17話 知る奴と知らないヤツ
「なんだよ、ここ?」
村から少し離れた脇道を通ってたどり着いた場所、身近に障害物などは一切ない開けた所だった。来た道の周囲から、広く扇状に木々に囲まれている。
少し遠くに見えるのは絶壁だけ。
「御婆ちゃんとの秘密の特訓場?」
「特訓? なんのだ?」
――対術とかか? ぼけぼけした見た目の割に、のこなし方は結構なもんだったし。
僕が聞いたことに一切として答えようとしなかった。
かわりに今までずっと放してくれなかった手をようやく解放してくれる。けれど大鎌は渡してくれない様子で、逆に握り心地を少し確かめるように柄を撫でる。
「私はこの村の巫女として、君達が持つ魔神器具を守護してきた。そして……」
リエナは急に言葉が詰まったように、しばらく黙り込んでしまう。そのまま、大鎌の柄頭を地面に勢いを付けて突き立てる。
何かを念じるように柄に額を当て、自分の体を軸にして一気に綺麗な円を地面に描く。勢いは変わらず、あっという間に魔術陣が描かれていく。
かなり正確で綺麗な陣だった。
「そして、魔神器に選ばれた者達が、その力をどう使うのか……見定める義務があります」
そう言ってしばらく、自分で描いた魔術陣を見つめていた。
魔術陣を書き終えて、用途が無くなったのか大鎌を丁重に返してくれる。
「色々と面倒くさそうだな」
心底くだらないと思っていた事が顔に出ていたのか、僕の言葉に反応したのか……いや、おそらく両方だろう。リエナが険しい顔で僕を睨んできた。
「……魔族が選ばれる事に理解は出来ないけど、伝承でそう伝えられてきたこと。それは仕方がない? でも対になるモノが貴女の手に渡った……本来なら巫女である私か、英気の血を持つ者にしか託されることのない力が、貴女に託された」
気迫が込められた言葉だというのが伝わってくる。
それは良く解るが、リエナ(こいつ)が何を言いたいんだか、イマイチ分からん。
要は僕を試したいのか? それとも、ただの妬みなのだろうか。
リエナは服の内側に左手を入れて、どこかで見覚えがあるような拳くらいの宝石のようなモノを取り出し、足元に描いた魔術陣の中央に置く。
すると、彼女は宝石のようなモノに両手を翳す。
「知っての通り魔術は陣を用い、自然エネルギーから力を得て使うこと?」
両手を翳していた宝石を包み込む様にして、杖が形成されていく。
「ですが、魔術という手段がなかったころ。人の祖はオーブを使って魔術を使っていたという歴史があるの、知っています?」
「まぁ、ある程度は。でも精神エネルギー……そのオーブじゃあ魔法に対抗出来なかったんだろう? だから魔術という手段が出来たわけだ」
完璧な形を成した杖が僕とリエナの間に出来上がる。
僕の身長くらいはある長い杖だった。
琥珀色をした綺麗な丸石が、三日月の中心で少しゴツゴツした岩の模様に守られるようにして支えられている。
ちょっと不思議な感じのする杖だ。
「その云われは正確じゃない?」
「どの部分だ?」
「オーブでは魔法に対抗が出来なかった? 正確には出来る者達が極少数の限られた者達しかいなかった? だから誰でも強力な力を扱える魔術という技法に代わっただけ?」
そう呟くように言いながら、目の前の杖に手を掴み取った。
「どっかで見たことあると思ったが、あの婆さんが持っていた杖に似てるんだ」
ただ、婆さんの方は宝石の部分の処が紫っぽい色だったけど。
「オーブはマナの様に属性変化が簡単には出来ないから、こういう元々の属性を宿したモノを使うのが普通? けど……」
リエナの視線が僕の腰辺りにぶら下っている銃に向いた。
「貴女の魔神器は、一発の弾にオーブの力を込めて扱うんです。もちろん、弾を変えればマナの力を込めた弾を扱う事も可能なはず?」
「ちょ、ちょっとまて」
急に遮ったのが不思議なのか、小首を傾げる。
さっきから普通に話を聞いていたが、どうも腑に落ちない、
「貴様、何故この魔神器に詳しい!」
今まで封印されていたモノを、そこまで知っているのは明らかにおかしいだろう。
「ん? これに書いてあるから」
リエナは袖口に手を突っ込み、古ぼけた紙の束をペラペラと見せびらかす。
