16話 知る奴と知らないヤツ




「耳、マジに千切れるから放せよ婆さん!」

「ピーピーうるさいのぉ」


 扉の閉まる音が静かに聞こえ、声も遠ざかっていく。

 部屋の中から人の気配が一切なくなったのを確認してから、瞼をゆっくり開く。まだ少し外の光が眩しくって、目を瞬きながら体を起こしていく。


「……あのババァ、寝てる間ずっと監視してたのか」


 大きく体を伸ばし、口が開かないようにぎゅう~っと噛み締めながら欠伸をする。左肩から腕まで満遍なく回してみる、それが終われば次は右肩から同じように動かす。


 最後に手を開いたり閉じたりして、静かにベッドから立ち上がる。


「問題は、別に無い」


 軽くジャンプを繰り返して(もちろん音を立てないように着地しながら)、最後に空中で体を二回くらい捻りながら蹴りや、回し蹴りをしてみる。


 トンッと左足のつま先で着地して、今度は逆に回転で右足のつま先で着地する。

 足腰も別に問題は無い。

 ただ、ちょっと体に違和感はある――。


「こんなに体、軽かったっけ」

 まぁ、未だに体を激しく動かした時の胸の違和感だけは……拭えない。


「邪魔くさいな」

 自分の胸を鷲掴みながら、複雑な気分を吐きだすように息を吐く。

 とりあえず、今日も体に異常は無い……か。

 体を戻すのが先か、フィズに勝てる程の力を身につけるのが先になるのか。どちらにしても早く何とか打開策を考えないと。


「って、ん? な、なんじゃこりゃ!?」


 昨日までは確かに短パンを穿いていたのに、いつの間にかスカートになっていた。

 僕が寝ている間にでも着替えさせられたらしい。

 少しゆったりしたスカートの上に別布が縫い付けられている、その別生地は短冊のように垂らしていて、動きやすいように段々になって、ところどころ縦に切れている。


「まっ、……足がスースーする」

 ズボンの方がやはり落ち着くんだが、これはこれで動きやすいかも。


「さて……どうするかな」

 さすがに普通に部屋を出たりすれば、ババァとフィズに気付かれる。

 ベッドの上に跨り、音をたてないようにして窓を開いて、窓から顔を出して辺りを見回してみる。真下は良い感じに芝が生えていた。


「……二階か」

 飛べない高さじゃない。

 身支度をしようと頭を引っ込めて、ベッドの横に置かれた靴を初めて見て気付いた。


「これも女物か……はぁ」

 仕方がないとはいえ、やるせない気分になってくる。

けど、有り難いことにモカシンの靴だった。足音を抑えられるような物を自ら用意してくれるとはね。有り難く使わせてもらうとする。


 大鎌に手を掛け、担ぎあげてから、ふと机の上に置かれたリボルバーに目が向く。

 ご丁寧にベルトとホルスターまで付いている、ちょっと不思議なのは銃を入れるところと、二つほどケースのような物が付いていた。一つは弾を入れるモノだと解るが、もう一つがよく解らないモノだった。


 銃を収めた時のグリップの位置が腰より下に来るようにして、銃口を後ろへ向かせた状態で垂らすようにしておく。自分の使える力が増える事はうれしいが――、

「……この銃、気に食わねぇんだよな」


 銃に宿る力のせいだったのか、僕がちゃんと力を使えなかっただけなのか、まだハッキリとした事が判らない。けど、どちらにしても気に食わない。


 前者なら、この銃は二度と使うことは無い。

 後者だったならば、未熟な自分自身に腹が立つ。

 しかもあの時、あの状況下で、一発撃っただけの状態で気絶ときたもんだ。

 思い出しただけで沸々と胸の奥から悔しさが湧き上がってくる。


「うっし、んじゃあ景気よく出発するか」

 窓枠に足を乗っけて、勢いをつけて外へと飛び出す。

「ふぃ!? なに?」

 飛び出た途端、真下からホウキを持っている、見覚えのあるリエナ(小娘)が見えた。

「いっ! ば、どけっ」


 僕が飛びたした時の影にでも気付いたのか、上を見上げてボケっとしているだけで、その場から動く素振りも逃げる様子もない。


 ほぼ、僕が抱きつく感じでリエナの胸元へ飛び込んでいく感じになってしまった。

 空中で慌てたところで身動きが取れる訳もなく。


「んっ……っとと、無事? というか何処から出てきた?」

 リエナは上手く勢いを往なすように、数歩下がりながら正面から受け止めた。

「ふぃぐぅっ!」

 無駄に柔らかく良い匂いに包まれて、強く抱きしめられる。


 ……すっごく悲しいことに、今の自分では抱き抱えられると足が地面に着かないらしい。


 パタパタと足を動かした処で、さっきから空を泳ぐだけだった。


(というか、息が出来ない!? 苦しいっての!)


