18話 知る奴と知らないヤツ
一本道で迷うことなく帰ってくる事が出来た。
後ろが少しだけ気になり、帰ってきた道を振り返ってみる。
「追っては、こないか」
ちょっとやり過ぎたかなぁ。
頭を軽く掻きながら、しばらくさっきの広場までの一本道を眺めて考える。
まぁ、無駄に付きまとわれたりするよりか、幾分かマシかな。
「さっさとこの村とも、おさらばしますかね」
このまま森を突っ切って行きたい所だけど、まず間違いなく道なき道で途方に迷う自分の未来が、用意に想像できてしまう。
「村の出入り口だな、やっぱ」
ちゃんと道がある所から出れば、迷うことは無い筈だ。道を辿っていけば必ず何処か別の場所には行けるは、はずなんだから。
…………、
……………………。
なんて村の出入り口を探して、かれこれ太陽の位置が丸々二個分は移動している。
くらいの時間が経過して、また同じ場所に戻ってきた。
「なんだよ、この道を真っすぐに行けば良かったのか」
リエナに強引に連れていかれたのが開けた脇道だったせいで、そこだけしか道が無いのかと思っていたら、ちゃんと村から真っすぐに続く細い道があった。
そのせいで、無駄に村の人達に声をかけたり、瓦礫やら荒れてしまった道の整備を無駄に手伝って道を聞いてみたりしちまったじゃあねぇか、ちくしょう。
大きく吐いてしまったため息を吸い込むように、気合いを入れ直して一歩を踏み出す。
「ほょ? んん~~うん?」
一歩を踏み出して、前へ進む。
「ん~~~~、ほよ?」
確かに僕自身は一歩先へ進んでいる感覚なのだけど、一歩を踏み出しもちゃんと前へ行く感じなのに、腰に見えない紐で大木にでも繋がれているかのように進まない。
地面が凍りついているように、滑るようで体が前には進んで行かないのだ。
足元にある手頃な石を手にとって、思いっきり前方に投げてみても、見えない壁なんて無いことがすぐに分かる。
「いったい、どうなってんだ?」
今度は体制を低くして、滑らないように踏ん張りながら前に進んでみる。
「うぐぐぅ~」
やっぱり何度やってみても、何かに体全体を引き付けられているようだった。
ちょっとは前にいっているのだろうが、これじゃあ割に合わない体力を使いすぎる。
「……さっきからずっと、なに、してるの?」
「うげっ!」
脇道の方から、聞き覚えのある声が囁く。
「もう、村を出て行っていると思ったけど?」
負かした事を根に持ってか、皮肉たっぷりにものを言ってくる。
「出られないから、いま此処に居るんだよ」
そんな訳ないと言いたそうな、冷たい視線で少し僕を見てくる。
「もしかして、迷った? こんな場所で?」
「うぐっ!?」
「え、図星? こんな小さい村なのに……ちょっと、信じられないかも?」
リエナは今朝の仕返しとばかりに、言葉で精神的に責めてくる。
「だから、出られないだけだって言ってるだろうが! ま、迷ってなんかないっ」
「ウソっぽい? ……そんな変な結界なんて張ってない」
「いや、進めないのはマジだって」
「進めないのは? 迷ったのは本当なんだ……クスッ」
わざとらしく顔を背けて口元に手を当てて、僕に見せつけるようにして笑いやがった。
「ひ、ひつこいぞ」
心なしか勝絶も良いし、よく喋っている気がしてくる。てか噛んだし、恥ずかしい。
「信じられないなら、僕を押すなり引っ張るなりしてみろよ」
先に進めない事に少し苛立っていたせいもあって、半ば八つ当たりのような感じの言い方になってしまった。
半信半疑といった様子でリエナは僕の前に立ち、両手で右腕をガッチリと掴んでくる。
「ほょ? お、おい……」
「それじゃあ、遠慮なく」
リエナが普段の声色よりも低い声で、そう言った瞬間に僕の背筋に寒気が走った。
「ちょ、まっ――」
僕が止めようのするのも無視して、腕を雑巾のように絞る感じで力を入れながら引っ張り始めてしまう。しかも、本当に体を使っての全力で引くような構え。
「いつっ!?」
「ん~~?」
小首を傾げ、今度は思い切って勢いを付け始めた。
「……えいっ、こ、のっ~~~!」
「――痛い、痛ってぇ~~~~!!」
無意味に捻じられる腕の痛みと、肩が外れるんじゃあないかって思うほどの痛い。
そんな地獄が二、三十分――いや、体感では一、二時間くらいは経っただろう。
「あぁぁうぅ……死ねる……」
地べたに力なく仰向けで倒れ込んでいる僕を余所に、良い汗を掻いた感じで額から流れる汗を拭いながら、僕の体をあっちこっち調べ回るリエナはイキイキしている感じだった。
「ん~? 別に何処にも異変は無い、変な魔術が施されている様な事もない?」
体中をあっちこっち勝手に弄ってくる。
「僕が動けないのを良いことに、勝手に何やってんだ、この変態」
「あ、ヒドイ。せっかく人が親切に調べてあげてるのに」
「頼んでねぇよ」
「はい、今度は後ろ見して?」