「なっ、ちょっと見せろ!」
「い、や?」
サッと懐に仕舞い込まれてしまう。
僕の表情を楽しんでいたのか一瞬、口元がニヤけていたのだが、一枚だけ胸元からヒラヒラと古ぼけた紙が落ちた。
「あっ……」
リエナよりも先に、なんとか古ぼけた紙を引っ手繰った。
「本当に、この銃の事が書いてある」
紙に描かれている銃と確かに一緒だ。
しかもさっき彼女が言っていた事と同じ内容が記されているのも確かだった。
ついでに、不吉な内容も目の端に移った気がする。
「おい、この銃って……」
「未完成じゃ、ないらしい?」
「いや、けど……」
そこに書かれていた内容は――
《この武器に術式は一切施されていない》
なんて事が記されていた。
「不本意ですが、その武具に選ばれた貴女を正しく導くのも役目だから」
役目だの義務だ、使命だのと、なんちゅうつまらなそうな事に全力だな。
「って、オーブで扱う術って魔術とは言わないよな……なんて言うんだっけ?」
「……霊術」
「あぁ、そう、そんな名だった」
「モノに宿る力を扱う事に適した術……」
リエナがふぅ~っと息を吐き、杖に集中していく。
杖の先にある宝石が光を纏っていくと、今度は杖を華麗に手元で回していく。
《 ファルゼンッ 》
そう呟く声で言うと、杖の先を地面に弾かせた。
「いっ!? ふゃ!」
リエナが杖の先で弾いた部分から、岩が矢のように僕に目掛けて飛び出してきた。
「これが霊術の初歩?」
「貴様、いま確実に当てる気でやっただろう!」
「たぶん、気のせい?」
僕が睨むも、彼女は余所を見ながら、心の籠っていない言葉でそう答える。
むしろ、悪戯っぽい感じの言い方だった気がする。
「これが、オーブを使い方?」
やはり、目を背けたままでそれ以上の事を喋ろうとはしなかった。
「端から教える気とかねぇだろ」
さっき胸元に隠したモノに、他にも色々と乗っているだろし、あれを奪えば良いか。
なんてことを考えながらリエナを見ていると、ふと視線があってしまった。
僕の視線から何か感じたのか、それとも体の動きから読み取ったのだろう。
未だに光が衰えていなかった、杖を片手で回しながら、
《 フィケ・ヒッツェル 》
そう唱えながら、胸元に手をいれ紙の束を空へと投げ捨てる。
「あっ、てめぇ!」
僕が飛び出した処で間に合う訳もなく、杖の先についている宝石に紙の束が触れると、一瞬にして燃え上がって灰になってしまう。
「あ~あ~、何も灰にすることないだろうに」
「貴女達に悪用されない為には、これが一番有効。内容は全部、覚えているから」
胸にギュッと杖を抱きしめ、絞り出すような声で言う。
「特に、貴女は良く解らない雰囲気があるから……なおさら」
がちがち僕の事を警戒している様子で一歩退きながら、全身に力が入っている。そんな彼女の姿を横目に眺め、左の頬を人差し指で軽く掻きながら、どうしたものかと考える。
――正直、コイツがよう分からん。
さっきみた【奇術】だったか? あれを見る限りではそこそこの戦闘技術はあるのは明白だ、僕が窓から飛び降りた時に受け止めた全身の使い方もパーフェクトだった事もある。
しかしだ、今のガッチガチに全身が強張っている状態を見ると、戦いなんて出来そうに無さそうなのが分かってくる。
模索しても意味ねぇし……いっそ、試してみるのが手っ取り早そうだな。
大鎌を右手に持ち、長柄を握り返しながら殺気をリエナに送ってみる。
「わ、私を倒しても、絶対に教えない」
生唾を飲み込む音が聞こえてきそうなほどに、息を飲んで震えた声で答える。
面白い奴だな、人の気配には敏感に反応しやがる。
「な、なに笑ってるの」
「おっと。……気にするな」
思わず気が緩んだせいで口元に出てしまったのを、慌てて左手の先で口を抑え込む。
そのまま一足で間合いを詰めてから、上半身を捻り大鎌の峰をリエナの持つ杖に擦らせるようにして、ぶつけてやる。
「んくっ!? 重い……」
そんな受け止め方したら、そうなるだろ。
僕を受け止めた時に見せた身体の動きは一切なく、正面からそのままに衝撃を受け止めるだけで、全身のバランスを崩して後ろに飛び退いてしまう。
