20話 望んだ状況 臨まぬ状況




「なるほど…… つまり、俺と楓は離れられない運命になったと」

「意味深な感じで言うな」

「いや~、これでますます俺のモノになる可能性が広がっていくな」

「んな気色悪い感じでよろこぶなっ、この変人が!」

「いや~、だってなぁ。これほど嬉しい事はないだろう」

「貴様、どういう状態か分かってるのかっ!」

「俺がまさに、望んだ状況だ」

「あ、頭痛くなってきた」


 楓が初めに村から出られないと持っていた事は、実は二人の持つ魔神器が原因である事が分かった。ある程度の距離なら離れても問題がない様子だったが、確実遠くへは行けない。


 村や町の中をブラつく程度で、それ以上は絶対に互いから離れられない。


 そんな事態が分かってからというもの、フィズは上機嫌ではしゃぎ回るし楓はショックでしばらく凹んでいた。はしゃぎ回るフィズに苛立って、この落ち着いた話しあいの間に三回は制裁を加えたほどだ。


「バっ、婆さん、この変な状態を解く方法を知らないのかよ」

「もしかしたら、その状態を解ける方法がカアラ国にある。と言ったらどうじゃ?」

「はん、そんな旨い話があるか、くだらん。知ってて教えない気かっ?」


 取り付く島がない感じで、楓はナエの話しに一切耳を傾けるようすはなかった。


「そうか」と、ナエは先ほどから何度も似たように楓の様子を探り探り、何とかできないか、という感じで話を幾つか降っていく。


 始めはお金の話から始まったが、楓は金銭に全く興味を示す事はなかったのである。


 ここでナエはターゲットを楓からフィズに移そうと考えだした。最初に楓を説得出来ればフィズは勝手に付いていくと考えていたのだが、楓は予想以上に頑として首を縦に振らなかったのであった。


