナの口を鷲掴み、黙らせ、
「そんで、いつまで此処で駄弁ってんだ?」
ラミュを睨みつけて言う。
「話をややこしくしてるのはアンタって自覚、ある?」
コイツは何を言ってる?
妙な視線に囲まれてれば、誰もが問答無用で反撃するのが普通だろうに。
僕が小首を傾げると、リエナはため息交じりに肩を落とし。
「だめだこりゃ」
ラミュもリエナに似た感じで、呆れていた。
「ま、まぁ。立ち話もなんだ、入りな」
「ちょっと、そろそろ放してあげないと窒息死するわよ」
「あ? ……あっ」
すっかり忘れていた。リエナの顔色が徐々に青白くなっていっている。
「ふぁっ! はぁはぁっ」
手を放すと、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
リエナは口を大きく開いて、天を仰ぐように新鮮な空気を吸い込む。
僕がリエナを解放するのを見届けて、ラミュは大将と共に門戸を潜って行ってしまう。
「さっさと行くぞ」
そうリエナに声を掛けて背中を見せると、
「むぅっ! このぉっ」
杖で思い切り僕の後頭部を狙って横に薙ぐ。
お辞儀をする感じで見ずに避けると、今度は串刺しにでもするように何度も突いてくる。そのリエナの攻撃も、背を向けたまま避けてやる。
「ん~~、もうっ」
バッと勢いを付けて起き上がると、僕を目掛けて駆け出してくる。
「やべ、おちょくりすぎたか」
リエナは耳を真っ赤にして、ぷりぷり怒りながらも妙な笑みを浮かべていた。
始め杖を振り回して追ってくるのかと思ったが、どうやら違う。
杖は背に収めて、両手を自由に使えるように、全力で追えるようにしている。
――コイツ、まさか……。
奇妙な気配と、両手をワキワキと異様に動かしながら近づいてくる。
分かりやすい攻撃という手段ではなく、僕を捕まえてから色々としてくる気だ。
「ふふっ、女の子の弱点。教えてあげる?」
「そ、それ以上、近付いてくっ!?」
僕の言葉を無視して、リエナが猛獣のように飛びかかってくる。
「やっ! 来るなって言ってんだろうが」
「あっ、逃げるの?」
「うるせぇ、距離をとってるだけだ」
思わず掛け出して、先に家の中に入っていたラミュを追い抜かす。
「ちょっと、暴れんじゃないわよ」
「だったら、そいつを止めろっ!」
大将の体を楯にして、リエナとの距離を測る。
「大将さん、そこを退いて?」
「お、おう。って、ちょっ!?」
大将の腰にしがみ付いて、あまり動かないように力を振り絞る。
「動くなっ! 僕が捕まるだろうが」
「往生際が悪い? さっさと掴まれ?」
フィズとは違った妙な気を纏った目で睨みつけてるリエナを、僕はなんとか睨み返す。
「ラミュちゃんのお仲間は、けっこう賑やかな子たちだな」
「別に仲間って訳じゃないわよ。ただこの子らの目的と、私の目的が近いだけ」
「相変わらず、言葉がうまいねラミュちゃんは」
「あら、アタシは一度も嘘は言ってないわよ」
ラミュ達の含みのある会話が、物凄く気になるのだけど……今は、それどころではない。
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