その上、反撃が出来た筈なのに、それもして来ないところを見ると……決まりだな。
「なるほど、そういうことか」
僕はすぐに大鎌を下し、刃を収めた。
「なに、してるん、です」
「貴様とやり合っても楽しめないから、やめだやめ」
「わ、私は……まだなにも」
「貴様、人と本気で戦った事が無いだろう」
僕がそういうと、ビクッと肩がはねたのを見逃しはしなかった。
さっきの霊術、だからあんなに至近距離の割には簡単に避けられたのか。
リエナは更に力を籠めて杖を握りしめながら、僕に鋒を向けて構え始める。
「知りたく、ないの?」
教えたいのか、教えたくないのかどっちだよ。
――いや、違うか。ただコイツは僕を試したいだけか。
「貴様の御蔭でこの銃がどういう代物か少しは解ったし、僕はそれ以上を貴様から聞こうとは一切思わんな。僕は自分自身で考える方が好きなんだ」
リエナは大きく目を見開き、驚いた様子で黙ってしまう。
「それに、オーブの扱い方も自己流で見つけ出すだけだしな」
マナの力を扱う魔術ばかりに気を取られていたけれど、確かにオーブは誰もが生まれた時から身に付けている、自身の精神エネルギーのはずだ。
それに、オーブでも性質変化が可能なら、もっと色々な事が出来るはず。
これは覚えておいて損は無いし、むしろ自分を鍛え上げるにはもってこいの力じゃあないか。
「いや~、良い事を知れた。感謝するぜ」
フィズに負けてから不運続きだったせいか、柄にもなく「にしし」なんて声で笑いながらリエナに礼を言ってしまう自分がちょっと意外だった。
僕の顔をじっと眺めていたリエナの頬が、気のせいか少し赤くなった気がしたが、すぐに我に返ったように頭を降って、いつもの無愛想な顔に戻ってしまう。
「私は、まだアナタをっ!」
リエナが動く前に、大鎌を下から軽く振り上げてやる。
ただし、さっきとは違って杖に当てるつもりではなく、半ば切りかかる感じで薙ぎ払う。
もちろん彼女は杖で防御しようとする。
その適当な時を見計らい、一歩前にさらに踏み込む。
「えっ! うそっ――」
「あまいし遅い…… ダメすぎ」
大鎌の切っ先をリエナと杖の間に忍ばせて、鎌の三日月の形状を上手く扱い引っかけるようにして回転させると、いとも容易く杖だけを巻き込んで、手から離れた瞬間に真上へと弾き飛ばしてやる。
「きゃっ!?」
リエナは思わず尻もちをついて、倒れこんでしまう。
「霊術ってぇのがどのレベルか判らんが、接近戦は素人レベル」
「うぅ~~」
真上に打ち上げた杖を右手でキャッチする。
「それと、恥じらいを持った方が良いぞ。丸見え」
とりあえず僕は横を向いてあまり見ないようにしながら、指摘してやる。
声にならない様子で、顔を伏せて慌しくスカートを抑えて立ち上がった。
「こんなんじゃ、私はもっと――」
「動けるんだろうな……けどお前は弱い。僕は弱い奴の相手をしてやるほどの度量は無い」
リエナの目付きが鋭くなったが、僕は一切その事を気にせずに笑顔でかえしてやる。
すると一瞬は彼女の殺気が途切れるが、またすぐに己を取り戻して殺気が戻っていく。
手にした杖を返して、リエナに背を向けて道を戻ろうと歩きだす。
《 バイチェルファルゼ 》
ムキになったのか、バカ正直で一直線な感じの攻撃だ。
足元に丁度良い大きさの石があったので、それを後ろに蹴りあげてリエナが放った術に勝ち当ててやると、当たった瞬間に岩で出来た様な鞭が無数に左右から襲いかかってくる。
「どう、これが……」
ただし、少し屈んでしまえば軽く避けられる。
「なんで、なん……で?」
――自分で気付いてないのか。
リエナは多分だけど戦闘に関してのセンスは悪くない、むしろかなり良い方だ。基礎的な運動能力はきっと、あのナエって婆さんに相当な鍛え方をされてる、術の方もそうだ。
けど、彼女は戦う事に関して決定的な部分が幾つか欠けている。
相手を切る覚悟も、傷つけてしまう覚悟も一切ない。お人よしに良くあるタイプだな。
「じゃあな~」
僕は振り返ることなく手を振って、その場をそそくさと後にする。
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