「そういえば、カアラ国には日月(ひげつ)花(か)草(そう)が昔から生息していたと聞くが、このまま無視して他へ行ってもよいのかフィズ殿よ」


 テンション高くはしゃぎ回っていたフィズの動きが、一瞬にしてピタッと固まる。

 ナエ以外の全員が首を傾げて「なにそれ?」と聞きたそうな顔をしていた。


「日月花草? ……確か、何かの本で――」

「余計なことはせずに、座っておれ」

「……はいっ。ごめんなさい」

 スッとリエナの後ろへ回り込んで、低く怒気の籠った声で耳打ちする。


「婆さん、俺がそんなモノを使うと思うほどに下種な輩だと思うのか?」


 フィズは背を向けたまま、かっこつけた状態のままで答える。


 ――ものの、人差し指をクイクイと動かして近くに呼ぶ様な仕草を見せた。


 不敵な笑みを浮かべながら、ナエはゆっくりとフィズの元へと寄っていく。


「本当だろうな?」

「証拠か? それならコレを見てみよ」


 ナエが懐から古い本を取り出して、そっと手渡す。


「そこにはもう一つ……お主にとって良い情報が乗っ取るぞ」


 本を渡すと同時にそっと耳打ちされたフィズは、興奮気味に本を開いて隈なく読み進め。

 ページをペラペラとめくっていく。


「楓殿に掛けている術……あれは不安定なのじゃろう? その国玉があれば完璧に――」


 ガタッと楓が椅子から立ち上がろうとする音を聞いて、慌ててやりとりを中止した。


「おい、何をコソコソとしてやがる」

「ほっほっほ、なんでもないわい」

「あぁ、そうだ。お前の気にする事じゃあないない」


 フィズは何事もない様子を降るまいながら、懐に本を密かに仕舞い込む。


「怪しい、怪し過ぎる」

「そうじゃ、フィズ殿と話していて思い出したんじゃがなぁ――」

「白々しく、話を逸らそうとするんじゃねぇ」


 楓はフィズにヅカヅカと足音を立てて近づき、首根っこを引っ掴む。


「買収されたんじゃあないだろうな」


 フィズは乾いた笑いをしながら「まさか~」っと、何とか誤魔化そうとしていた。


「カアラ国は魔術や魔法の研究をしとるせいか、その種類の資料が大量にある中にもしかしら、お主のその呪い染みた魔法を解く方法が分かるかもしれんぞ」


「だから、そんな旨い話には引っかからないって何度言えば分かる」

「あの国は神魔戦争の名残である遺跡の上に立っているんじゃぞ。この村の遺跡に関連があるから攻めてきたんじゃと思うが?」


 のう、なんて意味深な視線をラミュルの方へと向けた。


「いっ、アタシに降らないでよ……」


 ナエがしばらくなにも言わずに睨みつけると、ラミュルはばつが悪そうにしながらも、観念したかのように溜め込んだ息を吐くように喋り始めた。


「だぁ~、もう分かったわよ。そうよ、そう、城の地下に眠る遺跡の壁に残されて過去の資料を元にして、この村に辿りついたのよ」


「眠る遺跡?」


 ラミュルの言葉でただ一人だけ、小首を傾げて答えたのは楓だけだった。

 楓自身も思わず出てしまったのだろう、すぐに手で口を塞ぐがそれはもう遅い。

 フィズ以外が楓の事を少し驚いた表情で見ていた。


「アンタ、もしかして勉強とか嫌いだったでしょう」

「うるせぇ。過去に興味がなかっただけだ」

「よく、今まで生きてこれた?」

「ふんっ、僕の力がすごいって事だな」

「運が良かっただけじゃろう」


「…………否定はしないが、肯定するところも無いな」


 余所を見ていたフィズがゆっくりと口を開いた。


「この世界のあちこちに遺跡が点々と散らばっているんだ――」


 そこから! と突っ込みをいれるラミュルを無視してフィズは話しを続ける。


「遺跡には其々の役割の為に建てられた跡って訳じゃない。役割を終えた遺跡も多々あるが、ほとんどは手つかずに眠っている遺跡がある。神魔戦争の名残と言われて残るそれらの遺跡は大まかに分けて二つに分類される。


 一つは、神と人が手掛けだ。


 主に何かをマナの結晶を守る目的だったり、もしくはモノを残す為に作られた遺跡。

 もう一つが、魔神の力を封じたとされる遺跡だ。

 こっちは封印が主な目的で作られている事が多い、あるいは何かの力を抑え込むため」


 古い書物を引っ張り出し、フィズがそれを元に大きな紙に下手な絵を描いて分かりやすく楓に教えてくれる。


「役割を終えた遺跡は、その終えたっていう感じの跡が残っていたりする?」

「寝てるってことは、何かしらの力が封印されている状態のままってことね」

「ここからが重要で―― 其々の遺跡にはかならずガキとなる核が必要になってくる?」


 四方八方から説明を受けて、頭や耳から汽車の蒸気の様に煙が吹き出てきそうな顔で、その場で目を回しながら、机に突っ伏す様にして倒れ込んでしまう。


「あちぁ~、やっぱオーバーヒートしたか」 

「えっ、えぇ~!! ちょっ、大丈夫なの!」

「……なんか、色々と残念な子?」

「なさけないのぉ」


 皆が其々の感想を言い終えると、説明が終わってちょっと状態が戻った楓が机を叩く勢いでガバッと起き上がってナエの事を見据える。


 立ち上がった勢いで座っていた椅子が後ろで勢いよく倒れる。


「簡単に言えば、その遺跡だか研究だかで、僕に掛けられた魔法が解けるって言うのか?」


 突然の事でナエも驚き、うろたえながら答える。


「そうじゃないかな~って話じゃよ」

「くだらない! 僕は自分の力でこの魔法を解くんだ」


 倒れた椅子を片足で軽く持ち上げて元の様に戻した。

 そのままナエの家を出ていこうと玄関の方へと歩き出してしまう。


 外へと向かう楓をフィズが横目で追いながらポツリと一言、


「勝負を挑まれて、逃げるのか?」


 その言葉を耳にした瞬間、楓の歩みが少しゆっくりになった。

 フィズはそのまま、流す様に視線をナエの方へと向ける。


 少し遅れてナエがフィズの言いたい事が通じたように、何かに気付きハッとした表情を一瞬みせると、ワザとらしいくらいに大きなため息をつく。


「仕方ないじゃろう、誰でも逃げ出すのが普通じゃて。敵の罠に自ら掛りに行くようなものじゃしな。敵の罠だろうと勇敢に挑みぶち壊してしまう様な、強い奴はフィズのくらいじゃろうて。理不尽に挑まれた戦いじゃからな、弱い者なら誰もが逃げるわい」


