19話 知る奴と知らないヤツ




「足、おせぇ~」


 ゆっくりゆっくり、ノシッノシッと歩いて来ていた巨大生物の姿がやっと見えてくる。

 あまりの遅さにイライラしながら待ってしまった。


「ありゃ、ドラゴンじゃねぇか……なんで魔界生物がこの大地に居やがる」


 フィズみたいな例外でモノ好きなバカは良いとして.

 ドラゴンが容易にこの大地に入ってくる事は出来ないはず、なんだが……。


 知的生物の高等種、伝説の生き物って崇めている連中も居たりするくらいだ。


 そこまで考え、ふとある疑問が頭をよぎった、

「……ん、あれ? ドラゴンって飛べなかったか?」

 木々がなぎ倒されていき、ようやく全体像が見えて……、みえ――。


 一瞬、自分の目を疑ってもう一度、瞼を擦ってみる。

 そうした所で、僕の目に映ってくる光景が変わることはなかった。


「あぁ~、なるほどなぁ」


 ――道理で飛べないはずだ。


 ドラゴンの全体の比率が可笑しい事になっている。

 翼は使っていないのか、体の3分の1も無いし。その体自体はぷっくり丸々と風船の様に膨らんでしまっている。もちろん、中に詰まっているのは空気ではなく肉の塊だろう。


 見た目でもう、飛べそうには見えない。


「……すげぇデブだな」


 近くで見ると更に不敏な感じがしてしまい、気の毒でしかたがない。


「誰がデブですってぇ!」


 僕の声が聞こえたのか、どこかで誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。

 なんか聞いた覚えがあるような声だったが、誰だったかは思い出せない。


「気のせいだな」

 周りを見回しても誰も居ない。


「ここに居るじゃないかい、よくお探しっ!」


「んあ? 上か?」


 どうやらドラゴンの頭上の方から聞こえてきているようだった。でも正直、ドラゴンの頭より、ぷっくりと膨らんでいる図体に目が行ってしまう。


「此処で会ったが百年目ね、さぁかく――」

 その後に言う言葉なんて程度がわかっているので、聞く必要は無い。


 ――それよりも、まず先に聞かなきゃならないことがある。


「…………貴様、前に会ったか?」


「なん、ですってぇ~」


 無駄に怒らせてしまったのか、声が震えているようだった。


「私だよ、昨日の今日だろう! 遺跡で追い詰めただろう」


「追い詰めた?」


 昨日の遺跡での出来事を思い出してみたが、

「いや、追い詰められた記憶はねぇな」

 そんな記憶は一切なかった。


「き、昨日の出来事も忘れるなんて、とんだ鳥頭だねぇ」


 声は聞き覚えがあるんだがなぁ。


「つうかな、姿を見せろよ臆病者」


 さっきから声だけが聞こえてきて、姿をさっぱり現さない。


「私はずっと此処に…………居ても、真下からじゃあ見えないわねぇ」