「あ、ごめんね?」

 ようやく気付いたようで、胸元に押しつけるようにしていた手から力を抜いてくれる。

「ぷはっ、はぁはぁ。む~~」


 コイツ、以外に大きい――って、何を考えてんだ僕は。

 ん? あれ、男的には別に問題ない事じゃ。というかむしろ普通だろう。

 大きさは僕の方が上だな…… はっ、なにをちょっと嬉しがってんだ僕は! しっかりしろって、なんか色々と毒されてきてねぇか! 言葉づかいとかもっと男っぽくしてかねえと、ヤバいんじゃないだろうな。


 ひ、一先ず落ち着こう。


 ――そんな事でどうにかなるなら、とっくに元の姿に戻れている気がする。


 ちょっと冷静になって考えてみると、今の自分の不安定さに呆れる。

 もとい、心の動揺というかダメ―ジが大き過ぎ。


「……ん? ん~~? あっ、ちょっとごめん?」

「は? なにゃっぅん~~~!?」

 一息ついているとろに不意を突いて、また同じ様にして抱きしめられる。

 胸に埋まっているせいで、何をしているのかがまったく理解できない。


「ふぁなせ~~!!」

「くすぐったい」

「ふな、ふぁふぁとやふぇんか!」

「……あそこから、こう? …………ふ~ん」

「きへぇよ!?」


 無駄に考え事が多いのか、沈黙が長い奴だな。こちとらさっさと放してほしくて、もがいてるっていうのに、完璧に僕の事は無視してやがる。


「……髪の毛フサフサなのにつるつるして良い感じ、抱き心地も結構気持ちいいかも?」

「に~にゅ~!!」

「そんな嫌がんなくてもいいのに」


 両手を何とかリエナと自分の間に入れ込んでから、相手を思いっきり押し出すようにして引き剥がして、ようやく諦めてくれたのかリエナの両手から一気に力が抜ける。


「っとっとと! はぁはぁはぁ」


 無駄に力を入れて引き剥がそうとしていたせいで、解放された後に思わずよろけて、その場にへたり込み、尻もちをついた状態だったが何とか息を整える。


「ん、大丈夫?」

 リエナがしゃがみこんで、僕に顔を近づけてくる。

 ただコイツ(リエナ)の声色にも表情にさえ反省している感じはまったくない様子だ。


「ふぅ、大丈夫……じゃなかったけど気にするな、それと無駄に近づいてくるな。あと、付け加えるならそうだな……。貴様、もう少し、慎みをもったほうがいいぞ」


 僕の言っている事の意味がわかっていない様子で、リエナは愛想も言葉も返さずに、小首を傾げて返すだけである。眉毛一つ動かさないから、どうも読み難いんだよな。


「まぁ、いいや。それじゃあ……なっ?」

 大鎌に手を手に取ろうとする寸前で、リエナに手首を掴まれた。

 一瞬、可愛らしい笑顔を見せてくれたのだが、その後に僕の大鎌を遠ざけるようにリエナが反対の手で拾い上げてしまう。しかも、手も繋いだままで立ち上がる。


「お、おい」

「ん? 立てる?」

 僕の言葉を遮る感じで、半ば強引に腕を少し引っ張って立ち上がらせてくれた。

「……じぁ、僕はこれで」

 なんて事を言いながら、そっと大鎌に手を伸ばしたものの、初めから僕の行動を警戒していたようで、リエナは適度な瞬間を見はからって大鎌に触れさせてくれない。


「なんのつもりだ?」

 僕がそう問いかけると、少し悩んだ感じになり、

「こっちのセリフ?」

 なんて平然と言い返してきた。

 しかも身長さもあってか、ちょっと見下した感じに見てとれて無性に腹が立った。

「どこに、行く気だったの?」

「え、あ~っと」


 バカ正直に「出ていくところです」なんて言っても、そのまま行かせてくれそうにはない雰囲気だし、ここは適当に誤魔化しておくのが無難だな。


「ちょっとした朝の運動だ」

「ふ~ん、そう?」


 まったく興味が無いような、気のない返事が彼女から返ってきただけで終わる。