僕の体を回転させようとしてきた――、
「やめろっ!?」
思わず怒気ある声を荒げ、リエナの手を力いっぱいに叩いてしまった。
リエナは僕のあまりの反応に驚いて、目を見開いて体を縮こまらせてしまう。
「……ごめんなさい」
微かな小声でリエナが絞り出すように誤った。
「フンッ。分かれば、それでいい」
かなり気まずい雰囲気になってしまった。
――どうしよう。
場の空気が悪くなる一方で、キツイ。どうにかしたかったが、僕もリエナの方もお互いに顔を合わせる事が無くなってしまい、会話さえできない状態だった。
この場合、僕が誤れば済むのだろうか、それだけで何か変わるのだろうか? 良く解らない。こういう状況でどうすればいいのだろう。
フィズが相手だったら、言いたい事を言ってド突いても絡みよってくるだけで、跡は勝手に着いてくるだけだから楽なんだが……こういう手合は初めてだ。
――くそっ、だから面倒なんだ。女と係るのは。
何を成すにも一人が楽で良い、誰かと他人と係るなんてろくな事がない。
「面倒くせぇな……あっ」
沈黙の中で思わず口に出てしまった言葉に、自分自身で少し驚いてしまった。
「ん? なにか……」
リエナの方も何か考え事をしていたようで、僕の呟いた言葉は正確に耳には聞こえていなかったようだった。
そんな出来事のせいで顔を合わせてしまい、お互いに言葉に詰まってしまっていると、急に地響きのような音が聞こえてくる。
「おい、この辺で伐採でもしてんのか?」
徐々に近づいてくる地響きの音に混じって、木々が倒れる様なミシミシッという雑音もハッキリと聞き取ることが出来てきた。
「森を身勝手に傷つける行為を村の民がする訳ない?」
ドンッ――っと巨大な何かが地面を踏み締める地響きだった音が、次第に僕等が体で感じ取れるほどの大地の揺れが伝わってくる。
「この道の真っすぐ?」
どうやって感じ取っているのか分からない。
がだ、リエナは僕が進めなかった道の先を見据えながら、呟くようにそう言った。
するとリエナは急に目を細める、まるで目を凝らして遥か遠くの所にあるモノの姿を捉えるように見据える、しばらく集中しているようすで話しかける雰囲気ではなかった。
「また、性懲りもなく……貴女はどこかに隠れてるか、逃げてっ」
僕に怒鳴りつけるように言うと、リエナは急いで村の方へと走り出した。
「逃げるって、僕はこれ以上先に進めないんだが……」
「良いから早く!」
「というか、何故、僕が逃げなきゃならん」
「何言ってるの? 狙われているのは貴女なの!」
「はぁ……、だからどうした?」
「『どうした?』って。魔神器があんな人達の手に渡ったら、世界が――」
「あんな奴等に滅ぼされる世界なら、もうとっくの昔にこの大地は消滅してるだろう」
「魔神器の力を甘く見ないで!」
「別にあまく見ていない、が、そんな事はどうでもいい」
「状況、わかってる?」
「ふん、そもそも良く解りもしないヤツから、最初の行為が逃げるなんて軟弱なこと――」
「な、なに」
「死んでも、お断りだ」
急に僕が大声を出した際にリエナは少し肩をビクつかせ、びっくりした顔で少しの間かたまっていたが、すぐに隣で喚き出す。
が、僕の耳にその言葉は入ってはこない。
――とにかく、真正面から来るなら迎え撃つ。近づいて来ているのは僕でも良く解る。
これ以上先に行けないのなら、ここで厳めしく堂々と突っ立っているしかない。
リエナが何をしていたのか……あの目を凝らすような行為もオーブの力を使っていたのだろう、でも人の気配を目で見る事が出来るものなのだろうか。
オーブ==精神エネルギーを視界に捉える事の出来るモノが、確か巫女や杜人と呼ばれる先住民と呼ばれる一族の特徴だったっけ。
魔族は根本的に人間との違いがあるからな、僕がマナを操れない事は仕方ないとしても、彼等は僕と違うのか? いや、種族で分けるなら彼等は人族になるはずだ。
「なら……僕も出来る様になるはず?」
はっ!? ヤツと一緒に良すぎたせいなのか無意味に語尾が疑問詞系な言い回しになっちまったじゃあないか、――洗脳されたみたいで、なんか、ちょっとショックだ。
少し気を抜いてしまい、地面のあまりの揺れ様に若干ながら体がグラついてしまった。
けれど、そのおかげで体感的な揺れや音が大きくなってきた事に気付けた。
木をへし折って向かって来ていることや地震の様な揺れを起こしているなら、かなりの大きいはず、昨日の門番をしていたゴーレムといい勝負だろう。
「お、来たな」
ちょっと遠い所の木々が物理的に倒されていく様子が見えてきた。
「って、あれ? あいつ何処行きやがった?」
いつの間にかリエナの姿が見当たらなくなっていた。
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