 多分、向こうも遠くから僕の姿を見た時に気付いただけで、今の近づいている状態では僕の事など見えてはいないのだろう。


 ――ドラゴンの頭上から飛び下りれば見た目が良いのに。


 そっちの方がずっとかっこいい感じになる。格好もつくだろうに……。


 高い所から降りるのが怖いのだろうが、ドラゴンの体に這いつくばりながら、そろ~っとアリの様に降りてくる様は不格好でしかない。


 ちょっと年のいったオバサンは頭の上に居た時もそうだったが、降りてくる時も下を見ようとしなかった。しかも、降りてくるまでにも手間取っていた事を考えると、


「高いとこ苦手なのに何で頭部の上に行くんだよ」


「に、苦手な訳じゃなくってよ。高い所から見る景色は最高に良いモノなの、下を見るのは確かに怖いけれど、それだけよ」


「……あぁ、ようするに、バカって訳だな」

「なぜ、そういう解釈になるのかしら」


 眉を眉間にシワを寄せて、僕の事を睨みながら怒気を込めて聞いてきた。


「いや、何とかと煙は高い所が――」


「アナタ、伏せた言い方をした場所が丸わかりでしてよ」


 僕はただ聞かれたから正直に言い返してやっただけなのに。


 オバサンの方は額に静脈が浮き出るほど、怒らせてしまったようだった。

 けど、怒っている割には攻撃を仕掛けてくる様子がまったくない。


「今日の所は、我慢、してあげますけれど。次はなくってよ」

「さっき「此処で会ったが百年目」とかカッコつけて言ってたよな」


 本当は今にでも僕に襲いかかりたいのだろう、僕が何かしら口にする度に目の前に立つオバサンの指先やら眉毛がピクピク動いている。


「アナタが、最後まで私の話しを聞かないからいけないのよ」


 奥歯を噛み締め、歯ぎしりしながら言う。

 挑発には乗ってこなかった。

 もっと単純なヤツではないかと思っていたが、違うようだ。


「とにかく、これを渡しておきます」

 クシャクシャに握りしめられた状袋を差し出してくる。


「なんだコレ?」


「一口で簡単に言ってしまえば、果たし状ですわね。隊長殿や我が国の王子様は、無益な殺生がお嫌いのようでね、私的には不服ですけど」


 オバサンは本当に不満足そうな感じで、顔を歪めなていた。

 それでも、なんとか言葉にしている様子がよく解る。


「ここで下手に逆らっては私達の立場も危ういのでね。居た仕方なしにこの私が、直々にたった一人で来てあげた事に、感謝しなさいな」


 無駄に胸を張って偉そうに吐き捨てて言うと、すぐにドラゴンの体を上っていく。

 降りてきた時とは違い、素早く頭上まで駆け上がっていった。


「カァ~~エェ~~デェ~~!!」


 よりによって一番面倒な奴の声が後方から聞こえてきた。


「貴様の出るまっ――……」


 暴走した牛のように激しく興奮した様子のフィズは、僕の言葉も聞かずに風を切る勢いで真横を通り過ぎていくだけなら良かったのだが、そのままドラゴンの土手っ腹を目掛けて飛び上がっていってしまう。