「だからだな、僕の鎌を返して貰いたいんだが……」

「ん~、これ?」

 リエナが大鎌を指差して見せつけてくる。


「そう、それだ」

 とっとと返せよって言いたい……。いや、けど、ここは我慢だ……我慢。

「必要?」

 じっくりと観察でもするかのように、僕の目を真っすぐに見つめてくる。

「……必要だろう」

 こんなちんけな場所に長居なんてしてられるかよ。

「朝の軽い運動に?」


 彼女の出る言葉とは裏腹に僕を見ていた視線が上の方を向き、ある場所へと向けられる。


「あぁ……まだ、使い慣れてない武器だから、な」

 ちょっと気まずい気分になり、僕は彼女の視線からゆっくりと反らしてしまう。


「こんなの振り回してる人、初めて見た? 悪い事をしている人の魂を狩る死神さんの昔話でなら、見た事あったけど……実際にこんな武器を扱う人に出会えるなんて、ラッキー?」


 僕の視線の先に回り込んで顔を見ようとするので、我慢できずに顔を背けてしまった。


「ねぇ、貴女は善良な人、だよね?」

 スッと腰の後ろでリエナが動かした大鎌が絶妙に光り、僕の顔に朝日が反射してくる。


「はっはっは、なにを……」

「貴女の知り合い? あの人って魔族、なんだよ? 知ってた? 知らない訳ないよね」

 逃げようにも、リエナの左手が僕の腕を掴んで放さない。


 ――というか、コイツ以外に力がありやがる。大鎌を軽々持っていることや、片手で掴んでいる割に押しても引いてもビクとも動かない。あろうことか、掴んでいる本人は顔色一つ、体の動きや表情がずっと同じままで力を入れている感じは全くない。


「窓、あんなに開けっ放しだね」

「あ、あぁ……そうな」

 淡々と言うなよ。無駄に怖いし、威圧的に聞こえてくる。


「窓枠にね、足跡がついてるのってさ、なんでかな?」

「お御宅、良い目をお持ちで……」

 確かに目を凝らして見てみれば、少し足跡っぽく不自然に埃が無い部分があった。


「そういえば、空から降ってきたよね」

「そうでしたっけ?」

「丁度あの窓から飛び降りてくれば、この辺りだと思う?」

 疑問形で問いかけてくる割に、ハッキリした口調で言う。


「けっ、廻りくどい言い方しやがって。気付いてんならそう言え」

「開き直り?」

「うるせぇ。コノっ!」

 大鎌を引っ手繰ろうとするも、リエナが大鎌との間に上手く体でブロックしてくる。

 それも嫌におちょくる感じで、取れそうで取れない場所に持ってくる。

「コノコノッ!」

 腕の長さとか体格差とうで、僕の手が大鎌に届く事は無かった。

「だぁ~、いい加減に放せよ!」

 掴まれた右手首が暴れる度に強く握られて、そろそろ痛くなってきた。


「ん~、いや?」


 間接や手首を上手く使って逃げられないかと、いくら試そうとしたところで、リエナの純粋なる腕力により尽く失敗する。


「こっの、バカ力女! っひゃぃ~~~」


 表情や体の体制は一切変わらないのに、バカ力女に反応してか握られた手首に更に力が込められた。僕から見ても、ただ腕を掴んでいる程度にしか見えないんだ、傍から見たなら軽く手首を握っている程度だろう、握り潰されるんじゃあないかと思うほどの力である。


 たまに少し遠くに通り掛かる村人達はなぜか微笑んだり微笑ましくリエナと僕を見たり、ちょっと嬉しそうな感じでリエナに挨拶をして去っていく奴らばかり。


「……ここじゃあ、ちょっと気が散るかな」

「はぁ? なにがぅ、ってとっててぇ! いきなり走り出すな」


 リエナの呟くような声が微かに聞き取れた。っと思った時には半分体が浮いた感じになり、強引に腕を引っ張られて躓きそうになりながらも、必死についていく。



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