 ドアのノブを回していた楓の手が、一瞬で止まる。


「そうですよね、でも、私は行く。弱くってもこのまま何もせずに負けられないから?」


「確かに。行っても行かなくてもどうせ命を狙われるのなら、先手を打った方が良いわよね。逃げ腰で死んだんじゃご先祖さなにも顔向けできないし」


「そのとおり? ……良いの? ……協力してくれる?」

「もちろんよ、アタシのヘマでこんな事になっちゃってるってのもあるしね」


 約二名の少女達はフィズとナエの考えが分かっていない様子だったが、便乗するように話に乗ってしまう。


 楓はというと、扉の取っ手を握る手に力が籠っていきプルプルと小刻みに揺れ始め、全員の言葉を聞き終える頃にはドアノブをへし折って破損させてしまった。


「貴様ら、この僕が逃げると?」

「おや、違うのかい?」


 ナエが挑発をするように言うと、ようやく楓がナエの方へ体ごと振り向く。


「……いいか、僕は自分が元に戻る方法を探す為だけにカアラ国に行くが、そのついでにだぞ。あんな奴らは、本当、ついでに捻り潰してやるよ」


 声を荒げ、楓がそう言い終えて全員の顔を見渡してみる。

 何故だか皆の顔がニヤけている事に遅れて気が付いた。


「あ、あれ? ……いあ。まっ――」


 そして自分自身で発してしまった言葉を思い返し、ハッと我に返りながら頭を抱える。


「きまりじゃな。っと、コレを持っていけ」


 フィズの時とは逆の懐へと手を伸ばして取り出したモノは、一枚のカードだった。


「なんだこれ? ……タロットか?」


「近いが、ちょいと違う。そのカードは銃の魔神器に選ばれた者に渡すよう、先代達から受け継がれてきたものじゃよ。詳しくはリエナがもっとる古代書紙に書いて――」


 ナエがそう言いながら、リエナにその紙を渡せと言わんばかりに手を伸ばすも、リエナは視線を泳がせながら、逃げだそうとしていた。


 その様子を横目でチラッとみた楓は、リエナの方を指差し、一言告げる。


「それならコイツ、燃やしやがったぞ」

「なにを言っておる、アレはこの世に二つとない貴重な……モノ、なの……じゃぞ」


 リエナの態度を見ていたナエの口調が段々と重く、小さいものになっていった。背を向けて逃げだそうとするリエナを、ナエは杖の柄先を床に突き立てる音だけで止める。


「本当に、燃やしおったのか?」


 言葉を発するたびにリエナの肩がビクッと反応する。


「あ、悪用されないようにと思って、燃やしちゃった?」

「戯け者がぁ~~!」

「ひぅっ! ごめんなさ~~い」

「逃げるでないわぁ!」

「……っ? ――って、あ、あれ!? うそっ!」


 全身が跳ね跳ぶ様にしてリエナは楓を押しのけて外へと逃げ出そうとするが、ドアノブがそこには無いので、扉をあける事が出来なかった。


「ん? なにをして……あっ!」


 楓は自分の手に持っている物に気付いて、小さく声を上げるとリエナがそれに反応した。

 楓の手元をマジマジと見つめる。


「な、なに人の家を壊してるのっ!」

「う、うるせぇ。人の事を言える立場か?」


 そんなハチャメチャな楓達の様子を余所に、フィズは話を進め始める。


「お前ってカアラ国から来たんだったけか?」

「えぇ、そうよ。道案内はアタシに任せない」

「流石は俺の下僕だな」

「……はっ? 下僕? アタシがアンタの?」

「俺の勝ち、お前の負けだろ」


 フィズが腰から刀を持ち上げ、ラミュルの目の前にチラつかせて見せびらかす。


「ふざけないで、アタシは別に負けてないし、アンタはそれを偶然で手に入れただけじゃない。それに、アタシよりアンタの方が上なんて認める訳ないでしょう」


「残念だが、俺の中ではお前は下僕一号だ」


 フィズはラミュルの肩に手を置き、明るい感じでそう言った。


「冗談じゃないわよ!?」


 ラミュルは怒りにまかせて拳を振りまわすも、



 フィズは「わっはっは」っと、笑いながら小馬鹿にした態度で逃げまわる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る