「な、なにっ! ちょっとアナタ、止まりなさい」


 そんな事を言ったって、全力疾走から思いっきり踏み切って空中にいる者に何を言っても止まるはずもなく。

フィズは弾丸の如く突っ込んでいく。


「楓を狙っているのは貴様カァ~~~~! 我がパンチの威力を思い知れ」


「避けて、避けなさいっ!? マクちゃん!」


 ペシペシと頭部を叩いて指示をしているようだけど。

 さすがにあの体格では敏捷な動きなんて無理があると思う。


 クマ……じゃなくてマクちゃんと呼ばれたドラゴンも、何とか体を引いて避けようとは試みたようであるが、丸太一本分も動いてない。


「はっ! あのオバサンの名は確かベクマだったか、思い出したぞ・今更、遅いか……」


 そもそも、風を切るほどの速さで突っ込んできたフィズを回避する事は不可能で、無情にもドラゴンの膨らんでいたお腹が凹むほどの、飛び膝蹴りを入れられてしまう。


「って、おいコラッ! パンチじゃねぇのかよ!?」


 あっ、いや違う。アレは意図して蹴りになったんじゃないっぽい。


「ぶふぇぶっ!?」


 フィズの空中での姿勢は確かに拳を繰り出そうとした体制だったが、その少し引いた瞬間には膝が届いてしまい、そのまま突っ込んでしまった様子だ。


 そして気がつかなかったけど、この先の道が少し坂道になっていたようで、可哀そうな事にドラゴンはボールの様に転げ落ちていってしまう。


 思い切り吹き飛ばされた勢いもあって、自分ではもう止まる事などは出来そうにない。


「アンタ達、マジに覚えてなさいぃ~~、この屈辱は何万倍にしてもかえしてあげるわ~」


 どうやらベクマのオバサンも巻き込まれているようだった。

 フィズに遅れて、物凄く慌てた様子でリエナや村の民が走ってくるのが遥か後方に居た。


「おめぇ、なにしんだよ……」


「なにって、ナエの婆ちゃんが水晶でお前が遣られてる感じの映像が、だな……。なんでお前、何故に無傷でピンピンしてんだよ!?」



 ベクマルからの通告書状を受け取ってすぐに、ナエの家に大勢が集い、その中心で楓達が堂々と床にねっ転がりながら話を聞き、リエナが中心になって話し合っていた。


「カアラ国の全勢力でせめられたら、この村は終わりなの……だから力を貸して」


 リエナが必死に訴え掛ける物の、肝心の二人は聞く耳を持とうとはしなかった。

 手紙に書かれた内容は、


【魔神器具を我が国まで持ってくれば、その村には一切手を出さない事を約束しよう。

 しかし、それが守られない時は、容赦なく攻め込む。

 むろん、君達は地獄の果てまで追い懸けて命を頂く事になるだろう】


 という内容が書かれていたのだが、

 楓は「面倒、イヤだ、却下」と一括して終え。


 フィズは「楓以外は別にどうなろうと、知った事ではないな」なんて言うだけで話は一向に進まなかった。


 ちなみに、ラミュルはというと、

「アンタ達を連れていけば、アタシの疑いも晴れるのよ。一緒に来なさいっ」

 最後の一文に、イズリという隊長が【二人を連れてくれば上の連中も譲歩する】という事が書かれていたらしく、必死に説得を試みていた。


「魔神器の守護者に選ばれ者なら、少しくらい役割を――」

 リエナは我慢が出来ずに声を荒げ始めた時だった。


「なんで見ず知らずの奴を無償で助ける必要があるんだ?」


 荒げたリエナの声を、まるで凍らせるような言葉を楓が静かに発した。


「役割ってのは、貴様らだけの話だろう。神だか何だか知らん奴に選ばれただけ、巻き込まれただけじゃあねぇか」


 少し勢いを付けて体を起して、リエナの方を見据えて言う。


「なっ!? ――君はっ!」


「これ、彼らの言い分も分かるじゃろう。それに、こやつの言うてる事は間違ってない」


 リエナを諌めながらナエがゆっくりと、中心に歩いてきた。


「でも、……このままじゃあ村が――」


「だから、見ず知らずの他人に命を投げさせと、お主は言うとるって事に気付いとるか? お主、いつからそんな考えをするようになったのかのぉ」


 話しを聞いて集まってきた村人達や、リエナをギロッと睨みつけたのだった。


「あ……うぅ……で、もっ」


 ナエの言葉でリエナもラミュルも、村人達全員が始めてお互いを見つめて徐々に全員が下を向いて居た堪れない表情になり、部屋中が静まり返っていく。


「はぁ、終わったか? それじゃあ僕は――」


 立ち上がろうとした楓の御凸を杖の先で抑え、楓をその場に止まらせる。


「誰がっ、ひにゃ!? くっ、このっ」


「ほい、あそれっ」


「ひぅ!? ひゃっ!」


 杖を振り払おうとしても手を上手く避けてまた御凸や肩に杖を当てられて、何度も同じ場所に座らされてしまう。


「まぁ、待て待て。確かに、無理強いは出来んがもう少し考えてはくれんかのぉ」

「婆さん、楓が簡単に誰かを手伝うとか救うってことは絶対にしないヤツだ、諦めろ」


 フィズが欠伸をしながら言う。


「なぁに、タダでこの村を救って欲しいとは言わんさ。下手したら命を掛けて貰う事に成りかねん内容だと、子供でも分かるしのぉ」


 額に青筋を立たせながら、ナエを見やる楓を婆さんは軽く鼻で笑うように見下ろす。


「下手な内容だったら、僕がこの村を滅ぼすぞ」

「そう急くな。とりあえず話を聞いてからでも決めても遅くは無いだろう」


 楓を軽く抑え込み、揚々と笑いながらフィズの方に近づいていく。


「お主、ちょっと街の外まで言って来てもらえんか?」

「はぁ? なんでだ」

「まぁ、ものは試しじゃて。行ってみれば分かるじゃろう」

「あのなぁ、楓の頼みならまだしも――」


 ナエがコソッとフィズの耳元へと顔を寄せる。


「昨日の、楓の湯浴みを水晶で見せてやってもよ良いぞ」

 周りに聞かれないように小さい声でフィズに耳打ちする。


「……仕方ないな。じゃあ一っ走りしてくるか」

「ふふ、進まなくなるまで行っとくれ」


 フィズは緩みそうになる頬を引き締め、軽い準備運動をし終えると、よく解らないナエの言葉に首を傾げて部屋を飛び出していく。


「そうだっ! おいババァ。僕に何をしたんだ!」


 フィズの背中が見えなくなったくらいの時に、楓が思いだしたかのように声を荒げる。


「別になにもしとらん」

「ウソをつくなっ、じゃあ何故この村から出れねぇんだよ」

「ワシではない。それを今から説明してやるからしばし待て」


 ナエはフィズの背を見送ったままで、楓の方を向く事なくそう言うだけだった。


「貴様以外にだれっ! ほょ!?」

 床に座った楓が前のめりに倒れ込む。


「ほぉ、やはりな~」


 面白そうにニヤニヤしながら楓の方へとナエが振り返る。


「なに、が、どうなってやがる」

「お主は、奴と逆の方へ行けるか?」

「まさ、かっ!? 嫌な予感しかしねぇ!!」


 床に左手をついてバッと体を起こすし、楓はフィズが走っていった方向とは逆へ走りだそうとするも、見えない縄にでも引っ張られているかのように、進めなかった。


「なに? どうなってんのよ、コレ?」


 ラミュルが楓の周りをまわって確かめても、特に何も見当たらない。


「これってまさか……街から出られない訳じゃあない?」

「おい、んにゃっ! やめっ、くはぅ、ははっ! くぉのっ、テメェ!?」


 リエナは楓の前に立ち、どこからか持ってきた棒きれや羽で悪戯して、少し後方に下がるだけで、楓の手足が伸びてくるだけで、それ以上は手出しが出来ない様子だった。


「は? なに、どういうことよ」


 村人達とラミュルは事情がよく解らない様子で不思議そうに事態を見守っている。


「いい加減に止めろって、言ってるだろう」


 リエナは楓に向かって小さく舌を出し、下まぶたを引き下げて見せる。


 チャンスとばかりにリエナは楓に悪戯していたが、楓がムキになって前へ進もうと無理に力を入れたと同時に、拘束が解けたようにしてリエナへと突っ込んでしまう。


「なっにゃっ、ひゃ!?」

「あっ! いっ、きゃあ!?」


 楓がリエナを押し倒す形で揉みくちゃに転がり、壁に激突する。


「ナ~エばぁ~~さ~ん、どうなっているっ!? 村から……――」


 叫び声をあげながらフィズが部屋の中へ駆け込んでくると、楓とリエナば揉みくちゃになってくんずほぐれつ、床に倒れ込んでいるのが一番に目に入ってしまった。


「お前……俺の楓に何をしてんだ。……はっ、まさかっ!」

「ちがうっ! 変な想像するな」

「ちがうっ! 変な想像しないで」


「早くもライバル登場とは……本腰を入れねばならんか」


 三人の様子をラミュルとナエが冷めた視線で見つめながら、ため息をもらす。


「なに、この茶番と変態?」

「本題に入るぞい。お前達は仕事に戻らんかっ!」


 ナエの激に村人達全員がビクッと肩を揺らした。


「おれ、もうちょっとみてた――」

「諦めろ、あの中には俺達じゃあ入っていけねないよ」


「おい、俺はリエナ様とあの子の絡みを見てなっ、ぐはっ!」「おい二番目の奴、真ん前で堪能してたろう――」「俺達に詳しく教えろ、細かく、色とか詳しく――ぐぇっ!」



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